15 / 37
第十四話
しおりを挟む
「ダミアン、聞いてくれよ~!」
元冒険者、現冒険者ギルド職員のダミアンは、居酒屋で同僚のフェリックスの愚痴を聞いてやっていた。
フェリックスは貴族家の出身だが、貴族らしいところがなくてチャラチャラとしているがよくダミアンと馬が合った。
そういうわけで、ダミアンとフェリックスは以前はよく二人で飲みに出かけていた。二人で花街に繰り出すこともあった。
最近めっきりそういうことがなくなったのは、冒険者ギルド職員ならば誰もが知る通り、フェリックスが新入り職員のマコトにゾッコンだからだ。
「なんだ、フラれたのか」
「フラれたわけないだろ!」
飲み始めたばかりなのに、もう酔いが回っているのかと思うくらいムキになってフェリックスは否定した。
「たださあ、思い切って聞いてみたんだよ。オレのこと好き? って」
「おお、それは思い切ったことをしたな」
麦酒を呷りながら、彼の話に耳を傾ける。
「そしたら『尊敬してます』ってハキハキと言われちまった」
「ははは」
あまりに清々しい脈ナシっぷりに笑ってしまった。
「それはまったくもって意識されてないな」
「だろー!」
フェリックスもごくごくと麦酒を呷り、ドンを勢いよく机にジョッキを叩きつけた。
すっかりヤケになっている。
「マコトときたら天然で、全然意識してくれねえんだよ~! そこが可愛いんだけどさー!」
いつもならば、飲んでいるときでもどこか所作に気品があってやはり貴族なのだなと思わせられるが、今日はその気品の欠片すら投げ捨てたようだ。
酒を呷って管を巻くさまは、ごく普通の恋に悩む青年そのものだ。
「なら強制的に意識させればいいんじゃないか?」
珍しい彼の姿をこのまま眺めているのもいいが、ダミアンは建設的な提案をすることにした。
「それって」
「手を出しちまえばいい」
一緒に花街を巡ったこともある仲だから、彼が奥手どころか積極的な方だと知っている。むしろなぜまだ手を出していないのかと、首を捻っていたくらいだ。
「違う、違うんだよ……マコトは、そういうんじゃないんだ」
「そういうじゃないって?」
どういう意味かと問う。
「なんというか……オレはマコトとの関係を大事にしたいんだよ。マコトの意思を無視してなし崩し的にとか、そういう関係の進め方はしたくないんだ」
「へー」
どうやら彼は思いの外本気だったらしい。
ニヤニヤとした口元を隠すために、ダミアンはジョッキを一口呷る。
「なんでまた、そこまでベタ惚れしちまったんだ?」
問うと、彼は遠くを見るような視線になった。
「マコトはな……唯一オレに期待してくれる人なんだ」
「はあ」
ダミアンは適当に返事をした。
「オレは小さい頃から、誰にも期待されてこなかった。それどころか、オレが優秀だと困る人がいるようだった。だからオレは小さい頃から、ほどほどに手を抜いてきた。そんなだから、いい加減な生き方しか知らなかった。そんなオレに、マコトは期待してくれたんだ」
「ふーん、お貴族様は大変なんだな」
商家の末っ子として生まれて、冒険者に憧れて家を飛び出したダミアンにとってはわからないでもない感覚だった。
家を飛び出して冒険者になり、結果として片足を失い冒険者を続けられなくなったのでギルドに勤めることにした。ギルド員になるために必要な読み書きができたのは、実家で受けた教育のおかげだ。
フェリックスにはフェリックスの事情があるのだろうな、とダミアンは受け取った。
「それどころか、マコトはこの世界に来てオレに出会えてよかったとまで言ってくれたんだ。そんなマコトを雑に扱うなんて、オレにはできないよ」
「そうか」
「こんなに誰かを大事にしたいっていう気持ちは初めてなんだ。でもこのままじゃマコトはオレの気持ちに気づいてくれない。オレはどうしたらいいんだ……!」
悲痛な表情で、彼はジョッキの中身に目を落としている。
とっくにジョッキの中身は空だろう。
ダミアンは、代わりにおかわりを注文しておいた。
「どうしたらって……そりゃあ、告ればいいんじゃねえか?」
ダミアンは肩を竦めて答えた。
「告……る?」
青天の霹靂であるかのように、彼は大きく目を見開いた。
本気の恋童貞な友人の様子が面白くて仕方がなかった。
元冒険者、現冒険者ギルド職員のダミアンは、居酒屋で同僚のフェリックスの愚痴を聞いてやっていた。
フェリックスは貴族家の出身だが、貴族らしいところがなくてチャラチャラとしているがよくダミアンと馬が合った。
そういうわけで、ダミアンとフェリックスは以前はよく二人で飲みに出かけていた。二人で花街に繰り出すこともあった。
最近めっきりそういうことがなくなったのは、冒険者ギルド職員ならば誰もが知る通り、フェリックスが新入り職員のマコトにゾッコンだからだ。
「なんだ、フラれたのか」
「フラれたわけないだろ!」
飲み始めたばかりなのに、もう酔いが回っているのかと思うくらいムキになってフェリックスは否定した。
「たださあ、思い切って聞いてみたんだよ。オレのこと好き? って」
「おお、それは思い切ったことをしたな」
麦酒を呷りながら、彼の話に耳を傾ける。
「そしたら『尊敬してます』ってハキハキと言われちまった」
「ははは」
あまりに清々しい脈ナシっぷりに笑ってしまった。
「それはまったくもって意識されてないな」
「だろー!」
フェリックスもごくごくと麦酒を呷り、ドンを勢いよく机にジョッキを叩きつけた。
すっかりヤケになっている。
「マコトときたら天然で、全然意識してくれねえんだよ~! そこが可愛いんだけどさー!」
いつもならば、飲んでいるときでもどこか所作に気品があってやはり貴族なのだなと思わせられるが、今日はその気品の欠片すら投げ捨てたようだ。
酒を呷って管を巻くさまは、ごく普通の恋に悩む青年そのものだ。
「なら強制的に意識させればいいんじゃないか?」
珍しい彼の姿をこのまま眺めているのもいいが、ダミアンは建設的な提案をすることにした。
「それって」
「手を出しちまえばいい」
一緒に花街を巡ったこともある仲だから、彼が奥手どころか積極的な方だと知っている。むしろなぜまだ手を出していないのかと、首を捻っていたくらいだ。
「違う、違うんだよ……マコトは、そういうんじゃないんだ」
「そういうじゃないって?」
どういう意味かと問う。
「なんというか……オレはマコトとの関係を大事にしたいんだよ。マコトの意思を無視してなし崩し的にとか、そういう関係の進め方はしたくないんだ」
「へー」
どうやら彼は思いの外本気だったらしい。
