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聖女と魔王と魔女編

女王陛下のお仕事7

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「うーん。ねえさまちょうへるぷ、ってなに」

 頭を押さえながら起き上がると妙に体が重い。よいしょっとなにかをどける。

「にゃ、なにー?」

 寝ぼけたユリアが同じベッドの上にいる。お腹にのっていた腕だったらしい。
 昨日、どうしたんだっけ? そう思いながら、記憶をたどる。

 ええと魔王討伐して、埋葬の準備をして、それから。

「ヴァージニアさまは昨日、砦に戻られてからばったり倒れまして、お部屋にお連れしました。
 武装解除後、お薬を飲んでいただき、私も倒れました。たぶん」

 頭痛いと言いながらユリアも起き出している。

 砦は何とか持ちこたえた。死傷者数も予定をあまり超えないくらいで済んだし、気が緩んだんだろう。
 それにしても倒れるとは。兄様が運んでくれたんだろうか。いや、兄様は兄様でちょっとあれだった。オスカーあたりかな。

「あ、なんかメモが残ってる。
 オスカーが毛布とかかけにきたって。寝相の悪いのが悪いので、俺は悪くない」

 ……なんか見たのを黙っていればいいのに、わざわざ書いて残さなくても。遅かれ早かれ気がつくだろうから先手を打ったのか。
 ユリアは気にした様子もない。

「なにか、耳元で叫ばれた気がするんですけど、何か言いました?」

「フィンレーが慌ててるっぽい。
 大変、しかわからない」

「私にまで伝わります?」

「接触してたからじゃないかな。あれ、感染系でもあるから」

 フィンレー固有の能力は、共感だ。相手の感情に同調して考えを理解したり、逆に相手に同調させて気持ちを代えさせたりできる。その延長線上に、特定の相手に感情とある程度の意味を届けることができる。これは相性というより、血の同調のようで血縁のみにできること。

 もし、フィンレーが本気で叫ぶならば兄弟全員にそれは伝わる。
 良いことならいいが、悪いことならば、原因は生きていることを後悔することになるだろう。

「助けてとこんなところで言われても困りますよね。
 一か月近くかけてここまで来たじゃないですか」

「色々途中の歓待とかあったからね。本当は半分くらい。私一人ならもうちょっと短いかな」

「手遅れでは?」

「そういうときのお友達だよ」

「……なんか、詐欺っぽいですよね」

 そうかな。



「おうちに不穏な二人残していく私の気持ちをなんかで補いなさいよね」

 どうしてもと呼び出した魔女は渋い顔で金品要求をしてきた。

「お友達価格で」

「わかった。砦の酒蔵をくれるのね。ありがとう」

 あっさりと強欲に奪っていった。まあ、誰ももう飲まないからいいけど。
 やった、百年ものぉと口笛吹いたからよほど気になっていたらしい。いつ覗きに行ったんだろ。

 フィンレーからの呼び出しで王都まで行きたいと告げると魔女は唸った。

「送るのはできるけど、一人までね。あと一日くらい休憩したら一緒に行ってあげられるけど、それじゃ遅いんでしょ?」

「そこまで切羽詰まった感じはしないのだけど、嫌な予感はするから早いほうがいいと思うわ」

「私が知っている場所にしかいけないよ。
 下町の飲み屋と前にお茶会した庭くらいかな」

 ……お茶会? あれは飲み会では? 疑問が顔に出ていたようだ。魔女はどっちも一緒じゃない?と言ってのけた。
 紅茶入りブランデーを飲む女の言うことは一味違う。

「庭がいいわ。すぐに送ってもらっていいかしら」

「ちょ、ちょっと待ってくださいね?
 ヴァージニア様、不在の間は?」

 ユリアが慌てたように割り込んでくる。
 気がつく前に行ってしまいたかったのだけど。

「ああ、イリューとなんかうまくやりくりして。
 戻ってくるつもりはあるけど、何日くらいかかりそう?」

「お迎えに行くなら、三日後くらい」

「療養していると引きこもっておいて」

「……わかりました。ジニーに、よろしくお伝えください」

 もしかしたら、私、ユリアをお嫁さんにもらわなきゃいけないことになるんじゃないかしら?


