じゃくじゃくの受難

ゆんこ

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じゃくじゃくの受難①

高校時代。それは人生において最も華々しい青春の時代なのだろう。
しかし、俺こと『小雀 透太(こじゃく とうた)』とっては全く違った。
俺の高校生活は────それはそれは艱難辛苦に満ちた3年間だった。

その元凶は、1人の男だった。





俺だって、華やかで甘酸っぱい青春に満ちた高校生活を送りたかった。最初の頃はそんな高校生活に期待を膨らませていた。
そして俺の運命は、初っ端から奴と同じクラスになった事から狂ってしまった。

────そいつの名は、『鷲羽 京真(わしゅう きょうま)』。

鷲羽はかなりのイケメンで高身長という完璧な見た目の上、人当たりもよく、誰に対しても親切で、あっという間にクラスの人気者だった。俺とも仲良くしてくれていた。しかも……鷲羽と特に仲のいい6人くらいのグループが出来上がっていたのだが、その中に俺も入れてくれたくらいだ。
俺は鷲羽────京真くん達と常に一緒にいた。学校内でもつるんでいたし、登下校中も買い食いとか寄り道とかしていたし、休みの日だって遊びに行ったりしていた。
────俺の家にだって、来てたんだぜ?

俺はこの楽しい時間がずっと続くと信じていたんだ。後は彼女が出来ればいいなーなんて浮かれていた。

入学して3ヶ月くらい経った頃だった。京真くんの様子が、急にそっけなく感じた。初めのうちは気の所為とか機嫌が悪いだけとか思っていたが、それは徐々に確信に変わっていった。
────京真くんが、冷たい。
それも、俺にだけ、だ。
他の仲間にはいつも通り接するのに、俺が話しかけたらそっけない返事をするのだ。返事をしてくれたのはまだいい方で、無視される事も増えた。聞こえなかったのかな?と思ったりもしたが、聞こえる声で言っても無視されたので間違いない。
それでも、つるんでいた仲間とコミュニケーションとることでその輪にしがみついていたが────次第に奴らも京真くんの様子に気づく。
俺の事、嫌っていると。
そのため、徐々に仲間達の様子も変化していった。悪い方向に。
一緒に歩くようにしても、俺に話しかけられる頻度が徐々に減っていき、完全に誰からも話しかけられないようになって苦し紛れに俺から話しかける事でなんとか関係を保とうともしていたが、そのうち俺は遊びにも登下校にも誘われなくなった。
完全にハブにされた俺はクラスの皆から奇異の目に晒された。
1軍グループからの転落は想像以上に厳しかった。4軍の方がマシと思えるほど。なぜなら他のグループに声を掛けようとしても、『あいつ1軍に入って調子乗ってたくせにやらかしたかなんかでハブにされたから自分達に言い寄ってくる愚か者』になるだけで、実際そう言う反応をされた。
俺は京真くんグループからだけではなく、クラスからもハブられたのだ。

息苦しい学校から解放されて家に帰った後も、母さんから「あの子達また呼んでらっしゃいよ。京真くん達」とあいつの名前が出ただけでびくっと背中が戦慄いて目が泳いだ。
「…わかった!」
無理矢理作った笑顔でそれだけ呟いて、夕飯を無理矢理胃に詰めたりした。
母さんに心配はかけたくない。俺には友達ができて楽しい学校生活を送っていると思っていてほしい。

学力は元々高い方ではないが、息が詰まる学校生活の中でまともに勉強ができるわけはなく、放課後に補習を受けた日のことだった。
もうすぐで下駄箱ってところで、奴らの声が聞こえて咄嗟に隠れた。
会いたくない。もう、仲間ではない。
なので奴らが去ったら帰ろうと只管座って待っていた。
そんな最中────聞こえてしまった。

「じゃくじゃくのやつ、ハブって正解だったな」

思い切りバカにするような鷲羽の声で、俺のあだ名が聞こえて、心臓がドクンと一度強く脈打った。

「そいやさー…あいつなにしたん?」
「うん?あー……」

俺の悪口が始まるんだと思って、耳を塞ぎたくなった。でも俺は────どうしても聴きたかった。

心当たり、まっっったくない。

何が悪かったんだろうと頭を巡らせた。ずっとずっと考えて、行動した。
のに、だめだった。

────俺は、何をしたんだ?
何をしたというんだ??
そこまで苦しめられる程のことをしたというのか?
だから、その原因がわかるかもしれないと思った。
しかし。

「なんかさ、俺を見る目が変なんだよね……」

耳を、疑った。
やつらの引くような「ええ…っ」とか「うわっ…」って声が俺の心をえぐってくる。
俺が一番心外だった。

何?
ナンカサ、オレヲミルメガヘンナンダヨネ?

