異世界で王子様な先輩に溺愛されちゃってます

野良猫のらん

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第八話

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「大丈夫だマコト、いつもの笑顔でいれば問題ないって!」
「は、はい、頑張ります……!」

 その日、マコトは緊張に顔を強張らせていた。
 今日、ついに初めて受付の仕事をすることになったからだ。

 冒険者ギルドの受付には、依頼人の受付と冒険者の受付との二種類がある。
 今日マコトが担当するのは、冒険者の方の受付だ。
 なんでもそちらの方が簡単なのだという。

 冒険者の受付では何をするのか、既にフェリックスから丹念に説明を受けている。
 することは大きく分けて二つ。

 一つはクエストの受注の承諾。
 冒険者がこのクエストを受けますと言ったのを記録して、クエスト内容が書かれた書類を渡す。
 その際冒険者の実力がクエスト内容に反して低すぎる場合は、忠告をする。
 冒険者が字を読めるとは限らないので、場合によってはクエスト内容を読み上げる必要がある。

 二つ目はクエスト完了の報告を受領すること。
 クエストの完了と完了した証を受け取って、報奨金を手渡すのが仕事だ。
 誤魔化してクエストをクリアしていないのに報奨金を騙し取ろうとする冒険者も時折いるが、それを見抜くのは受付の仕事ではない。もっと上の立場の人がやってくれる。

 マニュアル通りに受け答えして、受け取るべきものを受け取って、手渡すべきものを手渡す。ただそれだけのシンプルな仕事だ。
 隣でフェリックスが見守っていてくれるから、何かイレギュラーが発生した際には彼に助けを求めればいい。

 けれども、不安は消えなかった。
 マコトの表情が優れないことに気が付いたのか、フェリックスが目線を合わせる。

「いいか、一生懸命なマコトを嫌う奴なんかいない。そのことを忘れないでくれ」

 彼は静かに笑いかけてくれた。
 
「本当、ですか……?」
「ああ、もちろんだ!」

 彼に太鼓判を押され、急に力が湧いてきたように感じた。
 
「先輩のおかげで、勇気が出てきました!」

 マコトはキリリとした顔で、受付の席についた。
 頑張るぞ、と決意を胸に。

 来客を待つこと数分。
 受付に座っていると、冒険者たちがクエスト掲示板を眺めたり、受付ホールにたむろしている様子がよく見て取れた。
 冒険者のほとんどは剣やメイスなど、武器を帯びている。彼らにとってそれは当たり前のことのようで、相手が武装しているからと怯えている人など一人もいなかった。自分も怯えないようにしなければ、とマコトは思った。
 クエスト掲示板を眺めている人の中には、仲間に内容を読み上げてもらっている人もいるようだ。やはりこの世界では読み書きは貴重なスキルらしい。
 時折訪れる一般人に見える人は、依頼人だろう。そう思って見ていたら、やはり依頼人用の受付の方へ行った。

 人々の様子を眺めているだけで充分に面白く、早くも受付の仕事が気に入りかけていた。

 その時。

 ざわり。
 突然、受付ホール内がどよめいた。
 冒険者たちが一様に動揺した顔を見せている。
 マコトには何が起こったのか、分からなかった。

「げ」

 隣のフェリックスが声を漏らした。
 彼の視線の先を追ってみると、冒険者たちが誰かに道を譲るかのように左右に分かれているところだった。
 それで誰かがギルド内に入って来たから、冒険者たちが動揺しているのだとマコトにも理解出来た。

 モーセのように人の波を二つに割り、その人は現れた。

「おい、クエスト完了したぞ」

 それは赤と青のオッドアイをした、十代後半くらいの少年だった。
 オッドアイはこの世界でも珍しいのだろうか。だから皆驚いているのだろうか。
 少年は鴉の濡羽のような美しい黒髪をしていて、マコトは共感を覚えた。自分と同じ髪色だから。
 
 彼は気だるげにマコトを睨め付けてきた。
 気圧されそうになったが、ぐっと堪えて笑顔を浮かべる。だって先輩がいつも通りの笑顔でいれば大丈夫だって言ってくれたから。
 睨み付けられているように見えるのは、きっと気のせいだ。マコトは自分に言い聞かせた。

 マコトはにこやかな笑顔で言った。

「はい、それではクエスト書とクエスト完了の証を提出して下さい!」
「……!」

 マコトの笑顔に、少年は何故だか色違いの両目を丸くさせた。

「……おう」

 彼は小さく折り畳まれた紙片と麻の袋を受付のデスクに置いた。
 マコトは紙片を手に取り丁寧に広げていく。クエスト書だ。
 クエスト書を読み、彼が狼型の魔物を複数体討伐するクエストをこなしてきたことが分かった。十五体分の魔物を倒せばクエスト達成になるというものだ。
 クエスト書に記された署名により、少年の名がカインであることが判明した。
 
