仔猫は月の夜に少女に戻る

まみはらまさゆき

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2.小夜子

(5)小夜子が本当にやり残したこと

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 家に戻り、テーブルに向かいながら買ってきた焼きそば、お好み焼き、たこ焼きを楽しむ。小夜子が「おいしい、おいしい」と笑顔を見せると、高志もついつい笑顔になってしまう。

「こういうのを食べると、人間に戻っていいなって思う?」
「はい! 特にお好み焼きは……前に本当に人間だった頃、家族みんなでよくお好み焼きを作ってたから……」
「このままずっと、小夜子さんが人間のままでいられたらいいのに」
「……でも、それはできません。私を生まれ変わらせてくれた『大きな力』との約束なんです……」

 高志は思わず、箸を止めて考え込んだ。そもそも小夜子は、この世で「やり残したこと」を果たすために生まれ変わって、そして期間限定で人間に戻れるようになったと言っていた。
 読み残した漫画を読んだり、お祭り見物したりして生きる喜びを味わい直している小夜子。願いがかなったら、もう人間に戻ることなく猫のままで生きていくことになるのだろうか。
 それを思うと、彼女が可哀想にも思えてきた。むしろ、彼女にそんな運命を背負わせた「大きな力」とやらが残酷にすら思えてきた。
 高志がそんな感傷に浸っているさなか、スマホにLINEの着信があった。香代からだった。

〈さっきの子 誰?〉
〈説明したでしょ いとこ〉

 なんだよしつこいなと思いつつ、すぐに返信した。香代からの返信も、すぐだった。

〈本当にいとこ?〉
〈疑う気?〉
〈疑ってなんかいないよ でも気になって〉
〈気にしすぎ〉
〈だね ごめんね でも同好会への参加ホンキで考えといて〉

 なぜかグランドゴルフ同好会への勧誘で終わってしまった、香代からのメッセージ。結局はそこかい! と思いつつ、スマホをしまった。

・・・

 夏休みに入って、数日が経過した。ある朝、高志は母親から訊かれた。

「ね、タカちゃん。こないだのお祭りのとき、あなた、女の子と一緒だったって?」
「誰がそんなこと……」

 それが誰だろうと、実際のところは関係ないことかもしれなかった。地域の祭りのあの人混みの中で、小夜子のような美少女を連れていればどうしても目立っていただろう。
 しかし高志は焦ってドギマギとし、額や首筋に生汗を感じた。そして苦し紛れに適当なことを言って、ごまかした。

「あ、あれ……鈴木さんちのカヨっちの従妹」
「なぁんだ、そうなの。てっきりあなたにもカノジョができたのかと早とちりしちゃったわぁ」

 香代の従妹でも、カノジョでも、高志自身の従妹でもない。もしそうせざるを得ない時がきたら、小夜子とミケの関係をどう説明すればよいのだろう。

 そんなことがありつつも、さらに日は進んでいく。月の出が遅くなるに従って小夜子が人間になる時間も、遅くなっていった。
 小夜子は仔猫から人間に戻る瞬間を、高志の前では決して見せてくれない。彼がトイレなどで部屋を空けている間に、セーラー服の美少女に変身するのだ。
 彼が彼女の正体を初めて知ったとき、人間から仔猫に変わる瞬間なら、見た。けれどもそれっきりだ。
 だからそろそろ月の出という時間に、彼はわざと部屋をでる。部屋を出るふりをして「その瞬間」を覗いてみたい気もするが、昔話みたいにそれが最後のお別れになってしまいそうでやめておく。
 0時過ぎくらいまでだったら高志も彼女が人間に戻るのを、そうやってアシストできた。しかし月の出が未明近くになってくると、そうもいかない恐れもあった。
 けれどもそれは、考えすぎのようだった。彼が寝てしまっているうちに、ミケは人間に戻っているようだった。
 未明にふと目が覚めて、漫画を読み耽る小夜子に気づくこともあった。邪魔してはいけないなと思いつつ、布団の中から小夜子に話しかけてみた。
 楽しいおしゃべりをしているうちに再び眠くなり、眠り込んでしまった。朝になって目を覚ますとミケは寝床でお腹だけピク、ピクと動かしながら眠り込んでいて、机の上にはいつものように読みかけの漫画本が置いてあるのだった。

・・・

 さらに日は進んで新月となり、小夜子は現れなくなって高志は一抹の寂しさを感じた。その一方でミケは、夢中になっておもちゃで遊んでいた。
 その翌日も、ミケはミケのままだった。本人が人間に戻ろうという意志があるときだけ、人間に戻れるようになっているのだろうか。
 さらに翌日、今日こそは小夜子が現れてくれるかなと期待した。頃合いを見て自室に上がって様子を見ようと、夕食の食器を片付けながら考えていた。
 そこに、来客があった。出てみると、香代だった。
 彼女は恐ろしい顔をしていた。高志がドアを開けると、玄関まで入ってきた。

「あの従妹さん、もう実家に帰ったのかしら?」

 玄関に並んだ靴を見やりながら、いかにもわざとらしく言ってくる。高志は、曖昧に返事をした。

「う……ん……」
「あの子、私の従妹だって?」

 途端に香代は、噛みつくように高志に迫る。突然のことに驚き、うろたえ、何も答えられない。

「さっきそこのコンビニであなたのお母さんと会ってね、立ち話したんだけど、あなたの従妹ってあの子のこと、お母さんには私の従妹って説明してたんだって? まぁ適当に話を合わせといたけどねぇ……え? どういうこと?」
「……」

 今度こそピンチだった。先日の祭りの時のピンチなど、可愛いものだ。

「カノジョがいるならいるで、正直に言っちゃえばいいじゃない! それを自分のお母さんまでだまくらかして! ……それとも、人に言えない関係なの?」
「そんなんじゃ、無いけどさぁ……」

 しかし実際のところ、小夜子はミケだなんて人には言えないことではあった。誤解を解きたいが、どうすればいいのだろう。
 香代は、ため息をついた。そして自嘲ぎみに笑って、言った。

「私って、ただのバカじゃん……カノジョがいる人に、ひとりで勝手にアプローチしていって……せめて振り向いてくれるかななんて思って、同好会にも誘ったりしてさ」

 高志はいきなり彼女の彼に対する本音を聞かされて、仰天するしかなかった。照れて熱い想いがこみ上げてきたが、そかしそれより焦りのほうが圧倒的に優勢だった。
 彼女の気持ちがそうならばなおのこと、この誤解は解かなければいけない。彼女の気持ちを受け入れるかどうかは別にして、彼は正直に言うことにした。

「小夜子……じゃなかった、あの子、決して僕の彼女なんかじゃないんだよ」
「だったらなおのこと、なんなのよ!」
「えっと……信じてくれるかわからないけど、ミケなんだ、あの子。月夜にミケが人間に変わるんだ」
「ふざけてるの? バカにしてるの? 『信じてくれるか』だなんて、よくそんな平気な顔して言えるねぇ! 信じるわけないじゃない! そんなの、し・ん・じ・ら・れ・な・い・の・よ!」

 香代は、本気で怒っているようだった。しかしそれも、無理のないことではあった。
 ミケを通じて生まれた彼女との関係は、もう何もかも終わりかと思えた。彼女は涙を浮かべていたが、泣きたいのは高志自身だった。

「にゃぁ~」

 そこへ、ミケがやってきた。尻尾を立てて玄関のたたきに降り、香代の脚に身体を擦り付けて甘えた。

「ごめんね、私、今そんな気分じゃないんだ……」

 それでも香代は、屈んでミケの背中を撫でてやった。その時ミケはピタリと動きを止め、訴えかけるような眼で彼女を見上げた。

「どうしたの……?」

 するとミケはひょいとホールに上がり、香代を振り向いた。なおも、香代に対して何かを訴えかけていた。

「ひょっとして……ついてこいって?」
「んにゃぁ~」

 そうだと言わんばかりにミケは、歩きだした。慌てて香代は、靴を脱ぐ。

「ひょっとしたら……そんなバカな話ないと思うけど、ミケがああ言ってるんだから、上がらせてもらうね」

 香代は、なにか見えない意志に引っ張られるかのようにミケについて行った。高志は何が起ころうとしているのか、さっぱり見当もつかず香代の後を追って階段を上ろうとした。

「ちょっと待って」香代はそれを制した。「ひょっとしたら、私と『ふたり』だけで話をしたいのかもしれない。そこで待ってて」

 いやそっちは僕の部屋……高志は言いかけたが、黙って言われたとおりにする。そして階段の上り口で上を伺う。
 どうやらミケは香代を連れて一旦は高志の部屋に入ったようだったが、すぐにふたりとも出てきた。するとミケは香代を廊下に残し、単独で部屋に入っていった。
 それからしばらくして香代は何か呼ばれたように、また部屋に入っていった。聞き耳を立てると、香代ともう一人、小夜子が何かを語っているようだった。
 おそらくミケは手品師が「タネも仕掛けもございません」とするように部屋に誰もいないのを香代に見せてから、小夜子に戻ったのだろう。これで誤解は解けたはずなのだが、しかしふたりは部屋から出てこない。

 いい加減、高志が部屋まで上がってふたりを呼ぼうと階段に片足をかけたとき、部屋の扉が開いた。香代と小夜子が、一緒に出てきたのだ。
 誤解は完全に解けたはずなのに、香代は険しい顔のままだった。そのままずんずんと階段を下りてきて、高志に食って掛かるように言った。

「戸田くん! あなたほんとにバカなの? 何考えてるの、いったい?」
「えっ、なに、なに……?」

 高志は何がなんだか、分からない。小夜子になだめられながら、香代は続けた。

「あなた、小夜子ちゃんの大切な時間をこんなにも無駄にしちゃって!」
「それは私がちゃんと言わなかったから……」
「小夜子ちゃんあなたは黙ってて。この子ね、この世でやり残した大事なことがあって、それを果たすために人間に戻れたっていうじゃない!」

 それは確かに高志も聞いていて、それで小夜子が楽しいことを改めて体験できるようにしてあげたのではなかったか。高志はそれを伝えようとしたが、聞く耳を持たない香代はそれを遮って言った。

「この子、生前にお父さんに酷いこと……ここで私の口から再現できないくらい汚い表現でお父さんを罵って、それでケンカしたままの翌日に死んじゃったのよ! で、お父さんに謝りたい、その一心で人間に戻ったのをあなたは……」
「だから、私が高志さんに言わなかったのが、悪いんですって!」

 小夜子の言う通りで、高志にとっては初耳過ぎた。しかし香代の言う通りであれば、小夜子には本当に悪いことをしたという気持ちも、あるにはあった。
 それらを整理するには、あまりに場が混乱していた。高志は頭を抱えたまま、しゃがみ込むしかなかった。
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