 私は準備を整えて、魔女に王都まで送ってもらう。
 ユリアといつの間にか呼ばれていたイリューが見送ってくれたけど、必ず戻ってきてくださいと念押しされた。二人分の圧が強い。
 くっと魔女が笑っていたよ……。

 目を閉じて、息を止めて、十数えるうちについてしまった。

「便利機能すぎる」

 ただし、使うには、魔女の気に入る貢物がいる。やっぱり、酒瓶一本にしておけばよかった。支払いが渋い顧客の相手は嫌がるかも、いや、友達。
 友達、なんだろうか。
 首をかしげるが、これの答えは出ないだろう。

 利害が一致しているうちは付き合う。違えればそれまで。その程度でいい。

 昼の王城はそれなりに騒がしい。人が多く働いているから物音がしないということはない。庭であっても庭師が仕事をしているのだ。

「……静かすぎる」

 まるで、息を潜めているように。
 フィンレーをまず探さないと。私室のほうにいるかな。いや、でも、城下にいるかも。助けてというのだから。
 あれは、手に負えないです無理ですという印象があったのだけど。

 私はこっそり庭から建物の中に入った。隠し通路というのは色々さがしたので、隠れて移動するのは難しくない。
 城内も静かだった。人もいるが、どこか怯えているような雰囲気がある。そうでなければ、堂々と歩いているが、それも多くない。
 これはよくない。
 城下に降りよう。イーサン様かローガンに確認をとったほうがいい。
 ここで探るのをあきらめ、外に出る隠し通路を通る。

「……ほんとに、出てきた」

「待ち伏せ? でも、連絡してないわよね?」

 城の外に出た瞬間にフィンレーに会った。
 姉様こっちと手を引かれて目立たない道へ案内される。キツネにつままれたような気がする。

「僕が連絡して、魔女に伝えて、本人がきてすぐに撤退してここに来るだろうと予想した人がいるんだよ」

 少し、困ったようにフィンレーは言った後、立ち止まった。
 そこは少し広い場所で、数人待っていたようだった。ライルとローガンのところの従業員、それから。

「……へぇ? 療養してろとユリアに言われてたんじゃなかったかしら」

 思ったよりも冷たい声が出た。
 ほっとけとあれほど言っていたというのに。軽くフィンレーを睨めば、しょげたようにうなだれていた。

「フィンレー様が、お困りだったのでちょっとだけだったんですけどね」

 そう言って、彼は私の前に膝をつく。
 私の国の作法で、首を垂れる。
 目の前に現れる無防備な首。

「お待ちしていました。陛下」

「……大義であった。
 移動しながら状況を説明して」

 最初から、この男はこうだった。
 お望みならどうぞと、差し出す。

「姉様が心底腹立つって思ってるから、大人しくしたほうがいいよ」

 こそこそとフィンレーが言っているのが聞こえた。あれは聞こえるように言っている。彼は苦笑いしながら立ち上がり、膝の汚れを払っている。

「まず、話は二つ。
 一つは片付いたけど、関係あるからこちらから説明します。
 陛下の不在の間に、不和が起こることは想定されていたと思います。そこは中立派、先々代の王の派閥も含め今は静観するように説得は終わっています。陛下が戻られるまでは、新しい争いは起きないでしょう。
 ちょっと襲われましたけど、結果的には問題ないでしょう」

「問題あるのだけど。フィンレー怪我しなかった?」

「え、僕は大丈夫だよ。そんな弱くないもん」

「それならいいけど。
 それで?」

「想定通り元王弟殿下は王都を掌握しようとしましたが、近衛が裏切って捕縛しました」

「裏切る近衛ってどうなの」

「俺も、そう思いますが、事実、そうなったので。
 陛下のみに従うとか言いだしているので気に留めておいてください。
 表面上はこれまで通りとなったのが、昨日でした。
 もう一つ、ローガンが問題を起こしてました。まあ、彼だけが悪い、というわけでもないんですが……」

「これは姉様も悪いと思うよ。
 僕もすっかり忘れていたけど、試着人形、持ってきてたよね」

「え、ああ。あれがどうしたの?」

「ローガンが言うには、夏の女神の一部が入り込んで自由行動中、だそうです。
 それが、元王弟殿下とご一緒でこちらのほうが本物の女王陛下と言い張っている」

「……信じられてるわけ?」

「二分されているというところですね。ご本人がいらっしゃらない。そのうえ、すぐに帰っても来れない。今のところは城下までは話が回っていないのが救いですが、それも数日中にはと言ったところです。
 どちらで何をされていたのですか?」

「魔王討伐」

 絶句してた。

「兄様生きてる?」

「生きてる。楽しかったって」

 ただし、大けが中。ユリアがブチ切れてた。両手切り落とせばよろしくて? 介護してくださる方はいっぱいいらっしゃるようですし? と脅していた。
 足もいらないんじゃないかとまで言いだしてさすがに止めた。
 猟奇事件はいらない。

「……それはよかった。さっさとうちに送り返そう」

「そうね。悪いけど、即返送したいわ」

 行動予測ができても目の前で無茶されると心臓に悪い。お嫁さんにしばらく監禁されているといいのだ。

「英雄として帰還するから手筈は整えておいてね。
 華々しく使者の弔いもしなければならない。
 ほんと、あっちであなたの残したもの相手に苦労したの」

 ちょっとくらい苦情を申し立ててもいいだろう。

「ウィルも困ってたし、後処理ちゃんとしてね?」

「……はい」

 うん? なにか妙な間があったし、返答も変な気がする。

「なにか?」

 見上げれば無表情だった。嘘っぽい笑い方もしないので、無意識っぽいな。

「こうなったら、使い倒してやるからそのつもりで」

「喜んで」

 ……なんか、機嫌が直った。それでいいの? 疑問はあるけど、ツッコミづらい。

「あとで、お話を聞かせてください」

 いい笑顔だけどね? 中身は全部殺伐とした話しかないんだよ。
 そんな話をしているうちに終点についたらしい。

「陛下にもおいでいただきましたし、すぐに片付けましょう」

 ……なんか、この人が王様したほうがいいじゃないだろうかって気がしてきたよ。


 私を待っていたのは、ジャックとディラス、それからカイルだった。

「お帰りをお待ちしていました」

 ジャックが生真面目にそう言うのがちょっとおかしかった。

「黒の騎士団は動かせる?」

「すぐにでも」

「ディラス、黄の騎士団はどう?」

「治安維持に割いていますので、多くはありませんが待機させています」

「王弟派のものはどのくらい?」

「変わらず、ですね。増えもせず減りもせず。これは、殿下の実家の勢力がそのままというところが理由でしょう」

「拠点は?」

「王城に」

「……うん」

 ここで全部投げて、アレやこれやを押し付けて、私は自由にと一瞬思わなくもなかった。いやいや、きっと魔女に呪われるし、失望されそうだ。
 でも、口説けなくもないか?

「姉様、悪いこと考えてませんか?」

「ちょっと考えた」

 フィンレーの呆れたような視線が痛い。ちょっとばかり逃げ腰なところがあるのは認める。

 とにかく、魔女に押し付けられたとはいえここは私の国だ。
 こんなめんどくさいことになるなら、さっさと帰っていればよかった。でも、仕方ない。

「大丈夫。行きましょう。
 どうせ、何か考えているのでしょう?」

「では、お召替えを」

 そこからは流れ作業で、出立まで決まっていた。


 久しぶりの王城はやはりぴりついているようだった。
 本当は正面から入りたいところではあったけれど、あとで正式な凱旋を控えているため秘密通路からの侵入となった。
 なお、手勢は別のやり方で潜入させてある。

 中に入ってしまえば、私は姿を隠すつもりもなかった。

 故郷の衣装を思わせるようなドレスは少しばかり動きやすい工夫がされている。ローガンが立ち回りしやすいように直させたとさらっと言っているが、いつから用意してたんだろう。
 ほんとキレイになってと兄を超えて父親のようなことを言いだしていた。馬子にも衣裳ということだろうか。
 姉様迫力ありすぎというフィンレーの証言が一番正しいような気がしている。

 先に立つというジャックの主張を退けて先陣をきる。
 強い私の印象を先に植え付けておきたい。

 城内は突然現れたように見える私に戸惑っているようだった。すでにここにいる人形の振舞いと違いすぎるのだろう。

「さて、どこにいるかな」

「玉座に行けばそのうち来るでしょう」

「雑だね」

 そう笑って、私は玉座の間と呼ばれていた場所に向かう。
 相手のいる場所に行くのではない。
 私の場所にくるといい。

 その場所はいつもと変わらないように見えた。
 先客はおらず、そのまま玉座に座った。

「そういえば、どうして私じゃないって気がついたの? あれ、見た目は結構似てると思うんだけど」

「少しも似てません」

 あっさりとそれもディラス氏から言われると思わなかった。

「雰囲気が違うみたいだよ。僕も会ったことないんだけどね。
 かつての聖女と似ているっぽいらしい」

 フィンレーの言葉にジャックが頷いていた。

「俺たちは会いましたが、自分たちが正当である。もう一人は偽物だと言い張っていましたが、お引き取り願いました」

「それで引いたの?」

「決別宣言と武力行使ですよ」

「……そう」

 思ったより強行に拒否したということだ。

「あなたではなく、あなたに王冠を授けた魔女殿に従うのでそこのところお間違いなく」

 ジャックから釘もさされた。カイルは苦笑しているが、否定しないといころをみると王家の血というものに従うといところだろうか。
 ウィリアムを王にと求めたのも。先々代に従ったのもそのあたりに理由があるのかも。

 厄介な組織を残してくれたものだ。

「あなたは?」

「……俺も会いましたが、その時に破壊出来ればよかった」

 え? とかフィンレーが言っている。黙っていたということか。
 いったいどんな勧誘したのか。

「いいませんよ」

 笑顔の拒否。よほどのことを言われたんだろう。けど、興味はある。

「おいでになったようです」

 皮肉そうな声で彼が告げる。

「さて、ご期待に応えられるかな」

 私の配役は悪役だろうから。



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