音楽業界のボーイズラブ

おとめ

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「…あはは~…待ってる間暇すぎて連絡しちゃった」
「は?いや、多分寝てるだろ。じゃ買い物行ってくるから」
「…もう来てるよー」
振り返った体の後ろから誰かの気配がして、目の下に隈を作ったシンが現れる。
早朝からどっと疲れる。いや、疲れているのはむしろシンの方か。いつ現れるか分からない間待たされていたのは気疲れさえするだろう。
「なんでいる…」
「こっちは寝ないで曲作ってんだよ。どこぞの誰かが朝帰りしてる間に」
「はは…」
シンの苛立ちがこっちまで伝わってきて、言い訳もままならなくなる。
「今日打ち合わせっつったろーが。しかも何でリンネが朝までいんだよ」
「えー、別にいいよね?」
「え…」
「悪くないってー」
早口が回るリンネの頭の回転の速さは尊敬に値する。しかし朝からそんな捲し立てられても…。
「作詞してくれって言ったのはお前だろ?BPMも何も分かんねぇし決まってねえうちに」
ギロリとシンに睨めつけられて、隈もそうだが全体的に顔の血色が悪く普段より負のオーラがすごい。
「じゃー疲れたから寝る」
リンネ、こいつは何しに朝から押しかけてたんだ。
「まってまって、今音合わせするから」
「何にも決まってないんでしょーぉ、どっちも、?」
軽く嫌味のジャブさえ入れてくる。
「声入れるだけ!とりあえず今から!」
そうして不穏な空気のまま曲を合わせるとロック系バンドを謳う彼らのジャンルだからこそ、意外といいアイディアが生まれたりする。
すすむはそうした直感とかタイミングを大事にしていた。
「えーもう疲れた」
「ごめんごめん。今からちょっと曲編だけしてすぐやるから」
慌てて作業部屋に向かう。腹減ったんだが何とか堪える。

しばらく没頭していると物音がして部屋にシンが入ってくる。
無言の圧力で製作の進行具合を見ている。機材やらパソコンがあって寝室より広さがある部屋だが、大の男が二人いると窮屈に感じる。机の上にはパソコンとモニター、電子音を出力する機械が並べられていて床はアンプやケーブルの線などが混線して雑然としている。

「何で朝来るんだよ」
モニターとパソコンを行ったりきたりしたままぼやくと、シンが黙ったままで、重くなった空気に身が縮む。門番の如く不動でいると、その集中力を恨めしくさえ思う。

さっさと終わらせて確認のたびにリンネのいるリビングに行って曲に合わせててきとーに歌ってもらい、ようやく完成の目処がついてきた。

音源のデモを作り終えデータを移しシンに渡し、井の中の蛙だった作業部屋から命からがら解放されることになる。

「じゃあ寝るから帰れ」
胸を張りそう言うことができて、
「作詞するから待ってろ」
「部屋で寝てるから起こして」
「こっちの部屋借りる」
シンは本当にマイペースだ。俺だったら人の家で作詞なんかできねー。

さすがに二日続けて違うベッドで寝るとエコノミー症候群になりそうだし申し訳なく思いながらも寝室でゆっくり寝かせてもらうことにする。
しかし体の芯がまだ火照ったままで、疼く体に眠れそうに無い。自宅にいながら肩身狭く自慰行為をしなければいけないのか。

早く作詞を終わらせてくれれば…。

ぼんやりと昨夜のことを思い出しながら、シンがどのくらいの集中力で作業をしているか息を潜めて気配を窺ってみる。物音一つしない部屋からはかなり根を詰めて作業しているとは思う。が、万が一ということもあるのでやはりと悶々として眠ることになった。

レム睡眠を繰り返して、どっと疲れながら目を覚ます。やはり満足のいく睡眠は出来なかった。ベッドから起き上がりリビングへ行く。誰の姿も見えないのでリンネは帰った…か…。
シンもまだ作業してるらしい。仕方なくコーヒーを作って持っていってやる。
「おつかれ」
「…」
「出来そ?」
「…寝れたか?」

ぐぅ。朝よりも顔色が悪くなったシンの表情を窺い見る。こいつはいつからおれん家にいるんだろう。人の家に家主よりも長くいるから。
「…おかげさまで」

その心境とはいかに。
「朝帰りで何してたんだ」
シンが返す言葉に、返事が詰まる。

低い声は喉仏から輪郭にかけて肌が地黒なのもあるが痩せていて骨張って見える。
シンの元々の鋭い目つきが徹夜のせいでさらに細められて、もういつ瞼が閉じてもおかしくなさそうだ。

「仕事だから」
シンが溜息をつく。モニターを見つめていた顔が振り返り立ち上がる、と、睨めつけられて、

「それって仕事っつうの」

どきりとする。痛いところを突いてくる。

「人付き合いってものが…」
「そんなの何の役にも立たねーし」

「人柄も大事だろ」

「人柄ねえ…」
「…」
「じゃあ俺とも仕事だったらヤるわけ」
「え…」
「…、ごめん、今のナシ。頭冷やしてくる」
「え、じゃ飯食いに行こ、腹減ったしょ」

驚いた顔をしたシンの表情が徐々に和らぎ、ぷっと笑い吹き出す。

「お前なあ…」

「何だよ」

「べつに。これ作詞入れといたから。そのカッコで行くのか?」

「んなわけねーだろ」

またシンが笑う。

「バーガー食いてえ」
「いいな、近くにあったし」
「ビッグバーガーにするわ。まじ腹減った」
「俺も」

結構マイナーなバンドだからお互いに辛酸を舐め合った仲だけに何でも気軽に話せる。
元々が友人だったらこうはいかないだろう。

仲間、という言葉がふさわしいこの関係を再認識し幸せを噛み締める。お互いに損得勘定が出てくる友人とはまた違う。付加価値がなければその存在はどちらかと言えば負担になるのだ。
バンドを組んで分かった。いつ失うか分からない、疑心暗鬼になり失くせば自信や自尊心も失う、そんなものに時間を割いている暇はない。

「おつかれ」
「お疲れ」

2人でバーガーで乾杯とし今日の成果を労い合う。

 飯を食った後はお互いに言わずもがな別れ2人ともその場を後にした。
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