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後章 断罪、真相解明編
24 知られざる真実
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「イリーシャッ!」
命令が下れば私は即座に殺される。もはやこの状況で私が生き残れる術はない。そしてここに誰かが駆けつけてくれて、助けてくれるなんて可能性も万に一つもないだろう。
だったら少しでもここで彼女から情報を引き出す事に時間を使う!
「最後に聞かせて! 私はあなたに完敗だった。今もあなたが操るその騎士様に殺されるのはわかりきってる。だから、せめて死ぬ前に聞きたいの!」
「……なんですのお姉様? さっきのビアンカのセリフをそのまま返しますわ。往生際が悪い、ですわよ」
「イリーシャ! あなたは私からエルヴィン殿下を奪い取りたかったの!? エルヴィン殿下を愛していたの!?」
イリーシャの威圧を無視して、私は問いかけ続ける。
「ええ、殿下の事は愛しておりますわ」
「だから私が憎かったの!? 殿下の婚約者となってしまった私が……」
「……」
イリーシャはジッと私の目を見据えた。
「それだったら……ごめんなさい。あなたのそんな気持ちに全然気づいてあげられなかった。もし、あなたがそれほどまでに殿下を愛していた事を知っていたなら、私は……」
「ふぅー……」
イリーシャは深くため息を吐いた。
「なぁーにか……おっきな、おーっきな……かーん違いをしまくってるみたいですわねぇ、お・ね・え・さ・ま?」
「イ、イリーシャ? 勘違いって何の事? 殿下の事をあなたは愛していたからこそ、私に奪われるのが嫌だったんじゃ……」
「だーかーらー。それが。大きな。勘違いだって、言ってるんですわよ、無知でお馬鹿で能無しで泣き虫でぶっさいくなお姉様ァァアー!」
「……ッ!?」
イリーシャの急変に私は思わず言葉を失う。
「私はね、お姉様。殿下を愛しておりますわよ? でもね、それは殿下がお姉様の婚約者となったから愛したのであって、もしもお姉様の婚約者の相手が殿下でなければ、私も殿下を愛する事なんてありませんでしたわよ?」
「え……?」
「私はね、お姉様。お姉様に愛を注ぐ者を奪い取りたいだけなんですのよ? お分かりになられて?」
「なん、で……そんなこと……」
「なんでってそんなの決まっていますわ。ナターシャが同じ事をしたからだと、さきほど仰ったではありませんか」
「ど、どういう事!? ナターシャは私の曾祖母なのよね!? それならばとっくに亡くなっています! お父様でさえ祖母との記憶はほとんどないと仰っていたというのに」
「ふう。まぁお姉様はこれから神のもとへと召される身。せめてもの慈悲で私の正体についてお話しして差し上げますわ」
イリーシャは右腕をこちらに向けてあげたまま、饒舌に語り出す。
いつ彼女の気が変わって私は殺されるかわからない。けれど、今はまだ猶予がある。それを私の『巻き戻しのボタン』が教えてくれている。まだボタンが現れないという事は、まだ私には時間があるという事。
だから今は、大人しく彼女の話を聞こう。
「私の名前はイリーシャ・ウォン。ミドルネームはありませんわ。ウォン、が本当のラストネームですから。私は今は失われし誇り高きウォン家の末裔で、そして」
イリーシャは私を見据えながら、その口元を不気味に歪め、
「100年を生きる魔女ですわ」
ブロンドの髪をかきあげながら、そう、告げた――。
●○●○●
「わ、若返りの法……? そ、そんな神がかった魔法が現実にあるというの……?」
イリーシャから告げられた彼女の経歴、その過去を聞き、私は驚きを隠せずにいた。
そして彼女から教えられた新事実。
それは私の曾祖母、ナターシャとの軋轢である。
イリーシャはかつて、とある男と恋仲になった。
相思相愛のふたりは婚約まで交わした仲だったが、とある日その男が唐突にイリーシャに別れを告げた。
原因を調べ上げた結果、その男に新しい女ができていたからであり、その女こそが私の曾祖母であるナターシャなのだという。
