生きるか死ぬかを問われれば、やがて光は雪へと還る。

藤寝子

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“白い部屋”

白い部屋と、親の愛

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「……私は、最低な女よ。女優としても、女としても、人としても。娘としても。」

 鈴鹿結望は静かに語り出すと、部屋が再び紫色に染まり始めた。

「私は田舎で産まれたの。自然に囲まれた街。父も母も農家で、果樹園と喫茶店を経営してたわ。
 自分で言うのも恥ずかしいのだけれど、私には天性のルックスと才能があった。自覚したのは12歳くらい。私なら芸能人になれる、なんて本気で思ったわ。可愛いでしょ?」
 
 どこか懐かしむように笑う。その横顔は、少しだけ若い頃の輝きを取り戻していた。
 
「……親の農家なんて下らないとさえ思ってたわ。だから両親の反対を押し切って芸能プロダクションのオーディションに参加した。Three.Be“スカウトアイドル”。知ってる?有名なのよ。」

「もちろん!!スリビのスカドルなんて、深瀬まりさ、REILA、西嶋みずき、とか今をときめく女優さんばっかりだろ?伝説じゃんよ!」

 鈴鹿は自重するように笑った。

「私、初代クイーンなのよ。それでThree.Beに所属してアイドル活動と演技の稽古が始まった。
 初めは鳴かず飛ばずで、東京と田舎を行き来しながら稽古に明け暮れたわ。親はずーっと反対していたけれど。事務所の副社長も直々に親に会いに来てくれたりして。最後には上京を認めた。
 ……そこからは怒涛の毎日。地獄のような稽古。17歳で出たドラマ【流れ星】でブレイクしたわ。……ちょっと歌は微妙だったけど女優としてのきっかけを掴んだ。20代は映画に沢山出させて貰った。バラエティもね。
 ………………でも。」

「欲望に取り憑かれた獣となった。」
 シルフィアは冷たい言葉の刃を突き刺した。
 紫色が揺らめく。

「ドラマのエキストラだった男の子が私に触れるシーンで目覚めてしまった。……どうしようもない快楽を。」
 鈴鹿は俯く。
「忘れられなかった。家に連れ帰った……そして……。
 あぁ、名前も思い出せない。」

「罪の始まりだ。歪んだ愛情は報われぬ幻想。愛は虚を孕む。」
 シルフィアは静かに目を閉じた。
 愛憎の紫は微かにシルフィアの言葉を震わせていた。

「何とでも言いなさい!もう生きてはいないのだから!」
 鈴鹿の声が震えた。 
「私に掛かる期待もプレッシャーも、もうこの世から消え去ったのよ!
 ……そう。……わかってる。
 私は自我を失った。狂ったように若い男の子を欲した。出会いには事欠かなかった。裏社会のアテンダーにお金を渡せば、男の子は私の部屋にやってきた。
 ……その頃に一度、親に会ったのよ。……それが間違いだったと後悔したわ。」

「何故だ。」

「両親は私の活動をずっと応援してくれていた。意外だったの。反対してると思ってたから。
 父と母は“子供を愛してない親なんていない”と伝えてくれた。嬉しかった。ちゃんと嬉しかった。」
 鈴鹿の目に涙が滲む。
「私が、その、……少年達にもちゃんと親が居て、愛されていると。理解してしまった。
 親には言えなかった。娘が罪を背負っているなんて。……馬鹿だった。
 私は私を正当化したくなった。恥ずかしくなった。お母さんに言ってしまったの。
 “こんな子でごめん、私なんか産まなきゃ良かったね”。
 お母さんはこう言った。
 “何があったか知らないけどあんたは欲望を抑えられない所があるからね、気をつけだよ”。
 ……私は全て見透かされた気がして、その手をはたいた。差し出された手を、親の手をはたいた。」

 冷たい空気が虚を包む。
 シルフィアは深くため息をついた。
 
 ──鈴鹿は親を拒絶した。それをずっと悔やんでいる。
「続けろ。」

「…………私は付けられていた。家が、裏社会の人達にバレてしまった。」
 鈴鹿の声が震える。
「もうやらないと誓った。女優としての職を全うした。普通に恋愛し、俳優とお付き合いした。
 だけど彼から突然別れを切り出された。過去の罪を問いただされた。否定したけど無理だったわ。誰から聞いたのかは分からないまま。
 私は絶望と寂しさで我を忘れた。“そういう仲間”をネットで集め、アテンダーに再び連絡してしまった。
 ……最悪よね。」

 鈴鹿は笑いながら、泣いた。

「鈴鹿結望さん。聞くに耐えねえよまじで地獄だ!!」
 かつやっちょが頭を抱えた。

「かつやっちょ君、聞きたく無いわよねこんな話。でも語るしか無いの……紫色の光がそうさせるように。不安にさせるのかしらね。」

鈴鹿結望すずかゆみ。御託はいい。続けろ。」
 シルフィアの瞳に紫が反射し茶色がかる。

「“それ”は再びリークされた。池袋パレスホテル事件として。
 最悪だったのは、裏社会と繋がっている音楽プロデューサーの松井昂生まついこうせいの甥が、私の被害者だった事。……松井の甥は告発した。
 だけど、Three.Beと私の両親が週刊誌に莫大なお金を払って揉み消した。世間は私に味方した。
 松井の甥と姉一家は金目当てだと叩かれ、命を絶つ事となった。」

