第二王子は憂鬱~divine femto~ 学園都市ピオニール編

霜條

文字の大きさ
7 / 95

6.『再会』と『新来』①

しおりを挟む
 ようやく部屋に戻ることができた。
 ゴシック調の装飾が細かな一人掛けのソファに深く腰掛けると、膝に肘をのせ両手で額を支える。さきほどから肺から漏れ出るため息を止めることができずにいた。
 あまりにもいろいろなことがありすぎたディアス・フェリクス・アルブレヒトは、今までに感じたことがないほどの大きな疲労感におそわれていた。――自身に降りかかった出来事が許容範囲を超えていると言わざるを得ない。それらの情報を飲み込むのに今は少しでも時間が必要だ。
 部屋の隅では目付け役のヴァイスがお茶を用意しており、こちらに運んでくるのが見なくても伝わってくる。ディアスと比べてとても楽し気だ。
 それもそうだろう。胸中で抱えている問題の多くは、彼にもたらされたものだと言っても過言ではないのだから。
 自分の前にあるローテーブルに丁寧にティーカップを三つ並べ、あたたかな紅茶を注いだ。――普段であればその役目は侍従であるアイベルが行うのだが、ヴァイスが迎えに来た際に別途べっと医務室へ送られたため、今夜は病室で大人しくしてもらうこととなった。だからといって目付け役がこんな時間まで自分に付き合うことはないのだが、今はどうしても彼に確認しなければならないことがあり部屋に来てもらっている。
 いや――、部屋には二人しかいないのに、三人目のティーカップを用意しているのはどういうことだ。
 すぐに使う気がないようで、ソーサーにカップを伏せてはいるが、のちほどここに客人が来るとでもいうつもりなのだろうか――。そう考えるととてもじゃないが穏やかな気持ちになれなかった。
 比例して楽しそうにしているヴァイスの様子から、恐らくこれから来る人物はひとりしか思いつかない。――来てほしくない、という訳ではないのがディアスの悩みを一層複雑なものにさせる。
 何をどこから手を付けるべきか気持ちを整理していると、準備を終えたヴァイスが隣の部屋の基調に合わせた三人掛けソファに腰掛け、自分で入れたお茶を一口飲んでいる。余裕のある表情がより憎らしい。
「……もう少し詳しく説明してくれないか」
 今ならば多少心に余裕をもって受け入れることもでるかもしれない。数刻の間の出来事だというのに、己を取り巻く状況があまりにも目まぐるしく動き、気持ちがずっと置いてけぼりになっている。こちらの気を知っているだろうが、あえて拾う気のないヴァイスがふぅと、飲んだお茶をじっくり堪能しカップを置くと、どこからともなく香木で出来た細工の凝らされた扇子を取り出し勢いよく広げる。
「前回のあらすじ。ベベン! 殿下の危機に突如颯爽さっそうと現れた少年・フィフスくんはなんと、昔仲良くしていた友人であり、僕の『』でもあり、現在聖国最強の名を天下にとどろかせている第237代目、東方天のクリスくんだというじゃないか。――あぁ、なんという運命のいたずら……! 本来なら聖都テトラドテオスにいなきゃいけない存在なのに、なぜか偽名を使い、姿を変え、ここ『学園都市ピオニール』にいるのか――。はちゃめちゃ系幼馴染とダウナー系殿下が今宵こよい、奇跡的かつ刺激的な出会いを果たす――」
 茶番が始まった。開いた口が塞がらない。唐突すぎて口をはさむ気力さえ消え失せた。
 上機嫌にパタパタと手元のそれをあおぐと、扇子についた香りがこちらまで届く。甘く上品な香りなのだが、普段であれば気にならないものが今はとても鼻について煩わしい。
「しかもしかも、まさかここから学園ハーレム物がはじまるなんて、一体全体どこの誰が想像できたでしょうか――。ベベン! エントリーNo.1、男装の麗人れいじんクリスくん。No.2、玄家げんけからの参戦、笑顔がかわいいエリーチェくん。No.3、同じく玄家の清楚系お嬢様なリタくん。――ちなみにエリーチェくんはクリスくんと一番仲がいいお友達だから、立場的に殿下のライバルにになるわけだ。No.4こちらはみんなの頼れるお姉さまのミラ嬢。――あとは安定の身内枠からアストリッド姫、レティシア姫とコレット姫の姉妹がもれなく参戦! 混戦を極めるも、一体誰が最強の座を奪うのか。――骨肉を争う戦いに発展するのか呼応ご期待っ!」
 ビシっと閉じた扇子をこちらに向ける。決めたとばかりに髪をかき上げて満足そうに深くソファに座り直している。
 父と同じ年数を生きてきた大人だとは到底思えなかった。同じ人類に数えてしまっていいのだろうか。目の前で予告もなく繰り広げられる数々の奇怪な行動に対し、どうすべきかの解を見つけられる気がしない。
 ため息すら今の状況についていけず、引っ込んでしまった。
「……今の話、全方向に失礼では」
 後半三人は実の姉といとこの名前だ。今は共に学園ピオニールで勉学べんがくはげみ、りょうことなれど毎日なにかしら顔を合わせているので一緒に生活しているようなものだ。
 ただ彼女たちはあくまでも家族であり身内である。それ以上の感情なんてない。そして前半四人についてだが、約一名を除けば先ほど紹介されたばかりの人たちだ。
「おやおや、最近の娯楽小説風に今の状況を面白おかしく説明してみたんだけど、お気に召さなかったかなぁ」
 他人を気にせず己の人生を心行くまで楽しむ人間というのは、こういう人種のことを指すのかもしれない。満足そうに向けられた笑顔から覗く赤紫色の瞳が、ニタニタといやらしいものに見える。からかう対象が自分だけなら無視すればいいだけだが、他の人を巻き込んだ話となると不快だ。
「あ、ちなみにあの子たちに手をだすともれなく国際問題になるから、そこはだめだからね?」
 人のことをなんだと思っているのか。
「そんな話が聞きたいわけじゃない――」
 クリス――。第237代目東方天を務めている蒼家の人間であり、11年前に出会った『友人』でもある人の名だ。――どうやら先ほど助けてくれたフィフスという少年が、実は自分がずっと気にかけていた『友人』本人でもあった、という話だった。
 どうしてそれがわかったかというと、迎えにきたヴァイスに言われたからだ――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。 《作者からのお知らせ!》 ※2025/11月中旬、  辺境領主の3巻が刊行となります。 今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。 【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん! ※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

処理中です...