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後章 断罪、真相解明編
30 全ての淑女と紳士に幸せを。
ヴァルもイリーシャもナターシャも、幸せそうに笑いながら三人はしばらくの間その場で語らい続けた。
私がそれを見ながら心から喜びを噛み締めていると。
『これで……終わり、だな……』
私の中の声、リセットが消え入りそうな声で呟いた。
『アメリア……よくやってくれた……。ああなれば、おそらく私は……いや、彼はイリーシャと結ばれる……。そうなったのなら、おそらく彼らの日記は……リセット家に残される、だろう』
「日記?」
『うむ。私とイリーシャが行なっていた交換日記だ……。それは……あの時、イリーシャが持っていた。それがリセット家に残されるだろう……。二人の……愛の思い出として』
「それは……素敵ね」
『そしてこの出来事がおそらく、新しく確定された過去として改変されるだろう』
「これで、世界を呪い続け、悲しみの業を背負い続けるイリーシャはいなくなるわけね」
『そうなるだろう。だが、それはつまり……』
「ええ、私もあなたも、下手をすれば存在が消える」
『そういう……事だ。もはや私の意識も……キミの中で、間も無く消滅するだろう』
気づけば私の透けていた身体も足先から徐々に消滅しているのがわかる。
『私とキミも……これまでのようだ……』
「ありがとう、リセット。あなたのボタンのおかげで私は不幸のどん底から救われたわ」
『……すまない。私が……こんな事を望まなければ……キミにはあのまま……幸せな未来が待っていたはずなのに』
「ううん、いいの。私が望んだ事なんだから」
『本当に……すまない。そして……ありがとう……』
「こちらこそありがとうリセット」
『アメリア……キミが無事、戻れる事を祈っ……』
ぶつん、とそこでリセットの声は途切れた。
私の身体ももう、半分以上消えかかっている。
そろそろこの世界ともお別れね。
私はどうなるのかしら。少なくとも、クロノス様と結ばれて、エルヴィン殿下とイリーシャが断罪され、投獄されるあの未来には帰れないわよね。
ここまで大きく歴史を変えてしまったのだから、当然か。
なんだか……眠くなってきた、な……。
そっか……これが、消滅する……って、感覚……なのね。
でもこれ……なら……死ぬより……苦しく……ないから……よかった。
クロノス……様……ごめんなさ……――。
●○●○●
――長い。
長い夢を、見ていた。
リセットという伯爵家に生を受け、アメリアという名で過ごした人生の夢を。
優しいお父様とお母様に囲まれ、ちょっと生意気だけど可愛い妹にも愛され、そして素敵な殿方と相思相愛となって、結婚し、その旦那様と幸せに一生を終える。そんな夢。
なんて、そんな何もかもが理想通りで終わる人生なんて、ありえないわ。
人は誰しも逃れる事のできない業を背負っている。
だからきっと、そんな幸せすぎる人生の裏には、それ相応の不幸も背負っているに違いないのだ。
魔法の力と一緒。
あらゆる力は変化、変質の時、必ず同様のエネルギーを使う。いわゆる等価交換、というヤツだ。
つまりは幸せの等価交換は、誰かの不幸せ。
今の私なら、それがわかる。
だから、きっと私はもう――。
「……ッ! おい、目を覚ましたぞ!」
「ほ、本当に!? 私、すぐにお父様とお母様を呼んできますわ!」
聞き覚えのある男性と女性の声がする。
ゆっくりと周囲を見渡す。
ここは……。
「アメリアッ! 聞こえるかアメリアッ!」
この声は……。
「……う」
「聞こえている! 本当に目が覚めたんだなッ!」
視界がハッキリしてきた。
涙を流しながら私の名を何度も呼び、そして手を握ってくれている男の人はダレ……?
「あなた……は……?」
「まだ無理して喋らなくていい。私だアメリア、エルヴィンだ」
エル……ヴィン……?
「よかった……本当によかった、アメリア……私は、私はキミを死なせてしまったら、彼にどう償えばいいか……ッ」
エルヴィン、と名乗った立派なお召し物を着こなしている男が、恥ずかしげもなく涙を流して私の右手を握ってくれている。
「わた……し……?」
「記憶が混乱しているのだろう。だが、それも当然だ。キミが目覚めるまで、実に一年もの長い時間を掛けているのだからな」
エルヴィンという男がそんな事を言った。
一年? ってなんだろう。
エルヴィン、って誰なの?
