誰からも愛されないオレが『神の許嫁』だった話

野良猫のらん

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番外編:新婚旅行と水の落とし子編

第三十話

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「ハオ、今日から祭りを楽しむぞ!」

 ハオハトに長い黒髪を一纏めに結んでもらったウエルは、輝くような笑みを見せた。
 泊まる場所も見つかり、祭りを楽しむための問題はなくなった。
 ウエルは彼の手を引き、街中へと繰り出した。

「人の子が多いね」

 ハオハトは人込みを珍しそうに見回す。
 彼の背丈からならば、人の黒い頭が見えているのだろう。
 人いきれで息苦しい。
 けれど、以前ほど不快ではない。
 だって人々は一様に楽しそうな顔をしている。今のウエルと同じく。
 皆、自分と同じなのだ。そう思うと、この人込みが以前のように蟲の集まりのように感じられることはなかった。

「ウエル、あまり離れないでおくれ。埋もれてしまったらどうするんだい」

 彼が優しくウエルを引き寄せる。
 彼の身体に受け止められ、ドキリと胸が高鳴った。

「わ……わかった」

 触れた体温に、つい昨晩の甘いひと時を思い出してしまう。
 思わず赤面してしまい、ウエルは以降大人しくハオハトの傍から離れなかった。

 人の多い方へ向かうと、笛と太鼓が風に乗って耳に届いた。

「ほら、笛の音だよハオ!」

 どうやら旅芸人が演奏をしているようだ。
 人々が注目を向けている方向を見やったが、ウエルの上背ではどうにも見通すことができない。
 ぴょん、と跳ぶと一瞬だけ色彩鮮やかな衣装に身を包んだ旅芸人たちの姿が目に入った。

「ウエル、抱っこしてあげようか」
「へ?」

 ハオハトの手が伸びてきたかと思うと、ウエルの身体が軽々と持ち上がった。
 腰と脚が支えられ、彼の腕に腰かける体勢で抱き上げられた。
 人々の頭の上から、楽々と旅芸人たちの姿が見えるようになった。

「だ、駄目だハオ! 人前で大人を抱っこする人間なんていないぞ!」
「そうかい? 人の子らは皆気にしていないみたいだよ」

 彼はウエルを下ろす気はないようだ。
 たしかに、ウエルが抱っこされていることを騒ぐ人間はいない。だがそれは旅芸人の方に注目しているからだ。
 これで彼が味を占めていつでもどこでもウエルを抱え上げるようになっては、たまったものではない。

 たまったものではない、はずだが。
 このひと時くらいは我慢してやろう。下ろしてもらおうと下手に騒ぐ方が注目を集めてしまうかもしれない、とウエルは自分に言い訳した。

 彼に抱きかかえられたこの瞬間が楽しいからだなんて、そんなことはない。

「笛はこんなに剽軽な音を出すこともできるのだね。初めて知ったよ」

 ウエルを抱えたまま、彼が呟いた。
 抱え上げられたこの視界からは、旅芸人たちが演奏や踊りをしている姿がよく見えた。

「ハオがいつも聞いてる笛の音が単調すぎるだけだよ」
「そうかい? 音楽室で下位神たちに吹いてもらう笛も、こういう音にしようかな」
「は? 変えなくていいだろ」

 祭りの笛の音は楽しくていい。
 だが、ハオと共に屋敷で聞く笛の音が変わるのは嫌だと思った。
 あんなに単調で退屈だと思っていたのに。いつからか安らぎを覚えていたようだ。

「おや、ウエルはいつもの笛の音が好きなんだね」
「別に好きじゃない」

 好きとはちょっと違うのだ。ただ慣れ親しんだものが急に変わったら嫌だというだけだ、と唇を尖らせた。
 実際、隣にハオハトがいなかったらあんな単調な音、聞くに値しない。

 旅芸人が演奏と踊りを終えると、集まっていた人々は三々五々に散っていった。

「ウエル、次は買い食いをする? 私と一緒にしたいんだよね?」

 人気が少なくなると、ハオハトはウエルをそっと地面に下ろして言った。
 新婚旅行をすることになったのは、ウエルが書き連ねた「やりたいこと」が元だったことを思い出した。

「買い食いというのは、買って食べることだよね。どんなものを食べればいいんだい?」
「そんなの、オレも知らないよ」

 以前のウエルは町に嫌悪感を抱いていた。街で余計な買い物をしていったりなどしなかった。
 だから、どんなものが美味しいかも知らない。
 ましてや、ここは知らない街だ。街が違えば、売っているものも違うだろう。

