マイ・リトル・プリンセス

松田丹子(まつだにこ)

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.13 ふたりでひとつ

90 生き方

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 朝子の予約した店は、駅の近くにある家庭的な雰囲気のレストランやった。
 居酒屋ほど薄暗くない店内で腰を落ち着ける。辺りは家族連れが多く、見かけるカップルも熟練夫婦が中心らしい、

「いい感じの店やな」
「うん。お母さんのオススメ」

 一度、女ふたりで来たことがあると朝子は笑うと、メニューを手に取った。

「何頼もっか?」

 メニューをめくった朝子の肩に、くくった髪がゆるりと落ちてくる。
 それを柔らかく払うと、「私、これにしよ。ナスとベーコンのアラビアータ。栄太郎お兄ちゃんは?」と顔を上げた。

「うーん。どうしようかな。パスタもいいけどピザも食いたい」
「あ、じゃあいくつか単品頼んでシェアする? 私、サラダも食べたかったの」

 嬉しそうな提案に、女子やなぁと笑みが浮かぶ。「ええで、そうしよか」と返すと、「ピザはトマト系? チーズ系?」と俺の方にメニューを広げてくれた。
 よすぎるくらいの気立てのよさは、やっぱり母親譲りやろう。メニューを決めると店員を呼んで、明るくはっきりした口調で注文を済ませる。

「さて、じゃあノロケを聞かせてもらいましょうか」

 手揉みするように手を拭きながら朝子が言うんで、俺は気まずくて顔を逸らした。

「……別にノロケるようなことなんて」
「えー、ないの? あるでしょー」

 くすくす笑う朝子が、どんな話を期待してるのかなんて分からへん。健人ならだいたい下ネタぶっこんで来るとこやけどな。女子が喜ぶノロケってなんやろ。

「じゃあじゃあ、礼奈ちゃんがかわいいなーって思うときベストスリー」

 はいっとマイクのように握りしめた手拭きを向けられて、思わずうろたえる。かわいいなって思うとき? そんなん、三つに収まらへんわ。

「あっ、今、迷ったね? いつもかわいいからベストスリーなんて選べないって顔だったね?」

 噴き出した朝子がそう目を輝かせる。なんでこうもあっさり見破られるんや。「いや……まあ……そうやけど」てもごもご言うたら、朝子は嬉しそうに手を合わせた。

「きゃー、いいねいいね。じゃあ、次。結婚して幸せだなって思うときは?」
「幸せ……」

 そりゃ、礼奈が笑てくれるとき……それも、照れたみたいにはにかむときとか、外では見せへん甘えたなときとか、幸せってこういうことやろなってもう宗教みたいな気分になる。

「……今、幸せ? 栄太郎お兄ちゃん」
「もちろん」

 迷わずうなずくと、朝子がまた笑った。「ふふ、ゴチソウサマデス」て手を合わせる。
 ちょうどサラダが運ばれてきて、朝子があっと顔を上げた。「ありがとうございます」と受け取った朝子が、取り分け用のトングを手にしながら照れ笑いする。

「食べてもいないのにゴチソウサマって、何だろうって思われちゃうね」

 「はい、どうぞ」と差し出された皿を受け取ると、自分の前に置いた。

「でも、ふたりが幸せなのがよく分かった。うんうん、仲良きことはよきことかな」

 朝子が満足げにうなずき、「まあ、そうやな……おおきに」と答える。
 ほんま、十も下とは思えへん。礼奈にも思うたことやけど、女子っちゅうのはどうしてこうも、あっさり大人になってまうもんなんやろ。
 一方で男どもは……と考えてみれば、どいつもこいつも、イマイチ大人になったかどうか分からへん。ひとりひとり顔を思い浮かべると、大丈夫なんやろか、て不安しかない。

