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おまけ 君に声が聞こえなくても
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「知りませんよっ!」
フィデルが自棄になって叫んだところで風は様子を見るのをやめた。
これ以上の覗きは悪趣味である。
「全く、往生際が悪いからだ」
呟いて風は今去ってきた部屋に視線を向けた。そういったところでもう聞こえることもない。
フィデルとは人としては長い付き合いだった。幼子と当主を別として風はあまり声をかけないことにしていたが、彼だけは特別だった。
人として生まれたが、その性質は精霊に近かった。
半分精霊で半分人。だから、物質として弱かった。虚弱であったのも足が悪かったのも、精霊を見る目をもったのも声を聞く耳をもったのもそれが原因だ。
時々いるのだ。そういう、曖昧な存在が。
それは長く生きないことは多い。精霊になるか、人として果ててしまうか。そのいずれかだった。この子もそうなるかなと思っていたところ、お友達として付き合うことになってしまったのだ。
まあ、いいかと手を貸したのは、きっとかつての友と重ねたところがあった。最も友は性格は似ていないが。
人としてあるように補うことが、精霊に近づくという矛盾。それを飲み込んで彼は成長した。度を越さぬように注意しながら。
それが破られたのは仕事のせいである。風はお人よしと罵倒したくなるが、彼にとっては当たり前のことだった。
国のためにという大仰なことではない。まあ、そういう役回りだったんじゃない? 他に誰もいないしとやるべきことを淡々とこなすだけのことは、ほんの少しの私情を挟んだ。
少しの興味から変わっていった表情をフィデルは全く自覚していない。たぶん、今も。
鈍感を通り超えて恐ろしいくらいだ。昔から自分自身も含め人に興味がなかった。なんでこんなに気になるんだろう、まあ、いいか、で済ませるところが本当にお前はと揺さぶりたくなる。
精霊すら、わかるというのに。
相手もの女性も色恋に無縁で鈍かったが、こちらは自覚した分ましだ。
なんかとても疲れた。風はため息をつく。
でも、きっとなんとかなると思いたい。風はもうフィデルには伝えられない。
ぎりぎりのバランスで半精霊をやっていたフィデルは、最後の最後で一線を越えてしまった。水の精霊とやり合う前に火の精霊にグレースの護衛を頼んだ。彼女を気に入った火の精霊が声をかけようとしていたのを阻止した形に近いが。
あれ以上、精霊に近づくのは良くないと思ったのだろう。
その結果、かなり精霊よりになってしまった。
人であるか、精霊となるかの二択を迫られることになる。
ためらわず人を選んだのが、ちょっとばかり風には納得がいかない。それは、精霊に関する資質のすべてを封じて人の部分だけを残すこと。つまりは二度と見もせず、話もできなくなる。
もう、話もできないというのに迷えよ。というのは長年の友であるから言いたいことだ。
人をやめるのは、任務中に消息不明か死亡となるのでなんかすごくまずい、と思った、らしいが。風に言わせればグレースが絶対気にして、一生引きずるであろうと考えたからに違いない。
それなのに、グレースとはもう会わないと決めるところが全くわからない。釣り合わないだの、そういうの、どーでもいいから、ということを本人だけが理解してなかった。
さっさと片付けよと後押ししてようやく、観念した。全く手の焼けると風がぼやいても、誰も聞くものもいない。
風は王都を離れることにした。グノー家の当主は話せるヤツだが、息子の愚痴を聞かせるわけにもいかない。王はもっと無理で、と視線をあたりに向けると何か走っているものがあった。
渦巻く風は、機関車に乗る。風より遅いが、機関室に入り浸る知り合いと話すにはちょうどいい。
「お邪魔するよ」
「おう」
機関車の炉の中から声がした。
最近お気に入りの場所と知っていたが、実際にいるのを見るのは初めてだった。
「どうした?」
「人の子はほんと勝手だ」
「こっちはまじめにやってんのに、常に文句を言うからな」
「それとはちがうだろ。
炉の調子が安定しなけりゃ、悪態くらいつくよ」
「こっちは調子外れな歌ばかり聞かされてうんざりなんだよ。
まあ、だからと言って暴れやしないから安心しな。だが、黙っててほしいのは本音だな。金属の精霊の産声は祝ってやらなければならない」
「種にもならないのに過保護な」
「それが育てば、もっと大きな乗り物を作り、空も飛べるかもしれん」
「飛べるじゃないか」
「界をずらせばな。この空を飛びたいのだよ。わからんだろうな」
「わかんないよ。まあ、水に潜りたい、みたいなものかな。
水面の下から見る世界は違うらしいからね」
機関車はのんびりと線路を進む。
