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後日談3 若気の至りが掘る墓穴(勝弘視点)
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「ええ!? 年明けにつき合い始めたばっかでしょ!? もう式場予約したとかはやくない!?」
2月末。乾杯と共に”首尾”を聞かれて、素直に答えるなり返ってきた反応がこれだ。
女と思えない豪快さでビールジョッキをドンと机に置いた同期――ナギを半眼で睨みつつ、俺もビールを口に運ぶ。
うるせーな。俺はお前らみたいにのんびりやってる訳にはいかないんだよ。
歳のわりに、ほわんとしていて控えめな梢ちゃんは、いつなんとき、どんなきっかけで俺たちの今後に不安を感じ始めるか予想がつかない。ちょっと天然というか、スレてないというか、不思議ちゃんというか。そういうところも好きなんだけど、それが原因で関係にズレが……なんてことになったら、マジで笑えない。
心の中でそんなことを思いながらも、口先では「別にいいだろ」と適当に返す。どうせ口にしたとして、この同期には「必死かよ」と笑われるのがオチだ。
「ほんっと、あのチャラかったエンドゥーがねぇ。感慨深いわぁ」
へらへら笑う相変わらずのナギはともかく、その横で粛々とビールを傾ける広瀬からは、なんというかそこはかとなく、寂しさというか妬ましさみたいなものを感じる。今も何か言いたげな目をしてはいるが、うまく言葉にならないのだろう。
分かる。言わなくとも分かるぞ、お前の気持ちは……。
女顔負けの麗しい顔を横目に、心中で合掌した。
この二人も、(主に広瀬の)積年の想い叶ってつき合い始め、ぼちぼち半年になる。
広瀬ははやく結婚したいようだが、焦る必要はないと思っているナギに押し切ることもできず、なんとなく恋人以上婚約未満な関係が続いているようだ。
恐らく、広瀬としても、女にしてはさばけたナギの気質が好きなのだろうが、このカップルは印象として、男女が逆転している感が強い。
……助け舟でも出してやるか。
「……つーか、お前らこそどうするつもりなんだよ」
俺が半眼で聞くと、広瀬が一瞬肩を震わせた。ビールを口に運ぶ顔は無表情なままだが、ちらりとナギを見る目には隠しようもない期待と不安が浮かんでいる。
ナギはそんな広瀬の様子を斟酌することもなく、いつもの調子で笑った。
「どうかなぁ。今のままでも充分居心地いいし。私が成海以外とどうこうなることは絶対ないし、もう少し満喫してもいいかなって」
そうとは自覚のない惚気に、言葉を失う。
どーしようもねぇな、こいつ。
ちらりと広瀬の顔を盗み見る。白い頬にわずかに朱が載り、ナギを見つめる目の輝きはまさに恋する乙女。
おいおい、いいのかよ、お前もそれで。
呆れるが、これが二人の関係なのだから俺が口を出す必要もない。漫画だったらハートマークが飛んでいそうな広瀬の視線に、鈍感なナギは気づくことなくビールをすすっている。
やれやれ。こいつらも相変わらずだな。ほどほどのところでお開きにして、二人の時間を作ってやろう。
二人がくっつくまでも、俺があれこれ手を焼いてやったのだ。同期の中でもよくつるんだ二人が幸せになるなら、それに越したことはない。
……俺の方が、ひと足先に進みそうだしな。
若干幼稚な優越感に浸っていると自覚しながら、緩む口元をビールジョッキで隠した。
乾杯のビールが日本酒に変わり、多少頬がほてってきた頃、ナギが首を傾げた。
「でも、それだけ急ぐってことは、彼女さん焦ってる感じ? おっとりして見えたけど意外と押しが強かったりして」
「いや、それはない」
即答が思いの外強い語調になって、俺は眉を寄せた。ナギと広瀬がきょとんとして顔を見合わせている。
「……じゃ、遠藤が焦ってるの?」
