守りの手袋

あかね

文字の大きさ
30 / 31

おまけ 君に声が聞こえなくても

しおりを挟む
「知りませんよっ!」

 フィデルが自棄になって叫んだところで風は様子を見るのをやめた。
 これ以上の覗きは悪趣味である。

「全く、往生際が悪いからだ」

 呟いて風は今去ってきた部屋に視線を向けた。そういったところでもう聞こえることもない。
 フィデルとは人としては長い付き合いだった。幼子と当主を別として風はあまり声をかけないことにしていたが、彼だけは特別だった。
 人として生まれたが、その性質は精霊に近かった。
 半分精霊で半分人。だから、物質として弱かった。虚弱であったのも足が悪かったのも、精霊を見る目をもったのも声を聞く耳をもったのもそれが原因だ。
 時々いるのだ。そういう、曖昧な存在が。
 それは長く生きないことは多い。精霊になるか、人として果ててしまうか。そのいずれかだった。この子もそうなるかなと思っていたところ、お友達として付き合うことになってしまったのだ。
 まあ、いいかと手を貸したのは、きっとかつての友と重ねたところがあった。最も友は性格は似ていないが。

 人としてあるように補うことが、精霊に近づくという矛盾。それを飲み込んで彼は成長した。度を越さぬように注意しながら。

 それが破られたのは仕事のせいである。風はお人よしと罵倒したくなるが、彼にとっては当たり前のことだった。
 国のためにという大仰なことではない。まあ、そういう役回りだったんじゃない? 他に誰もいないしとやるべきことを淡々とこなすだけのことは、ほんの少しの私情を挟んだ。

 少しの興味から変わっていった表情をフィデルは全く自覚していない。たぶん、今も。
 鈍感を通り超えて恐ろしいくらいだ。昔から自分自身も含め人に興味がなかった。なんでこんなに気になるんだろう、まあ、いいか、で済ませるところが本当にお前はと揺さぶりたくなる。
 精霊すら、わかるというのに。
 相手もの女性も色恋に無縁で鈍かったが、こちらは自覚した分ましだ。

 なんかとても疲れた。風はため息をつく。
 でも、きっとなんとかなると思いたい。風はもうフィデルには伝えられない。

 ぎりぎりのバランスで半精霊をやっていたフィデルは、最後の最後で一線を越えてしまった。水の精霊とやり合う前に火の精霊にグレースの護衛を頼んだ。彼女を気に入った火の精霊が声をかけようとしていたのを阻止した形に近いが。
 あれ以上、精霊に近づくのは良くないと思ったのだろう。
 その結果、かなり精霊よりになってしまった。
 人であるか、精霊となるかの二択を迫られることになる。
 ためらわず人を選んだのが、ちょっとばかり風には納得がいかない。それは、精霊に関する資質のすべてを封じて人の部分だけを残すこと。つまりは二度と見もせず、話もできなくなる。
 もう、話もできないというのに迷えよ。というのは長年の友であるから言いたいことだ。
 人をやめるのは、任務中に消息不明か死亡となるのでなんかすごくまずい、と思った、らしいが。風に言わせればグレースが絶対気にして、一生引きずるであろうと考えたからに違いない。

 それなのに、グレースとはもう会わないと決めるところが全くわからない。釣り合わないだの、そういうの、どーでもいいから、ということを本人だけが理解してなかった。
 さっさと片付けよと後押ししてようやく、観念した。全く手の焼けると風がぼやいても、誰も聞くものもいない。

 風は王都を離れることにした。グノー家の当主は話せるヤツだが、息子の愚痴を聞かせるわけにもいかない。王はもっと無理で、と視線をあたりに向けると何か走っているものがあった。
 渦巻く風は、機関車に乗る。風より遅いが、機関室に入り浸る知り合いと話すにはちょうどいい。

