守りの手袋

あかね

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悪い夢を見ないようにね

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 グレースは戻ってきたメイド長から本を受け取り、寝室へ引っ込んだ。
 クリスは部屋の外で待機してもらった。さすがに乙女の寝室は恐れ多いと覗き込むこともない。なお、ミラもこの部屋に入ったのは一度きりだ。最初にまずいものがないか、一応、確認をととても気まずそうにお願いされた。
 断るものでもないと許可したが、小さいころからベッドの上にいるぬいぐるみを見られたのはちょっと恥ずかしかった。母からの贈り物だと言えば、ちょっとだけ直していいですか? と確認された。言われてみれば少し穴が開いているところがあった。その日のうちに直って戻ってきた。可愛らしいリボンを両手首につけて。

 今見れば、リボンの一つが外れていた。

「あら」

 拾いあげたリボンは少し焦げたような匂いがした。淡い青の布地の真ん中が黒くなっている。グレースは憑いていたぬいぐるみを確認するが、傷はなかった。もう一つのリボンはと言えば、特に異常はないようである。

 グレースはフィデルから渡されたぬいぐるみを見た。
 ネコイチロウ。改名をおねがいされていたが、なんだか似合っているような気がしてそのままにしている。
 そのぬいぐるみはベッドのど真ん中にいた。
 手足が動くタイプのぬいぐるみなので、多少ポーズが変わっていてもおかしくはないが、あんな寝そべりしていただろうか。

「うにゃ」

 目が合ったどころでなく、しゃべった。
 おっと、と慌てたように居住まいを正す猫のぬいぐるみ。

「おはつにおめにかかります。ネコイチロウです。拙者、御身の護衛を任されております。
 当面は外出時にはお連れいただくと幸いです」

 ペコリと頭を下げる猫のぬいぐるみ。グレースは衝撃をどうにかやり過ごし、あとで考えることにした。

「どうして、急に話をしたの?」

「上司から許可がでましたゆえ。
 ああ、フィデルはございませんよ。あやつは、御屋形様にお知らせしたくないとずっと黙っているよう言い含めておりましたからな」

「御屋形様?」

「グレース様でございます。拙者の主ですので、敬意をこめてそうお呼びさせていただきます」

「そう」

 どこから、どう話をすればいいのかわからない。そして、フィデルが完全に精霊と付き合いがあるのが確定してしまった感がある。
 この可愛らしいぬいぐるみの中身が本当に、そうであれば、だが。
 グレースはまず、正体を探るところから始めることにした。

「あなたは精霊?」

「どうなんでしょうな。
 拙者は15年物の売れ残りぬいぐるみでして、店に飾られるばかりの日々の中でなんとなーく意識があるようなないようなという経過を経て、今、話しております。
 上司が言うには、そういうのはいっぱいるよ、という話です。皆が話せるということではございません。
 御屋形様と今、お話しているのも音声だけの界をあわせているような形です。ですから、他者からはぬいぐるみと見つめ合っているという感じでしょうか」

「誰でもできるの?」

「いいえ。
 上司が調整したというからには、その血縁でございましょう。遠い昔は、血肉をお持ちだったということですし」

 そこでネコイチロウは猫の習性をまねているかのように顔を洗う。うにゃうにゃ言っているのは意味ある言葉ではないので翻訳されていないのだろう。
 この話で言うと、上司、おそらく、長くいるであろう精霊は人と添い遂げたことがあるということになる。その末にグレースがいると。頭がくらくらしてきた。
 調べるための本より詳しい現物が来てしまった。

