マイ・リトル・プリンセス

松田丹子(まつだにこ)

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.1 こじらせたイケメン

03 かわいい従妹

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 礼奈との待ち合わせ場所に指定されたのはコンビニやった。ばあちゃんからのメッセージには【靴ずれして痛むみたい】とあったから、浴衣か甚平で下駄でも履いたか、と考えたとき思い出した。そういや、うちの母さんが言っとった気がするわ。「礼奈ちゃんに私の浴衣あげたの。見る機会あったら写真撮って送ってね」とか何とか。
 母さんの浴衣いうて浮かぶのは、中高生時代の写真や。シンプルなものが好きな母さんらしく、紺色のベーシックなやつだったような気はするけど、どんな柄やったかはよく覚えてへん。
 身長だけ考えても母さんと礼奈は十センチくらい差があるし、礼奈の方が幼いイメージがある。あんなシックな浴衣似合うんやろか。もうちょい歳行ってからの方がええんちゃうか。

 そう思っていたのはしょーもないお節介やったと気づいたのはその数分後、待ち合わせ場所に指定されたコンビニ前に高校生のカップルを見つけたときやった。いや、正確に言えば、カップルが酔っぱらいに絡まれとるなー思て見たら女の方が礼奈やったんやけど、まあこの際どうでもええわ。
 地味なはずの紺地の浴衣は、違和感なく礼奈の身体を包んではった。
 隣にいる連れらしい男子ともども、騒ぎ立てる酔っぱらいに困惑した様子や。酔っぱらいたちはややおぼつかない足取りで二人を取り囲み、なにがおかしいのかゲラゲラ笑ってはる。
 まったくああいう大人がいるからあかんねんな。ここは栄太郎お兄様の出番やな。久々にひと型見せたるかーと内心腕まくりしながら声をかけたのに、酔っぱらいは「やめたれ」の一言であっけなく散った。なんや、ほんまくだらん連中やな。相手が格下と見て絡んどっただけかい。
 母さんの空手には及ばんけど、俺も合気道でそれなりの腕はある。自分の身は自分で守れ、ちゅうんが母さんの教育方針や。ただし相手が母さんやったら俺は絶対勝てる気せぇへん。あの人はどんなセコい手も平気で使ってくるに違いないからな。
 ほっとした様子の礼奈に俺もほっとしたものの、デートで来とったんなら迎えは野暮やったかもしれんなーと頭をよぎった。が、ふらついた礼奈がとっさに俺に手を伸ばしたので、おやと思い直す。
 彼氏やったら彼氏に掴まるやろうから、やっぱり友達なんやろか。会話の様子はかなり打ち解けてるから、つき合いたての恋人、ちゅう感じもせんしな。
 とはいえ、それは礼奈の認識の話や。男子の方は、多少、礼奈に気があるのかもしれへんな。俺が礼奈を支えたらちょっと複雑そうな顔してはったで――ふふふ、けど俺のおひいさまやからな、まだ渡されへんで。なぁんてな。
 でも、ええなぁ青春やなぁ。俺にもそんな時期があったっけ。一応あったなぁ、もうすっかり過ぎ去りし過去やけど。
 コンビニには、他にもふたりの友達がいたらしい。酔っぱらいが去るとほっとしたように近づいてきて、軽く挨拶をして別れた。
 ばあちゃんちへと歩き出したはいいものの、礼奈はひょこひょこと足の痛みをかばいながら進む。
 「おんぶしよか」と言うてみたけど、返ってきたのは例のごとく冷たい目やった。
 別にすけべ心で言うてるわけやない、親切心で言うてるのになぁ。ひどいわ。
 礼奈は俺の腕に掴まりながらも、かたくなに自力で歩く。歯を食い縛ってはるから、よっぽど足が痛いんやろう。歩くだけでもしんどそうやから、話すのも控えた。
 はー、そんなに辛いんやったら強がらんと甘えればええのに。いくらでも甘やかしたるで。まあそうやって強がっとるんもかわええけどな。
 人混みと礼奈の足の痛みで、ばあちゃんちに着くのもえらい時間がかかった。何か予定があるでもなし、それもええか、と思うてたら、ふと礼奈が歩みを止めた。
 ばあちゃんの家まであと少し、もう周囲には住宅しかない小路の上に、一瞬雲に隠れた月がぽっかりと顔を出す。
 少し疲れた面差しで、礼奈はそれを見上げた。
 その横顔に、ふと目を引かれる。

 ――ああ、綺麗になりはったなぁ。

 紺色の浴衣に描かれたアヤメの模様。首筋にはじっとりと汗がにじみ、少し乱れた髪が数本張り付く。
 すっと抜いた衣紋からうなじのラインは大人のそれと変わらんで、月が照らし出された静かな横顔には、もう子どもじみた気配がない。
 俺の脚にしがみついとったかわいい女の子が、もうこんなに女に近づいたんやなぁ。
 女の成長は早い。俺も置いていかれそうや。
 ――いや、実際、置いていかれるんやろうな。このかわいい天使に。
 ほんまに――

「あっという間やなぁ」

 しみじみ口をついた言葉に、礼奈がちらりと目を上げた。
 水色のドレスから、紺色の浴衣に。
 つくづく、女子は変わるもんやなぁ。
 しみじみ言うと、礼奈は一瞬目をさ迷わせた後、どこかぎこちなく微笑んで、浴衣の袖をつまんでみせた。

「和歌子さんのだよ」

 和歌子っちゅうんは俺の母さんの名前や。俺はうなずいた。

「知っとる。礼奈にやるて言うてたから。気に入ったか?」

 礼奈はこくりと頷いた。「それならよかった」と俺も笑う。
 母さんも、俺の他に、本当はもうひとり――できれば娘を欲しがってたんは知ってる。だが、タイミングの問題なのか、結局俺しか授からへんかった。
 さすがに俺が母さんの浴衣を引き継ぐわけにも行かへんから、礼奈が喜んで着てくれるんならありがたい話や。
 礼奈は気持ちを切り替えたように、いたずらっぽい目をして俺を見上げた。

「和歌子さんにそのことで電話したときにね。栄太兄が、汚い三十路にならないように見張っててって言われたよ」

 ほんま母さん何言うとるん。がっくり肩を落とした俺を見て、礼奈がくすくす笑いよる。
 その笑い声が、静かな夜道に心地よく響く。
 ああ、ええなぁ。
 ついさっきまで渦巻いていた自虐心が、柔らかく溶けて消えていく。礼奈の笑い声にはセラピー効果があるらしい。俺限定かもしれへんけど。
 少しくだらない話をしながら歩いて、ふとまた空を見上げた。満月よりもわずかに欠けた月は煌々と夜を照らし出している。

「夏にしては、月が綺麗やな」
「――そうだね。綺麗な月だね」

 礼奈の返事が、一瞬遅れた。神妙に言葉を選んだように聞こえたんで不思議やったけど、ちらりと見やった礼奈はただ静かに微笑を浮かべてるだけや。
 けど、その表情はもう少女ではなく、立派にひとりの女性に見えて――
 なんや直視できずに、目を逸らした。
 俺が着々とおっさんになる一方で、かわいい従妹はサナギになって蝶になる。
 嬉しいやら悲しいやら……

 空に浮かぶ月と同じように、満ちる時を待つばかりの若人の姿は、社会にすさみつつある俺の目に眩しかった。
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