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始まりの始まり

世界の法則

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 コーラル・アルーシュ、この世界は魔物は全てが悪しき物でありそれ以外の生き物が正しいという法則は無い。人も魔もそれに準じない種族も平和な世であれば普通に共存している。
 ただし、それが通るのは色が黒で染まっていない限りは、となる。

 この世界は何度となく悪なる魔王と聖の勇者が代々語り継がれるが、それは神様なのかまたはこの世界の意思なのか未だに解明されないが【コーラル・アルーシュの世界の悪素が一定以上を超えた時魔王が生まれ、勇者も同時に生まれ倒すことで清算する】ことが義務のように与えられている。
 悪いのは全て魔王で、通常の魔物であれば人の集落で普通に暮らしていたり、または魔物の集落に人が住んでいたりまたは商売の交渉に訪れたりと平和なのだ。

 では悪素とは何か、コーラル・アルーシュの世界で一番重要なものとなる。いくら普段は平和な世だとしてもやはり邪心を抱く者、軽いいざこざからそれが恨み辛みになってしまったり不慮の事故もしくは犯罪により死亡した者の無念の塊、怨念とも言う。そんな色々な形の負の遺産が、少しずつ少しずつ集まってそれが一定量を超えた時にその時その世界の中で一番心を病み闇を欲し、人、魔物、精霊、動物、または年月を得て意思を得た無機物などでもなんでも破壊を好む者を魔王に仕立て上げてしまうのだ。
 その選定となるのが【黒】に染まっているということ。生き物全て色を持って生まれるが、コーラル・アルーシュでは生まれながらの黒色の者は存在しない。ダークエルフという種族もいるが、あれは肌が褐色というエルフなだけでありダークも闇と称してはいるが偏見でも何もなく肌の色と、そして夜闇の中でも視界に影響されない夜のハンターの意味合いが強く皆に恐れられる【黒】に該当しない。
 その【黒】はどうやって生まれるのか。これは全てに等しく後天性であること。犯罪をする、破壊衝動、他者への妬み、死すら願う感情、もしくはそれを起こすなど。感情や行動により、そういった悪素を持つものは生まれ持った色をじわじわと外形から黒ずんでいくのである。
 そのような存在と魔王を世界に産み落とすだけの世界中の漂う悪素を凝縮した"何か"が揃ってしまった時、世界で一番何もかもを壊してやりたい、支配したい、少しでもまだ善の心があるなら躊躇うものを全て打ち消して衝動のままに動く黒の魔王となるのだ。

 もちろんコーラル・アルーシュで生を受ける者達は魔王の存在など自分たちの生きる代で存在して欲しいとは思わない。だが、それでも勤勉に穏やかにと願っても生まれの環境や他者との関係、不公平と感じたり絶対な生涯を全うするまでに何かしら嫌な感情を抱いたり、それをも越して犯罪を犯して身体が黒く変色の兆しが見えた者を魔王を生まない為と処断することもある。
 だがそれも結局は人を殺めることに他ならず、処断された者は恨みを残して闇を落としていく。絶対な抑止力にはならない。


 こういった事情が在るが黒=絶対悪だという法則も無い。
 元より艷やかな黒染の衣服は高貴な印象を与えむしろ、自分は全身黒色にならない為の意思表示としても扱われる。それに元より生活するにあたって黒い色とは切り離せないのだ。火を起こすのに使う炭や鉱物類も加工すれば黒色になる。宝石類の類でも黒曜石など自然の色を悪の色だと弾く事など出来ない。
 自然界の生き物の中には保護色として黒い色を持っているものだっている。しかし危険かそうでないかはすぐ理解る。黒い生き物で悪素を持った生き物は絶対にこちらに敵意を示し攻撃を仕掛けてくるからだ。
 もし黒い獣こちらを視認しても警戒、もしくは逃げる動作を見せれば正常な生き物である。そしてもうひとつの判別基準は黒い自然の生き物は目立つ位置に必ず白い模様があるのだ。4足歩行の生き物ならば草原など低木の多い地帯を生息地としているならば蹄近くの毛並みが白く、尻尾や頭部など確実な目印として悪い生き物ではないと主張する。もし悪素に染まった黒い生き物は本当に全身が黒の一色。そう、眼球まで白の部分無くしているのだから対峙してしまったら恐ろしいとしか思わないだろう。そして、もし人を襲う存在ならば討伐するしかなくなってしまうのだ。
 動物類でそのような判別であるならば魔物は、人は、精霊や亜種族は。悪事を起こす、邪な考えを抱く、それを飛び越えて犯罪をすれば髪はくすみ肌も瞳も黒く黒くじわじわと色素を変色させていく。随分過去の話になるがそのような状態になってしまったと誰かに知られれば即魔王候補狩りとして各種族間で対応していたが、今の世では本人に反省更生の意思があり貴重な物ではあるものの浄化の水を飲ませることで戻すことが可能となっている。
 初めてこの世界で世界中の生き物達が貯めてしまった悪意を1人受け、悪の権化と化した魔王とその悪素を浄化する役目を負う勇者の構図が生まれた時最初の浄化の為の聖剣が発見された場所にある洞窟の澄んだ小さな湧き水。それが浄化の水と呼ばれている。
 初期の黒化までなら戻せると研究で知られるようになるまで魔王と勇者は何度か生まれてしまった訳だが、それでも黒化の初期症状までなら戻せるならばと金銭などを一切要求せず浄化の水を飲んだ種族間で定められた半年の奉仕活動を約束させている。
 人であるなら教会、や孤児院で自分だけが不幸だとは思わないでこうして生きている人もいるのだと気づかせるように。他の種族も思い思いの考えで奉仕活動の方針を選んでいるようだ。


 長い歴史の中何故魔王という世界を混乱させる存在を生み出すのか、歴史や魔法学者の中でも未だに解明されていない。親が子供に「悪いことをすると魔王になってしまうからね」と良い子でいるように言い含めると稀にだが心底不思議そうに思いもしなかった返答が返ってくることがある。

「ねぇ、人も魔物もエルフとか精霊さんとかも魔法を使うのになんで一番悪い人が魔王って呼ばれるの?だって、魔王って魔物だけがなるんじゃなくってぼくたちみたいな人間もなるんでしょう?魔王ってさ、魔法を使うのが一番強い王様って意味にはならないの?」
 聡い子供の言葉に我が子の着眼点の良さに驚きながらも、確かにと最初に話を振った親が首を傾げるなんてことも本当に稀にあるのだ。
 学者達の間では仮設として自分たちコーラル・アルーシュで日々些細なものでも負の異物で世界全体が歪まないようにここに育った者達同士で自主的な浄化を望まれていると考えられている。一応はこの世界を作ったであろう創造神はいるとされている。それでなければ教会など無い。
 けれどもその神から神託や啓示を受けたとされる書物は最古の書物の中からも見つかってはいない。

 魔王の受け皿が正式に動き出すと同時に勇者も選定がされているのだろうがそこでも神の声を聞いたという歴代の勇者も誰一人、いない。

 コーラル・アルーシュの世界に生きる全ての生けとし者は人も魔物も亜種族も神には祈らずに今、この時同じく生を受けている者達へどうか黒く染まる悪しき心の持ち主が現れないようにと、どこかで悪素を保管という表現が正しいのか判らないが今まで誰も探し出せたことのない溜まり場が魔王を生み出せるほど貯蓄されてないことを祈るばかりである。
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