10 / 33
前章 不当な婚約破棄
10 【sideクロノス】 誇り高きその恋慕
「ふむ、なるほど。ビアンカさんのお話が事実なら、殿下とイリーシャはやはり計画的にアメリアをハメたと考えられるな」
私はアメリアのされた仕打ちを思い返して内心、怒りで煮え繰り返りそうだった。
「でもクロノス様。やっぱり私はあの浮気現場の映像だけがどうしても不可解ですわ」
「お嬢様、そこは度外視にしアメリアお嬢様の潔白ではなく、イリーシャ様の不貞行為の方を強く謳えば状況は大きく変わるのではありませんか?」
「待ってビアンカ。もう少し様子を見るべきだと私は思うわ」
なのでビアンカさんの言う通り私もそれを突き詰めてしまえばいいのではと思ったのだが、もう少し決定的な何かを探したいとアメリアが言ったので、私は感情を押し殺してこの場は我慢した。
アメリアの事を想うと、一刻も早く彼女の汚名を晴らしてやりたいところだが。
こんな風にしてアメリアとビアンカさんが私の寮部屋に定期的にやってきては情報の進捗状況を私に教えてくれていた。
「ではまた来週のアメリア様のお休みにの日に来ます」
ビアンカさんがそう言って私の部屋から出ていこうとする。
週に一度、男子学生寮の私の部屋にアメリアを連れてきて彼女のメイクの修繕や顔の洗浄を行なっているのだ。
「あ、ビアンカ、私来週は駄目なの。クラスメイトとちょっとお出かけする約束をしてしまったので」
「あら、そうなのですか、わかりました。ではその休みの前の日の夜にメイクの手直しだけしにきますね。なのでその日はアメリアお嬢様の部屋に直接お伺い致します」
「ええ、ありがとうビアンカ。クロノス様を交えての会議はまた次という事で」
「ああ、それで構わない」
私は笑顔で、部屋から出る時には人目に十分注意してくれと伝え、彼女たちと別れた。
「ふう、帰ったか」
しんっと突然静まり返る部屋の中で私は瞳を閉じ、右手の拳を握る。
そして――。
「クッソぉおおおおお! 来週は無しなのかよぉおおッ!」
と、声をやや荒げてその場で崩れ落ちた。
私は今の彼女の現状を憂いながらも、不謹慎ながら内心ではめちゃめちゃに幸福感を抱いていた。
何故なら。
「はあ……アメリア……キミは、キミはまさに悪女だ……」
この私の心をこうまで揺さぶり続ける女性は後にも先にもきっとアメリア、キミしかいないだろう。
殿下との婚約破棄という不幸のおかげでこうして定期的に私の部屋に来てくれるようになったのだから。
私ことクロノス・エヴァンズは何を隠そう、アメリアが大好きだ。三度の飯よりも彼女を遠目から見ている事が好きなぐらいに大好きだ。
「それにしてもアリア、の姿のアメリアもとてつもなく可愛い。ビアンカさんは神か?」
ビアンカさんが施したアメリアへの特殊メイクでアメリアがどう変わってしまうのか、内心ハラハラして見ていたのだが、これがまたもの凄く美人なのである。
元々大きく可愛らしいやや垂れ目だった青いその瞳が、朱の染色によって赤く染まった髪色ととてもマッチしていて宝石のように輝いて見え、更には顔の造形をファンデーションでデコレートされたにも拘らず、アメリアの良さを残したまま、顔の印象をがらりと変えさせつつも可愛らしさを際立たせている。
彼女が私に助けを求めて来てからというもの、私は日々努めて冷静さを装っているが、内心は毎日お祭り騒ぎなぐらいだ。世界が許すなら、私は裸で踊り出したいくらいだ。
凄く大好きな彼女が私に好意を寄せてくれている。その想いだけで、心はまさに無敵であった。
今なら私は神にでも勝てるだろう。
おっと、ここで「お前、暴漢程度にコテンパンにやられてるだろ」みたいな野暮な事は言いっこ無しだ。
「今度は一週間以上、彼女とこの部屋で会えないのか……」
私はひとり軽く落ち込みぼやく。
私とアメリアは今、おそらく両想いになっていると思われるが、アメリアから好きだと告白されたのはあの日以来一度もないし、恋人っぽいような雰囲気にもなっていない。
学院内では私たちは完全に他人のフリをしているし、あの日以降は私の部屋に来る時は必ずビアンカさんと一緒にいるからだ。
本当はアメリアともっとちゃんと恋仲になって、色々な話をして、手を繋いでデートをしたりとかしたいのだが、どちらにせよ現状を解決しない限りその先に進むのは難しいだろう。何より私も殿下たちの事は許せんしな。
私の贔屓目のせいではないと思うが、あんなに殿下の為に必死だったアメリアが浮気などするはずがない。
殿下は馬鹿なのか。それとも馬鹿なのか。もしくは馬鹿なのか?
