ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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おうちにかえりたい編

王妃付き侍女(ジンジャー)はばらまき作戦を敢行する 中編

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 どんよりした気分で部屋に戻る。幸いにして扉の封鎖は解かれていなかった。
 ただし、人が立っていました。
 王の使者を名乗る男はどこかで見かけた気がする。結婚式にいたかも?

 まあ、ともかく、人の話聞く気になったのか。

「どのようなご用件ですか?」

 姫の唯一の侍女として、それなりの権限はある。部屋に招き入れて尋ねる。
 姫本人ではなく取り次ぎとして、聞くことは別におかしくはない。

 扉を半分ほど開け放したままなので、少し背後を気にしていたようだった。
 いや、礼儀として、扉締めると問題あるじゃない。

「婚姻を結んだことを各国に披露する式典を開きたいので、準備をして欲しいと」

 は?
 聞き返さなかった私を褒めて欲しい。

 もちろん王への印象が下方修正された。
 今、言うか。
 そりゃあ、国王の正妃となればですよ、各国の大使呼びつけて式典の一つくらいやりますがね。
 しないと思ってたよ。式自体終わったし、お披露目にもならなかったけどお披露目したから。

 大人しく愛人と仲良くしてなよ。その間に、砂の城を崩すみたいに小さな穴を開けていくから。
 小さい綻びと放置してれば、それは取り返しがつかない。

「承知しました。姫様に伝えます。いつですか?」

「三日後」

 は?
 と聞き返さなかった私を褒めて欲しい。
 しかし、使者が青ざめていたところを見れば、相当険しい表情をしていたのは確からしい。

「あの白いドレスを、とのことでした」

 呪いをまき散らしたい。
 あれを、着ろと。飲食物のない式だからこそ着ることができた服だ。少しの汚れも許されない白を、おそらく、飲み物は出るであろう式典で着ろ、と。

「それはご相談させてください。どなたに流れや作法をお聞きすればよろしいのですか?」

「え、ええと」

 聞いてないし、知らないのね。
 恥をかけという嫌がらせね。
 もう、わかった。

「役立たず」

 おっと、素が出てしまった。

「姫と相談します」

 お帰りをと言う前に逃げていった。
 頭が痛いっていう話ではない。三日の間に式典の準備が出来るわけがないんだ。
 おそらくは、伝わっている、はずだったんだ。
 そこでふと誰かが気付いた。誰か、伝えたっけ? って。

 壮絶な押し付け合いに負けたのだな。彼は。
 数日にも及んでもおかしくない失態の押し付け合いだ。いや、ホント迷惑。

 どうせなら当日まで気がつかなければ良かったのに。

 原因は誰かは知らないが念入りに制裁するリストに押し込んでおこう。

 寝室にいた偽姫様にお疲れ様と声をかける。
 異常はなし。

 しかし、どこかに出るならお付きがないのはちょっとまずい。さすがに同時に存在する方法はない。
 気が進まないけれど、雇うか。
 赤毛が、いると良いけど。


 翌日、私は城下町へと降りていた。
 私の訴えが効いたのか、王の訪れはなかった。朝まで寝ることが出来て快眠だった。

 ジンジャーとして、商人のところに行くことは別におかしな事ではない。
 一人で出ようとして護衛が付きそうになったのは辟易した。全力でお断りして、速攻出てきたから大丈夫、と信じている。

 故郷とつながりのある商人なんて知られたくない。
 それでも念のため、何軒か買い物をしてから意中の店に入る。

「……いらっしゃい」

「やあ」

 こんなところで奇遇、ではない。
 ここにいてはいけない人がいた。
 兄様、過保護だな。
 実感した。

 あー、俺ってブラコンでシスコンだからと言ってた。確かに。
 思わず笑いがこぼれた。ちゃあんと、気にかけてくれていた。

「で、お聞きしたいんですが、ローガン商会長がここでなにを?」

「いや、アレが質流れしたって聞いたから急いできたのよ? 昨日着いたばっかりよ?」

 彼は兄様が懇意にしている商会の商会長だった。
 二人で悪巧みするくらいには仲良しだ。兄様と殴り合いの喧嘩をする平民は彼くらいである。

 アレというのは指輪だろうか。質屋に持っていくとは思わなかった。しかし、あれから二週間程度では早すぎないだろうか。
 ちらっと気の良い兄ちゃんにしか見えない商会長を見る。
 私たち兄弟には長兄その2みたいなものだ。これはもしかしたら国境辺りにいたのではないだろうか。

