状況、開始ッ!

Gumdrops

文字の大きさ
4 / 17

第1試合、開始ッ!

しおりを挟む
  人知れずCクラスチャーリーから最初の戦死者リタイアを出した第1試合は急速に激しさを増していた。
  後方で射撃準備をしていたDクラスデルタ砲兵部隊がCクラス偵察隊員の急襲に遭い、混乱した隙に仁村戦車小隊が攻撃を仕掛けたのだ。
「スラローム走行!煙幕張れ!タイガー3は敵砲兵を迫撃しろ!」
  メルカバMk4の60mm迫撃砲が続けざまに火を吹く。混乱していた砲兵達は更に混乱を深めていった。
  しかし走りながらの迫撃が思うように当たるわけもなく、砲兵達が次第に冷静さを取り戻して戦線に復帰するのにそう時間はかからなかった。
  そのわずかな時間。支援砲撃が行われなかった時間を仁村は逃さない。
「今だ!目標迫撃砲!一撃離脱する!」
『『『了解』』』
  4輌は隊形を崩すことなく煙幕を突き抜けて突撃を敢行かんこうした。

パパパパパパパパ!
ダガガガガガガガ!

  飛び出してきた戦車に弾丸の嵐が襲いかかる。あちこちに設置された軽機関銃の激しい攻撃だが、所詮しょせんは小銃。戦車には効かない。その勢いを止めるには威力が足りなさ過ぎた。そして位置の露見ろけんしたガンナーはスナイパーの格好の餌食だ。
「距離800、微かに追い風、引き金は軽く、コトリと落ちるように…」

…パシュッ

  麻酔弾がDクラスガンナーの首筋に命中する。大動脈に流れ込んだ麻酔は一瞬にしてガンナーの意識を刈り取った。
「スナイパーだ伏せろ!どこにいる!?」
「音は聞こえなかった!」
  亜音速弾はその名の通り音速を超えない。故にソニックブームが発生せず、サイレンサーを着けることで無音の武器と化すのだ。

『こちらタイガー2!10時方向ATM対戦車ミサイル!』
  Dクラスの軽機関銃がゆっくりと数を減らしていくなか、2車から切迫した無線が飛んできた。
「了解!撃たせる前に撃て!砲手、機関銃用意!」
  PL-01が茂みに向かってバースト射撃を始めた。どうやら見つけた敵の位置を教えるとともに炙り出すつもりのようだ。
  慌てた様子で敵兵士が飛び出してくる。
「目標確認」「撃て」

パパパァン!

  的場まとばは僅か3発しか撃たなかった。しかし内2発を的確に命中させ、あわれな敵兵士はその衝撃で横に弾かれ沈黙する。
「目標沈も『ダミーだ!!』
  的場が報告し終わらないうちにどこからか無線が入った。

バシュッバシュゥ!

  戦車兵にとって最悪な音が聞こえた。それはATM兵を撃つ為に砲を振った方向とは逆方向からだった。
「後ろだ!!」
  仁村が咄嗟とっさに叫んだが時すでに遅し。潜望鏡せんぼうきょう越しに見えた弾頭は光の玉となって目前に迫っており、もう1発はメルカバに向かっているのが見えた。
「───ッ!」
  仁村は衝撃に備え、歯を食いしばった。

ガァァァン!

  車体が激しく揺れる。
「うぅ…」「痛ってぇ…」「くぅ~、効くなぁ…」
  車体に身体を強く叩きつけられた乗員達が呻く。仁村も背中を強く打ち、一瞬呼吸が詰まる。
「…ゴホッ、みんな…無事か?」
  苦痛に涙をにじませながら仁村は素早く車体と乗員の状態を確認する。
  ATMは追加で装着されたゲージアーマーに阻まれ車体にまでダメージが通らなかったようだ。しかしアーマーには穴が空いてしまっている。
  ゲージアーマーは金網の様な装甲だ。徹甲弾には脆弱ぜいじゃくだが、ATMやRPGの様な形成炸薬弾を車体から離れた所で炸裂させ、ダメージを減殺できる。しかも軽い。
「うはは!やってくれる!」
  元気な返事は米田だ。自前の筋肉アーマーが効果を発揮したのだろう。
「目眩がするぅ…」
  星野が気の抜けた声を出した。頭を揺さぶったのかもしれない。仁村は少しの間機動力が落ちるかもしれないと判断した。
「ぁんのヤロー、蜂の巣にしてやる!」
  的場は既に砲塔を操作し、照準をつけようとしていた。しかし、照準がブレていて狙いが定まらない。的場にもダメージがありそうだ。
「聡!牽制射だ。次弾を撃たせるな。タイガー3!無事か!?タイガー2・4は周囲を警戒!」
『こちらタイガー3。異状なし。1発くらいなら余裕です』
  メルカバから冷静な返答が返ってきた。
  メルカバMk4にはトロフィーシステムが搭載されており、飛来する物体を感知してゴム散弾ビーンバッグを発射する事である程度迎撃できる。装甲も厚く、小隊で最も防御力の高い戦車なのだ。
操縦手!動かせるか!?目標ターゲットは目の前だ!前進再開!」
  迎撃の為に落としていたスピードを再び上げる。星野もついていけている様で、仁村はホッと息をついた。

「撃て撃て撃て!撃ちまくれ!」
  烈火の攻撃を弾き返しながら進む仁村の目が軽迫撃砲部隊を捉えた。
「見つけた!榴弾装填!手前を狙え!」
「装填完了!」「撃てッ!」

ドッ、ドドドォァン!