「ナターシャは私の愛するヴァルを奪い去りましたわ。その時の記憶がアレですの」
その記憶がイリーシャの見せた私の浮気現場なのだという。
つまりあの映像は、イリーシャが過去に見たナターシャとヴァル、という男とのデートの現場だったという事だ。そしてその日は偶然リスター王家の戴冠式の日だったのである。
「ナターシャひいお婆様が、あんなにも私にそっくりだったなんて……」
「ええ、本当に。だからアメリアお姉様をひと目見た瞬間、私は歓喜しましたの」
「……どうして?」
「だって、絶対に叶わないと思っていた復讐劇をあなたにしてあげられるんですもの」
イリーシャは恍惚とした笑顔でそう答えた。
その大きな闇を抱えた彼女の顔を見て、私は思わず恐怖で震えそうになる。
「私も最初はね、アメリアお姉様をリセット家の中で肩身の狭い状況に日々追い込んでやるぐらいで楽しんでいたのですわ。それで将来、お姉様に適当な男ができましたら、その男を魅了して寝取ればいい、くらいに。でも、まさか王太子殿下に見初められるなんて思いもしませんでしたの。お姉様が幸せそうな顔をし始めたらもう、許せなくて許せなくて。毎日毎日どうお姉様を苦しめて苦しめて、そして死んでもらおうかと考えておりましたのよ?」
私は彼女の言葉を聞きながら、恐怖と同時に哀しさも感じた。彼女の気持ちが全くわからないわけではないからだ。
私もエルヴィン殿下に婚約破棄され、そしてイリーシャに奪われたと知った時、何もかもが嫌になって、殿下を憎んだ。
けれど私は新しい恋に生きられた。クロノス様という私の支えになってくれる人がいてくれた。
私ももしクロノス様がいなければ、このイリーシャと同じように……。
そう考えると彼女が不憫でならなかった。
「それで殿下にあの映像を見せて私が浮気をしているように信じ込ませたのね」
「もちろん魅了魔法も毎日かけておりましたけれど、魅了魔法は魔力量が高い今の王族には効き辛いんですの。だからゆっくりゆっくり信じ込ませたんですわ」
これで全てに合点がいった。
つまりは全てイリーシャひとりが仕組んだ事だったのだ。
自分の過去を清算するその相手を私と狙い定めて。
「……イリーシャ。あなたはこれからどうしたいの?」
「こんなに追い込まれるとは思いもよりませんでしたけれど、もはやこうなってしまったなら、お姉様を殺してこの国から逃げ果せるしかありませんわね」
「私を殺した後、あなたの得意な魅了でまた皆を騙せば、やり直せるんじゃないの?」
「あんなにたくさんの人々を魔法にはかけられませんわ。それに魅了魔法はなんでもかんでも操ってしまえるわけではないですもの。心から愛する者の言葉などであっさり解けてしまう事すらありますし、ね……」
イリーシャは少し憂いた表情で呟くように言った。
「さあ、お姉様。もう語らい合う事もないでしょう」
「ええ、イリーシャ。ありがとう、話してくれて。最後に教えて。殿下の部屋にある日記、というのは?」
「そんなのあんな人のもとにはありませんわよ」
「……そう。逃げる為の口実だったわけね」
「まあ……そういう事、ですわね。もしここまで来るのに禁呪の手錠でも掛けられて魔法を封じられていたらどうしようもありませんでしたけれど、陛下がお人好しで助かりましたわ。それじゃあお姉様、せいぜい苦しんで死んでください」
「痛いのは嫌だわ。ひと思いにサクッと殺してね」
「……気に入りませんわ。どうして死の直前までそんな風に笑っていられるのかしら?」
「最後くらい、笑顔でお別れしたいでしょう」
私は笑顔で答えた。
イリーシャは少し目を細めて、小さく舌打ちし、
「……さようなら」
そして操った騎士に私を殺せと命令をくだす。
直後、私の眼前にはいつものボタンがちゃんと現れてくれた。
イリーシャ、また会いましょう。
命令が下れば私は即座に殺される。もはやこの状況で私が生き残れる術はない。そしてここに誰かが駆けつけてくれて、助けてくれるなんて可能性も万に一つもないだろう。
だったら少しでもここで彼女から情報を引き出す事に時間を使う!
