第二王子は憂鬱~divine femto~ 学園都市ピオニール編

霜條

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60.開幕は蒼穹の『剣舞』より⑩

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 目的の部屋を侍従が扉を引けば、こちらに穏やかな表情をこちらに顔を向ける人たちの姿が目に入る。
「お疲れさま。ずいぶんとのんびりしてたのね」
「兄さま! 皆さんもお疲れさまでした」
 奥からレティシア、アストリッド、エミリオと座っており食事を先にとっていた。控えるように数名の側使え達もおり、こちらの登場に新たな支度を始めていた。
 この時間に少しの間侍従や侍女たちも休憩を取る。いつものようにアイベルが離れる旨をこちらに伝えるが、フィフスにも仔細を伝えているようだった。
「さっき外が賑やかだったけれど、誰かパフォーマンスでも行っていたのかしら」
 瞬間的だったがあの賑やかさがどうやらここにも伝わったようで、傍を通ったであろう遅れてきた人物たちへとレティシアが期待を込めた眼差しを向けてくる。
 今朝と同じような賑やかさにあれはパフォーマンスだったといえばそうかもしれない。――だが内容が大したことではないことから、どう説明すべきか考えようとすれば、
「この人が犯人です」
「フィーが話してただけだよ~」
 冷めた目でリタが該当人物を指で差し示し、対照的にアイベルと話していたフィフスの腕を絡めて引っ張るエリーチェが嬉しそうに返事をした。
「すーぐ周りを巻き込むから厄介なのよ。もっと静かに話せない訳?」
「周りが聞き耳を立てていたし、あのような場で注目されていた以上、隠すよりも分かりやすく伝えた方がいいだろう。隠し立てたところで妙な憶測を生むだけだし、誤解されたままになるところだった。」
「あら、妙な憶測と誤解って何の話なのかしら、ねぇ?」
 リタとフィフスのやり取りに興味を持った従姉あねがフォークを振りながら続きを促してきた。行儀が悪いと姉が視線で訴えているが、その眼差しをかわし、ご機嫌な様子は変わらない。
「別に何もないわ」
 コレットが不機嫌そうに伝えながら示された席に座った。何事かと心配する姉に小さく苦笑し、側仕えが引いた弟の隣の席に座る。
「コレット様とディアス様と一緒に話を聞きたいな~ってお誘いしたけど、遠慮されたからフィーがちょっとね。断った理由が気になったから話をしたんだよね」
 三人は反対側の席を案内されており、奥からリタ、エリーチェ、フィフスと並んで座るところだった。
 この場は親しい者でしか使っていないので、堅苦しくない空間のひとつではあるのだが、一番位が高いであろう人物が扉に近い末席に大人しく座るのは少々不思議な感じがした。
 だが自然に末席に座っている気配に、おごらぬ性格が出ているようにも見える。――もしかしたら姉たちが上座に座っているので、二人を優先したのかもしれないが。
「前にも似たような理由で、人前に出なかった奴がいたからもったいないと思ったんだ。ましてお前たちは広く人々に受け入れられている。学生たちに遠慮する道理などひとつもないだろう。」
 机上に置かれたグラスに水が注がれるとそれを手に取り、グラス越しに中身を確認しているのかしばし見つめてから口にしていた。
「……そういう話ね。たしかにディアスは積極的なタイプじゃないものね」
 姉が苦笑しながら大きな弟を見た。昔から姉や兄に手を引いてもらうタイプだったので、いまだに心配を掛けていると思う。
 だが、自分と似たような人がいたという話の方が気に掛かった。
 その人にも先ほどと同じようなことを、同じだけの熱量で伝えたのだろうか。一体どこの誰が――――、小さな心が見知らぬ相手へと黒い焦燥を持ってくる。
 それを追い出すように、小さくため息を付いた。机の向こうに座るその人に伝わないようにと願いながら、見せたくない感情を追いやる。
「でも学園七不思議とか、不思議体験とか聞いてみたくない? パワースポットとか噂話とか流行ってることとかいろいろ知りたいな~」
「……聞きたい話ってそういう?」
「そうだ。遠慮するほどのものではないだろ?」
