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第二十八話 新婚旅行の準備をさせます
窓から見える景色にはチラホラと雪が降り積もり始めている。
僕が領主になった頃は草花が萌え出ずる時季だったのに、気が付けばもう暖炉に火が点いていなければ手のかじかむ季節だ。
遂に明日は旅行に出発だ。
領主に就任してから初の長期休暇だ。
僕はらしくなくワクワクとしていた。楽しみ過ぎて夜に寝られなかったらどうしよう。
「アン、荷造りは済んだのか?」
「え、財布だけ持っていけばよくない?」
きょとんと答えると、ロベールは目を吊り上げた。
「何を言ってるんだアン、まさか着の身着のままで旅行をするつもりか!? それではアンが薄汚れてしまう! アンの美しさを旅行先でも保つために持っていくべきものはいくらでもあるだろう! 第一、真冬だぞ!」
ロベールは吠えると、従者に命じて僕の荷物を勝手にまとめ始めた。まとめておいてくれる分には助かるので、そのままやらせておく。
やがて僕の荷物はトランク二つ分になった。
女子でもないのに一体全体何をそんなに持っていく必要があるだろうか。
「この季節の衣類は嵩張るからな。どうしてもトランク一つには収まらなかった」
「どうもご苦労。お礼にキスしてやろうか?」
「その手には乗らんぞ。アンが私を揶揄って楽しんでいることは理解してきた」
「ちぇっ」
最近ではロベールは並大抵の事では動じなくなってきた。
彼の赤面を見るためには工夫がいるだろう。
「ところでアンは今まで王都に行ったことはあるのか?」
「ううん」
「ほう、ならばこれが初めての王都というわけか。私が存分に観光案内をしてやろう」
ロベールは得意げに笑った。
「ロベールは何度も行ったことがあるんだ?」
「二回だけだがな。だがアンよりも詳しいことは確かだ」
調子に乗っている様子のロベールがどんな観光案内をしてくれるか僕も楽しみである。
「王都にはどんな場所があるの?」
「そうだな。一番は王都の中央を貫くように流れる聖なる川、フリューサクレ川。微量の魔力を含んでおり、時折きらりと白銀に光るのだ。そしてそのフリューサクレ川にかかるバロッコ橋! それはそれは見事な彫刻が施されていて……」
しまった、不用意な質問を投げかけてしまったせいで長い長い語りが始まってしまった。
「ところで王都ってそんなにゆっくり観光してる余裕あるの? ほら、戦争してるでしょ今」
ロベールが王都に行ったのは戦争が始まる前のことだったのではないだろうか。ところで今の王都にそんな余裕があるのかと話題を変えてみる。
「戦火は王都まで届いてなどないさ。アンだって今は私の婚約者なのだから国王派だ。王都に行ったからといって石を投げられるようなことにはならんさ。クラウセン家が神聖皇帝派だったから案じているのだろう?」
この田舎に引っ込んでるとそんなことは全然感じないが、実はこの国は大きく二つに分かれて戦争の真っ最中である。
国王派と神聖皇帝派。それぞれの領地がそれぞれの正義だと思う側について反対の派閥と争いを繰り広げている。
「懐かしい話題だな。この村にいると戦争のことなど関係がないからな。大体、ぽっと出の神聖皇帝などという神の子を自称する者には困った者だ。突然自分は神の子だから玉座を明け渡せと世を混乱に陥れるのだから」
ふっと菫色の前髪を掻き上げてロベールは笑う。
「でも神聖皇帝は本当の神の子だと法王からもお墨付きをもらっているよ。そもそも代々の国王に冠を授けてきたのは法王だし、その法王が『今まで神の代わりに仮として国王が国を治めてきたけど、本物の神の子が現れたのでこれからは神の子が国を治めます』って言ってるんだからそれに従うべきなんじゃないの?」
これは神聖皇帝派だったクラウセン家としての意見である。
「アンは純粋だな。本当に神の子などいるはずがない。これは教会が適当な人間を神の子としてでっち上げて玉座を奪おうとしているのだよ。増長した教会は富と権力だけでなく遂には玉座まで手に入れようとしているのだ。要はこれは国王派対教会派の戦いというわけだ」
「ふーん、そうなんだぁ。でもナルセンティア家が国王派についたのは、クラウセンが皇帝派だったからだよね」
この言葉には非難の意味はない。ただの事実の確認である。
逆賊を滅ぼすための聖戦だと言えば隣の領地に攻め込んで一族を皆殺しにして領土を奪っても何も非難されない。
この国が二つに分かれての戦国時代と化しているのは皆が皆自分の正義を信じているからではなく、単に領土略奪のための口実を手に入れたからである。
「まあ……聖戦という単語は昔からそういう使われ方をしてきた。皆、腹の底ではただ奪うためだけに争いをしたいのだ」
教会も玉座を奪った後に自分たちが住むことになる都を破壊したい訳ではないので、全然違うかけ離れた場所で戦争しているらしい。
