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1.昭和57年

(1)お姉さんとの出会い、そして誘い

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昭和57年・熊本・・・あれは友彦が中学2年生の頃のこと。
彼はその時、同じクラスの女子に恋をしていた。

その子はバスケ部に所属していて、彼は帰宅部。
放課後に体育館のそばを通りながら、出入り口からちらりと練習風景を見て、彼女の姿を見てはため息つきつつ自宅に帰る毎日。

彼は帰り道、わざわざ遠回りして彼女の家の前を通った。
クリーム色の外壁にはうっすらと汚れの浮いた赤い屋根の家。

彼女の両親は共働きで家には誰もいなくて、どの窓も明かりがなくひっそりとしていた。
その2階の北東の隅が、彼女の部屋。

狭い庭にはキンモクセイの木があって、ちょうどその頃・・・10月も半ば過ぎだったが、むせ返るような香りがしたものだ。
その芳香を吸いこみながら何度も行ったり来たり、通りすぎてから大回りして町内を一周してまた通りすぎて・・・そんな事ばかりしていた。

彼女の家の斜向かいにある1階が倉庫になった小汚い木造のアパートの2階の窓から、そんな彼を見ている女性がいた。
年のころは二十歳くらい・・・本当の大人から見ればほんの小娘だろうが、当時の彼には大人のお姉さんに見えた。

丸い頬にふっくらとした体つき、はっきりとした瞳に長くて豊かな黒髪。
同級生の子が仔鹿のようにスレンダーだったとは対照的。

下校時間、彼が想いを寄せる彼女の家の前をうろうろと通る時、2日に1回くらいかそれ以上の頻度でその人が窓を開けて外を見ていた。
あたかも彼が来るのを待っていたかのように。

その人の姿が窓に見えるたびに「恥ずかしいな」と思い、できるだけ顔を合わせないように彼女の家の方に神経を集中させてそこを通りすぎるのが常だった。

ある日、友彦が彼女の家へと通じる市道を歩いていると、後ろから人の気配がした。
はっと振り返ると、そのお姉さんが彼のすぐ後を歩いているところだった。

彼が意表を突かれどぎまぎしていると、お姉さんはニコッと笑い話しかけてきた。
それも、いきなりなんの挨拶もなしにストレートに。

「ねえボク、いつもあの家をじろじろ見てるけど、あそこの子に興味があるのぉ?」

友彦は隠し事を暴かれたように思い、頬から、耳から、かぁ~っと熱くなるのが分かった。
「ちがう、ちがう」というふうに首を小刻みに振ったが、それが震えているように見えたかもしれず、それでかお姉さんはクスッと笑った。

お姉さんは、「大丈夫、大丈夫」と言うかのようにそうっと彼のそばに寄った。

「なんなら私の部屋からあの子が帰ってくるのを見てみたら?」

そのように言いつつ、彼の手を取り、軽く握ってきた。
柔らかくて、温かい手のひら。

突然の事で判断のつかなくなった彼はついついその甘い言葉に釣られ、お姉さんに背中を押されるように錆の浮いた鉄の階段を上っていった。
段ボールやゴミ袋が無造作に端に寄せられた通路の突き当たりが、お姉さんの部屋。

お姉さんは古びてくすんだシリンダー錠を外してドアを開けると手招きし、彼は「おじゃまします」と言いながら中に入った。
玄関の上がり口を挟むように狭い台所と押入れがあり、6畳間は古い部屋にも関わらずきれいに片付いていて、カラーボックスの上にはクマの人形が飾ってあったりした。

オトナのお姉さんの部屋・・・友彦はますます胸が鳴るのを感じた。

部屋の真ん中に折り畳みテーブルを出したお姉さんはインスタントコーヒーを入れてくれ、そしてコーヒーを飲みながら彼にいろいろと話しかけてきた。
しかし彼はひどく緊張してしまい、質問というか尋問を受けるみたいにかしこまって受け答えしていたが。

お姉さんは、よく笑う人だった。
友彦が何かを言った時、お姉さんは「わぁ~、かわいい!」と言って彼の頭を撫で、頬まで撫でまわした。

その時オトナの匂いに包まれて、彼は頭がクラクラとした。
正直、股間にある彼の体の一部分が反応してしまい、それをお姉さんに気付かれないよう正座して、身体全体ではますます小さく縮こまっていた。

そのうちに日が暮れようとして、カーテンを通してくる外の明るみが翳ってきた。

「そろそろじゃないかな?」

そうお姉さんが言うので、友彦はカーテンの隙間から斜向かいの家の方を覗き見た。
お姉さんも、彼の背後からやはり外を見た。

友彦の肩に手が添えられ、背中にはお姉さんの胸が密着し、彼はその大きい乳房の質感を背中で感じていた。
長い髪や体全体から発する甘い香りは酔ってしまいそうで、そのうちに彼はムラムラととても危ない気分になり息も荒くなりそうなのをぐっと堪えていた。

そのまま5分か、10分か、それ以上の長い時間が経過したように思われる頃、女生徒たちの声が聞こえてきた。

「じゃぁねぇ~」

もう夕闇が降りてくる時間だったが、玄関からクラブ仲間に手を振って鍵を開けて家に入っていったのは、あの子だった。
しかし、あの子の帰宅を見届けた事よりはお姉さんと身体を近付けていた事の方が強く印象に残った。

友彦も帰ろうとしたとき、お姉さんは言った。
「明日も、来たらいいよ」と。
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