わからない。わからない。
どうしたの?
ここはどこなの?
アメリア……ってナニ?
そもそも私は……私はダレ、なの?
「アメリアが目覚めたというのは本当か!?」
「ああ……アメリアッ! もう二度とあなたに会えないかと私は……私は……」
物々しい音を立てながら、次々と部屋の中へと人が入り込み声が増えていく。
やや恰幅の良い大人の男性と眉目秀麗な女性の二人が、そんなセリフを吐きながら私の顔を見て、涙を流している。
今度はダレ?
「アメリア、わからないか? お前の父、マルクスだ」
「そうよ、アメリア。私はナタリー、あなたの母よ」
マルクス? ナタリー?
「お姉様! 目を覚まされて本当によかった……!」
その二人の後ろから、同じように涙を拭いながら私の事を姉と呼ぶ令嬢がいる。
「私ですわ、イリーシャです。おわかりになりませんか!?」
わからない。
イリーシャ?
「みんな、待ってくれ。どうやらまだアメリアは記憶が大きく混乱しているようだ。いきなり質問攻めにするのは彼女に大きな負担を掛けてしまう」
「そうですわね、殿下。お父様、お母様。ここは殿下の仰る通り、少し様子をみましょう」
エルヴィンとイリーシャ、という男女が二人してそう言った。
「うむ、そうだな……」
「ああ……アメリア……でも良かった、本当に……うぅ」
マルクスとナタリーは頷くと、言われた通り静かにして、適当な椅子に腰を掛けた。
「イリーシャ、彼には?」
「はい。先程、学院の方へと連絡を致しましたので、もう間も無くいらっしゃると思いますわ」
「そうか。きっと彼も泣いて喜ぶぞ!」
「うふふ、彼の事ですからきっと私たちの目を気にして、それでもクールに振る舞うと思いますわ」
エルヴィンとイリーシャがそんな会話をしている。
彼? とは誰の事?
というよりも、私は何故、何もわからないの?
この豪勢な造りをした部屋と、私が寝かされている大きな天蓋付きのベッドは、誰の家の物なの?
私の名前はアメリア、というの?
なんで何もわからないの?
ねえ、誰か教えて。
私は……。
と、私が何も理解できないこの世界で独り、泣きそうな表情になりかけた時。
部屋の外の廊下でバタバタと走り寄って来た足音が、ドタンバタン! と、妙に大きな音を立てながら、この部屋の扉を勢いよく開けた。
「アメリアッ!!」
部屋に入るなり早々に大きな声でその名を呼ぶ令息が、部屋の入り口にて私を見据え、身体を震わせていた。
銀髪に碧眼がよく似合う端正な顔立ちをしたパッと見で貴族令息だとわかるフォーマルな格好の彼は、一言で言うならイケメン、と呼ぶのだろう。
そんな彼がゆっくりと私のもとへと歩み寄る。
「……よく、よく、戻ってきてくれた」
彼はそう言いながら私が横たわるベッドの隣まで来て跪き、私の左手を優しく掴んだ。
「だ……れ……? ゲホっ、ゲホッ!」
喉が焼けるように痛む。
身体も顔以外はあまりうまく動かせない。
「無理をして喋るなアメリア。飲めるなら水を少し飲むといい。身体を起こすのを手伝おう」
銀髪の彼は私の身体を気遣いながら、身体をゆっくりと優しく抱きかかえるように支え、そして上半身だけを静かに起こし、そしてコップに入れられた水を持った知らない女性が私へと近寄る。
「アメリアお嬢様、私がゆっくりとお水をお口に入れて差し上げますね」
「ビアンカさん、すまない。ありがとう」
ビアンカ、と呼ばれた見知らぬ女性が私へと水を飲ませてくれた。
多少むせ返ったが、少しだけ水をごくんと飲む事ができた。
「わた……しは……なん、なの? ここは……どこ、で……あなた、たちは……ダレ……なの?」
私は絞り出すように尋ねる。
その言葉を聞いたその場にいる全員が悲痛な面持ちで私を見た。
私はそんなにおかしな事を言ったのだろうか。
「皆、すまないが以前告げておいた通り、ここは私とアメリアの二人だけにしてもらえないだろうか? 殿下も申し訳ないのですが」
「うむ、わかっている」