 マコトは麻の袋を開けて中を確かめる。

「うわ!」

 マコトは驚いた。
 中に狼の耳がたくさん入っていたからだ。討伐の証拠品だ。

「マコト、これを使え」

 フェリックスが布製の手袋を渡してくれた。
 マコトは手袋を手に嵌め、恐々と狼の耳を数え出した。

「いち、にい、さん、しい…………」

 狼の耳を数え上げ、きちんと十五体分あるかどうか確かめた。

「はい、確かに十五体分の耳がありますね!」

 切り取られた狼の耳に触れるのは正直恐ろしかったが、その思いを押し隠して笑顔を向けた。
 マコトは手袋を脱ぎ、報酬額通りの銀貨を冒険者の彼の前で数えながら受付に積んだ。

「クエスト完了おめでとうございます、こちら報酬の大銀貨五枚と銀貨八枚です!」
「…………」

 マコトはとびっきりの笑顔を向けたのだが、何故だかカインは黙りこくってしまった。
 彼は銀貨の山に手を伸ばそうとせず、マコトを真っ直ぐに睨み付けた。

「あ、あの、どうかしましたか……?」

 何か間違ってしまっただろうか。
 マコトは心臓の音がドクドクと大きくなっていくのを感じた。

「お前、俺のことが怖くないのか?」
「はい?」

 出し抜けにカインは質問した。
 マコトは思わずきょとんとしてしまった。

「この目を見りゃ分かんだろ、俺は半魔だ。大抵の人間は怖がる。なのにお前は平気そうじゃねえか、どうしてだ?」
「ハンマー……?」

 マコトは何を尋ねられたのか分からなかった。
 オッドアイなのにどうして怖くないのか、と聞かれているのだろうか。

 そんなことを尋ねられても、前の世界ではもっと派手な格好の人がいくらでもいた。その点彼は黒髪だしピアスもしてないし、露出の多い格好をしているわけでもないし、デスメタルなメイクで顔を覆っているわけでもないし、瞳の色が珍しいだけだ。
 睨み付けられるのは、ちょっと怖いけれど。
 
「ええとその、その目はカッコいいとは思いますけど別に怖くないですよ?」

 マコトはフェリックスに言われた言葉を胸に、一生懸命に笑顔を浮かべた。
 一生懸命にしていれば、嫌われたりはしないはずだ。
 
「ふーん……?」

 カインは報酬の銀貨の山を、財布に乱暴に詰めていく。
 それから、一言呟いた。

「……変な奴」

 そうして彼は去っていった。

「せ、先輩! 変な奴って言われちゃいました! 僕、何か変なことしちゃいました!?」

 カインの姿が見えなくなってから、マコトはフェリックスを振り返った。

「マコト…………オレはお前の凄さを侮っていたのかもしれない」

 彼が眉間に皺を寄せて深刻な顔をしていたので、マコトはビックリしてしまった。
 
「ど、どういうことですか!?」
「あのカインがあんなに素直に従うのを初めて見た。それもこれもすべて、マコトの癒しオーラのなせる業だな」

 彼は真剣な顔で癒しオーラがどうのと呟いている。
 何を変なことを言っているのだろう、とマコトは困惑した。

「先輩?」
「ああごめん、説明するよ」

 呼びかけると、ぱっと彼の眉間の皺が取れた。

「あのカインって坊主も可哀想な奴なんだ。半魔って言って、魔族と人間の間に生まれた子だ。この世界では半魔への差別意識が根強い。差別を跳ね返すためか、奴は尖りに尖った生き方をしている。職員の物言いが気に食わなければ『俺が半魔だからって舐めてるのか』と突っかかるし、報奨金の受け渡しの時には粗悪な硬貨を寄越したんじゃないかと疑って一枚一枚確かめる」

 マコトはカインの視線の鋭さを思い出した。
 あの視線の鋭さは、傷つけられることを怖れて逆立ったハリネズミの毛だったのだ。
 彼の抱えた辛さを思い、マコトは胸が痛んだ。

「だからマコトの初めての受付の相手としては、正直どうかと思ったんだが……無用な心配だったな。流石マコトだ!」
「わ!」

 ぐしゃぐしゃ、と乱暴に頭を撫でられた。
 頭を撫でられるなんて、いつぶりだろう。乱暴な手つきが気恥ずかしくて、嬉しかった。
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