11 / 11
11話
しおりを挟む
お父様の執務室に向かっている。足が重くて目眩がする。それでもこれ以上罵声に暴力を振るわれたくなくて頑張って足を進めた。ドアをノックする手が躊躇する。
「入れ」
「失礼――」
――ヒュッ
何かが髪を掠めた後、ガラスが割れる音がして灰皿を投げつけられたことがわかった。あんなものが当たったら、何針か縫うほどの傷が出来ていただろう。
「チッ、当たらなかったか。これは何だ? こんなものを送りやがって。鉱山をもらう手筈が狂うだろうが!!」
そう喚き散らしたお父様は私が元婚約者に送った手紙をばら撒いた。
「まぁこんなことしても無駄だがな。本来なら、死刑だが領地の屋敷に幽閉で済むんだ。感謝してほしいぐらいだ。そこで一生帳簿でも付けて暮らすんだ。長閑で悠々自適な生活だろう。わっはっはっはっはー」
お父様は私を睨めつけてから言葉を発した。
「今度また余計な事をすれば、どうなるかわかるな。命はないと思え。最近、鞭で打たれてないから調子に乗ってんじゃないのか? ステファンも馬鹿だな、こんなのの身代わりになるなんて」
「えっ……」
言葉の意味を理解する前に、悪寒が走り、冷や汗が出た。あの晩、お父様の執務室で鞭で打たれた音を聞いたときのことを思い出した。
「はぁー、イライラする。ステファンを呼んでこい」
足が動かなかった。言うが早いか、本が顔にぶつかった。
「走れ!」
私は走ってスチューの部屋に向かった。
――バンッ!!
彼の部屋のドアをノックもせずに開けると、着替えの最中で……背中の傷が目に入った瞬間に涙が溢れた。
「なんで、そんな傷が……?」
それはよく見た自身の身体に出来ていた鞭で打たれた傷だった。
「ノックもせずにどうしたの?」
スチューは素早く着替えて、シャツの下で傷は見えなくなった。
「あっ、お父様が……」
思わず、正直に答えたが忸怩たる思いが湧き出た。
「呼んでるって? 執務室かな」
スチューが私の横を通り過ぎていく。暫く立ち尽くした。彼は部屋から出ていった。
――えっ、なんで? いつから? お父様のあの言葉……まさか私の身代わりに? でもでもでも、私にそんな価値なんて…… 私なんかのために……そんな辛い思いを……するかな。するわけないよね。今まで誰も庇ってくれなかったもの。あっ、そんなことより……
彼が怪我して戻った時の為、抗炎症効果のある薬草や痛み止め等の薬を用意した。私が止めに行ったら、余計お父様を激昂させることは自明の理ある。そうすれば暴力が増えるだけ。自分にはそれしかできないことが悔しい。
そしてスチューがふらつきながら戻ったのは、1時間後だった。
「スチュー!」
「ああ……」
「大丈夫? ここに寝て」
動くだけで痛そうにしている彼を丁寧にベットに寝せて、消毒液で傷を拭いた。涙が出そうだったが、そうすればよく見えず、治療に障りがあるから目頭に力を込めて堪えた。
薬草が独特な臭いを放っている。それを塗ってガーゼで覆い包帯を巻いた。そして鎮静剤を飲ませた。そして彼はすぐに目を閉じ意識を手放した。
自分が怪我したわけじゃないのに、胸が苦しいほど痛くのは何故かしら。その古傷のない生々しい傷跡がお教えてくれた。自身の身代わりになってくれた事を。貴方がとても愛おしい存在に感じる。痛々しい傷痕を見て暖かい気持ちも不思議と湧いてくる。この人が私ものであればいいのに……こんな気持ち抱いてはいけない。今まで何も手にできなかった。両親の愛、婚約者の愛、友情もただの侍従からの絆さえ手に入らなかった。いつも私の人生は孤独で過酷で、周りの人々も偽りの笑顔を思い浮かべ、見えないところで茨の人生を歩んでいるって思い込ませて自分を慰めていた。初めて私を庇ってくれた存在。
スチューの手を握り、出来れば彼の関心が少しでも長く続くよう願った。
「入れ」
「失礼――」