 話したい人がいるとさっきも言っていたが、思ったより俗っぽい話だったようだ。――もっと他の事を懸念していただけに、少々肩透かしを食らう。
「あとは部活動のこととか、ここでの生活や習慣についてとか、――――それからラウルスの結婚式の話もみんなから意見を聞きたいんだよね」
 指を降りながら楽しい計画を立てるために思い巡らしているエリーチェの表情が一段と明るくなる。――が、ひとつだけ学園と関係のない話題が急に出され、引っかかる。
「結婚式……、ですか?」
 弟も同じことを思ったようだ。
「ラウルスから来た人がね、聖国で結婚式を挙げたいって思ってくれたんだけど、聖国のやり方が簡素で地味でつまらなくて嫌だからブライダル事業を新しく作ってくれって話があってね。今回使節でラウルスへ来れるようになったから、ついでに勉強しようと思って来たんだ~」
 オブラートひとつ被せない言い方だ。だが、三人とも気にした風はない。用意された食事に手を付けながらエリーチェが話してくれた。
「こっちの結婚式ってすっごく派手で豪華なんでしょ? だからそういう席に詳しそうなみんなの話を聞いてみたかったの」
「参加したことはあるけど……、でも誰がそんな派手な結婚式を挙げるの?」
 貴族が挙げた結婚式に、何度か同席したことはある。
 神に誓う形であれば神殿などで行われるが、昨今さっこんは人前式が主なため大抵は主催者の居城で行うことが多い。城を中心に統治している街にも挙式の触れが出るため、多くの者が祝福しに城へと集まり盛大な祝宴が開かれる。
 愛を誓った者たちへ最大限の祝福を皆で分かち合い、これから先が華々しいものであるようにと願いを込め、絢爛豪華けんらんごうかに仕立てるのが常だ。参加者たちは式を挙げる者たちへ、多くの祝いの品や祝辞を送る。
 開催の規模にもよるが、長い時には三日三晩行われることもある。――――さすがに全日に参加したことはないが、姉弟たちと祝福を祝う席や会食に顔を出したことがあった。
「……聖国では清貧を重んじているんじゃないのか?」
 ぜいらす祝宴と、聖国の教えは噛み合わせが悪い気がしたが。
「あぁ、だがその件について誰も反対しなかったから気にすることはない。――――新しいことは大きく、そして華々しくやるべきだ。多少やりすぎだと言われても後から続く者があれば、より良い発想を出してくれるだろう。修正と発展を繰り返しながら、聖国に相応しいやり方がいずれ出来てくるはずだ。」
「だよねだよねっ! まずはプロモーションを兼ねて、来月撮影会をやるんだ~。聖都にいる時もラウルス出身者の方から話は聞いて企画は立ててたんだけど、実際企画しようと思ったら結構分からないことも多くて……。あとさ、ここでみんなの話を聞いて参考に企画を立てたら、立案者の中にみんなの名前を入れていい? そしたら事業計画に箔も付くし、聖国で式を挙げたいって人も喜んでくれると思うんだ~」
 今この話をするまで、自由奔放な留学生のひとりだと思っていたエリーチェが非常に大人びて見えた。
 巫女職にも就いていると言っていたが、『友人』と同じように仕事を掛け持ちしながら忙しくしているとは――――。同い年だと言うのに、自分をしっかり持ち、人の為に迷わず行動できるところがまぶしく見えた。
「聞いた話によると、こっちの結婚式って挙式と宴席が中心なんだよね? ……そしたら聖国うちのは地味でつまらないって思われても仕方ないよね」
「そうね……、結婚の報告をして、祝福を授けてもらったら終わりだもの。宴席があればちょっと手が込んでるねって言われるくらいだし」
「……本当にそれだけ? 四家なら特別な席とか催し物とか、儀式とか宴とか何か他にはやらないの……?」
 今の話がよほど衝撃的だったようで、レティシアが息を飲んでいた。
「手続きも含めれば30分もあれば全て終わるな。もっと短くてもいいんだが。」
「フィフス、あなた何を言って……? 30分でも短すぎるし、つまらなさすぎるわ。新たな門出を祝うのに、そんなの……」
「フィーは祝福を与える側だから、毎回の事でちょっと飽きてるんだよね~」
「飽きてるって、……そんなにたくさん参加されているですか?」
「飽きているから言ってる訳ではない。効率を考えただけだ。……今は回数が減って月一、二回ほどだが、以前は二週に一回は請け負っていた。」
