7 / 27
序章 ホロニック
7話 初夏、通り雨、舞い落ち
しおりを挟む
火鳥 真衣 38 歳。
6時に起きて、洗濯機回して、7時に朝食の用意して、9時にパートへ向かう。
17時までパートをして、買い物を済ませて家に変える。
19時までには夕飯を用意して、後片付けして、家事を済ませて、お風呂に入って少しテレビを見て就寝。
そんな1日を母さんは過ごしている。
たまの休日はパート先の人とランチに行ったり、1人で映画に行ったりと羽を伸ばしている。
それが僕の母、火鳥 真衣だ。
――――――
夕飯の準備をしている母さんは妖狐に話しかけた。
「氷花ちゃんの好きな厚揚げ買って来たから、後で軽く炙って出すね」
何気ない一言だったが、重要な一言だった。
母さんが帰って来る前に、妖狐は部屋にはいるけれど姿隠しの術で完全に気配を消していた。
さとりの眼で見ないと僕にも見えない状況だった。
でも母さんには普通に見えていた。
「真衣、完全に気配を消しているのにやっぱりわたしが見えてるのね……」
母さんは黙った。
「それに……君、爺様の幻術が効いてないんじゃないの?」
どうやら母さんは天狗の広範囲幻術も効いていないようだ。
妖狐曰く、稀にこういった術の効かない人がいるらしい。
母さんの場合は陰陽術の陰の法に耐性があるため、幻術にはかからず、化け物が姿隠しの術を使っても丸見えになるようだ。
そして危険なことに陽の法の耐性はまったく無いようで、攻撃系の術を受ければ一溜まりもないのだと。
試してはいないけど、さとりの眼は陰の法に当たるので僕も母さんの心を読むことは無理らしい。
「わたし達には正直に話していいんだ、君の息子も今から色々話すことがあるようだしね。もうわかってるだろうけど、わたしは君に危害を加えたりする者じゃないよ」
母さんは腰砕けにあった様に冷蔵庫前にしゃがみ込んだ。
張り詰めた緊張感から解放されたようだった。
「ずっと、どうしていいかわからなくて……。煉が事故で運ばれてから、お化け達が病院うろついてたし、氷花ちゃんは煉を護ってるようだったから安心していたけど、なんで煉のそばにいるのか不安だったの。とにかく誰も刺激しないよう過ごすことに必死で……」
母さんは母さんで大変だったんだ。
何が起こっているのかもわからない状態で、家族の周りに化け物がうろつき始めていたらどうするだろう?
化け物に今の状況を聞いてみる?
いやいや流石にそんな怖いことはできない。
家族に危険がない限り黙って様子をみる?
もしもその状況になれば、母さんのようにそんな選択肢をとってしまうのかも知れない。
安心した母さんはそれから自分幼少期の話をしてくれた。
小さな頃から化け物を お化け と呼んで、普通に見えていたらしい。
たまに遊んでくれる お化け もいたようで、すべてが怖い者ではないと理解しているようだ。
幼い頃、遊び相手に お化け が居たこともあり恐怖心が軽薄だった。
そんな中、中学生の時に人を喰らう化け物と出会ってしまい考えが一変してしまう。
しかし、その大ピンチに助けてくれたのも お化け であり、そのおかげで母さんの今があるらしい。
助けてくれた お化け には、危険から回避するための注意を受けたようで、ずっと母さんはそれを守ってきた。
「見るな、気付くな、近づくな」
何かの標語みたいな注意だが覚えやすい。
覚えやすいけど、化け物相手に中々簡単ではないと思う。
またその お化け はお化けを見なくて済む眼鏡をくれたそうだ。
成長と共にサイズが合わなくなり、さらに眼鏡が似合わない事もあり、見て見ぬふりすることを徹底して今まで過ごして来たようだ。
うん?化け物を見なくて済む眼鏡?
