人間

何者

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人間

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 この世には、二つの世界が存在する。少なくとも俺には。一つは現実。もう一つは俺の中に存在する俺だけの世界。そして俺は、現実よりも後者の方を好んでいた。
 そもそも俺は人間が好きじゃない。だがこんな事言ったところで「何を言っている。お前自身人間じゃないか、馬鹿なのか君は」と言われ、精神科に連れていかれるのは目に見えているので黙っているしかないだろう。
 俺がこんな変わり者になったのは何かきっかけがあったからではない。生まれつきなのだ。赤ん坊だった頃の記憶はうっすらとしていて分からないが、物心ついた時から俺の中には二つの世界が存在した。そして俺はそれが普通だと思っていた。
 人間というのはなんとも不便な生き物だ。飯を食わないと空腹で倒れ、水を飲まないと血が固まって死んでしまう。何か物を食べれば排泄するし、金が無いと生きていけないから仕事もしなければならない。なんて不便なんだろうか。
 俺の中の世界ではこんな事は必要ない。欲のままに、自由に生きることが出来る。何故ならその世界で俺は「人間じゃない」からだ。
 俺は何者でも無い。その世界で自分の姿を見た事は無いし、見ようとしたことも無い。ただ存在しているだけ。その世界は俺を中心に回ってはいないし、俺以外の住民も俺のことなど気にしない。ただそこの住民がひっそりと生活している、非常に穏やかで不思議な世界なのだ。
 瞑想、空想、現実逃避。そんな言葉があるが、俺の場合はもはやそんな域を大いに外れている。なにしろ俺は現実よりも第二の世界を気に入っているし、むしろ俺の魂はあちらにあると言っても過言ではない。要はこの現実とかいうつまらない世界は俺にとって仮でしかないのだ。
 たぶん俺は、死んだらあちらの世界で暮らすのだろう。地獄でも、天国でも無く。俺の持つ、虚無の世界で。


 この世には色んな人間がいるものだ。それは人間のふりをした何か違うものかもしれないし、真っ当に自分を人間だと信じて止まない人間なのかもしれない。
 そんな世界で俺は今日も、人間に混ざり静かにひっそりと、生きている。
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