ようやく広瀬が口にした言葉は、ほとんど語尾が上がっていない。これまたいつもの通りなので、今さら気にもしないが。
「……まあ……そんなとこかな」
梢ちゃんがどう思ってるか分からないけど、俺としては長年思い続けてようやく手に入れた関係だ。ようやく得た獲物。ここで無にするなんて失態を侵す気はない、逃がす気はないのだ。「ツメが甘かった」なんてことのないよう、「これぞ」というところまで一気に関係を進めなくては――
「ま、それだけ本気ってことね」
ナギが言って、飲み干したお銚子を店員に掲げた。指1本で追加の注文している横で俺もお猪口の残りを飲み干し、ナギが笑って指を2本に増やす。
「本気じゃなきゃ、職場で婚約指輪なんざ買うかよ」
「そりゃそうだ」
ナギが笑って頬杖をついた。
「ジュエリーのマネージャー笑ってたよ。王子様みたいにかしずいてたって」
「それは盛りすぎだろ」
「そうかなぁ」
ナギが言って、にやりとする。
「でも、大丈夫なのかなーって心配しちゃった。エンドゥーってば、手あたり次第食ってたじゃん。婚約したなんてバレたら、職場が修羅場になるんじゃないの?」
「馬鹿言うな。いちいち仕事に支障が出そうな女と寝るわけねぇだろうが」
「そうなの? てっきり来るもの拒まず去る者追わずだと思ってた。『本命は別にいるけど彼女もいる』って、典型的浮気男のセリフだろって思ったもんね――」
「……優麻」
広瀬が静かにナギの袖を引いた。ナギは一瞬きょとんとしてから、はっとした様子で取り繕うように口を開く。
「や、で、でも、基本的には一途だしね。修羅場になるような下手な別れ方だってしないし、その辺はうまいこと――」
「優麻。しゃべると墓穴掘るだけだから、黙って」
早口でまくしたてるナギと、それをたしなめるような広瀬の二人が、ちらちらと俺の後方を気にしていることを察して、俺は凍り付いた。
……え、嘘だろ。まさか。
ぎぎぎ、と軋む音がしそうなぎこちなさで振り向く。
そこには、俺の最愛の人――梢ちゃんが表情を失って立っていた。
2月末。乾杯と共に”首尾”を聞かれて、素直に答えるなり返ってきた反応がこれだ。
女と思えない豪快さでビールジョッキをドンと机に置いた同期――ナギを半眼で睨みつつ、俺もビールを口に運ぶ。
うるせーな。俺はお前らみたいにのんびりやってる訳にはいかないんだよ。
歳のわりに、ほわんとしていて控えめな梢ちゃんは、いつなんとき、どんなきっかけで俺たちの今後に不安を感じ始めるか予想がつかない。ちょっと天然というか、スレてないというか、不思議ちゃんというか。そういうところも好きなんだけど、それが原因で関係にズレが……なんてことになったら、マジで笑えない。
心の中でそんなことを思いながらも、口先では「別にいいだろ」と適当に返す。どうせ口にしたとして、この同期には「必死かよ」と笑われるのがオチだ。
「ほんっと、あのチャラかったエンドゥーがねぇ。感慨深いわぁ」
へらへら笑う相変わらずのナギはともかく、その横で粛々とビールを傾ける広瀬からは、なんというかそこはかとなく、寂しさというか妬ましさみたいなものを感じる。今も何か言いたげな目をしてはいるが、うまく言葉にならないのだろう。
分かる。言わなくとも分かるぞ、お前の気持ちは……。
女顔負けの麗しい顔を横目に、心中で合掌した。
この二人も、(主に広瀬の)積年の想い叶ってつき合い始め、ぼちぼち半年になる。
広瀬ははやく結婚したいようだが、焦る必要はないと思っているナギに押し切ることもできず、なんとなく恋人以上婚約未満な関係が続いているようだ。
恐らく、広瀬としても、女にしてはさばけたナギの気質が好きなのだろうが、このカップルは印象として、男女が逆転している感が強い。
……助け舟でも出してやるか。
「……つーか、お前らこそどうするつもりなんだよ」
俺が半眼で聞くと、広瀬が一瞬肩を震わせた。ビールを口に運ぶ顔は無表情なままだが、ちらりとナギを見る目には隠しようもない期待と不安が浮かんでいる。
ナギはそんな広瀬の様子を斟酌することもなく、いつもの調子で笑った。
「どうかなぁ。今のままでも充分居心地いいし。私が成海以外とどうこうなることは絶対ないし、もう少し満喫してもいいかなって」
そうとは自覚のない惚気に、言葉を失う。
どーしようもねぇな、こいつ。
ちらりと広瀬の顔を盗み見る。白い頬にわずかに朱が載り、ナギを見つめる目の輝きはまさに恋する乙女。
おいおい、いいのかよ、お前もそれで。
呆れるが、これが二人の関係なのだから俺が口を出す必要もない。漫画だったらハートマークが飛んでいそうな広瀬の視線に、鈍感なナギは気づくことなくビールをすすっている。
やれやれ。こいつらも相変わらずだな。ほどほどのところでお開きにして、二人の時間を作ってやろう。
二人がくっつくまでも、俺があれこれ手を焼いてやったのだ。同期の中でもよくつるんだ二人が幸せになるなら、それに越したことはない。
……俺の方が、ひと足先に進みそうだしな。
若干幼稚な優越感に浸っていると自覚しながら、緩む口元をビールジョッキで隠した。
乾杯のビールが日本酒に変わり、多少頬がほてってきた頃、ナギが首を傾げた。
「でも、それだけ急ぐってことは、彼女さん焦ってる感じ? おっとりして見えたけど意外と押しが強かったりして」
「いや、それはない」
即答が思いの外強い語調になって、俺は眉を寄せた。ナギと広瀬がきょとんとして顔を見合わせている。
「……じゃ、遠藤が焦ってるの?」
ようやく広瀬が口にした言葉は、ほとんど語尾が上がっていない。これまたいつもの通りなので、今さら気にもしないが。
「……まあ……そんなとこかな」
梢ちゃんがどう思ってるか分からないけど、俺としては長年思い続けてようやく手に入れた関係だ。ようやく得た獲物。ここで無にするなんて失態を侵す気はない、逃がす気はないのだ。「ツメが甘かった」なんてことのないよう、「これぞ」というところまで一気に関係を進めなくては――
「ま、それだけ本気ってことね」
ナギが言って、飲み干したお銚子を店員に掲げた。指1本で追加の注文している横で俺もお猪口の残りを飲み干し、ナギが笑って指を2本に増やす。
「本気じゃなきゃ、職場で婚約指輪なんざ買うかよ」
「そりゃそうだ」
ナギが笑って頬杖をついた。
「ジュエリーのマネージャー笑ってたよ。王子様みたいにかしずいてたって」
「それは盛りすぎだろ」
「そうかなぁ」
ナギが言って、にやりとする。
「でも、大丈夫なのかなーって心配しちゃった。エンドゥーってば、手あたり次第食ってたじゃん。婚約したなんてバレたら、職場が修羅場になるんじゃないの?」
「馬鹿言うな。いちいち仕事に支障が出そうな女と寝るわけねぇだろうが」
「そうなの? てっきり来るもの拒まず去る者追わずだと思ってた。『本命は別にいるけど彼女もいる』って、典型的浮気男のセリフだろって思ったもんね――」
「……優麻」
広瀬が静かにナギの袖を引いた。ナギは一瞬きょとんとしてから、はっとした様子で取り繕うように口を開く。
「や、で、でも、基本的には一途だしね。修羅場になるような下手な別れ方だってしないし、その辺はうまいこと――」
「優麻。しゃべると墓穴掘るだけだから、黙って」
早口でまくしたてるナギと、それをたしなめるような広瀬の二人が、ちらちらと俺の後方を気にしていることを察して、俺は凍り付いた。
……え、嘘だろ。まさか。
ぎぎぎ、と軋む音がしそうなぎこちなさで振り向く。
そこには、俺の最愛の人――梢ちゃんが表情を失って立っていた。
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