「いやぁ、困った事になってるね。ま、お茶でも?」

 楽しそうに店の奥へ誘う。
 否はなかった。


「へぇ、潰せばいんじゃない?」

 お茶とお菓子をいただきながら話をすれば、笑顔のままでのたまいました。
 ……躊躇一切無し。

「ま、お嬢の事情がなくても、なんか変ではあるね。その愛人って、王の運命なのかな」

「えー」

「森に落ちていたってのがさ、不穏だよね」

 そこはもう、魔王の領地。

 思わず顔を見合わせて笑う。
 超絶美形の魔王様きちゃうの?
 口にしたらなにかが仕事を始めそうな気もするので黙っておく。フラグは立てるべからず。

「兄様は?」

 彼は突然の会話の方向転換にぱちぱちと目を瞬かせていたが、にやりと人の悪そうな顔で笑った。

「可愛い人参(キャロット)ちゃんを助けにいけって。金貨、袋でどんっ、よ?」

 ……本当にもう。

「軍備の予算の残りとか調べていたり、国内の兄弟を呼んだりしていたから。
 やばいから自分でしたいなら早く連絡した方が良い」

 仕方のない人だ。
 まあ、私も兄弟が同じ目にあっていれば、誰を暗殺すればいい? と聞くだろうけど。
 殲滅、殲滅と連れて行く兵士リストを作って、お小遣いはどのくらいの金貨があればいい?
 懇願? 聞かないよ。
 遺言も聞かない。

「顔がヤバイからその殺意しまって」

「……ごめん」

「まあ、運命の方は調べといてあげる。城内ではわからないでしょ。で、お困りのお嬢の付き人だけど」

「うん」

「地毛では無理。顔似てるのは連れてきたけど、選んで」

 ぱんぱんと手を打つと似たような年頃の男女が二人ずつやってくる。
 見知った顔がいた。

「あ、ユリア。久しぶり」

 故郷では時々、影武者を頼んだことがある。背格好が似ている人は貴重だ。彼女の場合は、生まれ故郷ではそのくらいの身長の女性は珍しくないと言っていた。
 巨人の国か、是非行きたいと思ったことがある。
 ……大女といわれるのにめげたころだった。

「ご無沙汰しております。姫様」

 少し柔らかく笑うようになった。会わない間に良い事があったのだろう。

「おれっちもいるよ」

 割り込むようにやってきた男に顔をしかめる。
 彼はジニーが底上げの靴を履いたときちょうど身長が合うくらいだ。いまならちょっと見上げる。
 ひょろっとしているようで、鍛えていたりするのでジニーの身代わりにちょうど良いと言えば良いんだけど……。

「オスカーはいらない」

「えぇ」

「ジニーとキャラが違い過ぎる」

 がっくりとしているところが笑える。出来ると思ってるのか。真面目に出来るのは十五分とか言うヤツが。

「ユリアが良いわ。今夜にでも来て欲しい」

「承知しました」

 彼女は一礼した。潜入方法は彼らの方でなんとかするだろう。

 この場に呼ばれた残りの二人も紹介される。町中で用があればこの中の誰かに頼むことになるだろう。

「国にはどのように伝える?」

「手伝いが欲しいと伝えておいて。下準備が終わるまで大人しくしているように。
 えっと、手伝いが問題なさそうな人いたっけ?」

「どうでしょうね」

 ……そうね。問題はあるから、一人でここに来ているんだ。
 顔を見合わせてげんなりするのは仕方ない。彼も私も黒歴史を知っている。

 ジニーというのは、罪作りなヤツだった。

 そういう話だ。

 その他の情報交換をしてから店を出る。ついでのお土産が重い。誰から来たのかとか聞かない。
 兄様だけじゃなくて、国内にいる兄弟分もあると思う。
 兄弟の愛が重い。まあ自分も同じくらいだから仕方ないか。
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