マイ・リトル・プリンセス

松田丹子(まつだにこ)

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.11 新婚旅行

67 旅行の手配

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 そんな夜を過ごした後、宿や行き来の手配は俺が担当した。
 「忙しいんじゃない?」と礼奈が気にしてはったけど、卒業祝いも兼ねとるんやから任せろと言って押し切った。
 張り切る俺を見れば文句も言えなくなったのか、礼奈も「じゃあ任せるね」と納得した。

 帰省ならしょっちゅうしとるけど、旅行なんて何年ぶりやろ。
 就職してすぐの頃は、友達と一緒にスキー行ったり、沖縄の海に行ったりもした。けど、自分で手配したのは大学の頃くらいや。就職後はそんな時間もなかなか取れんで、面倒見のいい友達が手配してくれたのに便乗するばかりやった。
 そのほかでは、せいぜい友達の結婚式に出席するときくらいなもんで、それも直近やと四国くらいなもんや。

 ネットで宿を探し始めて、すぐに妙な懐かしさを感じた。「あーそうやった、こんな感じやったわー」みたいな感じ。
 ネットに載ってる観光・旅行に関する情報はほんま膨大やねんな。最初はご飯の美味しいところ、それこそ大豆を活用した懐石料理なんてどうやろ――なんて思うて探してたけど、カップル向けの温泉宿、なんて特集ページを見れば、ああええなあ、せっかくやし温泉でも――ほら、新婚旅行でもあるわけやし――そうや、礼奈の誕生日も近いし、サプライズでなんやしてくれるところがええなぁ――なんてどんどん基準が揺らいで、あれこれ妄想も膨らんで、どんどん収拾がつかなくなるわけや。
 このままじゃ決まらへんな、と思たから、ある程度の情報が出そろったところで、頭の中を整理した。
 とにかく、思い出に残りそうな――いい思い出を作れそうなところがいい。ちょっと奮発してもええな。せっかくの新婚旅行やし。
 そんな中、目を止めたのはふたりで六桁いくような老舗旅館やった。
 一見して、友達との旅行や一人旅で泊まることなんてないような宿。
 本館と別に作られた離れに、露天温泉つき、て書いてある。
 おっ、これはええんちゃう?
 写真を見て、思わず手が止まった。

 え、これ、露天風呂ガラス張りやない……? 入ってるとき、部屋から丸見えちゃう……?

 いや妄想してへんで、そんな――湯気の中で白くかすむ礼奈が、ほっと息をついて湯船で手足を伸ばす――アップにした髪から数本、ゆるく崩れてうなじにかかって――それで俺の視線に気づいて――見てるのに気づいたら、どうするやろ。照れるやろか。それとも怒る? それとも――
 なんて妄想、してへんで。
 ……してへんて言うてるやろ!

 そうやって準備してると……あかんな。なんやどんどん楽しみになってきて。気分はもう遠足前の小学生や。おやつはひとり五百円までですー! ……なんて言われへんけど、旅のお供になんかあった方がええやろか。俺は礼奈とならどんな時間も苦やないけど、せっかくやもんな、礼奈に思いっきり楽しんでもらいたいな……あっ、そうや。卒業祝いもそのとき渡そう。何がええやろ。荷物になっても邪魔やしなぁ。
 そんなことを悶々と考えてたら、仕事中も何やら悩ましげに見えたらしい。先輩の女性から「どうしたの」と聞かれて、「いや、実は……」てうちあけたら、「ああ」と微笑まれた。

「そっか、奥さん若いんだったよね」

 この職場は年齢が高いから、俺に一番近いその人も片手ほど歳が離れている。ひとり、春から入った新規採用の新人女子がおるけど、外回り中心の俺と違って内勤やからあんまりやりとりはない。
 それでも、見かけるたびに「礼奈も来年はあんなんなんねんな」と感慨深くも思えて、ときどき内勤のみんなに、と菓子を差し入れたりもする。
 正直、結婚相手と歳が一回り離れとるなんて、言ったら引かれるんやないかなと思てたけど、むしろその子が一番納得しとった。

「あー、なんかわかる気がします、金田さんなら」

 てうなずいてはったのは、喜ぶべきか悲しむべきわからへんかったけど、ヤブヘビになりそうやから「あ、そう?」とあいまいに応じた。
 ――まあ、そんなわけで。

「若い子に聞いてみたらいいじゃない。卒業祝いにどんなものもらったら嬉しいか」

 そう、先輩が水を向けたのが、その若い事務の子やった。急に声をかけられて、コピー機の液晶をにらみつけていた顔を上げてまばたきした。

「なんのことです?」
「あー、いや……それ、なにしてんの?」

 話より先に、手元が気になった。これでも一応、オフィス用印刷機の営業やってたわけやから、コピー機の扱いには詳しい。

「えっと、これ、スキャンしてみたんですけど、なんか字ががちゃがちゃになっちゃって。もうちょっと、細かくできないかなと……」
「ああ、それならここ押して。次、これ。カラーじゃなくてええ? ほんならここ、300dpiくらいにすれば間違いないやろ」

 俺の指示通りに、はい、はい、とボタンを押していったあと、ほっとしたようにその子が顔を上げた。

「ありがとうございます。説明書とか、読むの苦手なんで助かりました」

 ぱっ、と無邪気な笑顔に、複雑な気持ちになる。
 ……礼奈もこんな風に、誰かになにかを教わって、にこっと笑ってお礼言うんやろか。言うんやろな。そしたら、俺みたいな単純なやつやったらコロッと落ちてまうし、結婚相手がおっさんやて聞いたらぐいぐいアピールしてくるやつがいてもおかしくないわ。素直な礼奈のことや、きっとどの職場でもすぐに馴染んでかわいがられるんやろうし。ああ、心配やな。結婚したからていうて、夫の位置に甘んじてちゃあかんな……。
 なんてことを、ぐるっと頭の中で考えたのは一瞬やった。その子はさっさと原稿を取り出すと、「そういえば」と俺の方に向き直る。

「プレゼント、旅行先で渡すんですよね? なんでも嬉しいんじゃないかな……職場でも使えるネックレスとかどうかな。あんまりかさばらないし……」

 なんだかんだで、しっかり聞かれてたらしい。俺が気恥ずかしさに小さくなっとると、その子は笑った。

「私は会ったことないから分かんないですけど。金田さんが『身につけてほしい』『使ってほしい』って思うもの、渡すのが一番なんじゃないですか? きっと喜びますよ」
「あー……うん……そ、そうやね……おおきに」

 うつむいて頬をかく俺に、周りの女性がくつくつ笑う。

「いいわねぇ、若い人は。彼女きっと喜ぶわよぉ。お土産話、楽しみにしてるわ」

 ぽんぽんと背中を叩かれた。気恥ずかしさに「はぁ」とあいまいに答えると、がはははと俺の前任の男性社員が笑った。定年退職したんやけど、「ボケ防止」言うて週二で手伝いに来とる。まだ慣れないところもある俺にはありがたい助っ人や。

「ま、どうせかっこつけたって、奥さんにはお見通しなんだからさ、無理すんなよな」
「そうそう、結局、男は女性には敵わないからなぁ」
「だぁって。奥さんのご機嫌がいいのが家庭円満の秘訣でしょ」

 社長も話に入ってきて、女性陣がそう笑う。
 和やかな笑いに吊られて、俺も頬が緩んだ。
 人数は少ないけど、風通しのいいこの職場を、俺はこれからもっと好きになるんやろうな。
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