そして俺は────ブチッとキレた。




気がついたら飛び出していた。
無我夢中で支離滅裂に叫びながら元凶に突入したが、多勢に無勢、瞬く間にボコボコにされた。

この時から俺の状況が更に悪化した事は────言うまでもなかった。





そこから今までの事は、筆舌に尽くしがたい程に苦痛に満ちていて、話そうとしたり思い出そうとしただけで吐き気とか動悸がひどくなる。

ただ、そんな日々も今日で終わりだ。

今日は────卒業式。

学校という地獄から────ようやく解放されるんだ。

鷲羽の事を恨んでないかと言うと嘘である。寧ろむちゃくちゃに恨んでる。未成年のうちにあいつを殺そうと思ってたくらいには。
でも、それ以上に解放されたくて仕方なかった。もう二度と会うことがなければ、もうそれでいい。
あいつのお陰で勉強する余裕などなかった。大学受験なんてできなかった。かといって就職も決まってない。
無職。卒業したら無職である。
母さんには、就職したと嘘をついた。
なので、これから適当なバイトを見つけて、家を出るつもりだ。
不安しかないけど、とにかく学校から、鷲羽から離れられればなんでもいい。

教室で最後のホームルームを迎える中、酷い落書きだらけの机の中に、その紙はあった。

────ホームルームが終わったら、体育倉庫前に来い。

誰が差出人かはすぐにわかった。こんな感じで今まで呼び出されては酷い目に遭わされた。
かといって呼び出しに応じない選択肢はなかった。応じなければ、もっと酷い目に遭うからだ。
でも、今日は違う。だって、今日で終わりだから。無視して帰ることができる。
しかし────俺はそのメモをぐしゃっと力いっぱい握りしめて、こう決めた。

最後だから、奴らに言いたい事言いまくってやる。




ホームルームが終わり、俺は少し時間を潰してから体育倉庫に向かった。
いつも呼び出されると、鷲羽グループが待ち構えているのだ。昔仲良くしていたグループだ。
その鷲羽グループが全員居てからでないと話にならない。何故なら全員を思い切り罵倒して、暴言吐いてやらねばならない。ちゃんと距離をとった場所から、大声で、だ。奴らが追いかけてきたら、全力で逃げる。撒けば俺の勝ちだ。
とうとう奴らに勝てるかもという期待と────また痛めつけられる可能性に対する不安が入り混じり、心臓がドキドキと強く鼓動して痛くなってきた。
やっぱり逃げようか?
────いや。やってやる!!

そんな思いで、そろりそろりと体育倉庫の近くまでやってきた。様子を見たが────あれ?誰も居ない。
全員あの場にいてからではないと話にならない。仕方ない、1回出直すか。そう思って引き返そうとしたら、

「ま っ て た よ?」

後ろから声がして、肩にポンと手を置かれて────俺は一気に凍りついた。
この声。わしゅ、わしゅう、だ、
「はぁー、はぁー、っ……はぁ…っ」
呼吸が上手くできない。怒りに燃えていた筈の頭は途端に恐怖で怯えた。3年間植え付けられたあらゆる負の感覚は、そう簡単に拭えるものでもなかった。
何一つ動けない。声が出ない。
俺のささやかな復讐計画は、あっけなく頓挫した。やっぱり俺は来るべきではなかったのだ。
「ほら、あっちで話そうか」
肩を組んできた腕に圧力を込められ、背中を押される。かろうじて足が動いたので、どうにか鷲羽の誘導する方向に歩を進めた。
「ええと…鍵、鍵」
体育倉庫の前で鷲羽は鍵を探した。ここには何度か閉じ込められた経験がある。
逃げ出したかったが、足が震えて動けなかった。結局体育倉庫は開けられてしまい、中に入る様に促される。俺は最後の最後に閉じ込められるのかと思いきや────鷲羽も体育倉庫に入ってきた。
そうして倉庫に再び内側から鍵をかけているところで、俺はある事に気づく。
────他の、連中は?
常に一緒にいた仲間達が居らず、ここにいるのは鷲羽1人と、俺だけだった。
どくん…どくん…どくん…
心臓の鼓動が一気に強くなる。

鷲羽1人だけなら……いける?