そもそもアメリアのような美しく可愛らしい貞淑な彼女を婚約破棄するなど、頭がイカれているとしか思えない。頭がイカれてるのだろう。大事な事だから何度でも言おう。殿下は頭がイカれているのか?
おっと、私の頭がイカれている事は私自身若干理解しているので放っておいてもらおう。
……うん、贔屓目ではない、よな?
●○●○●
私が彼女に恋した理由は大した事ではない。ひと目惚れだ。彼女が毎朝、隠れて学院の花壇の花に水やりをやっていた姿を見続けていて、気づいたら惚れていたのだ。文句あるか?
と、私の心を知る者にはいつもそうやって語句を強めて威圧する。
そうするとだいたい私の幼馴染であり古くからの友人であるウィルは「別にねえよ。ってか、どうでもいいよ」と答えるのである。
どうでもよいはずなどないッと私がアメリアの良さについて延々ウィルに説こうとするといつも「わかったわかった、勘弁してくれ」という。ちっともわかっていないのだ貴様は。
アメリアの事を意識し始めたのは数年も前から遡る。
まだ彼女がエルヴィン殿下と知り合う前だ。
私はその時、近々来る期末の提出レポートの課題内容をどうしようかと悩んでいた。今回の課題は『愛について』という題材でレポートをまとめよ、と私の担任の教師が言い出した。
私はこの時まだ12歳。正直なところ色恋沙汰にはまだあまり興味がなく、それよりも魔法や法律について学ぶ方が面白かった私からすると、『愛ってなんぞ』というのが本心であったが、エヴァンズ家の長男として魔法学院を優秀な成績かつ何事にも真摯に紳士で卒業せよ、との父からの命令があった為、どのような内容であろうと優れたレポートを出さなければならない。
家族愛なのか友情愛なのか、それとも王道の男女間の愛なのか。
どれの事についてまとめるべきなのか全くわからず、四苦八苦し、レポートの進捗が芳しくない状況で提出期限が迫り始めた頃。
私は少しでも早起きして、早朝の学院の中でも散策しながらレポートをどうしようか考えあぐねていた時に私の女神、もといアメリアに出会ったのである。
学院の中庭にある小さな庭園。その一角にある色とりどりの薔薇の花壇に水をあげているアメリアに思わず魅入ってしまっていたのだ。
「あの……」
そして気づいたら私は思わず彼女に声をかけていた。
「はい? え、ク、クロノス様!?」
「キミは……ここで何をやっている?」
「あ……えっと、ここの花壇のお手入れをしていてくださった教員の方が、数日前からご病気で倒れてしまったので、代わりに私がお世話をしております」
「ほう。その教員に頼まれたのか?」
「いえ、私が勝手に始めたのです。その教員の方しかここのお手入れをしてくれている方がいないという事を知っていましたので」
「なるほど、うむ。殊勝な心掛けだな」
「そ、そんな。勝手にやっているだけですから」
「何故そんな事を?」
「クロノス様、こちらをご覧ください」
「む……? それはまさか」
「ええ、青い薔薇がございましょう。青い薔薇は王家の限られた式典などにしか使われない実に希少な薔薇。普通の薔薇の栽培は比較的容易でも青い薔薇だけは非常に大変で、手入れも丁寧に行わないとすぐに病気になってしまいます。本来なら王宮などの大庭園でしか栽培されていない青い薔薇ですが、少し前に王家から寄贈品としてこの学院に贈られた物がそれですわ」
「そうなのか」
「希少な薔薇なので元気な姿でいてほしいな、と思ったんですの」
と優しい笑みを浮かべながら青い薔薇を見るアメリアを見て、私は瞬時に理解した。
これが異性に恋をする、という事なのだと。
「ところで……クロノス様みたいな有名な方がどうしてこんな早朝に?」
「ああ、私はレポ……い、いや、なんでもない。ただの散歩、だ」
「はあ……」
「ところで私が有名、というのは……?」
