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第24話 歓迎されざる客の歓迎

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 泥炭の湿原を発見したあたし達は、意気揚々と川を下ります。

「これでリリアも資本家《ブルジョワジー》の仲間入りですね」

「えー?あんな泥だらけの沼地を貰っても買ってくれる人がいないんじゃ・・・」

 森の山主なら材木、鉱山主なら石炭や鉄鉱石を売ってお金にできますけど、泥の炭はいったいどうやって売ったらいいのでしょう?

 奉公期間が終わったときのことを考えると、使用に便利な王国銀貨で対価を受け取りたいところです。けれど、あたし達が定期的に接触しているのは、今まさに舟を操ってくれている羊飼いのおじさんだけです。

「おじさん、泥炭買う?煮炊きに便利な燃料ですよ」

 試しに取引を持ちかけてみましたが

「いやあ、そんな泥は要らんよ。泥を使わずとも、羊や山羊の糞を乾かして燃やせば十分だからなあ」

 と、断られてしまいました。残念。
 羊飼いのおじさんとは、引き続き羊肉チーズ本位制で取引を継続するしかないようです。

「土地神様、王国銀貨持ってませんよねえ」

「ないでしょうね」

 持っていれば最初に会ったときに金貨や銀貨を食べる必要はなかったはずです。

「あれ?船?」

 神殿近くまで下ってきたところ、別の船が川を遡上してくるのを見つけました。
 大きな船です。

「おじさん、知り合い?」

「まさか!秘密は守ってるとも!」

 ぶるぶると頭を震わせるおじさんの様子からは嘘を言っているように感じられません。

「川は海に繋がっているのですから、他の船が来ても不思議はありません。帆が二枚見えますね。外洋航海船かもしれません」

「はー。聖女様、ほんと博識ですねえ。あたしも本を読んだから頭良くなりますかね。あ、聖女様、あの船面白いですよ!帆に骸骨の紋章を書いてます!どこかの貴族様でしょうか?」

「あら、ほんとう。変わった趣味ね。どこの貴族かしら」

 あたし達の会話を聞いた羊飼いのおじさんは、とたんに真っ青になって慌てだしました。

「や、やつら海賊ですよ!こんなところまで来るなんて!」

 海賊、だそうです。
 あたしは思わず聖女様と顔を見合わせました。

「いまどき、海賊ですか」

「あたし、海賊なんてお話の中だけのものだと思ってました」

 王国海軍の軍艦が魔導蒸気機関を装備するようになって以来、王国近海では海賊は絶滅しています。

「そ、そんなことより逃げましょう!い、いや羊はどうしたら!でも羊より命が大事ですし・・・」

 あたふたする羊飼いのおじさんをなだめすかして、あたし達は上陸して神殿に駆け上り歓迎の支度を整えたのです。

 ◇  ◇  ◇  ◇

「海賊達、意外と慎重ですね」

「あっ!聖女様は神殿に隠れていてくださいよ」

「そんなこと言って、リリアは交渉ごとが苦手でしょう?」

「聖女様の出番はまだ先ですから、大人しく頭を下げててください」

 あたしは今、古代都市の黒い石造りの建物の屋上から、海賊船が上陸しようとしているところを見下ろしています。

「聖女様からお借りした望遠鏡、よく見えますね。あの人達上陸用のボートを下ろしているみたいです」

「それは研究用に私が職人に依頼して調整したものですから。それと、この川の水深では外洋船が横付けするには喫水がたりないのでしょう」

「なるほど」

 ボートの海賊達の人数は7、8人。頭に巻いている布からすると王国周辺にかつて出没していた海賊でなく、このあたりの文化圏に属する海賊に見えます。

「じゃあ武器は・・・せいぜい先込め式単発銃ですかね」

 それもライフルでなく、マスケット。
 銃身に刻まれた螺旋溝によって弾丸を回転させて真っ直ぐに飛ばすライフル銃と、のっぺりした銃身からそのまま撃ち出すマスケット銃では、威力も精度も射程距離も段違いです。

 つまりボルト式王国小銃《キングスライフル》を構えたあたしにとって、奴らは易《イージー》しい的《ターゲット》です。

「聖女様、降伏勧告しましょうか?」

「いいえ。海賊はどのみち縛り首です。私の自己満足のために無駄な試みをして、みすみすリリアを危険にさらすわけにはいきません。やってしまいなさい」

「了解《イエス・マム》」

 聖女様の許可を得て、初弾をボルト式小銃《アクションライフル》にガチャリと装填します。
 ボルト式小銃の良い点は伏せた姿勢で射撃と給弾が可能なことです。
 おまけに建物の屋上から撃ち下ろし。
 海賊達は身動きのままならない小さなボートに満載。
 要するに、易しい的です。

 すーっと、細く吐き出してから息を止めます。

「撃ちます」

 バンッ!「命中。次っ」ガチャッ
 バンッ!「命中。次っ」ガチャッ
 バンッ!「命中!」ガチャッ

 とりあえず三連射。
 全て命中したはずです。

 硝煙が晴れるのを待って望遠鏡で成果確認します。

「あー。だいたい済みましたね」

 上陸ボートの上は、まさに死屍累々。
 密集していたところにライフル弾を食らったためか、一弾で複数人の死傷者が出たみたいです。
 オールを漕ぐ者はなく、ボートがゆっくりと下流に流されていきます。

「リリア。あの海賊船、手に入れられませんか」

「少し遠いですけど、たぶんやれると思います」

 海賊船の甲板は上陸ボートが全滅したので大騒ぎになっています。
 大勢の男達が甲板に出てきて、ボートの方を指さして怒鳴り合っているようです。

 その隙にあたしはネジと細いロープで望遠鏡とボルト式小銃をつなぎます。
 ちょっとした思いつきですが、望遠鏡《スコープ》付き単発式小銃の出来上がりです。

「標的の近くに帆があると楽なんですよね。風向きがわかりますので」

 ついつい独り言が漏れてしまいます。
 先ほどの上陸ボートの海賊と同じくらい易しい標的です。
 なにせ甲板上で大勢の男達がとまったままなのですから。

「撃ちます」

 少し間を置きながらの5連射!

 バンッ!「命中。次っ」ガチャッ
 バンッ!「命中。次っ」ガチャッ
 バンッ!「命中。次っ」ガチャッ
 バンッ!「命中。次っ」ガチャッ
 バンッ!「命中!」ガチャッ

 望遠鏡の先の標的はかなり小さいですが、たぶん全弾命中したはずです。

「逃げ出しましたね」

 舵輪近くの海賊を優先して倒したメッセージが伝わったのか、海賊達は舷側から川に飛び込んで逃げていくのが見えます。
 ところが、中には勇敢にも船を動すために錨を上げようとする海賊もいたりするわけで。

「あ、そういうのダメです」

 バンッ!「命中!」ガチャッ

 また一人が倒れたことで、海賊達は完全に船を動かすのをあきらめたようです。

「川にとびこんだ海賊達はどうしましょう?川下で悪さをするかもしれませんが」

「どうでしょうね。海近くまで何十マイルも迷惑をかけられるだけの人家はありませんから、食料もなければ辿りつけないでしょう。野宿すれば雨で体も冷えますし、川沿いに歩くなら増水で海まで流されていくでしょうね。放っておきましょう」

 聖女様も、なかなか容赦がありません。

「ところで、あんな大きな船を手に入れてどうするんです?あたしと聖女様じゃ動かせませんよ?ひょっとしたら羊飼いのおじさんは買ってくれるかもしれませんけど、代金が大変なことになりますし・・・」

 魔導蒸気機関が装備されていない帆船であっても、外洋船はとても高価なのです。
 聖女様は「そんなことはわかっている」とばかりに驚くべきことを言い出しました。

「あの船は土地神様に使っていただくんです。ちょっとしたお土産ですよ」

 土地神様を船に乗せるつもりなのでしょうか?
 どう見ても沈みそうなんですが・・・
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