なんか聞き覚えのあるアイテム名だ。
「母さんを助けてくれたお化けって?」
「牛丸っておじいさんだよ。この前病院で久しぶりに見たんだけど……わたしのことまったく覚えてなかったのよ」
なんてこった、親子2代でお世話になっているだなんて。
僕が急に眼鏡をかけていても、母さんは突っ込まないわけだ。
眼鏡を掛けている理由をなんとなくわかっていたのだから。
そして母さんにも店長と同様に、事故からの一部始終を話した。
母さんは流石に驚いていた。
さとりの眼と鳳凰の手に関しては、そんな特別な眼と手を貰ってラッキーね!くらいのリアクションで僕も逆に驚かされた。
ただ、死ぬはずだった僕を助けてくれた天狗に対して、お礼なんかでは足りないほどの感謝だと言ってくれた。
過去の母さんだけでなく自分の命よりも大事な息子の命も救ってくれた恩人に、どのような感謝を伝えればいいのかを悩み始めるくらいだった。
大事な息子を化け物にした奴なんか感謝しなくて良い。
と言ってやった。
それでも こんなに元気に生きていることに感謝しかないとのことだ。
店長のことも、もちろん気付いていた。
ただ本当に優しくて良い店長!といった印象を母さんは持っており、これにも少し驚かされた。
その店長から、僕に対する勤務上のフォローの快諾や、母さんを守るように言われた話を伝えると。
「20代半ばくらいの若い店長さんなのになんて立派なの!あの店長なら煉を安心して預けられるわ」
と大絶賛に変わった。
「お化けっていいひと本当に多いのよ。小学校の低学年の時によく遊んでくれた咲《さき》ちゃんって子がいたんだけどね。今ごろどうしてるんだろう?」
「! 真衣、君は咲を知っているの?」
「えぇ、同い年くらいなので良く遊んだのよ。突然会えなくなって寂しかったなぁ。氷花ちゃん知ってるんだ」
「もちろんさ、あの子は特に人間が好きな子だからね。当時、人に深入りしないよう爺様から説教を受けて喧嘩の末姿を消したって聞いてるよ」
「そうなんだ……」
「咲は君の体質知らないから記憶飛ばしの術で記憶を消せたと今も思っているんだろうね」
「そういえば最後の日、咲ちゃん泣いてたの。ごめんねって言って、全部忘れられるから大丈夫だよって」
「今後あったら言っとくよ、真衣が会いたがってるってさ。驚くだろうねぇ、あの子」
母さんと妖狐は微笑んで会話を楽しんでしる。
流浪の河童を見た時、すべてが詰んでしまった気分になった。
でも店長との会話、母さんとの会話でずいぶんと僕は救われた。
事故からの話を受け入れられる人はいないと思っていた。
僕を受け入れてくれるひとなどいない、家族でも無理だと昨日まで思っていた。
でも違った。
理解者がいるって幸せなことだ。
――――――
その日から母さんの表情は見るみる元気になった。
不安や、疑問に思っていたことが解消されたのだろう。
それと妖狐にミサンガのような物を渡されたことも良かった。
その妖力入りのミサンガを巻いているだけで、そこらの化け物レベルでは母さんに近づくこともできない代物らしい。
かなりの妖力を練り込んだ、妖狐自慢の一品のようだ。
なんでもこれを付けている時に近寄ることが可能なのは、この辺りでは天狗の爺様か土蜘蛛の店長くらいなんだとか。
(本当に店長ってそんなに強いのか?)
そういえば妖狐は母さんに咲ちゃんと連絡が取れないことを詫びていた。
人間と仲良くしたい咲ちゃんは口うるさい天狗に愛想をつかして、ずいぶん前に本当に山を出て行って、こともあろうか流浪の化け物デビューをしているようだ。
でも母さんには朗報もある。
中学生時代に人を喰らう化け物から母さんを救ったお化け。
それが実は咲ちゃんだった。
母さんと離れてからも、心配でたまに遠くから見守っていたようだ。
そしてある日危険が迫っていることに気付いて、咲ちゃんが助けに入った。
そこで再会をしたかったはずなのに、これからの母さんの人生に自分は不要と判断し、後のことを天狗に任せた。
なんともしっかりした化け物じゃないか。
個人的にも今一番会いたいひとになった。
明日のバイトの時、店長に咲ちゃんのことを聞いてみよう。
あの店長なら何か知っているかも知れない。
母さんと咲ちゃんの再開。
このイベントは絶対に達成させてあげたい。
――――――
もうすぐ梅雨入りするとテレビが言っている。
今日は折り畳み傘を持つように天気予報士が言った。
突然の通り雨に注意らしい。
退院してから10日ほど経った。
アルバイトは朝から昼過ぎまでの時間を中心に勤務している。
今日は欠員が出たので14時までだった勤務が17時までになったけど、妖狐がどこかに待機しているから大丈夫だ。
店長に咲ちゃんのことを聞こうと思っていたけど、残念なことに店長はOFFだった。
あまり休まない店長だから、ゆっくり休んでもらいたい。
スマホアプリでの連絡も考えたけど、今日はやめて明日にでも聞こう。
今日はアルバイト終わりにフライドチキンを買って帰る。
妖狐が店のフライドチキンに興味ありありのようだ。
「君の店で作ってるチキンてやつ、唐揚げとは違うんだろう?美味しそうな匂いを漂わせてるからねぇ、興味があるんだよね」
普通に食べてみたいと言えない面倒臭い性格の狐の分も含めて、3人分のチキンを買って店を出た。
17時30分、雨が降り始めた。
持っていた傘をさす。
「君、準備がいいねぇ」
「氷花さんもね」
妖狐はどこからともなく和傘を出してさしている。
チキンを買ったことに上機嫌だ。
今すぐに食べたいと言ってきたけど、帰ってからみんなで食べようとお預けにした。
母さんもパートが17時までだと言っていたから、家に着く頃にはちょうど夕飯になるかな。
蒸し暑い初夏の突然の通り雨。
いつもそうだ、良いことや悪いことは通り雨と同じで突然やってくる。
「発情鬼……」
「……はい?」
「まずいよ、走れ!」
妖狐の表情が一変した。
真剣な顔、河童との対峙でも店長との対面でも見なかった本気の顔だ。
「急げ!」
すごい速さで妖狐が走り出した。
僕は訳が分からないまま、後を追うように走った。
「氷花さん!」
呼びかけても振り返りもせず進んでいく。
化け物の襲撃?