――ヒュッ
何かが髪を掠めた後、ガラスが割れる音がして灰皿を投げつけられたことがわかった。あんなものが当たったら、何針か縫うほどの傷が出来ていただろう。
「チッ、当たらなかったか。これは何だ? こんなものを送りやがって。鉱山をもらう手筈が狂うだろうが!!」
そう喚き散らしたお父様は私が元婚約者に送った手紙をばら撒いた。
「まぁこんなことしても無駄だがな。本来なら、死刑だが領地の屋敷に幽閉で済むんだ。感謝してほしいぐらいだ。そこで一生帳簿でも付けて暮らすんだ。長閑で悠々自適な生活だろう。わっはっはっはっはー」
お父様は私を睨めつけてから言葉を発した。
「今度また余計な事をすれば、どうなるかわかるな。命はないと思え。最近、鞭で打たれてないから調子に乗ってんじゃないのか? ステファンも馬鹿だな、こんなのの身代わりになるなんて」
「えっ……」
言葉の意味を理解する前に、悪寒が走り、冷や汗が出た。あの晩、お父様の執務室で鞭で打たれた音を聞いたときのことを思い出した。
「はぁー、イライラする。ステファンを呼んでこい」
足が動かなかった。言うが早いか、本が顔にぶつかった。
「走れ!」
私は走ってスチューの部屋に向かった。
――バンッ!!
彼の部屋のドアをノックもせずに開けると、着替えの最中で……背中の傷が目に入った瞬間に涙が溢れた。
「なんで、そんな傷が……?」
それはよく見た自身の身体に出来ていた鞭で打たれた傷だった。
「ノックもせずにどうしたの?」
スチューは素早く着替えて、シャツの下で傷は見えなくなった。
「あっ、お父様が……」
思わず、正直に答えたが忸怩たる思いが湧き出た。
「呼んでるって? 執務室かな」
スチューが私の横を通り過ぎていく。暫く立ち尽くした。彼は部屋から出ていった。
――えっ、なんで? いつから? お父様のあの言葉……まさか私の身代わりに? でもでもでも、私にそんな価値なんて…… 私なんかのために……そんな辛い思いを……するかな。するわけないよね。今まで誰も庇ってくれなかったもの。あっ、そんなことより……
彼が怪我して戻った時の為、抗炎症効果のある薬草や痛み止め等の薬を用意した。私が止めに行ったら、余計お父様を激昂させることは自明の理ある。そうすれば暴力が増えるだけ。自分にはそれしかできないことが悔しい。
そしてスチューがふらつきながら戻ったのは、1時間後だった。
「スチュー!」
「ああ……」
「大丈夫? ここに寝て」
動くだけで痛そうにしている彼を丁寧にベットに寝せて、消毒液で傷を拭いた。涙が出そうだったが、そうすればよく見えず、治療に障りがあるから目頭に力を込めて堪えた。
薬草が独特な臭いを放っている。それを塗ってガーゼで覆い包帯を巻いた。そして鎮静剤を飲ませた。そして彼はすぐに目を閉じ意識を手放した。
自分が怪我したわけじゃないのに、胸が苦しいほど痛くのは何故かしら。その古傷のない生々しい傷跡がお教えてくれた。自身の身代わりになってくれた事を。貴方がとても愛おしい存在に感じる。痛々しい傷痕を見て暖かい気持ちも不思議と湧いてくる。この人が私ものであればいいのに……こんな気持ち抱いてはいけない。今まで何も手にできなかった。両親の愛、婚約者の愛、友情もただの侍従からの絆さえ手に入らなかった。いつも私の人生は孤独で過酷で、周りの人々も偽りの笑顔を思い浮かべ、見えないところで茨の人生を歩んでいるって思い込ませて自分を慰めていた。初めて私を庇ってくれた存在。
スチューの手を握り、出来れば彼の関心が少しでも長く続くよう願った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
31
この作品の感想を投稿する
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる