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雨の中に潜むそれは

第十四話

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 すぅっと息を吸い、向こうを見据えて一歩、相手の陣地へと踏み出した。

見た目は変わらないように見えた。

雨も同じように降っているし、景色も同じだった。

だが、決定的に違うものがあった。

入った瞬間に分かった。

「空気が…全然違う…」

吐きそう…

雨の日の湿気が多く混ざった風とは違い、生暖かい、だが冷たく、触れれば生気を吸い取られてしまいそうなその風に背筋が凍った。

だめ…気持ち悪い…

私の身体に絡みつくそれは容赦なく吐き気を誘った。

そんな私の様子を見た狐達の顔が後悔の念で歪む。

『やっぱり、やちをつれてくるべきじゃなかった…』

『ごめん…ぼくたちのわがままのせいで…』

私はもう一度気を取り直すべく深呼吸をする。

正直ここの空気はこれ以上吸いたくなかったが、自分を落ち着かせるために敢えて深呼吸をした。

「大丈夫…気にしないで」

声が震えた。

一気に身体が冷えたのだ。

そう…恐怖なんかじゃない…何も、怖くはない。

「賀茂君を探そう」

そう言ってまた歩き出す。

足に力が入らず、気を緩めばすぐに転びそうになる。

賀茂君を探して数分、視界の端を人影が掠めた。

『やち、あれ…』

「今走っていったの、賀茂君だね」

『うん、おいかけよう!』

私は両足を叱咤してまた走り出した。

「オン、デイバヤキシャ、バンダバンダ、カカカカ、ソワカ!」

またあの聞き慣れない言葉の羅列が聞こえた。

確か真言と言ったか

でも、今の声のおかげで賀茂君が何処にいるのか分かった。

私は声が聞こえた方へと走っていった。

走り出した先には賀茂君の背中があった。

ホッとして名前を呼ぶ。

「賀茂君!」

唐突に名前を呼ばれた事で彼はこちらを振り返った。

「え、な、稗田!?」

安堵した私とは裏腹に賀茂君は私の存在に目を瞠って慌てた。

「なんでここに!」
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