 驚くエミリオからあれこれと尋ねられ、そのひとつひとつに返事をしている。
「……聖国の人事ってそんなこともするの?」
「……この人、人事の他に神職も請け負ってるんです。……冠婚葬祭に携わってるから、その手の決定権を持っているというか」
 姉の質問にリタが控えめに補足していた。――――なんとなく、この話も本当のことに思えた。
 偽りの身分と名を持ちながらも、見せる態度と背景が素直なのだから、何者かと読めないのは致し方がないだろう。
 他にも国防や政治にも関わっているだろうことを思えば――――、やはり普段から休む間もなく働いてるのではと言う気配が濃厚になる。ラウルスの官たちのいさめがなければ、この人はここに居なかっただろう。
 顔は分からないが、優秀な者がいるらしい。――同時に己の性格も熟知していることを思い出し、若干苦い気持ちが胸に広がる。
「別にこの件について、最終的な決定を下すのは私だけではないがな。」
「ついでに予算もっと欲しいな~」
「それは別の者に言え。」
「……フィフスには特別に教育が必要そうね。ロマ学を受けたら、私がきっちりこちらの結婚式について教えてあげるわ」
 カトラリーを置き、レティシアが何か覚悟を決めたように両手を組んでフィフスを見ている。
「……できれば私ではなくエリーチェたちに話してくれないか? エリーチェたちの企画に口を出すつもりはない。」
「決定権を持つ人間が浅薄せんぱくで無関心ではエリーチェたちが困るでしょ? せっかく貴方もこちらにいるのだから、こちらのやり方を知り、染まってもらわなきゃもったいないと思わなくて?」
「――レティシア、フィフスは他にもやることがあって忙しい身の上だ。だからエリーチェたちに任せているんじゃないのか」
 一番端に座る従姉あねへ声を掛ける。
 良かれと思って提案したのだろうが、やることを増やすのは申し訳なく感じた。
 ましてや今度のロマ学について、ヴァイスの講義を聴かせるのははばかられる――――。
 口を挟んだからかレティシアはじっとこちらを見ており、最後にくすりと笑った。
「そうであっても知るべきよ。せっかくの機会ですもの、遠慮してはもったいないわ。――ねぇ、貴方もさっきディアスにそう言ったのでしょ?」
「……返す言葉もないな。承知した、機会は必ず設けよう。」
 逃げ道を塞がれてしまい苦笑しながら、レティシアの提案に応じていた。
 面倒事を引き受けさせてしまったことに申し訳なさが出たが、隣に座るエリーチェが喜んでおり絶対に一緒に話を聞こうと約束を交わしていた。
「そうこなくてわね。それに宴席の他に舞踏会も行われることもあるわ。ぜひ、そちらも大いに体験して欲しいものね」
 舞踏会――――。従姉の言葉に相談しなければならないことを思い出し、手にしていたカトラリーを置いた。
「……あの、姉上にご相談したいことがあるのですが」
「うん? 相談したいことがあるだなんて珍しいわね。どうかしたの?」
 空いた皿を下げてもらい、食後の飲み物を口にしていた姉がこちらに顔を向けた。
 穏やかでとても頼りになる敬愛すべき人物のひとりだ。
 その姉にどうしても頼みたいことがあった――。
「金曜の舞踏会、フィフスの相手役をお願いできないでしょうか」
 末弟の頭上で交わされる頼みごとに、ひとつ隣に座る姉の顔が一瞬固まる。
 第一王女である姉へ、エスコート役の申し込みは毎回数多くやってくる。
 その中から誰を選ぶかは侍女たちが念入りに選定し、舞踏会直前に決めているのでまだ相手を定めてないはずだ。
 この時期に相手役がいなくて、舞踏会に詳しく格も品位もあり、聖国の要人の相手を出来るのは姉しかいない。――――そう考えていた。
「…………えっと?」
「まだ相手はお決めになっていないですよね。……だから、友人を姉上にお願いしたいのですが」
 予想外の話だったのか困惑しつつ周囲を見ている。――珍しく煮え切らない態度だ。
「お前がアストリッドに相談したいことってその件か。別に無理強いさせることは――」
 煮え切らない姉の態度から、申し出を止めようとしたのかフィフスが机の向こうから声を掛けたが、慌てて席を立ったリタに腕を引かれ席を立たされその場で二人がしゃがみ込み机の下へと姿が消えていく。