ニヤニヤとした口元を隠すために、ダミアンはジョッキを一口呷る。
「なんでまた、そこまでベタ惚れしちまったんだ?」
問うと、彼は遠くを見るような視線になった。
「マコトはな……唯一オレに期待してくれる人なんだ」
「はあ」
ダミアンは適当に返事をした。
「オレは小さい頃から、誰にも期待されてこなかった。それどころか、オレが優秀だと困る人がいるようだった。だからオレは小さい頃から、ほどほどに手を抜いてきた。そんなだから、いい加減な生き方しか知らなかった。そんなオレに、マコトは期待してくれたんだ」
「ふーん、お貴族様は大変なんだな」
商家の末っ子として生まれて、冒険者に憧れて家を飛び出したダミアンにとってはわからないでもない感覚だった。
家を飛び出して冒険者になり、結果として片足を失い冒険者を続けられなくなったのでギルドに勤めることにした。ギルド員になるために必要な読み書きができたのは、実家で受けた教育のおかげだ。
フェリックスにはフェリックスの事情があるのだろうな、とダミアンは受け取った。
「それどころか、マコトはこの世界に来てオレに出会えてよかったとまで言ってくれたんだ。そんなマコトを雑に扱うなんて、オレにはできないよ」
「そうか」
「こんなに誰かを大事にしたいっていう気持ちは初めてなんだ。でもこのままじゃマコトはオレの気持ちに気づいてくれない。オレはどうしたらいいんだ……!」
悲痛な表情で、彼はジョッキの中身に目を落としている。
とっくにジョッキの中身は空だろう。
ダミアンは、代わりにおかわりを注文しておいた。
「どうしたらって……そりゃあ、告ればいいんじゃねえか?」
ダミアンは肩を竦めて答えた。
「告……る?」
青天の霹靂であるかのように、彼は大きく目を見開いた。
本気の恋童貞な友人の様子が面白くて仕方がなかった。
162
あなたにおすすめの小説
【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる
おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。
知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
異世界転移して出会っためちゃくちゃ好きな男が全く手を出してこない
春野ひより
BL
前触れもなく異世界転移したトップアイドル、アオイ。
路頭に迷いかけたアオイを拾ったのは娼館のガメツイ女主人で、アオイは半ば強制的に男娼としてデビューすることに。しかし、絶対に抱かれたくないアオイは初めての客である美しい男に交渉する。
「――僕を見てほしいんです」
奇跡的に男に気に入られたアオイ。足繁く通う男。男はアオイに惜しみなく金を注ぎ、アオイは美しい男に恋をするが、男は「私は貴方のファンです」と言うばかりで頑としてアオイを抱かなくて――。
愛されるには理由が必要だと思っているし、理由が無くなれば捨てられて当然だと思っている受けが「それでも愛して欲しい」と手を伸ばせるようになるまでの話です。
金を使うことでしか愛を伝えられない不器用な人外×自分に付けられた値段でしか愛を実感できない不器用な青年
異世界転移しました。元天才魔術師との優雅なお茶会が仕事です。
渡辺 佐倉
BL
榊 俊哉はつまらないサラリーマンだった。
それがある日異世界に召喚されてしまった。
勇者を召喚するためのものだったらしいが榊はハズレだったらしい。
元の世界には帰れないと言われた榊が与えられた仕事が、事故で使い物にならなくなった元天才魔法使いの家庭教師という仕事だった。
家庭教師と言っても教えられることはなさそうだけれど、どうやら元天才に異世界の話をしてイマジネーションを復活させてほしいという事らしい。
知らない世界で、独りぼっち。他に仕事もなさそうな榊はその仕事をうけることにした。
(元)天才魔術師×転生者のお話です。
小説家になろうにも掲載しています
異世界で勇者をやったら執着系騎士に愛された
よしゆき
BL
平凡な高校生の受けが異世界の勇者に選ばれた。女神に美少年へと顔を変えられ勇者になった受けは、一緒に旅をする騎士に告白される。返事を先伸ばしにして受けは攻めの前から姿を消し、そのまま攻めの告白をうやむやにしようとする。
神様の手違いで死んだ俺、チート能力を授かり異世界転生してスローライフを送りたかったのに想像の斜め上をいく展開になりました。
篠崎笙
BL
保育園の調理師だった凛太郎は、ある日事故死する。しかしそれは神界のアクシデントだった。神様がお詫びに好きな加護を与えた上で異世界に転生させてくれるというので、定年後にやってみたいと憧れていたスローライフを送ることを願ったが……。
転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?
米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。
ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。
隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。
「愛してるよ、私のユリタン」
そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。
“最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。
成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。
怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか?
……え、違う?
【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる
ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。
・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。
・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。
・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる