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第十五話 最高の夏休みの始まりって感じだ
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「わああ、すごい! まるで物語の中の世界だ!」
新幹線からローカル線へ乗り換え。
ほとんど人のいないガラガラの電車内で、城ケ崎は窓の外に流れる景色を目にしてはしゃいでいた。
「大げさだな。こんな景色くらい、どこにでもあるだろ」
寺嶋が苦笑する。
「仕方ないヤツ」とでも言いたげなその笑みが、気安さ以上の愛しさとでも言うべき感情を含んでいるように見えて、心臓が跳ねる。
――やっぱりソウはボクのことが好きなんじゃないのか。
そんな勘違いをしそうになるが、初対面の時を思い出して自制する。初対面の時も、同じ勘違いをしたではないかと。
夏休みが訪れ、城ケ崎と寺嶋の二人は寺嶋の実家へと向かっていた。
城ケ崎の荷物の一つには桐箱がある。その中には金髪の市松人形があるのだ。
父に許可をもらって、母を模した人形を持ち運ぶようになってから、悪霊に傷つけられたことはない。きちんと効果を及ぼしているのだ。
「だって、どこまで行っても緑の田んぼが広がっているんだぞ! こんなの物語の中でしか見たことがない!」
電車の速度がどれだけ外の景色を流していっても、ひたすらに緑の田が広がっている。こんな美しい風景がどこにあるだろうかと、城ケ崎はすっかり興奮していた。
「だから、日本の田舎はどこもこんな感じなんだって」
「あ! あそこ! ひまわり畑!」
こんなにはしゃいでいては、小学生みたいだと寺嶋に呆れられるかもしれない。けれども、こんなにも美しい風景を前にして黙っていることが果たして人間に可能なのだろうか。
「あはは、ひまわりは綺麗だな」
彼もまた首を回して窓の外に視線をやり、黄色い花々の海原を見つめた。
その彼の横顔に視線が吸い寄せられる。黒い瞳に、緑と黄が映っている。
彼は今、何を思っているのだろうか。
城ケ崎の勘が正しければ、彼は除霊のために付き合ってくれたのだ。自分への好意はない。
ならば、除霊が終わったらこの関係も終わるのだろうか。
彼の横顔からは何も読み取れなかった。
「最高の夏休みの始まりって感じだ」
せめてこの夏を楽しもうと城ケ崎は決意した。
好きな人と過ごせる最後の時間かもしれないのだから。
夏の象徴のように美しいひまわり畑は、あっという間に後方へと流れ去っていった。
「あ、あれが俺の兄貴だ」
駅から出たところで、自動車の側に立つ成人男性を寺嶋が指示した。
彼の実家の最寄りの駅まで着いたら、彼の兄が迎えに来てくれる手筈になっていたのだ。駅まで着いたら家まで歩けばいいじゃないかと言ったが、「歩ける距離にない」というのが彼の返事だった。最寄り駅からさらに車を使わねばならない位置に家があるなど、城ケ崎には想像もつかない世界だった。
「兄貴、久しぶり!」
寺嶋は男に駆け寄った。
彼に「兄貴」と呼ばれた男は、にこりともせずに二人に視線を向けた。
寺嶋の兄はうなじまでの短い黒髪で、眼鏡をかけていて、彼と同じく三白眼というやつだった。ただし、彼よりも視線が鋭く感じた。
「ソウ、お前なんで戻ってきた」
寺嶋の兄は、ぽつりと言い放った。
ひどく冷たい物言いに聞こえて、城ケ崎は凍りついた。
「友達に俺の地元を見せたかったからだよ。こいつ、田んぼがあるだけの景色で大はしゃぎしてるんだぜ?」
ところが寺嶋は、平然と城ケ崎を指し示して笑っている。
これが身内特有の気安いノリというやつなのか、と城ケ崎も引きつった笑みを浮かべた。
「城ケ崎レイと言います。今日からよろしくお願いします!」
城ケ崎は両手に荷物を抱えたまま、腰から身体を折って挨拶をした。
「……乗れ」
寺嶋の兄は城ケ崎の挨拶には何も答えず、車の運転席に乗り込んだ。
「あー、うちの兄貴が不愛想でごめんな」
「あ、ああ」
ああいう内気な人もいるのだろうと納得して、寺嶋と共に後部座席に乗り込んだ。
車は彼の実家へと走り出した。
「ソウは三男ということだったが、このお兄さんは長男と次男どっちなんだ?」
走行する車内で、隣の寺嶋に聞いた。
「長男だよ。次男の方はなんか頭がいいから、北海道の大学行ってる。今年は帰省しないらしい」
「北海道の……それはまた遠くだな」
車内でいろいろと話を聞いた。
実家は小さめの寺で、今住んでいるのは三人。住職である父親と、母親と、長男とのことだ。
運転をしている寺嶋の兄が、会話に加わってくることはなかった。
やがて車は一軒の寺院の前で止まった。
目的地に到着するまでの家々のまばらさを見て、なるほど車が必要なわけだと城ケ崎は納得していた。
「ようこそ、我が家へ!」
小さな寺だと聞いて城ケ崎は、狭い住宅地の中にひっそりと建っている教会のような大きさを想像していた。
けれども、寺院は思いの外立派なものだった。デートで行った紫陽花が綺麗な寺ほどの大きさではないが、「小さな」なんて形容詞をつけて謙遜する必要はないのではないかと感じた。
寺に着いたら、まず真っ先に城ケ崎に憑りついている悪霊を寺嶋の父親に見てもらうことになっている。
「親父はお堂で待っているはずだ」
境内に入り、お堂を目指して歩く。
寺嶋の兄はついてこなかった。きっと車を駐車場にでも止めにいったのだろう。
この間の寺とは違って土足禁止なのだと寺嶋に教えてもらい、城ケ崎は靴を脱いでお堂の中へと上がった。
つるりと磨き上げられた木製の床に、奥に鎮座する仏像。
そしてその前に、禿頭の僧侶が座っていた。
「君が城ヶ崎レイくんか」
僧侶は城ヶ崎の姿を見て言った。
彼こそがこの寺の住職であり、寺嶋の父親なのだろう。
新幹線からローカル線へ乗り換え。
ほとんど人のいないガラガラの電車内で、城ケ崎は窓の外に流れる景色を目にしてはしゃいでいた。
「大げさだな。こんな景色くらい、どこにでもあるだろ」
寺嶋が苦笑する。
「仕方ないヤツ」とでも言いたげなその笑みが、気安さ以上の愛しさとでも言うべき感情を含んでいるように見えて、心臓が跳ねる。
――やっぱりソウはボクのことが好きなんじゃないのか。
そんな勘違いをしそうになるが、初対面の時を思い出して自制する。初対面の時も、同じ勘違いをしたではないかと。
夏休みが訪れ、城ケ崎と寺嶋の二人は寺嶋の実家へと向かっていた。
城ケ崎の荷物の一つには桐箱がある。その中には金髪の市松人形があるのだ。
父に許可をもらって、母を模した人形を持ち運ぶようになってから、悪霊に傷つけられたことはない。きちんと効果を及ぼしているのだ。
「だって、どこまで行っても緑の田んぼが広がっているんだぞ! こんなの物語の中でしか見たことがない!」
電車の速度がどれだけ外の景色を流していっても、ひたすらに緑の田が広がっている。こんな美しい風景がどこにあるだろうかと、城ケ崎はすっかり興奮していた。
「だから、日本の田舎はどこもこんな感じなんだって」
「あ! あそこ! ひまわり畑!」
こんなにはしゃいでいては、小学生みたいだと寺嶋に呆れられるかもしれない。けれども、こんなにも美しい風景を前にして黙っていることが果たして人間に可能なのだろうか。
「あはは、ひまわりは綺麗だな」
彼もまた首を回して窓の外に視線をやり、黄色い花々の海原を見つめた。
その彼の横顔に視線が吸い寄せられる。黒い瞳に、緑と黄が映っている。
彼は今、何を思っているのだろうか。
城ケ崎の勘が正しければ、彼は除霊のために付き合ってくれたのだ。自分への好意はない。
ならば、除霊が終わったらこの関係も終わるのだろうか。
彼の横顔からは何も読み取れなかった。
「最高の夏休みの始まりって感じだ」
せめてこの夏を楽しもうと城ケ崎は決意した。
好きな人と過ごせる最後の時間かもしれないのだから。
夏の象徴のように美しいひまわり畑は、あっという間に後方へと流れ去っていった。
「あ、あれが俺の兄貴だ」
駅から出たところで、自動車の側に立つ成人男性を寺嶋が指示した。
彼の実家の最寄りの駅まで着いたら、彼の兄が迎えに来てくれる手筈になっていたのだ。駅まで着いたら家まで歩けばいいじゃないかと言ったが、「歩ける距離にない」というのが彼の返事だった。最寄り駅からさらに車を使わねばならない位置に家があるなど、城ケ崎には想像もつかない世界だった。
「兄貴、久しぶり!」
寺嶋は男に駆け寄った。
彼に「兄貴」と呼ばれた男は、にこりともせずに二人に視線を向けた。
寺嶋の兄はうなじまでの短い黒髪で、眼鏡をかけていて、彼と同じく三白眼というやつだった。ただし、彼よりも視線が鋭く感じた。
「ソウ、お前なんで戻ってきた」
寺嶋の兄は、ぽつりと言い放った。
ひどく冷たい物言いに聞こえて、城ケ崎は凍りついた。
「友達に俺の地元を見せたかったからだよ。こいつ、田んぼがあるだけの景色で大はしゃぎしてるんだぜ?」
ところが寺嶋は、平然と城ケ崎を指し示して笑っている。
これが身内特有の気安いノリというやつなのか、と城ケ崎も引きつった笑みを浮かべた。
「城ケ崎レイと言います。今日からよろしくお願いします!」
城ケ崎は両手に荷物を抱えたまま、腰から身体を折って挨拶をした。
「……乗れ」
寺嶋の兄は城ケ崎の挨拶には何も答えず、車の運転席に乗り込んだ。
「あー、うちの兄貴が不愛想でごめんな」
「あ、ああ」
ああいう内気な人もいるのだろうと納得して、寺嶋と共に後部座席に乗り込んだ。
車は彼の実家へと走り出した。
「ソウは三男ということだったが、このお兄さんは長男と次男どっちなんだ?」
走行する車内で、隣の寺嶋に聞いた。
「長男だよ。次男の方はなんか頭がいいから、北海道の大学行ってる。今年は帰省しないらしい」
「北海道の……それはまた遠くだな」
車内でいろいろと話を聞いた。
実家は小さめの寺で、今住んでいるのは三人。住職である父親と、母親と、長男とのことだ。
運転をしている寺嶋の兄が、会話に加わってくることはなかった。
やがて車は一軒の寺院の前で止まった。
目的地に到着するまでの家々のまばらさを見て、なるほど車が必要なわけだと城ケ崎は納得していた。
「ようこそ、我が家へ!」
小さな寺だと聞いて城ケ崎は、狭い住宅地の中にひっそりと建っている教会のような大きさを想像していた。
けれども、寺院は思いの外立派なものだった。デートで行った紫陽花が綺麗な寺ほどの大きさではないが、「小さな」なんて形容詞をつけて謙遜する必要はないのではないかと感じた。
寺に着いたら、まず真っ先に城ケ崎に憑りついている悪霊を寺嶋の父親に見てもらうことになっている。
「親父はお堂で待っているはずだ」
境内に入り、お堂を目指して歩く。
寺嶋の兄はついてこなかった。きっと車を駐車場にでも止めにいったのだろう。
この間の寺とは違って土足禁止なのだと寺嶋に教えてもらい、城ケ崎は靴を脱いでお堂の中へと上がった。
つるりと磨き上げられた木製の床に、奥に鎮座する仏像。
そしてその前に、禿頭の僧侶が座っていた。
「君が城ヶ崎レイくんか」
僧侶は城ヶ崎の姿を見て言った。
彼こそがこの寺の住職であり、寺嶋の父親なのだろう。
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