 エリーチェのすぐ隣なので、彼女の頭の動きからすぐ近くで密談をしているような気配が伝わった。
「ディアス、その……、舞踏会のことなんだけど……」
「……ダメ、でしょうか?」
 他に任せられる人物など思いつかなかった。また姉にこの件を断られることは想像していなかった。
 ――――もう決めた相手がいたということなのだろうか。
 今まで困っているときはいつも助けてくれただけに、この手を封じられれば己が無力であることを自覚するのみだった。
「……あぁ~もう、そんな顔しないで――、」
「さぁ、行ってきて」
 すっと二人が立ち上がる姿が視界の端に入り、リタの落ち着きながらも力強い言葉に皆の視線が集まった。
 一瞬外へ行くのかと思う程まっすぐに扉の方へと歩けば、机の外周をまわりこちらの側へその人がやってきた。――側使えの前を通り、コレット、ディアス、エミリオの側を通り過ぎれば姉の前に片膝をついた。
 いつの間に持っていたのか一枚の円錐状の紙を片手に持ち、空いた手を胸に当る。紙を持つ手をくるりとひるがえしながら姉に差し出せば――――。
 一輪の、色のない花が突如紙の中から現れた。
「姫君、――もし許しがもらえるのであれば、舞踏会で貴女と踊る栄誉をこの私に与えてはくれないだろうか。」
 奇術のように現れ、色もなく繊細な輝きを放つガラス細工のような花だだ――。その人の言葉も透明な花のようにただ純粋な願いに聞こえた。
 即席の申し込みに姉も周囲も呆気にとられた。――――こういうことをする性格ではないことは分かっていただけに、飾られてはいるが、真剣な眼差しが虚栄でないことが伝わる。
 リタの提案なのだろう。――迅速な行動で、なおかつなんでも素直に聞き入れてしまうところに少々心配になる。
 困ったように姉がこちらをちらりと見れば、苦笑しながらそれを受け取った。
「……わかったわ。私の弟に免じてお受けしましょう」
「感謝する。分からないことも多いので教えてくれると有難がたい。お前たちに恥をかかせるようなことはしないと約束しよう。」
 姉の色よい返事にようやく立ち上がり、膝を折らせてしまったことに小さく罪悪感が浮かぶ。
 机の向こうにいるリタは、ひどく満足そうにこの顛末てんまつを噛み締めているようだった。
「……一度見てみたかったのよね、そういうシーン」
「まったく、リタってば欲望が駄々漏れね。……でも少しだけ面白かったからいいわ」
 姉が手にした透明な薔薇を日の光にかざせば、キラキラと光を反射させ部屋にプリズムが差し込んだ。
「フィフスは何でも作れるんですか?」
「情報があるものなら。――――構造を知っているとか、精霊が持つ情報を元に形作ることは出来るな。エミリオにもやろうか。」
 ジャケットの内ポケットから例の紙が入ったケースを取り出し、一枚紙を引き出せば姉と同じように花を出現させ渡していた。
 さらりと惜しげもなくもう一度同じ光景が披露され、特別なものでも下心がある訳でもないことが明らかにされた。
 無欲な様子が伝わったからか、姉は少々フィフスに呆れているようだった。――――そういう人なのだ。
 飾らないけれど、特別な気持ちにさせてくれる。その真っ直ぐなところが好ましいと思う。
 膝を折らせてしまったことに幾許いくばくかの申し訳なさもあったが、無礼な輩に大事な『友人』を預けることにならなくてよかったと安堵が勝る。
「この紙がなくなれば蒸発して消えるものだ。好きにするといい。」
 欲しい訳じゃなかっただろうが、姉とお揃いのものが渡され小さな弟は喜んでいるようだった。――互いに揃いのものを手にして顔を見合わせる姉弟の元を離れる際、肩を軽く叩かれ小さく笑みを向けられた。一瞬のことだった。
 立ち止まることなく、そのままその人は机の向こうにある席へと戻って行く。
 言葉を交わすことはなかったが、肩に残る温もりが自分を認めてくれているようだった――――。そっと触れて確かめてみるもそこには何もない。
 机の向こうで腰を落ち着ければ、授業の事や舞踏会の事などについて、再び会話に花を咲かせている姉や友人たちの言葉に耳を傾けていた。
 小さな悔いはまだ残っているものの、心の奥にまで温かいものがじんわりと広がった。
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