「最後に聞かせて! 私はあなたに完敗だった。今もあなたが操るその騎士様に殺されるのはわかりきってる。だから、せめて死ぬ前に聞きたいの!」
「……なんですのお姉様? さっきのビアンカのセリフをそのまま返しますわ。往生際が悪い、ですわよ」
「イリーシャ! あなたは私からエルヴィン殿下を奪い取りたかったの!? エルヴィン殿下を愛していたの!?」
イリーシャの威圧を無視して、私は問いかけ続ける。
「ええ、殿下の事は愛しておりますわ」
「だから私が憎かったの!? 殿下の婚約者となってしまった私が……」
「……」
イリーシャはジッと私の目を見据えた。
「それだったら……ごめんなさい。あなたのそんな気持ちに全然気づいてあげられなかった。もし、あなたがそれほどまでに殿下を愛していた事を知っていたなら、私は……」
「ふぅー……」
イリーシャは深くため息を吐いた。
「なぁーにか……おっきな、おーっきな……かーん違いをしまくってるみたいですわねぇ、お・ね・え・さ・ま?」
「イ、イリーシャ? 勘違いって何の事? 殿下の事をあなたは愛していたからこそ、私に奪われるのが嫌だったんじゃ……」
「だーかーらー。それが。大きな。勘違いだって、言ってるんですわよ、無知でお馬鹿で能無しで泣き虫でぶっさいくなお姉様ァァアー!」
「……ッ!?」
イリーシャの急変に私は思わず言葉を失う。
「私はね、お姉様。殿下を愛しておりますわよ? でもね、それは殿下がお姉様の婚約者となったから愛したのであって、もしもお姉様の婚約者の相手が殿下でなければ、私も殿下を愛する事なんてありませんでしたわよ?」
「え……?」
「私はね、お姉様。お姉様に愛を注ぐ者を奪い取りたいだけなんですのよ? お分かりになられて?」
「なん、で……そんなこと……」
「なんでってそんなの決まっていますわ。ナターシャが同じ事をしたからだと、さきほど仰ったではありませんか」
「ど、どういう事!? ナターシャは私の曾祖母なのよね!? それならばとっくに亡くなっています! お父様でさえ祖母との記憶はほとんどないと仰っていたというのに」
「ふう。まぁお姉様はこれから神のもとへと召される身。せめてもの慈悲で私の正体についてお話しして差し上げますわ」
イリーシャは右腕をこちらに向けてあげたまま、饒舌に語り出す。
いつ彼女の気が変わって私は殺されるかわからない。けれど、今はまだ猶予がある。それを私の『巻き戻しのボタン』が教えてくれている。まだボタンが現れないという事は、まだ私には時間があるという事。
だから今は、大人しく彼女の話を聞こう。
「私の名前はイリーシャ・ウォン。ミドルネームはありませんわ。ウォン、が本当のラストネームですから。私は今は失われし誇り高きウォン家の末裔で、そして」
イリーシャは私を見据えながら、その口元を不気味に歪め、
「100年を生きる魔女ですわ」
ブロンドの髪をかきあげながら、そう、告げた――。
●○●○●
「わ、若返りの法……? そ、そんな神がかった魔法が現実にあるというの……?」
イリーシャから告げられた彼女の経歴、その過去を聞き、私は驚きを隠せずにいた。
そして彼女から教えられた新事実。
それは私の曾祖母、ナターシャとの軋轢である。
イリーシャはかつて、とある男と恋仲になった。
相思相愛のふたりは婚約まで交わした仲だったが、とある日その男が唐突にイリーシャに別れを告げた。
原因を調べ上げた結果、その男に新しい女ができていたからであり、その女こそが私の曾祖母であるナターシャなのだという。
「ナターシャは私の愛するヴァルを奪い去りましたわ。その時の記憶がアレですの」
その記憶がイリーシャの見せた私の浮気現場なのだという。