「目についたものを試してみようぜ。それが買い食いの醍醐味なんじゃないのか?」
「わかった、ウエルの言う通りにしよう」

 探すまでもなく、食べ物を扱っている屋台は見つかった。
 祭りの最中なのだ、屋台はそこら中に出ている。

「ウエル、見てごらん。あの人の子は丸いものをたくさん積み重ねているよ」

 ハオハトの指さす方向には、彼の言う通り丸い食べ物の屋台があった。

「揚げ菓子だろうな。よし、あれにしよう」

 甘い菓子だろうか、しょっぱい菓子だろうか。
 それすら想像がつかない。
 ウエルはわくわくしながら屋台に並んだ。

「それ、ふたつお願いします!」
「はいよ」

 購入してみると、丸い揚げ菓子には穴が空いていた。
 穴の中に具が入っている。芋をすりつぶしたものに様々なものを混ぜ込んだ具に見える。
 屋台の店主はウエルたちに揚げ菓子を手渡す前に、穴から菓子の中に汁を注ぎ込んだ。
 
 一体どんな味がするのだろう。
 手の中の揚げ菓子を見つめてドキドキしていると、ハオハトが先に揚げ菓子を口の中に放り込んだ。

「美味しいよ、ウエル。食べないのかい?」
「よく躊躇しないで食べられるな……」

 謎の敗北感を覚えながら、ウエルも揚げ菓子を一口で食べた。
 揚げ菓子を噛み締めると、ぷちゅかと音がした。

「お、うまい」

 汁は酸っぱく、具は香辛料で味付けされていた。
 食欲の進む味だ。

「ウエルもこの味好きかい? もう一個買おうか?」
「そうだな、一個じゃ足りないな」

 彼と頷き合い、もう一個ずつ揚げ菓子を買って食べた。
 
 それからふたりは他の屋台も見て回った。
 焼きとうもろこし、落花生、果物……様々なものを食べた。
 食べる度にハオハトと感想を交わした。初めての味にふたりで目を丸くしたり、笑い合ったりした。

 買い食いをしていると、街が少しずつ静かになっていった。
 人気がなくなったわけではない。人はいるが、声を抑えて静かに騒めいている。辺りには厳かな雰囲気が漂っていた。

「人の子らの囀りを聞く限り、もうすぐ水の落とし子が通るようだよ」
「えっ」

 水の落とし子を人目見ようというのだろう。人々は大通りに沿って並んでいた。
 ハオハトとウエルも、大通り沿いに立つ。

 大通りの向こうから、神輿がやってくる。
 目にも鮮やかな朱色と金色に彩られた神輿。
 ウエルは、自分が神の許嫁として生贄同然に捧げられたときのことを思い出した。近づいてくる神輿に、息が詰まるような気がした。

 やがて神輿はよく見える範囲まで近づいてきた。
 神輿の中に実際に人が乗っているからか、神輿には車輪がついていて、神輿から伸びた縄を引っ張って神官たちは神輿を引いている。
 ウエルが運ばれた神輿とは違って、中に鎮座する人物がよく見えるように神輿の屋根は四本の柱だけで支えられている。
 屋根から垂れ下がる朱色の房飾りが揺れ、中の人物の姿が見えた。

 目の冴えるような、蒼い髪。
 ハオハトの瞳にも似た蒼さに、潮の匂いが神輿の方向から漂ってくるようにすら感じられた。
 神輿に担がれた水の落とし子は、蒼い髪の少年だった。
 線の細い少年は伏し目がちに大人しく座っている。その姿がまるで作り物のように見えた。

「なあ、ハオ。あれ、本当に神様の子供なのか?」

 人間にはありえない蒼い髪を目にしてもなお信じがたく、ウエルはハオハトに尋ねた。
 もちろん、周囲には聞こえぬよう声を潜めて。

「ああ、たしかに神の気を感じるよ。間違いない」

 彼はこくりと頷いた。
 彼が言うならば、本当なのだろう。
 あれが神の子なのか、とウエルはしげしげと近づいてくる神輿を見つめた。

 大通りを進む神輿は、やがてふたりの目の前を通る。
 
 不意に。
 それまで顔を伏せていた水の落とし子が、ちらりと顔を上げた。
 落とし子の視線は、ウエルを射抜いていたように感じた。あるいは、隣のハオハトに視線を投げたのか。
 そのとき見えた落とし子の表情からは、戸惑いに似た感情を感じられた。

 水の落とし子は何事もなかったかのように再び顔を伏せ、神輿は通り過ぎていった。
 だが周囲の人々は騒めいていた。

「あんたら、旅人だろう? じゃあ、いまの意味もわからないかい?」

 近くにいた一人の男に聞かれた。
 頬にタトゥーがあるからマバ族、地元の人だ。

「わかりません」

 ウエルは首を横に振った。
 ちらりと視線を寄越されただけで、一体なんだというのか。
 
「水の落とし子さまはな、未来が視えるんだ。水害だとか悪い未来をあらかじめ教えてくださるんだよ。その落とし子さまに視線を向けられたということは、あんたらには近いうち悪いことが起こるんじゃねえか?」

 男の言葉に、周囲の人々は「きっとそうよ」などと口々に同意している。

「悪い、こと……」

 人々の言葉は、ウエルの胸中に暗い影を落とした。
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