  4輌が一斉に射撃し、遥か遠方の軽迫歩兵隊の足元に違わず着弾する。途端に麻酔の煙が拡散した。
  バタバタと敵兵士が崩れ落ちていくのを確認するや否や、仁村は後退命令を下す。
「ターゲットダウン!速やかに撤退だ!そろそろATMが集まってきててもおかしくない。敵戦車と出会うのもごめんだ。全速力!
レンジャーこちらタイガー、任務完了、後退を支援してくれ!」
  4輌が揃って向きを変え、スピードを上げ始めた。
『こちらレンジャー了解。つゆ払い感謝する』
  これで歩兵隊が敵の頭を押さえて下がりやすくなる。
  そう考えたのも束の間、敵ATMが姿を現した。仁村は予想が当たり舌打ちをした。
「迎撃してたらやられるぞ、お互いカバーし合え!」
  再び機銃が火を噴く。各車の車長はハッチから頭を出して、砲塔上面に取り付けられた機関銃も使い始めた。
  しかし抑えきれず、数発の弾が飛んでくる。
  全速力で走る戦車に弾はそうそう当たらないが、なにより数が多かった。後ろからの弾はメルカバが迎撃できるが、それも完璧ではない。すり抜けた弾、横や正面から発射された弾がゲージアーマーやシュルツェンに命中する。
  耐えきれなくなったアーマーが外れて脱落し始めた。
「(まずいな…)」
  このままではいずれ直撃を喰らう。そうなれば、バトラーがダメージを感知して相応の判定を下すだろう。ATMなら1発でも小破は免れないし、大破の可能性も充分あり得る。
『こちらタイガー3、トロフィーシステムの弾が切れた!トロフィー弾切れ!』
  更に状況は悪化した。背後からの攻撃を防いでくれていたトロフィーの加護がなくなり、一気に飛来する弾数が増えた。

「合流地点まであと1分!」
  星野が叫ぶ。
「装填!」「もう弾が無い!」
  的場と米田の声に焦りの色が滲む。
「クッソ!榴弾込めろ!」
「やめとけ聡、ムダ弾だ」
  仁村は的場をなだめると最後の一手を打った。
「全車、煙幕用意!」
「マジかよ!?」
  米田が驚愕した声を上げる。
  戦車に取り付けられた発煙弾発射筒はつえんだんはっしゃとうは装填を外からしなければならない。この攻撃の中で、である。
「じゃなきゃジリ貧だ。覚悟決めろ!」
  二の足を踏んだ米田と各車に檄を飛ばすと、仁村は真っ先にハッチを開け上半身を乗り出した。
「うし!うしッ!うッし!!」
  米田は自分を鼓舞するように気合いを入れると、続いて身を乗り出し装填を始めた。

ゴン、ゴン、ゴゴン…ゴン…

  車体にゴム弾が当たる音が断続的に響く。
  戦車の揺れと手の震えで思うように装填が進まない。顔を上げると周りも似たような状態だった。
「ぁぎゃあっ!」
  突如悲鳴が響く。
『こちらタイガー4!車長被弾!』
  今のは右翼を守る10式戦車の車長の声だったようだ。
「装填急げ!」
「こっちはOKだ!」
  米田は装填を済ませたようだ。続いて各車からも装填完了の無線が入る。
「煙幕展開!撃てッ!」

ボッ…パッ、パッ

  軽やかな破裂音と共に中空から純白の緞帳どんちょうが下りる。
  仁村達はその向こう側へと駆け抜けた。
  攻撃の手は明らかに弱まり、誰ともなくホッとした空気が流れる。

ギャリィィィィ、ドンッ!

  突如車体を引っ掻くような音に続いて爆発音と共に戦車が大きく揺れた。盲撃めくらうちしたATMがかすめ、その衝撃で起爆したのだ。
  それはレオパルトの乗員全員にまだ最前線にいる事を思い出させるのに充分な出来事だった。
「全車散開!固まるな!集まったら弾が当たるぞ!」
  各車は煙幕の陰から出ないように散らばった。
「歩兵隊と合流するまで持ち堪えろ!」
『『『了解!』』』
  半分ヤケを起こしたような返事だったが、仁村は気づかなかった。車長を失った4車の事を気にしていたからだ。

ガァン!

  一層強い衝撃がとどろき、車内にブザーが鳴り響く。
  ガクンとスピードが落ちた。
「被弾か!?」
  咄嗟にバトラーのパネルを確認する。

《小破:エンジン損傷、出力低下》

「(やられた…、こんな時に!)でもまだ走れる!」
  それは殆ど自分に言ったようなものだった。
  しかし次は無いことも同時に直感的に分かっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...