マイ・リトル・プリンセス

松田丹子(まつだにこ)

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.8 両親と恋人

38 ふたりの父

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『……あんたそれ、礼奈ちゃんはどう言ってるの?』

 話を聞くなり返ってきた、珍しいほど常識的な反応に、思わずうろたえた。

「……いや、それが」

 年末に、礼奈と帰る――その連絡をするために、奈良にいる母さんに電話した。俺の帰省だけなら例年通りで済むとこやけど、そこに礼奈が加わるとなると、母さんも思うところあったらしい。

「確認してきたのは、礼奈の方やねんで。……恋人としてってことでいいのかて」
『ぶはっ』

 ぼそぼそと答えれば、電話の向こうで噴き出すのが聞こえる。
 ……ほんっま、失礼な人やな。なんでいちいち笑うねん。

『さっすが、礼奈ちゃん。しっかりしてるわねぇ、あんたより』

 余計な語尾までつけはるのがほんま腹立つ。けど、事実やから反論もできへん。
 ひとしきり笑ったあと、母さんはふぅと息をついた。

『ま、とにかくさ。あんまり焦らないで進めなさいよ。礼奈ちゃんだってまだまだ、いろいろあるだろうしさ』
「そうやな。……そうやねんけど……」

 俺としては、そのつもりやねんけど、どっちかっていうと焦っとるのは礼奈の方に見える。
 はやく大人になりたい――そういう気持ちの延長なんやろか。
 今思えば、結婚を前提に一緒にいてくれ、なんて話を家族の前でするなんて、よかったんやろうかと思わなくもない。
 あのときの俺は、必要なことやと思うてた。けど、実際、礼奈のことを思えば、選択の余地を残しておくべきだったんやないか――
 もちろん、俺が心変わりする可能性はない。けど、礼奈はどうか分からへんやん。
 十二歳の年の差。まだ二十歳の彼女を、無理に縛りつけるべきやない――そう思い直して、一年前の自分の軽挙を悔やむ。
 自分を追い立てたつもりで埋めた外堀は、実際には礼奈の外堀をも、埋めてもうたのかもしれん。三十路にもなって、そんなことに今さら気づくのが情けない。とはいえ後悔先に立たずっちゅうか……。

『とりあえず、帰省のことは了解。孝次郎くんも喜ぶわ』
「父さんが?」
『そうよ』

 ひとしきり笑った母さんはうなずいて、『あれでも、栄太郎のこと気になって気になって仕方ないんだから』と茶化すような口調で言った。
 じゃあね、と軽やかな声に、うん、と答える。
 スマホを耳から離しながら、ふと父さんのことを考えた。

 実際のところ、俺が父さんと一緒に過ごした記憶はまばらや。
 それはたぶん、警察官という父さんの職業のせいやろう。
 配属された部署によって、忙しかったり時間があったり、昼夜逆転しがちだったりとまちまちで、息子の俺との付き合いも同様、そのときそのときで変わらざるを得なかった。
 父さんが眠り続けている非番の日には、母さんも無理に連れだそうとはせんかった。気を使ってはるというよりは、母さんは母さんで、違う楽しみを持ってるから、という風に見えた。
 子ども心に、バランスのとれた夫婦やなぁと思うてた気がする。

 そもそも、父さんが警察官になったのは、それなりの理由があったらしい――とは、当人ではなく母さんやじいちゃんから聞いた話で、なんでも、事故で死んだばあちゃんに関係してるそうや。
 一方で、じいちゃんはずっと、それに反対してはった。
 俺がものごころついた頃には、さすがに父さんの職業として認めてはいたけど、警察官嫌いは相変わらず。

「ええか、栄太郎。お前は警察なんぞなるな、和歌子が悲しむぞ」

 厳しい目でそう言うてたじいちゃんの声は、今でもはっきり覚えとる。
 父親が警察官と聞くや、羨望のまなざしを向ける同窓生から、「じゃあ栄ちゃんも警察官になるの?」と聞かれても、一度として職業選択の中に警察官がなかったのは、たぶんその言葉が頭から離れんかったからやろう。
 まあ、素直に従った、ちゅうつもりもないんやけど、俺にとっては家族とはいえレアキャラな父さんよりも、始終家にいて俺を叱ったり褒めたりしてくれるじいちゃんの方が影響がでかかったてことやな。
 なりたい職業も元々なかった。七夕やら、作文やらで、世の中の大人っちゅうもんはやたらと子どもに夢を書かせはるけど、特撮ヒーローとか、バスケ選手とか、弁護士とか、その場その場で適当に思いついたものを書いてただけや。
 本当の意味で俺が憧れたんは、前述のとおり叔父の政人に対してだけ。それも、ものごころつく頃にはそう思てたから、どうしてそんなに叔父に憧れるのかも、いまいちよく分からへん。遺伝子レベルで組み込まれてるんちゃうか、てくらい、その感覚は俺の一部になってはる。
 ――それと同じくらい、礼奈をかわいいと思うことも俺の一部なわけやけど。

 血の繋がりが関係してはるのかどうかは分からへんけど、そういう意味では、政人と礼奈は確かに父娘なんやろうな、と思う。容姿はそう似てへんけど、無自覚に人を惹き付ける磁力みたいなものがあるねんな。
 そういう力は、政人の三人の子どもの中では特に健人に受け継がれたと思うてたけど、礼奈にも少なからずあって、それが他の異性とは全然違う、特別なもんを俺に感じさせてるのかも知れん。
 まあ、それもこれも、言葉にしたからって何というわけもない。正直どうでもええことや。
 俺はあの子が産まれてから俺が死ぬまで、礼奈のかわいさを愛で続けるんやろうな――てことだけが、ほとんど確実な事実として俺の中にある――ちゅう、だけの話。
 ――なんて話、身内にしたらまたイジラレそうやから、絶対口には出せへんけど。
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