「あ! い、いえ、それは全然気になさらないでください!」
「ふむ?」
この時の私はまだ全然知らなかったのだが、後でウィルに教えてもらったところ、どうやら私は自分で言うのもなんだが女子生徒の間で結構な人気らしい。それに気づくのはこのアメリアとの初めての会話以降になるのだが。
「そ、その。キミの名前を教えてもらってもよいか?」
「アメリア……です」
「アメリア、か。良い名だ。ではまたな」
「え、あ、はい」
と、彼女の名前を聞き出せたところで遠目に他の学院生たちが視界に入りだしたので私はその場そそくさと後にした。
私はこの時まで、女性にほとんど興味を抱いていなかった。
しかしアメリアとのこの一件をきっかけに女性を意識して見るようになってから、気づけば毎日のように私に近寄ってくる女子やラブレターが届く量が加速した。もちろん全て断っている。
ウィル曰く、「お前は昔から女子に好かれてたよ。ただお前は俺と遊ぶ方が楽しいからとか言って女子からの誘いは全部断ってたじゃねーか。なんで覚えてねーんだよ」と言われた。
すまん、覚えてない。
ついでに私は有名なのか? とウィルに尋ねたところ、「有名だよ。お前は顔も綺麗だし背も高い。成績は優秀で運動神経も良いだろ。それで有名じゃないわけがないだろ」と言われた。
そうか、私は有名なのか。
だが、それならウィルも同じくらい有名でも良い筈だ。ウィルだって私と同等くらいの成績だし、男の私から見てもウィルは格好が良いだろ? と尋ねたところ、「俺は男にはモテるが女にはモテねーんだよどチクショウが!」と言われた。
男にモテるが女にはモテないのか。わからん。
そんな私の親友であるウィルにアメリアの事を相談した。
私は初めて人に恋したようだ。どうしたらいいか教えてくれと頼んだら「知らねーよ! お前は放っておいてもモテるんだから適当にやりゃあだいたいの女は落ちるんだよ! このスカシイケメンがよぉ! くそがぁ!」と、キレられた。
スカシてるつもりはないのだが……。
それからたまにアメリアを見かけては声を掛けよう、と思ったのだが、どうしてか彼女を目の前にすると上手く言葉が出せなくなってしまった。
結果、アメリアの事は遠目で眺める日々が続いていた。
しかしとある日。
アメリアは突然エルヴィン殿下の婚約者となってしまった。
私はこの時、絶望で三日は学院を休んだ。
三日間部屋に引き籠っていたらウィルが様子見に来てくれて、「大丈夫か? そんなくよくよするなよ、女なんて星の数ほどいるさ。なあ親友」と励ましてくれた。
ウィルは良い奴だが、この日だけは殴りたいと思ってしまったがやめた。喧嘩しても私が勝った試しがないからだ。
この時、私は自分の家筋を呪った。
まさか私の遠縁でもあるエルヴィン殿下が、よりにもよって私の最愛の人を奪ったのだから。
エヴァンズ家は実は、リスター王家の分家だ。
本来なら公爵位を叙されるはずのエヴァンズ家が何故辺境伯などに成り下がっているのかというと、我がエヴァンズ家は何世代も昔、リスター本家に相当な無礼を働いたらしく王家からは縁切りされ爵位も剥奪されただけに留まらず、一度は国外追放の罰まで受けたからだ。
しかしエヴァンズ家の優秀さに目をつけた後のリスター王家が、我が家系を利用する為に国境あたりの領地を与えて辺境伯の地位を与え戻したのだそうだ。
とまあそれは過去のいざこざであり、現在のリスター王家とエヴァンズ家はかなり友好な関係性ではあるのだが、我が父カイロスは「今更王家と縁を繋ぐ必要もあるまい。陛下は実に聡明であらせられるしな」と言っていた。昨今では陛下から公爵の地位に戻すと何度も誘いを受けているそうだが、我が父がそれを断り、甘んじて辺境伯に落ち着いているのだとか。
しかし私が公爵令息であったなら、エルヴィン殿下に直接アメリアについて抗議する事もできたのだ!