 空気が震える。紫色の光が弾けた。

「私は!!愛してくれた親を裏切った!!お金を出させた!!罪を背負わせた!!頼んでもないのに!!お母さんの手を握らなかったのに!!そして人を、罪のない人を!!追いやったの!!私が、殺してしまったの!
 ぁ、あ、ぁ………あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

 絶叫が虚空に吸い込まれる。

 シルフィアの声が重なる。
「十字架は貴様を闇に誘う。
 貴様の悪夢は松井という男か。松井はお前への復讐から脅し、玩具にした。」

 鈴鹿は小さく頷く。

「お前の両親を亡きものとし、事務所から脱退させた。裏社会の力で。そして自分の事務所に移させ、お前をさらにがんじがらめに。
 お前は薬を飲まされ、傷を背負わされた。」

 鈴鹿は再び小さく頷いた。

「……そして。今、ここにいる。」
 シルフィアは目を閉じた。
「疲れる……。
 お前が憎んだ世界は欲望の先に待ち受けた現実だった。……鈴鹿。親はどうしてお前を助けようとした。
 私には分からない。我が子が重い罪を背負っても尚、助けたいと願うのは何故だ。」

 その問に鈴鹿は泣き笑いを見せた。

「そんなのわかんないよ。
 ただ……。その時、お母さんは言ってくれたんだ。“ゆみ、あんたは悪くないよ”。って。
 どうして私はお母さんの手をとらなかったんだろう。……多分、両親の愛を受け取る事が怖かった。」

 黙って聞いていたかつやっちょが口を開く。
「はー。さっきから聞いてれば…………。
 あんたら馬鹿なの?ほんとにアホ、バカ、マヌケ、とんちんかんのアンポンタンだわ。」

 冷たい部屋に温度が差し込む。

「……黙れ。」

「黙りませーん。てかさ、親が子を助けたい理由を探す方が間違ってんだよ!
 わかる?親ってのは、身を削って子供を産むんだろ!産まれた喜び、与えた愛情、我が子の為ならなんだってすんだよ!間違ってても!恥ずかしくても!」
 かつやっちょはテーブルを叩いた。
 
 ……スー……ハァー。深呼吸する。
 
 光が灯る。暖かいオレンジ色。
 
「親が子を愛する気持ちに!!理由なんて探してんじゃねーよぉぉぉ!!!
 親がアンタに何か見返りを期待していたか!?鈴鹿結望!例えその手を掴んで貰えなくたってな!両親にとってのお前はたった一人の、大切な娘だろうがぁぁ!!
 もう会える事ねーんだぞ!?謝る事も出来ねーんだぞ?後悔したって遅いんだぞ!?
 親の仕事を見下してた!?ふざけんな!そんなてめえの傲りが全部終わらせた!
 手を取るだけで良かったんだ!女優である事を辞めれば、親とちゃんと向き合っていれば良かったんだ!……ありがとうって一言言えば良かったんだ!
 産んでくれてありがとう、育ててくれてありがとう、一言そう言えば、お前は救われてたんじゃねーのかぁ!!
 ぅ……ぅぐ……くそっ!ぅ……、なんで俺が泣いてんだよぉぉ!ちくしょう!…………俺だって母ちゃんに、何も言えてねぇで死んじまったからよぉ。」
 
 かつやっちょの顔は涙でくしゃくしゃになる。
 ――オレンジの光。

「…………。」
 鈴鹿は黙って唇を噛んだ。噛んだ所から血が流れた。
「ぐやじぃ……。あたし、お母さんに謝りたい……。
 女優を辞める……。考えた事無かった。そんな簡単な事で大事な人を助ける事が出来たのね。もう何もかも遅いけど、教えてくれてありがとう。」

 シルフィアの左目の縁が光る。緑の瞳が煌めく。
「鈴鹿結望。最後に問う。
 ───生きたいか、死にたいか。」

「もう。未練はない。後悔しか残ってない。死ぬ、を選べばお母さんとお父さんに会えるかな?」
 
「分からない。魂は白く、無に還る。
 ……だが、鈴鹿。お前が望めば会えるかもしれない。ここに不可能はない。」
 シルフィアは手を伸ばした。指先が光り、白い部屋も輝き出す。
 その目から涙が伝った。

「……なんであんたが泣くのよ。
 死にたい。魔女様。私を連れて行って下さる?」

 白い扉が開く。
 鈴鹿は微笑んだ。

「ありがとう。」

 そして、光の粒になって消えた。

「ごきげんよう。」

 シルフィアの目から、一粒の涙が零れる。
 雪のような光が舞い降りた。

 2人は光の粒を眺めた。

「シルフィア、雪か?これ。」

「あぁ。そうだな。
 かつやっちょ。遠くから声が聞こえる。」
 

 ────“どうして、お母さん。”


 ────“私、生きたかったけど、ダメだった。”


 シルフィアは耳を澄ませた。
「かつやっちょ……。いつも済まないな。お前には迷惑ばかりかけてしまう。」

「いーんだよ。ユキがそこに居るんだろ?
 …………大丈夫。俺が付いてるし、見届ける。」
 
 かつやっちょは拳を力強く握った。

 “何があっても、シルフィアは俺が見届ける。”

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