だから王都は安全に観光できるよとのことだった。良かった。
僕が領主になった頃は草花が萌え出ずる時季だったのに、気が付けばもう暖炉に火が点いていなければ手のかじかむ季節だ。
遂に明日は旅行に出発だ。
領主に就任してから初の長期休暇だ。
僕はらしくなくワクワクとしていた。楽しみ過ぎて夜に寝られなかったらどうしよう。
「アン、荷造りは済んだのか?」
「え、財布だけ持っていけばよくない?」
きょとんと答えると、ロベールは目を吊り上げた。
「何を言ってるんだアン、まさか着の身着のままで旅行をするつもりか!? それではアンが薄汚れてしまう! アンの美しさを旅行先でも保つために持っていくべきものはいくらでもあるだろう! 第一、真冬だぞ!」
ロベールは吠えると、従者に命じて僕の荷物を勝手にまとめ始めた。まとめておいてくれる分には助かるので、そのままやらせておく。
やがて僕の荷物はトランク二つ分になった。
女子でもないのに一体全体何をそんなに持っていく必要があるだろうか。
「この季節の衣類は嵩張るからな。どうしてもトランク一つには収まらなかった」
「どうもご苦労。お礼にキスしてやろうか?」
「その手には乗らんぞ。アンが私を揶揄って楽しんでいることは理解してきた」
「ちぇっ」
最近ではロベールは並大抵の事では動じなくなってきた。
彼の赤面を見るためには工夫がいるだろう。
「ところでアンは今まで王都に行ったことはあるのか?」
「ううん」
「ほう、ならばこれが初めての王都というわけか。私が存分に観光案内をしてやろう」
ロベールは得意げに笑った。
「ロベールは何度も行ったことがあるんだ?」
「二回だけだがな。だがアンよりも詳しいことは確かだ」
調子に乗っている様子のロベールがどんな観光案内をしてくれるか僕も楽しみである。
「王都にはどんな場所があるの?」
「そうだな。一番は王都の中央を貫くように流れる聖なる川、フリューサクレ川。微量の魔力を含んでおり、時折きらりと白銀に光るのだ。そしてそのフリューサクレ川にかかるバロッコ橋! それはそれは見事な彫刻が施されていて……」
しまった、不用意な質問を投げかけてしまったせいで長い長い語りが始まってしまった。
「ところで王都ってそんなにゆっくり観光してる余裕あるの? ほら、戦争してるでしょ今」
ロベールが王都に行ったのは戦争が始まる前のことだったのではないだろうか。ところで今の王都にそんな余裕があるのかと話題を変えてみる。
「戦火は王都まで届いてなどないさ。アンだって今は私の婚約者なのだから国王派だ。王都に行ったからといって石を投げられるようなことにはならんさ。クラウセン家が神聖皇帝派だったから案じているのだろう?」
この田舎に引っ込んでるとそんなことは全然感じないが、実はこの国は大きく二つに分かれて戦争の真っ最中である。
国王派と神聖皇帝派。それぞれの領地がそれぞれの正義だと思う側について反対の派閥と争いを繰り広げている。
「懐かしい話題だな。この村にいると戦争のことなど関係がないからな。大体、ぽっと出の神聖皇帝などという神の子を自称する者には困った者だ。突然自分は神の子だから玉座を明け渡せと世を混乱に陥れるのだから」
ふっと菫色の前髪を掻き上げてロベールは笑う。
「でも神聖皇帝は本当の神の子だと法王からもお墨付きをもらっているよ。そもそも代々の国王に冠を授けてきたのは法王だし、その法王が『今まで神の代わりに仮として国王が国を治めてきたけど、本物の神の子が現れたのでこれからは神の子が国を治めます』って言ってるんだからそれに従うべきなんじゃないの?」
これは神聖皇帝派だったクラウセン家としての意見である。
「アンは純粋だな。本当に神の子などいるはずがない。これは教会が適当な人間を神の子としてでっち上げて玉座を奪おうとしているのだよ。増長した教会は富と権力だけでなく遂には玉座まで手に入れようとしているのだ。要はこれは国王派対教会派の戦いというわけだ」
「ふーん、そうなんだぁ。でもナルセンティア家が国王派についたのは、クラウセンが皇帝派だったからだよね」
この言葉には非難の意味はない。ただの事実の確認である。
逆賊を滅ぼすための聖戦だと言えば隣の領地に攻め込んで一族を皆殺しにして領土を奪っても何も非難されない。
この国が二つに分かれての戦国時代と化しているのは皆が皆自分の正義を信じているからではなく、単に領土略奪のための口実を手に入れたからである。
「まあ……聖戦という単語は昔からそういう使われ方をしてきた。皆、腹の底ではただ奪うためだけに争いをしたいのだ」
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だから王都は安全に観光できるよとのことだった。良かった。
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