だが、今の身分ではそんな大それた事はできない。殿下の弱みでもあればそれをネタに詰め寄ってやるのだが……。
そんなわけで私は公爵令息の身分ではない事にこれほど腹立たしくなったのは今回が初めての事であった。
だが現在。
そんなアメリアは何故かエルヴィン殿下に婚約破棄され、そして私に好意を寄せてくれている。
私はこれを神の奇跡だと思わずにはいられなかった。
本当ならすぐにでもウィルに自慢しまくりたいのだが、この件は口外を禁じられているから何も言えないのである。
そんなわけで私はこの想いを完璧に成就させる為にも、アメリアの疑惑をなんとしても払拭させなければと誓うのだった。
ちなみに当時のレポートは原稿用紙200枚にも及ぶ大作を無事仕上げられた事は言うまでもあるまい。
私はアメリアのされた仕打ちを思い返して内心、怒りで煮え繰り返りそうだった。
「でもクロノス様。やっぱり私はあの浮気現場の映像だけがどうしても不可解ですわ」
「お嬢様、そこは度外視にしアメリアお嬢様の潔白ではなく、イリーシャ様の不貞行為の方を強く謳えば状況は大きく変わるのではありませんか?」
「待ってビアンカ。もう少し様子を見るべきだと私は思うわ」
なのでビアンカさんの言う通り私もそれを突き詰めてしまえばいいのではと思ったのだが、もう少し決定的な何かを探したいとアメリアが言ったので、私は感情を押し殺してこの場は我慢した。
アメリアの事を想うと、一刻も早く彼女の汚名を晴らしてやりたいところだが。
こんな風にしてアメリアとビアンカさんが私の寮部屋に定期的にやってきては情報の進捗状況を私に教えてくれていた。
「ではまた来週のアメリア様のお休みにの日に来ます」
ビアンカさんがそう言って私の部屋から出ていこうとする。
週に一度、男子学生寮の私の部屋にアメリアを連れてきて彼女のメイクの修繕や顔の洗浄を行なっているのだ。
「あ、ビアンカ、私来週は駄目なの。クラスメイトとちょっとお出かけする約束をしてしまったので」
「あら、そうなのですか、わかりました。ではその休みの前の日の夜にメイクの手直しだけしにきますね。なのでその日はアメリアお嬢様の部屋に直接お伺い致します」
「ええ、ありがとうビアンカ。クロノス様を交えての会議はまた次という事で」
「ああ、それで構わない」
私は笑顔で、部屋から出る時には人目に十分注意してくれと伝え、彼女たちと別れた。
「ふう、帰ったか」
しんっと突然静まり返る部屋の中で私は瞳を閉じ、右手の拳を握る。
そして――。
「クッソぉおおおおお! 来週は無しなのかよぉおおッ!」
と、声をやや荒げてその場で崩れ落ちた。
私は今の彼女の現状を憂いながらも、不謹慎ながら内心ではめちゃめちゃに幸福感を抱いていた。
何故なら。
「はあ……アメリア……キミは、キミはまさに悪女だ……」