「ま、座れよ」

折りたたまれたマットが重なっている場所に適当に腰掛けた鷲羽は、自身の隣をぽんぽんと叩く。そこに座れって?
「……」
「座れつってんだよ」
妙に優しい口調から、いつものあたりの強い口調に変わる。妙に優しいのは気持ち悪いから、そっちの方がむしろありがたい。
「おい、聞いてんの────」
「……なんで?」
鷲羽の声を遮るように、俺の声は出た。

「なんで、俺を虐めた?」

長年の疑問をぶつける。その声はちゃんと冷たかった。鷲羽が怖いのは変わらない筈なのに、怒りの感情が超えてくれたらしい。
「…………われっつってんのに」
鷲羽も怒っていた。苛立ちをぶつけようと立ち上がって俺に掴みかかろうとしてくる。
俺は跳び箱に置いてあったストップウォッチを、鷲羽の顔面にめがけて投げた。
「っ!!」
見事に命中した。反撃したのはこれで2回目だ。今回のほうが上手く行った。
「ってぇな……!!」
やっと鷲羽にダメージをぶつけられた。そんな程度じゃ満足は全然しないが、怒りは少しばかり払拭された。
そうだ。1対1からなんとかなるかもしれない。
俺は近づいてくる鷲羽に真っ向から近づい、拳を顔面目がけて振るった。が、寸前のところで手首を掴まれて止められてしまい、俺はそのまま投げ技を仕掛けられてしまった。
「うっ…!」
背中を打ちつけてしまい、痛みが走る。すぐに立ち上がろうとしたが、その前に胸ぐらを掴まれて身体が持ちがってしまう。
やばい。殴られる。
そう思って、目をぎゅっと詰まった。
そしたら、奴の顔が一気に近づいて……




ちゅく……

……………………。

ちゅく…ちゅく………

………………………?…???


────は?
なにこれ?
キス………されてる?

なにがなんだかわからなくて、身体が思うように動かなかった。

ちろちろ…ちろちろ……

「………っ!!」

舌にまで触れ合ってきたので、これはとにかく抵抗しなきゃと抗おうとして腕を使って押しのけようとしたが、向こうの力が強くてのけてはくれなかった。
成すすべなく、どんどん深くなっていく口付けを受け入れるしか無かった。

ぬちぬちぬち…れろれろれろ………

いよいよ舌まで絡んできて、脳が痺れる感覚に陥って、膝がガクガクした。崩れ落ちそうになるのを、腕を背中に回されてがっちりホールドされて、全く逃げられなくなった。
────舌を噛み切ってやろうか?
いっそ自分の舌ごと犠牲にしてやろうとか思ったが………奴に翻弄されて力が抜けてしまう。

舌使いが、あまりにもいやらしかった。

れろれろ…ぬちぬち…れろれろ……

奴はちっとも解放してくれず、執拗に舌を絡め続けた。もう訳がわっかんない。何も考えられなくなってきた。あまりに長いキスのせいで酸欠になったせいでもあるだろう。
「ぷは……」
向こうも苦しかったのか、ようやく唇は解放された。
「………」
とりあえずキスを解いたので解放してくれやしないかと思ったが、身体は強くホールドされたままだ。
至近距離の奴の面は、一見するとぼーっとしているようにも見えた。しかし、頬は紅潮しており、ところどころ汗もかいていて、その細められた目の奥はギラギラとした熱が込められてた。
俺は、心底からゾクッと来た。

なんだこいつ、俺の事大嫌いなんじゃなかったのか?
3年間、虐め続けて死ぬほど苦しめる程に。
それとも────これは新たな虐めか?
卒業式の日に?

脳味噌の処理が追いつかないうちに、再び唇が重なる。今度は壁まで追いやられたせいで、身体が密着した。先程のように卑猥な音を立てて舌が蹂躙される。その最中、違和感を感じた。
俺の下半身のあたりに、それは当たっている。明らかに硬くなって────

それを感じ取った途端、俺は渾身の力を込めて鷲羽の身体を押しのけた。
「………っ!」
「っはぁ、はぁ、はぁ」
鷲羽は後方にあった跳び箱にぶつかってずるっと座りこんで尻餅をつき、俺もへなへなと腰が抜けてしまった。
「やめろ……!!」
自分でも驚くほど低い声が出た。今までため込んだ恨みをぶつける様に奴を睨んだ。
「……」
奴は俺の恨みを込めた目を、尚もギラギラと欲にまみれた目で見つめ返してきた。

「お前こそ……勃ってるけど?」

鷲羽の言う事に耳を疑ったが、恐る恐る下半身を見てみると────確かに、制服越しでもわかるくらい浮き出ていた。
俺は信じられなかった。目の前のこいつは俺の3年間を台無しにしたクソ野郎なのに、そんな奴とのキスだけで勃起しちゃうとか………。
情けなくて涙が出てきた。こんな奴の前で泣きたくないのに、勝手に涙が出てきて止まらなくなった。
「……」
鷲羽はそんな俺を無言で見つめた後、立ち上がって俺に近づいてきた。
「ひぃっ!」
俺は腰が抜けながら後退りした。しかし壁に阻まれた。なんの躊躇もなく俺に再び近づいた鷲羽はしゃがみ込み────俺の涙を拭ってきた。
突然の優しい行動にいよいよ脳味噌がバグってきた。

「なぁ…お前何がしてぇんだ……」

俺の疑問を全て集約した問に、奴は一言こう答えた。

「告白」
「……………ふぇ?」
「キス受け入れて勃起までしたんだし、OKって事でいいよな?」
「………」

な に い っ て ん の ? ?

やばい……何一つ理解できてないのに話が勝手に進んでる。
数Ⅲより難しい。
とりあえず、なんとか会話しないと。

「お……おーけー……って、なに…が……?」
「ん?付き合うって事」

────頭の中に隕石が落ちて爆発した。
思考が見事に飛散した。
そうして、いたってシンプルな思考が再集約された。

え、まさか…あれ…
好きな子をいじめたい的なやつだったわけ?
にしても度合いがそんなに軽いものでもなかったような気が…

「というわけだから、これから宜しくな?透太♡」

優しく、どこか甘えたような声をかけながら、奴は俺に手を差し出した。
俺はその手をバシッと振り払う。
「ふざけんな………!!」
俺は目をカッぴらいて奴を思い切り睨んだ。

「何が付き合うだ!!俺はもう、お前とは縁を切りたいんだよ!!二度と会いたくないんだ!!!」

俺は結局、当初の目的通り言いたい事をぶち撒けた。思い切り叫んで、怒鳴って、罵倒した。奴から反撃されても構うものか。殺してやったっていい。

「俺は、俺はお前の事なんか……だいっっっきr」

バシンッ

とうとう顔面ビンタされる。暴力なんて想定内だ。おーけーおーけー。
「お前なんか……だいっき」
「大好きの間違いだろ?んーーー?」
両頬を片手で掴まれて、何も言えなくなってしまった。そのまま顔を持ち上げられて、鷲羽の目が近づいてきた。
その目は凄まじい怒りと、それを超える凄まじい欲の炎が見えて非常に恐ろしかった。
「お前は俺だけにしっぽ振ってりゃよかったのに……俺の金魚のフン共にまでしっぽ振って……腹立つったらありゃしねぇよ……!」
「………っ!」
両頬を掴む力が、段々強くなっていく。
「俺にワンワン甘えてくるのが、めっっっちゃ可愛かったのに………俺以外に話しかけちゃ、だめだろ?なぁ?」
やがて顔面を潰す勢いになってきたので、たまらず奴の手を噛んだ。
「いっ……!!あー……今度は噛みやがったか」
ところで、今聞いた内容が原因らしい。
俺には、グループのやつらとは話しかけてほしくなかったと。
そんなアホらしい理由だったと。
うん。なる程な。
超ふざけんな。
「近づいてみろ……もっと噛んでやるからな…!!」
俺は牙を出すように歯を剥き出しにした。
「もうやめてくれ……俺の前から、さっさと消えてくれよ!!」
心からそう願っているのに。鷲羽は立ち去ってくれない。俺の様子を見て、ため息をついただけだ。
「不安なのか?またお前がいじめられるかもって?」
「…は?」
とにかくもう喋らないでほしい。なんかもう訳わかんないから。喋らないで消えて。お願いだから。
「俺はさ、お前を苦しめた奴らに報復してやったのに」
「…………は?」

「もうあいつらいらないからさ、大学の推薦、取り消しにしてもらったんだよね?」

「………………………」

────は!?

「冗談だよ。冗談じゃないかもだけど」
「……」
奴らは確か、同じ大学に受かっていた筈だった。この鷲羽も含めてだ。どこに行こうと俺には関係ないので気にしないようにしていたが……。
「ほら、よく撮れてるだろ?これ」
鷲羽は徐ろに、スマホの画面を見せてきた。そこには動画が流れていた。
「………っ!!」
鷲羽の取り巻きどもに、俺がボコられている現場だ。ただしそこには、鷲羽は映ってなかった。撮影者なのだろう。
俺は動画のせいで思い出したくもないことがフラッシュバックしてきて、吐き気がした。なんとか吐かないように頑張った。
「まぁ、これを大学側に見せたら即終わりだよね。ここに映ってる加害者共は」
「………」
「やっぱ、イジメはよくないよねぇ~?」
にたぁ…と気味悪く笑うソイツを見て、俺はとうとう吐いた。
────首謀者のてめぇがなんで制裁を受けてねぇんだよ!?!?
そんな、吐いてる俺に対して「大丈夫か?」なんて心配そうな顔……向けてくんじゃねぇよ!!
やっぱ殺す……殺すしかないこいつ……!!
そんな殺意満々の俺に、クソ野郎はなんか紙を差し出してきた。
は、ここに吐けってか?いらねぇよクソが。
俺は紙をひったくって丸めて投げ捨ててやった。
「あーあー…」
仕方ないなとばかりに、鷲羽はその紙を拾い上げた。いっそキレ散らかしてくれたらいいのにと思う。面倒見のいいやつみたいな態度とってんじゃねぇ。
「これだよこれ。悪口とか書いてねぇから」
丸めた紙を俺の前で広げた。所々皺だらけだが、どこかの物件の情報だと言う事がわかった。
「いいだろ?ここ。1Kだけど割と広いし」
「…………」
……これを俺に見せてどうしたいんだ?
そこに住むのか?どうぞご勝手に。火つけられねぇように気をつけろよ。
「あのさ、透太も大学行ったほうがいいと思うんだよね」
「……………は?」
また話がどこかへ行く。大学行った方がいいだと?俺だって行きたかったのに、誰のせいだと思ってんだ。
……もう訳わからん。勘弁してくれ。どうにか逃げようかな。こいつの顔面をゲロで塗りたくってから、俺は急いで出口に行って────と意識を別の所に向けていた時だった。

「透太のお母さんも、本当はそれを望んでるみたいだよ」

俺は耳を疑った。再びこいつの言動に意識が引き戻される。
母さん?俺の母さんの話をしたのか?
「この前、偶然スーパーでばったり会って…」
俺は再び心臓の鼓動が速くなるのを感じた。息が詰まり、呼吸が苦しくなる。
「俺の事、覚えててくれたみたいで嬉しかったよ。『あら、前よりイケメンになった?』とか言ってくれて。優しいお母さんなんだな」
こいつらを、俺の家に呼ぶのではなかった。こいつの接触が、母さんにまで及ぶなんて。
「お母さん、お前の事について色々聞いてきたんだよ?だから答えたんだ」
どくっ…
「お前が、アイツらにいじめられてたって話とか…」
どくっ、どくっ…
「お前は本当は就職なんて決まってない事とか…」
どくっ、どくっ、どくっ、どくっ…
「お母さん、勿論ショック受けてたよ?だから俺、こう答えたんだ」