いや、眼が疼いていない。
眼鏡の力で感知能力が抑えられているから気付けていないのか?
味わったことのない焦燥感に、怒られることは承知で眼鏡を外したさとりの眼で妖狐を見た。
「……!」
「嘘だろ!」
「…………」
「氷花さん……って!おいっ!」
「……急ぐんだよ!」
「嘘だあぁぁー!!」
頭の中が真っ白になった。
急いでいるのに世界がスローモーションに動いている感覚。
足が希望の動きをしてくれない。
耳は街の音と雨の音を聞き忘れ、狭まった視界は景色を見ることを忘れ、身体は妖狐だけを追いかけた。
事故から信じられないことばかりが身の回りで起こっている。
見たこと聞いたこと、すべてが嘘みたいなことなのに、何1つ嘘がなかった。
知らない間に入り込んだ化け物がいる世界。
想像を超えた世界。
それはこれからどれほどの物を僕に与え、奪っていくのだろう。
間違いであってほしい、嘘であってほしい……。
初夏、通り雨が降る今。
母さんが死んだ。
6時に起きて、洗濯機回して、7時に朝食の用意して、9時にパートへ向かう。
17時までパートをして、買い物を済ませて家に変える。
19時までには夕飯を用意して、後片付けして、家事を済ませて、お風呂に入って少しテレビを見て就寝。
そんな1日を母さんは過ごしている。
たまの休日はパート先の人とランチに行ったり、1人で映画に行ったりと羽を伸ばしている。
それが僕の母、火鳥 真衣だ。
――――――
夕飯の準備をしている母さんは妖狐に話しかけた。
「氷花ちゃんの好きな厚揚げ買って来たから、後で軽く炙って出すね」
何気ない一言だったが、重要な一言だった。
母さんが帰って来る前に、妖狐は部屋にはいるけれど姿隠しの術で完全に気配を消していた。
さとりの眼で見ないと僕にも見えない状況だった。
でも母さんには普通に見えていた。
「真衣、完全に気配を消しているのにやっぱりわたしが見えてるのね……」
母さんは黙った。
「それに……君、爺様の幻術が効いてないんじゃないの?」
どうやら母さんは天狗の広範囲幻術も効いていないようだ。
妖狐曰く、稀にこういった術の効かない人がいるらしい。
母さんの場合は陰陽術の陰の法に耐性があるため、幻術にはかからず、化け物が姿隠しの術を使っても丸見えになるようだ。
そして危険なことに陽の法の耐性はまったく無いようで、攻撃系の術を受ければ一溜まりもないのだと。
試してはいないけど、さとりの眼は陰の法に当たるので僕も母さんの心を読むことは無理らしい。
「わたし達には正直に話していいんだ、君の息子も今から色々話すことがあるようだしね。もうわかってるだろうけど、わたしは君に危害を加えたりする者じゃないよ」
母さんは腰砕けにあった様に冷蔵庫前にしゃがみ込んだ。
張り詰めた緊張感から解放されたようだった。
「ずっと、どうしていいかわからなくて……。煉が事故で運ばれてから、お化け達が病院うろついてたし、氷花ちゃんは煉を護ってるようだったから安心していたけど、なんで煉のそばにいるのか不安だったの。とにかく誰も刺激しないよう過ごすことに必死で……」
母さんは母さんで大変だったんだ。
何が起こっているのかもわからない状態で、家族の周りに化け物がうろつき始めていたらどうするだろう?
化け物に今の状況を聞いてみる?
いやいや流石にそんな怖いことはできない。
家族に危険がない限り黙って様子をみる?
もしもその状況になれば、母さんのようにそんな選択肢をとってしまうのかも知れない。
安心した母さんはそれから自分幼少期の話をしてくれた。
小さな頃から化け物を お化け と呼んで、普通に見えていたらしい。
たまに遊んでくれる お化け もいたようで、すべてが怖い者ではないと理解しているようだ。
幼い頃、遊び相手に お化け が居たこともあり恐怖心が軽薄だった。
そんな中、中学生の時に人を喰らう化け物と出会ってしまい考えが一変してしまう。
しかし、その大ピンチに助けてくれたのも お化け であり、そのおかげで母さんの今があるらしい。
助けてくれた お化け には、危険から回避するための注意を受けたようで、ずっと母さんはそれを守ってきた。
「見るな、気付くな、近づくな」
何かの標語みたいな注意だが覚えやすい。
覚えやすいけど、化け物相手に中々簡単ではないと思う。
またその お化け はお化けを見なくて済む眼鏡をくれたそうだ。
成長と共にサイズが合わなくなり、さらに眼鏡が似合わない事もあり、見て見ぬふりすることを徹底して今まで過ごして来たようだ。
うん?化け物を見なくて済む眼鏡?
なんか聞き覚えのあるアイテム名だ。
「母さんを助けてくれたお化けって?」
「牛丸っておじいさんだよ。この前病院で久しぶりに見たんだけど……わたしのことまったく覚えてなかったのよ」
なんてこった、親子2代でお世話になっているだなんて。
僕が急に眼鏡をかけていても、母さんは突っ込まないわけだ。
眼鏡を掛けている理由をなんとなくわかっていたのだから。
そして母さんにも店長と同様に、事故からの一部始終を話した。
母さんは流石に驚いていた。
さとりの眼と鳳凰の手に関しては、そんな特別な眼と手を貰ってラッキーね!くらいのリアクションで僕も逆に驚かされた。
ただ、死ぬはずだった僕を助けてくれた天狗に対して、お礼なんかでは足りないほどの感謝だと言ってくれた。
過去の母さんだけでなく自分の命よりも大事な息子の命も救ってくれた恩人に、どのような感謝を伝えればいいのかを悩み始めるくらいだった。
大事な息子を化け物にした奴なんか感謝しなくて良い。
と言ってやった。
それでも こんなに元気に生きていることに感謝しかないとのことだ。
店長のことも、もちろん気付いていた。
ただ本当に優しくて良い店長!といった印象を母さんは持っており、これにも少し驚かされた。
その店長から、僕に対する勤務上のフォローの快諾や、母さんを守るように言われた話を伝えると。
「20代半ばくらいの若い店長さんなのになんて立派なの!あの店長なら煉を安心して預けられるわ」
と大絶賛に変わった。
「お化けっていいひと本当に多いのよ。小学校の低学年の時によく遊んでくれた咲《さき》ちゃんって子がいたんだけどね。今ごろどうしてるんだろう?」
「! 真衣、君は咲を知っているの?」
「えぇ、同い年くらいなので良く遊んだのよ。突然会えなくなって寂しかったなぁ。氷花ちゃん知ってるんだ」
「もちろんさ、あの子は特に人間が好きな子だからね。当時、人に深入りしないよう爺様から説教を受けて喧嘩の末姿を消したって聞いてるよ」
「そうなんだ……」
「咲は君の体質知らないから記憶飛ばしの術で記憶を消せたと今も思っているんだろうね」
「そういえば最後の日、咲ちゃん泣いてたの。ごめんねって言って、全部忘れられるから大丈夫だよって」
「今後あったら言っとくよ、真衣が会いたがってるってさ。驚くだろうねぇ、あの子」
母さんと妖狐は微笑んで会話を楽しんでしる。
流浪の河童を見た時、すべてが詰んでしまった気分になった。
でも店長との会話、母さんとの会話でずいぶんと僕は救われた。
事故からの話を受け入れられる人はいないと思っていた。
僕を受け入れてくれるひとなどいない、家族でも無理だと昨日まで思っていた。
でも違った。
理解者がいるって幸せなことだ。
――――――
その日から母さんの表情は見るみる元気になった。
不安や、疑問に思っていたことが解消されたのだろう。
それと妖狐にミサンガのような物を渡されたことも良かった。
その妖力入りのミサンガを巻いているだけで、そこらの化け物レベルでは母さんに近づくこともできない代物らしい。
かなりの妖力を練り込んだ、妖狐自慢の一品のようだ。
なんでもこれを付けている時に近寄ることが可能なのは、この辺りでは天狗の爺様か土蜘蛛の店長くらいなんだとか。
(本当に店長ってそんなに強いのか?)
そういえば妖狐は母さんに咲ちゃんと連絡が取れないことを詫びていた。
人間と仲良くしたい咲ちゃんは口うるさい天狗に愛想をつかして、ずいぶん前に本当に山を出て行って、こともあろうか流浪の化け物デビューをしているようだ。
でも母さんには朗報もある。
中学生時代に人を喰らう化け物から母さんを救ったお化け。
それが実は咲ちゃんだった。
母さんと離れてからも、心配でたまに遠くから見守っていたようだ。
そしてある日危険が迫っていることに気付いて、咲ちゃんが助けに入った。
そこで再会をしたかったはずなのに、これからの母さんの人生に自分は不要と判断し、後のことを天狗に任せた。
なんともしっかりした化け物じゃないか。
個人的にも今一番会いたいひとになった。
明日のバイトの時、店長に咲ちゃんのことを聞いてみよう。
あの店長なら何か知っているかも知れない。
母さんと咲ちゃんの再開。
このイベントは絶対に達成させてあげたい。
――――――
もうすぐ梅雨入りするとテレビが言っている。
今日は折り畳み傘を持つように天気予報士が言った。
突然の通り雨に注意らしい。
退院してから10日ほど経った。
アルバイトは朝から昼過ぎまでの時間を中心に勤務している。
今日は欠員が出たので14時までだった勤務が17時までになったけど、妖狐がどこかに待機しているから大丈夫だ。
店長に咲ちゃんのことを聞こうと思っていたけど、残念なことに店長はOFFだった。
あまり休まない店長だから、ゆっくり休んでもらいたい。
スマホアプリでの連絡も考えたけど、今日はやめて明日にでも聞こう。
今日はアルバイト終わりにフライドチキンを買って帰る。
妖狐が店のフライドチキンに興味ありありのようだ。
「君の店で作ってるチキンてやつ、唐揚げとは違うんだろう?美味しそうな匂いを漂わせてるからねぇ、興味があるんだよね」
普通に食べてみたいと言えない面倒臭い性格の狐の分も含めて、3人分のチキンを買って店を出た。
17時30分、雨が降り始めた。
持っていた傘をさす。
「君、準備がいいねぇ」
「氷花さんもね」
妖狐はどこからともなく和傘を出してさしている。
チキンを買ったことに上機嫌だ。
今すぐに食べたいと言ってきたけど、帰ってからみんなで食べようとお預けにした。
母さんもパートが17時までだと言っていたから、家に着く頃にはちょうど夕飯になるかな。
蒸し暑い初夏の突然の通り雨。
いつもそうだ、良いことや悪いことは通り雨と同じで突然やってくる。
「発情鬼……」
「……はい?」
「まずいよ、走れ!」
妖狐の表情が一変した。
真剣な顔、河童との対峙でも店長との対面でも見なかった本気の顔だ。
「急げ!」
すごい速さで妖狐が走り出した。
僕は訳が分からないまま、後を追うように走った。
「氷花さん!」
呼びかけても振り返りもせず進んでいく。
化け物の襲撃?
いや、眼が疼いていない。
眼鏡の力で感知能力が抑えられているから気付けていないのか?
味わったことのない焦燥感に、怒られることは承知で眼鏡を外したさとりの眼で妖狐を見た。
「……!」
「嘘だろ!」
「…………」
「氷花さん……って!おいっ!」
「……急ぐんだよ!」
「嘘だあぁぁー!!」
頭の中が真っ白になった。
急いでいるのに世界がスローモーションに動いている感覚。
足が希望の動きをしてくれない。
耳は街の音と雨の音を聞き忘れ、狭まった視界は景色を見ることを忘れ、身体は妖狐だけを追いかけた。
事故から信じられないことばかりが身の回りで起こっている。
見たこと聞いたこと、すべてが嘘みたいなことなのに、何1つ嘘がなかった。
知らない間に入り込んだ化け物がいる世界。
想像を超えた世界。
それはこれからどれほどの物を僕に与え、奪っていくのだろう。
間違いであってほしい、嘘であってほしい……。
初夏、通り雨が降る今。
母さんが死んだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる