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女の悔恨はその地へと

第三十七話

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「先輩…その姿…?」

確実に人間のそれではない異様な姿に困惑し、目を見開く。

そんな碧の様子に真人は悪戯っ子のような笑みを浮かべる。

その表情は、いつものあの胡散臭い笑顔よりも、本物のような気がした。

『やっちゃんは、自我を保てていないみたいだね』

先輩の声が、やけに脳に響く。

俺はこの聞こえ方を知っている。

そうだ、狐達と、妖と同じなんだ。

先輩は、鬼で、妖で、人ならざるもので…

なら…先輩は…敵、なのか?

いや、でも、妖でもきっと良い奴はいる。

稗田の傍にいるあいつらだって、多分妖だ。

妖ってだけで、一括りにして敵だと決めつけるのは、違う気がする。

『──ちゃん?あおちゃん?』

佐々木先輩の声にハッと顔を上げる。

いつもは取ってつけたような笑顔の表情なのに、そこにあったのは本当に案じているような顔だった。

『大丈夫かい?』

先輩の言葉にはい、と頷く。

「ほら、ぼうっとしている暇はないよ。呪詛の主を見つけに行こう」

如月先輩が呆れたような笑みを浮かべて言った。

俺は稗田の腕を掴み、佐々木先輩と如月先輩の背を追う。

こうやって稗田の腕を掴むと、折れてしまいそうなくらいに細いのが分かる。

傍目では分からないが、実際に触ると分かるもんなんだな、と脈絡のない事を考える。

自分では足を進める気配の無い稗田を負担がかからないように気にしながら引いて歩くのは意外と大変だった。

強く引くと肩が外れてしまうのではないかと思うくらいに。

彼女は気丈な振る舞いをしていても、守らなければいけない女の子なのだ。

「…って…何一人で変なこと考えてんだか…」

「え?」

聞こえないくらいにぼそりと呟いたはずの言葉は、聞き取れないくらいの声になっていて如月先輩が反応した。

「い、いえ、何でもありません!」

自分の思考回路がだんだん気持ち悪くなってきた。

何が女の子なのだ、だよ…いきなり何なんだよ、俺…

考えている事が声にならないくらいの小声で口に出ている事に気付かない碧は、同じように、鬼になっている事で五感が優れている佐々木先輩には駄々漏れだということにも気付くことは無かった。
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