────俺がなんとか透太くんを支えてたんです。でも、イジメを止める事ができなくてすみません。彼が大学行けなかったのも、それが原因です。なので、力が及ばなかった、俺に償わせてほしいです。俺は彼に勉強を教えようと思います。そして、住居や仕事も与えようと思います。俺にはつてがありますから。ご実家は奴らにバレてるので家を出た方がいいでしょうし、何より俺が支えますから。なので、彼はお家を出てしまっても、一人暮らしではありません。俺がいますから…。

俺はますます頭痛くなってきた。
なんか絶望的なワードが聞こえた気がする。
気のせいかな?
俺が……このクソ野郎に勉強教わるとか、このクソ野郎と住むとかなんとか胸糞悪い内容が聞こえた気がするんだけど。気の所為だよね?
それはもう気の所為って事で終わりでいいだろもう。一言もしゃべんないでくれよ頼むから 
「透太のお母さんは、涙を流して喜んでくれたよ。透太の事、宜しくねとまで言われて」
「は……嘘つくのもいい加減にしろ」
────母さんからそんな話は聞いたことない。だから、確認すればわかる。
スマホを持つ俺の手は震えていた。嘘だってわかってる筈なのに……

「嘘じゃないよ。だって…卒業式まで内緒にしてくださいって頼んだんだから」
「え」

ヴー…ヴー…ヴー……

バイブ音が鳴り響く。俺の手の中のスマホが強く振動している。
発信元は母親だ。
俺は通話ボタンを押し、恐る恐る耳に近づけた。
「もしもし…?母さん…?」
丁度電話が来たんだから、確かめよう。そう思ったのに、声が震えた。
「透太…?いま大丈夫…?」
「うん…」
全然大丈夫じゃない。目の前にキチ◯イがいる。助けてくれよ母ちゃん。
こんな奴と、話なんてしてないよな?母ちゃん。

「あ…聞いた?京真くんから」

────母さんの口から奴の名前が出てきて俺は凍りついた。

「京真くんと暮らすんでしょ?勉強も教えてくれるって…あんた、い~い友達持ったわね。母さんは浪人なんて気にしないから、しっかり勉強頑張んなさいよ。時々様子見に来るからね。2人力合わせて、頑張んなさい。京真くんにしっかりお礼言うのよ?」
母さんの嬉しそうな声に、声が詰まった。本当は助けてって言いたかった。その言葉を、飲み込んだ。
変わりに、出たのは────。

「うん、俺………頑張るよ…」

頬から大量の涙が出ていたが、果たして泣き声になっていなかったか。それが心配になった。
幸い母さんは気付いた様子もなく、一言二言何か言ってから通話は切れた。
「…………」
母さんには、迷惑かけられない。大学行かない事を伝えた時の、絶望的な表情は忘れられない。それでも、俺の人生だからと強要しないでくれた。
だから、嘘でもいいから、俺は肯定的な言葉を口にしたのだ。

「────というわけで、改めてよろしくな?」

そんな事をほざくそいつの面を、俺はゆっくりと顔を上げて、改めて眺めた。

────俺はもう、こいつを理解する事ができない。
あまりにもむちゃくちゃ過ぎる。
狂ってる。

こいつは、俺の人生で絶対に出逢っちゃいけない奴だったんだ。

「ほら、宜しくな?」

再度念を押すように声をかけられ、手を差し出される。この手を取ることに本能レベルから凄まじい抵抗を感じて、手を差し出すのがゆっくりになった。
宙を舞う震えた俺の手を、奴の方からガシッと握ってきた。

「……入居は4日後だから、荷物頑張って纏めろよ?」

その言葉に、俺はヘラっと笑って答えた。もう顔が引き攣ってる。
そんな俺の面を鷲羽はじ……っと見てきて、俺は更に顔が歪んだ。何か感じ取られたんじゃないかと。
鷲羽はそのまま俺に近づいていく。俺は本能的に後退りしたが、壁まで追い込まれてしまい……再び、唇を重ねられた。

────まてよ……これ、一緒に住んだら……どんな事させられるんだ?

俺は執拗に舌を絡めてくるのを受け止めながら、どうやって逃げようかと必死に頭を巡らせた。

続く。
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