銀髪の彼が皆にそう言うと、エルヴィンと呼ばれた男を筆頭に全員がこくんと頷き、次々とこの部屋から退出していった。
「……アメリアお姉様」
一番最後に部屋を退出しようとしたイリーシャと呼ばれる令嬢が私の方へと振り向き、
「本当にありがとうございますわ。私、大好きなお姉様の妹に生まれて来て、本当に良かったです」
涙を流しながら頭を深々と下げてから、パタンと厳かな造りをした扉を閉めた。
「アメリア」
銀髪の彼は皆が出払ったのを確認すると私の方を見て、
「全てを話そう。キミがこうして、帰って来てくれたのだから」
優しい瞳でそう言った。
私はこの瞳をよく知っている。
けれど、わからない。この人は誰なんだっけ。
「キミを分析にかけた。私の想像通りやはりキミは一切の記憶を喪失しているようだ」
そう、なのね。でもそれぐらいはわかるわ。
分析、という名の魔法の事も。
魔法や社会的概念は理解できる。
ただ、私という存在、そしてそれを取り巻く環境について何もわからないのである。
「キミには奇跡が起きた。同時に私にも奇跡が起きた。だからこの未来に辿り着けた。本来ならありえない事象が、今、こうして現実に起きているのは、奇跡、と言う言葉以外に説明はつかない。だが、あえて言うなら」
奇跡。
何が奇跡、なんだろう?
「ヴァレンシュタイン様の御慈悲のおかげだろう」
ヴァレンシュタイン……?
「まだ、何もわからないキミに色々と言ってしまってすまない。まずは自己紹介から始めよう。私の名はクロノス。フルネームはクロノス・グラン・エヴァンズ。リスター王家の分家にあたる家柄でカイロス・グラン・エヴァンズ公爵の子だ」
この方は、クロノス様というお名前なのね。
クロノス……様。
「そしてキミは」
私はこの方をよく知っている……?
「アメリア・フィル・リセット。マルクス・フィル・リセット伯爵の令嬢であり、私の婚約者だ」
私がそれを見ながら心から喜びを噛み締めていると。
『これで……終わり、だな……』
私の中の声、リセットが消え入りそうな声で呟いた。
『アメリア……よくやってくれた……。ああなれば、おそらく私は……いや、彼はイリーシャと結ばれる……。そうなったのなら、おそらく彼らの日記は……リセット家に残される、だろう』
「日記?」
『うむ。私とイリーシャが行なっていた交換日記だ……。それは……あの時、イリーシャが持っていた。それがリセット家に残されるだろう……。二人の……愛の思い出として』
「それは……素敵ね」
『そしてこの出来事がおそらく、新しく確定された過去として改変されるだろう』
「これで、世界を呪い続け、悲しみの業を背負い続けるイリーシャはいなくなるわけね」
『そうなるだろう。だが、それはつまり……』
「ええ、私もあなたも、下手をすれば存在が消える」
『そういう……事だ。もはや私の意識も……キミの中で、間も無く消滅するだろう』
気づけば私の透けていた身体も足先から徐々に消滅しているのがわかる。
『私とキミも……これまでのようだ……』
「ありがとう、リセット。あなたのボタンのおかげで私は不幸のどん底から救われたわ」
『……すまない。私が……こんな事を望まなければ……キミにはあのまま……幸せな未来が待っていたはずなのに』
「ううん、いいの。私が望んだ事なんだから」
『本当に……すまない。そして……ありがとう……』
「こちらこそありがとうリセット」
『アメリア……キミが無事、戻れる事を祈っ……』
ぶつん、とそこでリセットの声は途切れた。
私の身体ももう、半分以上消えかかっている。
そろそろこの世界ともお別れね。
私はどうなるのかしら。少なくとも、クロノス様と結ばれて、エルヴィン殿下とイリーシャが断罪され、投獄されるあの未来には帰れないわよね。
ここまで大きく歴史を変えてしまったのだから、当然か。
なんだか……眠くなってきた、な……。
そっか……これが、消滅する……って、感覚……なのね。
でもこれ……なら……死ぬより……苦しく……ないから……よかった。
クロノス……様……ごめんなさ……――。
●○●○●
――長い。
長い夢を、見ていた。
リセットという伯爵家に生を受け、アメリアという名で過ごした人生の夢を。
優しいお父様とお母様に囲まれ、ちょっと生意気だけど可愛い妹にも愛され、そして素敵な殿方と相思相愛となって、結婚し、その旦那様と幸せに一生を終える。そんな夢。
なんて、そんな何もかもが理想通りで終わる人生なんて、ありえないわ。
人は誰しも逃れる事のできない業を背負っている。
だからきっと、そんな幸せすぎる人生の裏には、それ相応の不幸も背負っているに違いないのだ。
魔法の力と一緒。
あらゆる力は変化、変質の時、必ず同様のエネルギーを使う。いわゆる等価交換、というヤツだ。
つまりは幸せの等価交換は、誰かの不幸せ。
今の私なら、それがわかる。
だから、きっと私はもう――。
「……ッ! おい、目を覚ましたぞ!」
「ほ、本当に!? 私、すぐにお父様とお母様を呼んできますわ!」
聞き覚えのある男性と女性の声がする。
ゆっくりと周囲を見渡す。
ここは……。
「アメリアッ! 聞こえるかアメリアッ!」
この声は……。
「……う」
「聞こえている! 本当に目が覚めたんだなッ!」
視界がハッキリしてきた。
涙を流しながら私の名を何度も呼び、そして手を握ってくれている男の人はダレ……?
「あなた……は……?」
「まだ無理して喋らなくていい。私だアメリア、エルヴィンだ」
エル……ヴィン……?
「よかった……本当によかった、アメリア……私は、私はキミを死なせてしまったら、彼にどう償えばいいか……ッ」
エルヴィン、と名乗った立派なお召し物を着こなしている男が、恥ずかしげもなく涙を流して私の右手を握ってくれている。
「わた……し……?」
「記憶が混乱しているのだろう。だが、それも当然だ。キミが目覚めるまで、実に一年もの長い時間を掛けているのだからな」
エルヴィンという男がそんな事を言った。
一年? ってなんだろう。
エルヴィン、って誰なの?
わからない。わからない。
どうしたの?
ここはどこなの?
アメリア……ってナニ?
そもそも私は……私はダレ、なの?
「アメリアが目覚めたというのは本当か!?」
「ああ……アメリアッ! もう二度とあなたに会えないかと私は……私は……」
物々しい音を立てながら、次々と部屋の中へと人が入り込み声が増えていく。
やや恰幅の良い大人の男性と眉目秀麗な女性の二人が、そんなセリフを吐きながら私の顔を見て、涙を流している。
今度はダレ?
「アメリア、わからないか? お前の父、マルクスだ」
「そうよ、アメリア。私はナタリー、あなたの母よ」
マルクス? ナタリー?
「お姉様! 目を覚まされて本当によかった……!」
その二人の後ろから、同じように涙を拭いながら私の事を姉と呼ぶ令嬢がいる。
「私ですわ、イリーシャです。おわかりになりませんか!?」
わからない。
イリーシャ?
「みんな、待ってくれ。どうやらまだアメリアは記憶が大きく混乱しているようだ。いきなり質問攻めにするのは彼女に大きな負担を掛けてしまう」
「そうですわね、殿下。お父様、お母様。ここは殿下の仰る通り、少し様子をみましょう」
エルヴィンとイリーシャ、という男女が二人してそう言った。
「うむ、そうだな……」
「ああ……アメリア……でも良かった、本当に……うぅ」
マルクスとナタリーは頷くと、言われた通り静かにして、適当な椅子に腰を掛けた。
「イリーシャ、彼には?」
「はい。先程、学院の方へと連絡を致しましたので、もう間も無くいらっしゃると思いますわ」
「そうか。きっと彼も泣いて喜ぶぞ!」
「うふふ、彼の事ですからきっと私たちの目を気にして、それでもクールに振る舞うと思いますわ」
エルヴィンとイリーシャがそんな会話をしている。
彼? とは誰の事?
というよりも、私は何故、何もわからないの?
この豪勢な造りをした部屋と、私が寝かされている大きな天蓋付きのベッドは、誰の家の物なの?
私の名前はアメリア、というの?
なんで何もわからないの?
ねえ、誰か教えて。
私は……。
と、私が何も理解できないこの世界で独り、泣きそうな表情になりかけた時。
部屋の外の廊下でバタバタと走り寄って来た足音が、ドタンバタン! と、妙に大きな音を立てながら、この部屋の扉を勢いよく開けた。
「アメリアッ!!」
部屋に入るなり早々に大きな声でその名を呼ぶ令息が、部屋の入り口にて私を見据え、身体を震わせていた。
銀髪に碧眼がよく似合う端正な顔立ちをしたパッと見で貴族令息だとわかるフォーマルな格好の彼は、一言で言うならイケメン、と呼ぶのだろう。
そんな彼がゆっくりと私のもとへと歩み寄る。
「……よく、よく、戻ってきてくれた」
彼はそう言いながら私が横たわるベッドの隣まで来て跪き、私の左手を優しく掴んだ。
「だ……れ……? ゲホっ、ゲホッ!」
喉が焼けるように痛む。
身体も顔以外はあまりうまく動かせない。
「無理をして喋るなアメリア。飲めるなら水を少し飲むといい。身体を起こすのを手伝おう」
銀髪の彼は私の身体を気遣いながら、身体をゆっくりと優しく抱きかかえるように支え、そして上半身だけを静かに起こし、そしてコップに入れられた水を持った知らない女性が私へと近寄る。
「アメリアお嬢様、私がゆっくりとお水をお口に入れて差し上げますね」
「ビアンカさん、すまない。ありがとう」
ビアンカ、と呼ばれた見知らぬ女性が私へと水を飲ませてくれた。
多少むせ返ったが、少しだけ水をごくんと飲む事ができた。
「わた……しは……なん、なの? ここは……どこ、で……あなた、たちは……ダレ……なの?」
私は絞り出すように尋ねる。
その言葉を聞いたその場にいる全員が悲痛な面持ちで私を見た。
私はそんなにおかしな事を言ったのだろうか。
「皆、すまないが以前告げておいた通り、ここは私とアメリアの二人だけにしてもらえないだろうか? 殿下も申し訳ないのですが」
「うむ、わかっている」
銀髪の彼が皆にそう言うと、エルヴィンと呼ばれた男を筆頭に全員がこくんと頷き、次々とこの部屋から退出していった。
「……アメリアお姉様」
一番最後に部屋を退出しようとしたイリーシャと呼ばれる令嬢が私の方へと振り向き、
「本当にありがとうございますわ。私、大好きなお姉様の妹に生まれて来て、本当に良かったです」
涙を流しながら頭を深々と下げてから、パタンと厳かな造りをした扉を閉めた。
「アメリア」
銀髪の彼は皆が出払ったのを確認すると私の方を見て、
「全てを話そう。キミがこうして、帰って来てくれたのだから」
優しい瞳でそう言った。
私はこの瞳をよく知っている。
けれど、わからない。この人は誰なんだっけ。
「キミを分析にかけた。私の想像通りやはりキミは一切の記憶を喪失しているようだ」
そう、なのね。でもそれぐらいはわかるわ。
分析、という名の魔法の事も。
魔法や社会的概念は理解できる。
ただ、私という存在、そしてそれを取り巻く環境について何もわからないのである。
「キミには奇跡が起きた。同時に私にも奇跡が起きた。だからこの未来に辿り着けた。本来ならありえない事象が、今、こうして現実に起きているのは、奇跡、と言う言葉以外に説明はつかない。だが、あえて言うなら」
奇跡。
何が奇跡、なんだろう?
「ヴァレンシュタイン様の御慈悲のおかげだろう」
ヴァレンシュタイン……?
「まだ、何もわからないキミに色々と言ってしまってすまない。まずは自己紹介から始めよう。私の名はクロノス。フルネームはクロノス・グラン・エヴァンズ。リスター王家の分家にあたる家柄でカイロス・グラン・エヴァンズ公爵の子だ」
この方は、クロノス様というお名前なのね。
クロノス……様。
「そしてキミは」
私はこの方をよく知っている……?
「アメリア・フィル・リセット。マルクス・フィル・リセット伯爵の令嬢であり、私の婚約者だ」
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