「お邪魔するよ」

「おう」

 機関車の炉の中から声がした。
 最近お気に入りの場所と知っていたが、実際にいるのを見るのは初めてだった。

「どうした?」

「人の子はほんと勝手だ」

「こっちはまじめにやってんのに、常に文句を言うからな」

「それとはちがうだろ。
 炉の調子が安定しなけりゃ、悪態くらいつくよ」

「こっちは調子外れな歌ばかり聞かされてうんざりなんだよ。
 まあ、だからと言って暴れやしないから安心しな。だが、黙っててほしいのは本音だな。金属の精霊の産声は祝ってやらなければならない」

「種にもならないのに過保護な」

「それが育てば、もっと大きな乗り物を作り、空も飛べるかもしれん」

「飛べるじゃないか」

「界をずらせばな。この空を飛びたいのだよ。わからんだろうな」

「わかんないよ。まあ、水に潜りたい、みたいなものかな。
 水面の下から見る世界は違うらしいからね」

 機関車はのんびりと線路を進む。
 まだ開発されて間もなく荷を運ぶ試運転をつづけている。人を大量に運ぶのはもう少し安全が確認されてかららしい。

「火の中から見る景色も楽しいものだぞ」

「嫌だ」

 そういう風に火はからからと笑う。
 ときおり、機関車を見ては人が驚いたように視線を向けていた。それもいつかは日常になってしまうだろう。

「ほんと、人はどこまで行くんだろうね」

 きっと、この地のすべてに到達してしまう。空もいつか、占拠し、さらにその外まで行くかもしれない。

「どこまでも、行くだろうよ」

 それは良いことか悪いことかはわからない。
 ただ、彼らはもう語ることをやめた立場だ。とやかく言う筋合いもない。

「ま、どうしても、困った、と言われれば助けてやらなくもない。
 それでよくないか? たとえ、語る声が聞こえなくなっても」

 少し慰めるような調子だったのが風には気に入らなかった。

「あたりまえだ」

 末を見守ると約束をしたのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚に、猶予を。――冷徹公爵と選び続ける夫婦の話

鷹 綾
恋愛
婚約者である王子から「有能すぎる」と切り捨てられた令嬢エテルナ。 彼女が選んだ新たな居場所は、冷徹と噂される公爵セーブルとの白い結婚だった。 干渉しない。触れない。期待しない。 それは、互いを守るための合理的な選択だったはずなのに―― 静かな日常の中で、二人は少しずつ「選び続けている関係」へと変わっていく。 越えない一線に名前を付け、それを“猶予”と呼ぶ二人。 壊すより、急ぐより、今日も隣にいることを選ぶ。 これは、激情ではなく、 確かな意思で育つ夫婦の物語。

王子、侍女となって妃を選ぶ

夏笆(なつは)
恋愛
ジャンル変更しました。 ラングゥエ王国唯一の王子であるシリルは、働くことが大嫌いで、王子として課される仕事は側近任せ、やがて迎える妃も働けと言わない女がいいと思っている体たらくぶり。 そんなシリルに、ある日母である王妃は、候補のなかから自分自身で妃を選んでいい、という信じられない提案をしてくる。 一生怠けていたい王子は、自分と同じ意識を持つ伯爵令嬢アリス ハッカーを選ぼうとするも、母王妃に条件を出される。 それは、母王妃の魔法によって侍女と化し、それぞれの妃候補の元へ行き、彼女らの本質を見極める、というものだった。 問答無用で美少女化させられる王子シリル。 更に、母王妃は、彼女らがシリルを騙している、と言うのだが、その真相とは一体。 本編完結済。 小説家になろうにも掲載しています。

【完結】花に祈る少女

まりぃべる
恋愛
花祈り。それは、ある特別な血筋の者が、(異国ではいわゆる花言葉と言われる)想いに適した花を持って祈ると、その花の力を増幅させる事が出来ると言われている。 そんな花祈りが出来る、ウプサラ国の、ある花祈りの幼い頃から、結婚するまでのお話。 ☆現実世界にも似たような名前、地域、単語、言葉などがありますが関係がありません。 ☆花言葉が書かれていますが、調べた資料によって若干違っていました。なので、少し表現を変えてあるものもあります。 また、花束が出てきますが、その花は現実世界で使わない・合わないものもあるかもしれません。 違うと思われた場合は、現実世界とは違うまりぃべるの世界と思ってお楽しみ下さい。 ☆まりぃべるの世界観です。ちょっと変わった、一般的ではないまりぃべるの世界観を楽しんでいただけると幸いです。 その為、設定や世界観が緩い、変わっているとは思いますが、まったりと楽しんでいただける事を願っています。 ☆話は完結出来ていますので、随時更新していきます。全41話です。 ★エールを送って下さった方、ありがとうございます!!お礼が言えないのでこちらにて失礼します、とても嬉しいです。