この私の心をこうまで揺さぶり続ける女性は後にも先にもきっとアメリア、キミしかいないだろう。
殿下との婚約破棄という不幸のおかげでこうして定期的に私の部屋に来てくれるようになったのだから。
私ことクロノス・エヴァンズは何を隠そう、アメリアが大好きだ。三度の飯よりも彼女を遠目から見ている事が好きなぐらいに大好きだ。
「それにしてもアリア、の姿のアメリアもとてつもなく可愛い。ビアンカさんは神か?」
ビアンカさんが施したアメリアへの特殊メイクでアメリアがどう変わってしまうのか、内心ハラハラして見ていたのだが、これがまたもの凄く美人なのである。
元々大きく可愛らしいやや垂れ目だった青いその瞳が、朱の染色によって赤く染まった髪色ととてもマッチしていて宝石のように輝いて見え、更には顔の造形をファンデーションでデコレートされたにも拘らず、アメリアの良さを残したまま、顔の印象をがらりと変えさせつつも可愛らしさを際立たせている。
彼女が私に助けを求めて来てからというもの、私は日々努めて冷静さを装っているが、内心は毎日お祭り騒ぎなぐらいだ。世界が許すなら、私は裸で踊り出したいくらいだ。
凄く大好きな彼女が私に好意を寄せてくれている。その想いだけで、心はまさに無敵であった。
今なら私は神にでも勝てるだろう。
おっと、ここで「お前、暴漢程度にコテンパンにやられてるだろ」みたいな野暮な事は言いっこ無しだ。
「今度は一週間以上、彼女とこの部屋で会えないのか……」
私はひとり軽く落ち込みぼやく。
私とアメリアは今、おそらく両想いになっていると思われるが、アメリアから好きだと告白されたのはあの日以来一度もないし、恋人っぽいような雰囲気にもなっていない。
学院内では私たちは完全に他人のフリをしているし、あの日以降は私の部屋に来る時は必ずビアンカさんと一緒にいるからだ。
本当はアメリアともっとちゃんと恋仲になって、色々な話をして、手を繋いでデートをしたりとかしたいのだが、どちらにせよ現状を解決しない限りその先に進むのは難しいだろう。何より私も殿下たちの事は許せんしな。
私の贔屓目のせいではないと思うが、あんなに殿下の為に必死だったアメリアが浮気などするはずがない。
殿下は馬鹿なのか。それとも馬鹿なのか。もしくは馬鹿なのか?
そもそもアメリアのような美しく可愛らしい貞淑な彼女を婚約破棄するなど、頭がイカれているとしか思えない。頭がイカれてるのだろう。大事な事だから何度でも言おう。殿下は頭がイカれているのか?
おっと、私の頭がイカれている事は私自身若干理解しているので放っておいてもらおう。
……うん、贔屓目ではない、よな?
●○●○●
私が彼女に恋した理由は大した事ではない。ひと目惚れだ。彼女が毎朝、隠れて学院の花壇の花に水やりをやっていた姿を見続けていて、気づいたら惚れていたのだ。文句あるか?
と、私の心を知る者にはいつもそうやって語句を強めて威圧する。
そうするとだいたい私の幼馴染であり古くからの友人であるウィルは「別にねえよ。ってか、どうでもいいよ」と答えるのである。
どうでもよいはずなどないッと私がアメリアの良さについて延々ウィルに説こうとするといつも「わかったわかった、勘弁してくれ」という。ちっともわかっていないのだ貴様は。
アメリアの事を意識し始めたのは数年も前から遡る。
まだ彼女がエルヴィン殿下と知り合う前だ。
私はその時、近々来る期末の提出レポートの課題内容をどうしようかと悩んでいた。今回の課題は『愛について』という題材でレポートをまとめよ、と私の担任の教師が言い出した。
私はこの時まだ12歳。正直なところ色恋沙汰にはまだあまり興味がなく、それよりも魔法や法律について学ぶ方が面白かった私からすると、『愛ってなんぞ』というのが本心であったが、エヴァンズ家の長男として魔法学院を優秀な成績かつ何事にも真摯に紳士で卒業せよ、との父からの命令があった為、どのような内容であろうと優れたレポートを出さなければならない。
家族愛なのか友情愛なのか、それとも王道の男女間の愛なのか。
どれの事についてまとめるべきなのか全くわからず、四苦八苦し、レポートの進捗が芳しくない状況で提出期限が迫り始めた頃。
私は少しでも早起きして、早朝の学院の中でも散策しながらレポートをどうしようか考えあぐねていた時に私の女神、もといアメリアに出会ったのである。
学院の中庭にある小さな庭園。その一角にある色とりどりの薔薇の花壇に水をあげているアメリアに思わず魅入ってしまっていたのだ。
「あの……」
そして気づいたら私は思わず彼女に声をかけていた。
「はい? え、ク、クロノス様!?」
「キミは……ここで何をやっている?」
「あ……えっと、ここの花壇のお手入れをしていてくださった教員の方が、数日前からご病気で倒れてしまったので、代わりに私がお世話をしております」
「ほう。その教員に頼まれたのか?」
「いえ、私が勝手に始めたのです。その教員の方しかここのお手入れをしてくれている方がいないという事を知っていましたので」
「なるほど、うむ。殊勝な心掛けだな」
「そ、そんな。勝手にやっているだけですから」
「何故そんな事を?」
「クロノス様、こちらをご覧ください」
「む……? それはまさか」
「ええ、青い薔薇がございましょう。青い薔薇は王家の限られた式典などにしか使われない実に希少な薔薇。普通の薔薇の栽培は比較的容易でも青い薔薇だけは非常に大変で、手入れも丁寧に行わないとすぐに病気になってしまいます。本来なら王宮などの大庭園でしか栽培されていない青い薔薇ですが、少し前に王家から寄贈品としてこの学院に贈られた物がそれですわ」
「そうなのか」
「希少な薔薇なので元気な姿でいてほしいな、と思ったんですの」
と優しい笑みを浮かべながら青い薔薇を見るアメリアを見て、私は瞬時に理解した。
これが異性に恋をする、という事なのだと。
「ところで……クロノス様みたいな有名な方がどうしてこんな早朝に?」
「ああ、私はレポ……い、いや、なんでもない。ただの散歩、だ」
「はあ……」
「ところで私が有名、というのは……?」
「あ! い、いえ、それは全然気になさらないでください!」
「ふむ?」
この時の私はまだ全然知らなかったのだが、後でウィルに教えてもらったところ、どうやら私は自分で言うのもなんだが女子生徒の間で結構な人気らしい。それに気づくのはこのアメリアとの初めての会話以降になるのだが。
「そ、その。キミの名前を教えてもらってもよいか?」
「アメリア……です」
「アメリア、か。良い名だ。ではまたな」
「え、あ、はい」
と、彼女の名前を聞き出せたところで遠目に他の学院生たちが視界に入りだしたので私はその場そそくさと後にした。
私はこの時まで、女性にほとんど興味を抱いていなかった。
しかしアメリアとのこの一件をきっかけに女性を意識して見るようになってから、気づけば毎日のように私に近寄ってくる女子やラブレターが届く量が加速した。もちろん全て断っている。
ウィル曰く、「お前は昔から女子に好かれてたよ。ただお前は俺と遊ぶ方が楽しいからとか言って女子からの誘いは全部断ってたじゃねーか。なんで覚えてねーんだよ」と言われた。
すまん、覚えてない。
ついでに私は有名なのか? とウィルに尋ねたところ、「有名だよ。お前は顔も綺麗だし背も高い。成績は優秀で運動神経も良いだろ。それで有名じゃないわけがないだろ」と言われた。
そうか、私は有名なのか。
だが、それならウィルも同じくらい有名でも良い筈だ。ウィルだって私と同等くらいの成績だし、男の私から見てもウィルは格好が良いだろ? と尋ねたところ、「俺は男にはモテるが女にはモテねーんだよどチクショウが!」と言われた。
男にモテるが女にはモテないのか。わからん。
そんな私の親友であるウィルにアメリアの事を相談した。
私は初めて人に恋したようだ。どうしたらいいか教えてくれと頼んだら「知らねーよ! お前は放っておいてもモテるんだから適当にやりゃあだいたいの女は落ちるんだよ! このスカシイケメンがよぉ! くそがぁ!」と、キレられた。