「そういや、翔太はどうやの。彼女とかおらんの?」
「えー、いないでしょ。毎日研究室づけだもん。まあ不思議と、人気はあるっぽいんだけど」
「ま、マジか?」

 若い助教授――いうたらたしかに人気あってもおかしくないけど、全然そういう話せんから知らんかった。
 朝子はサラダをつつきながら、うんとうなずく。

「バレンタインデーなんて、毎年すっごい量のチョコ持ち帰るんだよね。知らないうちにカバンに入ってるって。たぶん、話しかけても気づいてないだけなんだろうけど。他にも、飲み会のときとか、女物のハンカチとか知らないうちに入ってたり……」
「なんやそれ、どういうことや」
「いや、だからきっかけ作ろうとしてるんじゃないかな。興味持ってもらおうとしてる女子が」
「……それで本人は?」
「もちろん、興味なし」

 そ、そんな楽しい日々過ごしとんのか、あいつは!
 ……いや、本人が興味ないなら、あんまり関係ないのかも知れへんけど。

「……がんばる子もおんねんな」
「そうだねー。私もそう思う」

 同意する朝子に視線をやった。

「そんで、朝子はどうなん? いい人おらんの?」

 間が悪いことに、ちょうど口の中にサラダが入ってたらしい。朝子は眼鏡の奥で目を丸くすると、口の中のものを飲み込んでから笑った。

「いないよ。……それに、あんまり興味もないかも」
「えっ?」

 なんで? て聞きかけて、聞いてええもんか迷った。昔は俺のことが好きやった、とか言うてたけど――その後の恋の話は知らんし、朝子のそういう価値観は聞いたことがない。

「んー。恋をする人を見てるのは楽しいし、好きなんだけどね。今は自分がそうなりたいとは思わないかなー。一人でも生きていける仕事に就いたし……無理に誰かと合わせなくてもいい生活っていうのは、いいよね」

 あっさり言う朝子に絶句する。
 そんなん言うてたら、隼人兄ちゃんとこ誰も結婚せんままやで……!
 昔の自分棚上げで思うてたら、それが伝わったのか朝子が笑った。

「お母さんにも、言われたんだよね。結婚がすべてじゃないし、恋愛がすべてじゃないって。女だから、男だから……そういうこだわりにしばられて、自分の喜びを忘れる必要はないよって。恋愛より楽しいこともあるし、結婚より豊かな生活もきっとあるだろうから、自分がいいと思う生き方をしなさいって。まあ、孫が見たいとは人並みに思うけど、それより子どもの幸せが一番だからって」

 訥々と語るその先に、叔母の香子さんの姿が見えた気がした。

「……言いそうやな」
「でしょ」

 朝子が笑って、続けた。

「だから、お母さんの子どもでよかったなって思う。なんか、男前なんだよね。お母さんに背中押してもらえると、なんていうか安心するんだ」

 そんな言葉を聞きながら、俺は思い出していた。
 昔、隼人兄ちゃんに聞いたことがある。どうして香子さんを選んだか。

 ――ひとりで生きて行けそうだから。

 隼人兄ちゃんはあっさりそう答えた。

 ――俺がいてもいなくても、香子ちゃんはまっすぐ生きてくれるなって思うから。だから、一緒にいたいなって思った。一緒に歩いて行きたいなって思った。

 それから、「あと」と何か補足しかけて、「やっぱり内緒」と笑うてたけど――
 あのときは分からへんかったけど、今はあの続きがなんとなく分かる。
 きっと、隼人兄ちゃんにしか見せない、香子さんの愛しい部分があるんやろうな、てこと。隼人兄ちゃんはそれを、他の人に知られたくないんやろうな、てこと。

「――でも、栄太郎お兄ちゃんと礼奈ちゃんが幸せそうなのは、見てて幸せ。これからも仲良し夫婦でいてね」

 不意打ちの言葉に、思わず照れた。
 黙ってサラダをつつく俺に、朝子は笑いながらまた次の料理を取り分けてくれた。
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