“足りない”令嬢だと思われていた私は、彼らの愛が偽物だと知っている。

ぽんぽこ狸
恋愛
 レーナは、婚約者であるアーベルと妹のマイリスから書類にサインを求められていた。  その書類は見る限り婚約解消と罪の自白が目的に見える。  ただの婚約解消ならばまだしも、後者は意味がわからない。覚えもないし、やってもいない。  しかし彼らは「名前すら書けないわけじゃないだろう?」とおちょくってくる。  それを今までは当然のこととして受け入れていたが、レーナはこうして歳を重ねて変わった。  彼らに馬鹿にされていることもちゃんとわかる。しかし、変わったということを示す方法がわからないので、一般貴族に解放されている図書館に向かうことにしたのだった。

【完結】捨てられた皇子の探し人 ~偽物公女は「大嫌い」と言われても殿下の幸せを願います~

ゆきのひ
恋愛
二度目の人生は、前世で慕われていた皇子から、憎悪される運命でした…。 騎士の家系に生まれたリュシー。実家の没落により、生きるために皇宮のメイドとなる。そんなリュシーが命じられたのは、廃屋同然の離宮でひっそりと暮らすセレスティアン皇子の世話係。 母を亡くして後ろ盾もなく、皇帝に冷遇されている幼い皇子に心を寄せたリュシーは、皇子が少しでも快適に暮らしていけるよう奮闘し、その姿に皇子はしだいに心開いていく。 そんな皇子との穏やかな日々に幸せを感じていたリュシーだが、ある日、毒を盛られて命を落とした……はずが、目を開けると、公爵令嬢として公爵家のベッドに横たわっていた。けれどその令嬢は、リュシーの死に因縁のある公爵の一人娘……。 望まぬ形で二度目の生を享けたリュシーと、その死に復讐を誓った皇子が、本当に望んでいた幸せを手に入れるまでのお話。 ※本作は「小説家になろう」さん、「カクヨム」さんにも投稿しています。

【完結】前代未聞の婚約破棄~なぜあなたが言うの?~【長編】

暖夢 由
恋愛
「サリー・ナシェルカ伯爵令嬢、あなたの婚約は破棄いたします!」 高らかに宣言された婚約破棄の言葉。 ドルマン侯爵主催のガーデンパーティーの庭にその声は響き渡った。 でもその婚約破棄、どうしてあなたが言うのですか? ********* 以前投稿した小説を長編版にリメイクして投稿しております。 内容も少し変わっておりますので、お楽し頂ければ嬉しいです。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】ご期待に、お応えいたします

楽歩
恋愛
王太子妃教育を予定より早く修了した公爵令嬢フェリシアは、残りの学園生活を友人のオリヴィア、ライラと穏やかに過ごせると喜んでいた。ところが、その友人から思いもよらぬ噂を耳にする。 ーー私たちは、学院内で“悪役令嬢”と呼ばれているらしいーー ヒロインをいじめる高慢で意地悪な令嬢。オリヴィアは婚約者に近づく男爵令嬢を、ライラは突然侯爵家に迎えられた庶子の妹を、そしてフェリシアは平民出身の“精霊姫”をそれぞれ思い浮かべる。 小説の筋書きのような、婚約破棄や破滅の結末を思い浮かべながらも、三人は皮肉を交えて笑い合う。 そんな役どころに仕立て上げられていたなんて。しかも、当の“ヒロイン”たちはそれを承知のうえで、あくまで“純真”に振る舞っているというのだから、たちが悪い。 けれど、そう望むのなら――さあ、ご期待にお応えして、見事に演じきって見せますわ。

処理中です...