スカシてるつもりはないのだが……。
それからたまにアメリアを見かけては声を掛けよう、と思ったのだが、どうしてか彼女を目の前にすると上手く言葉が出せなくなってしまった。
結果、アメリアの事は遠目で眺める日々が続いていた。
しかしとある日。
アメリアは突然エルヴィン殿下の婚約者となってしまった。
私はこの時、絶望で三日は学院を休んだ。
三日間部屋に引き籠っていたらウィルが様子見に来てくれて、「大丈夫か? そんなくよくよするなよ、女なんて星の数ほどいるさ。なあ親友」と励ましてくれた。
ウィルは良い奴だが、この日だけは殴りたいと思ってしまったがやめた。喧嘩しても私が勝った試しがないからだ。
この時、私は自分の家筋を呪った。
まさか私の遠縁でもあるエルヴィン殿下が、よりにもよって私の最愛の人を奪ったのだから。
エヴァンズ家は実は、リスター王家の分家だ。
本来なら公爵位を叙されるはずのエヴァンズ家が何故辺境伯などに成り下がっているのかというと、我がエヴァンズ家は何世代も昔、リスター本家に相当な無礼を働いたらしく王家からは縁切りされ爵位も剥奪されただけに留まらず、一度は国外追放の罰まで受けたからだ。
しかしエヴァンズ家の優秀さに目をつけた後のリスター王家が、我が家系を利用する為に国境あたりの領地を与えて辺境伯の地位を与え戻したのだそうだ。
とまあそれは過去のいざこざであり、現在のリスター王家とエヴァンズ家はかなり友好な関係性ではあるのだが、我が父カイロスは「今更王家と縁を繋ぐ必要もあるまい。陛下は実に聡明であらせられるしな」と言っていた。昨今では陛下から公爵の地位に戻すと何度も誘いを受けているそうだが、我が父がそれを断り、甘んじて辺境伯に落ち着いているのだとか。
しかし私が公爵令息であったなら、エルヴィン殿下に直接アメリアについて抗議する事もできたのだ!
だが、今の身分ではそんな大それた事はできない。殿下の弱みでもあればそれをネタに詰め寄ってやるのだが……。
そんなわけで私は公爵令息の身分ではない事にこれほど腹立たしくなったのは今回が初めての事であった。
だが現在。
そんなアメリアは何故かエルヴィン殿下に婚約破棄され、そして私に好意を寄せてくれている。
私はこれを神の奇跡だと思わずにはいられなかった。
本当ならすぐにでもウィルに自慢しまくりたいのだが、この件は口外を禁じられているから何も言えないのである。
そんなわけで私はこの想いを完璧に成就させる為にも、アメリアの疑惑をなんとしても払拭させなければと誓うのだった。
ちなみに当時のレポートは原稿用紙200枚にも及ぶ大作を無事仕上げられた事は言うまでもあるまい。
あなたにおすすめの小説
『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた
歩人
ファンタジー
侯爵家に嫁いで五年。ルチアは夫エミルの領地会計・社交・使用人管理を全て一人で担ってきた。だがエミルはいつも幼馴染のアリーチェを優先する。「アリーチェは体が弱いんだ、お前とは違う」——その言葉を百回聞いた日、ルチアは微笑んで離縁届に署名した。「ええ、私は丈夫ですから。どうぞ幼馴染様をお大事に」。翌朝、エミルが目にしたのは——税務報告の締切、領民からの陳情の山、そして紅茶の淹れ方すら知らない自分。三ヶ月後、かつて「地味な妻」と呼ばれたルチアは、辺境伯の財務顧問として辣腕を振るっていた。
亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』
まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」
五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。
夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。
生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。
冷淡な視線、姉と比較される日々。
「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」
その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。
しかし、彼女が消えた翌朝。
カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。
そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。
そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。
――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」
真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。
だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。
これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。
『愛人を連れて帰ってきた翌朝、名前すら呼ばれなかった私は離縁状を置いて旅に出ます。これからは幸せになります――そう思っていました。』
まさき
恋愛
夫に名前すら呼ばれず、冷たく扱われ続けた私は、ある朝、ついに限界を迎えた。
決定打は、夫が見知らぬ女性を連れて帰ってきたことだった。
――もういい。こんな場所に、私の居場所はない。
離縁状を残し、屋敷を飛び出す。
これからは自由に、幸せに生きるのだと信じて。
旅先で出会う優しい人々。
初めて名前を呼ばれ、笑い、温かい食事を囲む日々。
私は少しずつ、“普通の幸せ”を知っていく。
けれど、そのたびに――背中の痣は、静かに増えていた。
やがて知る、自らの家系にかけられた呪い。
それは「幸せを感じるほど、命を削る」という残酷なものだった。
一方その頃、私を追って旅に出た夫は、焦燥の中で彼女を探し続けていた。
あの冷たさも、あの女性も、すべては――。
けれど、すべてを知ったときには、もう遅くて。
これは、愛されていなかったと信じた私が、
最後にようやく“本当の愛”に気づくまでの物語。
「今更、あなたの娘のふりなどできません」〜ずっと支えていた手を、そっと引っ込めただけです〜
まさき
恋愛
父が死んだ日から、私は屋敷の「異物」になった。
継母は新しい夫に夢中で、義姉たちは私を使用人のように扱い、継父は三年経っても私の名前を覚えない。
気づいていなかったのだ、あの人たちは。
私の「静寂の手」がずっと、この家を守り続けていたことを。
ある夜、私は静かに荷物をまとめた。
怒りもなく、涙もなく、別れの言葉すら残さずに。
三ヶ月後、屋敷に原因不明の病が広がり始める。
「リーナを探せ」
今更、ですか。
私はもう、別の場所で別の名前で——ちゃんと生きています。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~
ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。
そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。
シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。
ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。
それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。
それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。
なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた――
☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆
☆全文字はだいたい14万文字になっています☆
☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆
静かなる才女は、すべてを見通す
しばゎんゎん
ファンタジー
突然婚約破棄を言い渡される伯爵家の長女エリシア。
理由は、義妹ミレーユを虐げていたという偽りのものだった。
エリシアの社交界における評価は「地味な令嬢」。
だが実際には、婚約者である侯爵家の長男レオナルトを陰で支え続けていた才女だった。
やがて明らかになる「本当に優れていたのは誰か」という事実。
エリシアを失い崩れてゆく、レオナルト。
無知さと我儘で評判を落とす、ミレーユ。
一方で彼女は、第二王子に見出される。
これは、愚かな選択をした者たちがすべてを失い、静かなる才女が正当に評価される物語。
婚約破棄された公爵令嬢は、もう助けません
エスビ
恋愛
「君との婚約は破棄する。――君は、もう必要ない」
王太子から一方的に突きつけられた婚約破棄。
その理由は、新たに寵愛する令嬢の存在と、「君は優秀すぎて扱いづらい」という身勝手な評価だった。
だが、公爵令嬢である彼女は泣かない。
怒りに任せて復讐もしない。
ただ静かに、こう告げる。
「承知しました。――もう、誰の答えも借りませんわ」
王国のために尽くし、判断を肩代わりし、失敗すら引き受けてきた日々。
だが婚約破棄を機に、彼女は“助けること”をやめる。
答えを与えない。
手を差し伸べない。
代わりに、考える機会と責任だけを返す。
戸惑い、転び、失敗しながらも、王国は少しずつ変わっていく。
依存をやめ、比較をやめ、他人の成功を羨まなくなったとき――
そこに生まれたのは、静かで確かな自立だった。
派手な断罪も、劇的な復讐もない。
けれどこれは、
「奪われたものを取り戻す物語」ではなく、
「もう取り戻す必要がなくなった物語」。
婚約破棄ざまぁの、その先へ。
知性と覚悟で未来を選び取る、静かな逆転譚。