つまりあの映像は、イリーシャが過去に見たナターシャとヴァル、という男とのデートの現場だったという事だ。そしてその日は偶然リスター王家の戴冠式の日だったのである。
「ナターシャひいお婆様が、あんなにも私にそっくりだったなんて……」
「ええ、本当に。だからアメリアお姉様をひと目見た瞬間、私は歓喜しましたの」
「……どうして?」
「だって、絶対に叶わないと思っていた復讐劇をあなたにしてあげられるんですもの」
イリーシャは恍惚とした笑顔でそう答えた。
その大きな闇を抱えた彼女の顔を見て、私は思わず恐怖で震えそうになる。
「私も最初はね、アメリアお姉様をリセット家の中で肩身の狭い状況に日々追い込んでやるぐらいで楽しんでいたのですわ。それで将来、お姉様に適当な男ができましたら、その男を魅了して寝取ればいい、くらいに。でも、まさか王太子殿下に見初められるなんて思いもしませんでしたの。お姉様が幸せそうな顔をし始めたらもう、許せなくて許せなくて。毎日毎日どうお姉様を苦しめて苦しめて、そして死んでもらおうかと考えておりましたのよ?」
私は彼女の言葉を聞きながら、恐怖と同時に哀しさも感じた。彼女の気持ちが全くわからないわけではないからだ。
私もエルヴィン殿下に婚約破棄され、そしてイリーシャに奪われたと知った時、何もかもが嫌になって、殿下を憎んだ。
けれど私は新しい恋に生きられた。クロノス様という私の支えになってくれる人がいてくれた。
私ももしクロノス様がいなければ、このイリーシャと同じように……。
そう考えると彼女が不憫でならなかった。
「それで殿下にあの映像を見せて私が浮気をしているように信じ込ませたのね」
「もちろん魅了魔法も毎日かけておりましたけれど、魅了魔法は魔力量が高い今の王族には効き辛いんですの。だからゆっくりゆっくり信じ込ませたんですわ」
これで全てに合点がいった。
つまりは全てイリーシャひとりが仕組んだ事だったのだ。
自分の過去を清算するその相手を私と狙い定めて。
「……イリーシャ。あなたはこれからどうしたいの?」
「こんなに追い込まれるとは思いもよりませんでしたけれど、もはやこうなってしまったなら、お姉様を殺してこの国から逃げ果せるしかありませんわね」
「私を殺した後、あなたの得意な魅了でまた皆を騙せば、やり直せるんじゃないの?」
「あんなにたくさんの人々を魔法にはかけられませんわ。それに魅了魔法はなんでもかんでも操ってしまえるわけではないですもの。心から愛する者の言葉などであっさり解けてしまう事すらありますし、ね……」
イリーシャは少し憂いた表情で呟くように言った。
「さあ、お姉様。もう語らい合う事もないでしょう」
「ええ、イリーシャ。ありがとう、話してくれて。最後に教えて。殿下の部屋にある日記、というのは?」
「そんなのあんな人のもとにはありませんわよ」
「……そう。逃げる為の口実だったわけね」
「まあ……そういう事、ですわね。もしここまで来るのに禁呪の手錠でも掛けられて魔法を封じられていたらどうしようもありませんでしたけれど、陛下がお人好しで助かりましたわ。それじゃあお姉様、せいぜい苦しんで死んでください」
「痛いのは嫌だわ。ひと思いにサクッと殺してね」
「……気に入りませんわ。どうして死の直前までそんな風に笑っていられるのかしら?」
「最後くらい、笑顔でお別れしたいでしょう」
私は笑顔で答えた。
イリーシャは少し目を細めて、小さく舌打ちし、
「……さようなら」
そして操った騎士に私を殺せと命令をくだす。
直後、私の眼前にはいつものボタンがちゃんと現れてくれた。
イリーシャ、また会いましょう。
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