マイ・リトル・プリンセス

松田丹子(まつだにこ)

文字の大きさ
36 / 100
.7 年の差カップル

36 自覚

しおりを挟む
 俺は俺なりに耐えてるっちゅうのに、礼奈も礼奈で、あれこれ思うところあるらしい。急に「ちゅーして」言うてきたり、俺の誕生日に急に家に泊まるて言うたり。
 いや、嬉しくないわけやないんやけど、何の試練やと思うようなこともちょいちょいある。
 それでも、俺は叔父に顔向けできへんつきあい方はしたくない。あせってことを仕損じるわけにもいかん。誠実なつき合いと認めてもらえるよう、順を追って距離を詰めて行かなあかん――と、俺なりに考えてるつもりや。
 俺たちが会う頻度はそう多くない。礼奈は学業があるし、俺も仕事があるしで、電話は三日に一回、会うのは月に一回、くらいなもんや。だからこそ、どうにか、その手の突然のイベントも乗り越えていた。
 そんな俺に、再び試練が訪れたのは――九月のことやった。

 その直前まで、礼奈は初めてのインターンに行っていた。インターン先は都内で、二週間。就職後ひとり暮らしを始めた、兄の健人の家から通っていたらしい。
 最終日の夜、急に連絡があって、俺のところに泊まりにきた。
 予定外のことするなんて珍しいことやけど、よっぽど、精神的に消耗したらしかった。電話した声も疲れてはったけど、家に着くなり、倒れ込むように眠ってもうた。
 翌朝、少し遅く起きてきた礼奈にシャワーを勧め、服がないからと俺のを貸した。別にやらしい服なんて貸してへん、ただのTシャツと短パンやのに、サイズが合わんでぼがぼで、逆に卑猥で目のやり場に困った。
 それでも心頭滅却を唱えて耐え、だるそうな脚から始まって全身をもみほぐしてやった。マッサージは母さん直伝やからな、得意なつもりや。ツボからズレたとたん飛んできた拳が懐かしいわ。そうこうしとるうち礼奈はまた眠ってもうて、そのままそっとしておくことにした。

 礼奈を寝室に残して、リビングでコーヒーを飲む。
 初めてのインターン、悪い会社やないて言うてはいたけど、結構衝撃もあったらしいな。大学の友人とは違う人間関係が透けて見えて、よく気づくたちの礼奈にはかなりの負荷やったんやろう。
 そういえば、午後からバイトて言うてたな。一度家帰って着替えなあかんやろうし、あと三十分くらいしたら起こすか……そんな風に思ってたのに、いざ、そのときになって部屋のドアを開くと――思わず、動きが止まった。
 水色のシーツの上に横たわる無防備な姿に目が奪われる。
 窓から差し込む光を反射するさらさらの黒髪。
 カーテンで揺れる光は礼奈の頬にきらきらちりばめられ、ーブを描いたまつげにも、ふっくらとした唇にも、光のかけらがちらばって、だぼついた俺のTシャツから、白い手脚が伸びている。

 ――なんちゅう、無防備な。
 不可侵の無垢。――同時に、薄氷のような危うさ。
 なんでやろなぁ。
 もう、二十歳にもなってはるのに、なんでこう……天使のままなんやろ。
 手が自然と、柔らかそうな頬に伸びて行きそうになるのを、理性で止めた。
 あかん。起こさな――バイトある言うてたし。
 自分の気持ちをごまかすよう咳払いすると、あえて雑に近づいて、その華奢な肩を揺すった。

「礼奈ー。そろそろ起きんとあかんのちゃう?」
「ん――ぅんん……」

 礼奈は眠ったまま、かわいく身じろぎして(いや、もうほんま何してもかわいいねんて)、むき出しだった脚を擦り合わせた。
 寒いやろか。布団を――
 手を伸ばして身体を起こそうとすると、「やだぁ」と語尾の延びた声で俺に抱きついてくる。
 うっ、とうめきそうになって、飲み込んだ。
 あかん、妙なところが妙に反応してまう。はぁーかわいい。かわいすぎてつらい。
 いや、でも、これはただの子どもや。寝とる子どもや。手ぇ出したらあかん、犯罪や。俺のことを信頼しきってはるからこその寝姿なんやからな。
 自分に言い聞かせて、深呼吸をひとつ。