「それは、また別の機会に聞くわ。
 このリボンが焼けた理由知っている?」

「悪夢が贈られてきておりましたな。
 拙者、物理特化でして、お任せしておりました。護符も焼き切る出力、相手は手練れの者でしょう」

「このぬいぐるみも精霊がいるの?」

「精霊のようなものはいますが、別の界のものであるので直接話すことはできません」

「翻訳はできる?」

「ちゃんと伝わるかは保証できませぬが、それでよろしければ」

「守ってくれてありがとう」

「承りました」

 うにゃうにゃとぬいぐるみ同士でなにか言っている、ような気がした。
 話も終わったのか、くるりとネコイチロウはグレースのほう向いた。なんだか、キラキラしている。

「それで、拙者は?」

「うん?」

「拙者も褒められたいでござる。もっと可愛がられたいでござる」

「……なんか」

 精霊って思ってたのと、ものすごく、違う。グレースはご要望のとおりに撫でまわした。毛並みはいいがやはり中身は綿のようで堅柔らかい。

 ネコイチロウが言うには、精霊と人は模様で話をする、らしい。音域、発音方などが違いすぎて、素質があるものしか聞こえないため、資質のないものとは模様で意思の疎通を図る。
 特定の精霊にだけ意味のわかるもの、その他精霊にもわかるもの、救難信号などであるらしい。
 人の言葉でいえば、精霊語はほとんどが方言である。各種族地域ごとに微妙に違う言葉を話すが、一応元の言語は同じなので単語で言えば話は通じなくもない。
 救難信号だけはどの精霊も理解できるように教えられている。これを持ち、呼ぶならば、誰であれ応じるという協定があるそうだ。

「これは簡易でござるが」

 そういってネコイチロウは足の裏を見せた。
 グレースはそれに見覚えがあった。

「……それって、よくあるの?」

「ございませぬ。本来は特定の儀式、特定の素材などを経て、皆にわかるようにします。精霊の宿った動物の皮、原初の蚕が紡いだ糸、染めるのは精霊が住む地で咲いた花、それも月光を浴び陽の光を見ぬうちに摘み取ったりと面倒らしいですな。
 拙者は、足の革に端切れが使われている程度で、せいぜい、知り合いが駆けつけてくる程度ですな。それか近隣の猫をやまほど」

 それが冗談なのか本気なのかグレースにはよくわからない。
 しかし、その話で分かったことはある。

 グレースに贈られた手袋に描かれた文様はただの飾りではない。
 なにかあったときに、精霊に助けてもらえるためのものだった。それならば王族にしか贈られないはずだ。その手袋を父がどういう気持ちで願ったのか。
 どうにかして手に入れたという言葉の重みが違ってくる。王家と同じものを欲しがったのではなく、同じ加護を求めた。
 それは父からの愛情ではあっただろう。言わないところが、父らしくもあったが。

 少しばかり、気になっていたことの重さが違って見えた。
 ああ、君だったんだ、といったその意味。
 製作途中のものを見たりしたのかと思っていた。しかし、特殊で滅多につくれないものなら違う。

 予定にないものを無理やり作らせることはできない。
 ならば、そこにあるものを寄こせと言うしかないではないか。きっとグノー家に残ってたやつをぶんどってきたに違いない。お金か、情か、に訴えて。ただ、権力の圧力をかけてというのだけは除外できそうなのがまだ救いではある。

 それにしても大事なものを奪っていった家の娘の護衛をさせるとか人の心ないのかと思わなくもない。

「なにを落ち込んでいるのです?」

「なにかこう、父を殴り倒したくなったわ」

 グレースは、へらりと笑いそうな男の胸倉もついでに掴みたくなった。
 そんな大事なものなら、ちゃんと知らせろ! と。それから、謝罪だ。宝物庫をあけて、代わりになるようなものを選んでもらいたい。

 ドン引きしているネコイチロウの首根っこを掴み、グレースはテーブルの上に置いた。

「ここに精霊に関するお話があるの。知っていること洗いざらい話していただける?」

「御屋形様、目がすわって……。いえ、拙者に出来ることならば、なんでも致しますとも」

「そう、では、まず贈られた悪夢の返し方」

「あぶれっしぶですなぁ」

 ふんと鼻息荒くグレースは調べることにした。

「売られた喧嘩なのだから、勝手に買われては困るのよ。
 私が、叩き返す」

「武士ですなぁ」

 表現は騎士ではないというところには目をつぶろうとグレースは思った。
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