「礼奈」

 名前を呼びながら、礼奈の背中を軽く撫でてやると、「ん」と鼻から満足げな吐息が聞こえた。
 それは子どもというにはあまりにも、おんなの声音で。

「……ほんま……あかんて、言うてるのに……」

 息苦しいほどの切なさが、胸に、下腹部に、たまっていく。あかん、起きてもらわな、もう――あかん。礼奈、と耳元で呼ぶと、くすぐったそうに「ふふ」と笑う。眠っているのに幸せそうな顔が、俺の胸を、ぎゅうぎゅうと締め付ける。
 目が、桃色の唇に引き寄せられる。

 あかん。
 あかんって。
 よせ、俺。
 駄目やろ、そんな、寝込みを押そうようなこと――

 そう思うのに、身体はどうにも止められない。
 心臓が、どくどくと身体の中心で脈打っている。
 柔らかい唇に、自分のそれを押し付けて。
 暴れ始めそうな欲望を、じわりと感じる自己嫌悪で圧し殺した。

「……くそ……何してんねん、俺は」

 ぐっと顔を話し、自分に渇を入れ直す。
 あかん。もうこれ以上こんなんしてたら、間違いなく……

「礼奈、遅刻するぞ! 起こすで!」

 腹をくくると、脇腹をくすぐりはじめた。

「ふわ! ひゃ、やだ、きゃははははは、ちょ、待って、待って!!」

 礼奈が脚をばたつかせながら、俺の手から逃れようと身じろぎする。
 ぶかぶかのシャツのせいで、逆にはっきりわかる身体のラインを、あえて見ないように自分に言い聞かせる。

「何度も起こしたんやで! 起きへん方が悪い!」
「あははは、だって、やだぁ」

 笑い転げる礼奈が、かわいくて仕方がない。本能が叫んだ。このまま抱き寄せて、抱き締めて、二人でベッドに転がって、キスをして、触れ合って、想いを囁き合いたい。
 礼奈はどんな顔をするやろう。照れるやろうか。喜ぶやろうか。見てみたい。俺のものにしたい。この子の心も、身体も、隣で過ごす時間も、全部全部、俺のものにしたい。これから先、一生を、俺だけのものにしたい。
 狂暴な欲望が膨れ上がる。知らない、こんな感情は――いや、本当は知っていた。ずっと知っていた。気づかないふりをしてただけや。そんなん思たらあかんて、自分に思い込ませてただけや。
 くすぐる俺の手の下で、無邪気に笑う礼奈。そのいとおしさに泣きそうになる。愛してる。愛したい。愛し合いたい。
 もっと深く、もっと強く。
 暴走しそうや。小さなかわいい女の子。いつだって俺の中で、きらきら輝く宝物やった女の子。誰かになんて譲りたくない。強く強く抱き締めて、俺の中に溶け込んでしまえばいいのに。壊してしまえばいっそ、俺だけのものになってくれるやろうか。
 礼奈に向ける想いが、あまりに強すぎる。自分でもコントロールできへんようになりそうや。
 それでも、礼奈を怖がらせたらあかん。礼奈に嫌われたくない。礼奈は、礼奈は……ほんまに、俺のそばに、ずっといてくれはるやろうか。

 一度手に入ったと思ったこの子が、俺の元を離れて行ったら――きっともう俺は生きていけへん。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

年下夫の嘘

クマ三郎@書籍&コミカライズ3作配信中
恋愛
結婚して三ヶ月で、ツェツィーリエは一番目の夫を亡くした。朝、いつものように見送った夫は何者かに襲われ、無惨な姿で帰ってきた。 それから一年後。喪が明けたツェツィーリエに、思いもよらない縁談が舞い込んだ。 相手は冷酷無慈悲と恐れられる天才騎士ユリアン・ベルクヴァイン公爵子息。 公爵家に迎え入れられたツェツィーリエの生活は、何不自由ない恵まれたものだった。 夫としての務めを律儀に果たすユリアンとの日々。不満など抱いてはいけない。 たとえ彼に愛する人がいたとしても……

叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する

花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家 結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。 愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。

いつかの空を見る日まで

たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。 ------------ 復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。 悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。 中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。 どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。 (うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります) 他サイトでも掲載しています。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

処理中です...