まだ開発されて間もなく荷を運ぶ試運転をつづけている。人を大量に運ぶのはもう少し安全が確認されてかららしい。
「火の中から見る景色も楽しいものだぞ」
「嫌だ」
そういう風に火はからからと笑う。
ときおり、機関車を見ては人が驚いたように視線を向けていた。それもいつかは日常になってしまうだろう。
「ほんと、人はどこまで行くんだろうね」
きっと、この地のすべてに到達してしまう。空もいつか、占拠し、さらにその外まで行くかもしれない。
「どこまでも、行くだろうよ」
それは良いことか悪いことかはわからない。
ただ、彼らはもう語ることをやめた立場だ。とやかく言う筋合いもない。
「ま、どうしても、困った、と言われれば助けてやらなくもない。
それでよくないか? たとえ、語る声が聞こえなくなっても」
少し慰めるような調子だったのが風には気に入らなかった。
「あたりまえだ」
末を見守ると約束をしたのだから。
フィデルが自棄になって叫んだところで風は様子を見るのをやめた。
これ以上の覗きは悪趣味である。
「全く、往生際が悪いからだ」
呟いて風は今去ってきた部屋に視線を向けた。そういったところでもう聞こえることもない。
フィデルとは人としては長い付き合いだった。幼子と当主を別として風はあまり声をかけないことにしていたが、彼だけは特別だった。
人として生まれたが、その性質は精霊に近かった。
半分精霊で半分人。だから、物質として弱かった。虚弱であったのも足が悪かったのも、精霊を見る目をもったのも声を聞く耳をもったのもそれが原因だ。
時々いるのだ。そういう、曖昧な存在が。
それは長く生きないことは多い。精霊になるか、人として果ててしまうか。そのいずれかだった。この子もそうなるかなと思っていたところ、お友達として付き合うことになってしまったのだ。
まあ、いいかと手を貸したのは、きっとかつての友と重ねたところがあった。最も友は性格は似ていないが。
人としてあるように補うことが、精霊に近づくという矛盾。それを飲み込んで彼は成長した。度を越さぬように注意しながら。
それが破られたのは仕事のせいである。風はお人よしと罵倒したくなるが、彼にとっては当たり前のことだった。
国のためにという大仰なことではない。まあ、そういう役回りだったんじゃない? 他に誰もいないしとやるべきことを淡々とこなすだけのことは、ほんの少しの私情を挟んだ。
少しの興味から変わっていった表情をフィデルは全く自覚していない。たぶん、今も。
鈍感を通り超えて恐ろしいくらいだ。昔から自分自身も含め人に興味がなかった。なんでこんなに気になるんだろう、まあ、いいか、で済ませるところが本当にお前はと揺さぶりたくなる。
精霊すら、わかるというのに。
相手もの女性も色恋に無縁で鈍かったが、こちらは自覚した分ましだ。
なんかとても疲れた。風はため息をつく。
でも、きっとなんとかなると思いたい。風はもうフィデルには伝えられない。
ぎりぎりのバランスで半精霊をやっていたフィデルは、最後の最後で一線を越えてしまった。水の精霊とやり合う前に火の精霊にグレースの護衛を頼んだ。彼女を気に入った火の精霊が声をかけようとしていたのを阻止した形に近いが。
あれ以上、精霊に近づくのは良くないと思ったのだろう。
その結果、かなり精霊よりになってしまった。
人であるか、精霊となるかの二択を迫られることになる。
ためらわず人を選んだのが、ちょっとばかり風には納得がいかない。それは、精霊に関する資質のすべてを封じて人の部分だけを残すこと。つまりは二度と見もせず、話もできなくなる。
もう、話もできないというのに迷えよ。というのは長年の友であるから言いたいことだ。
人をやめるのは、任務中に消息不明か死亡となるのでなんかすごくまずい、と思った、らしいが。風に言わせればグレースが絶対気にして、一生引きずるであろうと考えたからに違いない。
それなのに、グレースとはもう会わないと決めるところが全くわからない。釣り合わないだの、そういうの、どーでもいいから、ということを本人だけが理解してなかった。
さっさと片付けよと後押ししてようやく、観念した。全く手の焼けると風がぼやいても、誰も聞くものもいない。
風は王都を離れることにした。グノー家の当主は話せるヤツだが、息子の愚痴を聞かせるわけにもいかない。王はもっと無理で、と視線をあたりに向けると何か走っているものがあった。
渦巻く風は、機関車に乗る。風より遅いが、機関室に入り浸る知り合いと話すにはちょうどいい。
「お邪魔するよ」
「おう」
機関車の炉の中から声がした。
最近お気に入りの場所と知っていたが、実際にいるのを見るのは初めてだった。
「どうした?」
「人の子はほんと勝手だ」
「こっちはまじめにやってんのに、常に文句を言うからな」
「それとはちがうだろ。
炉の調子が安定しなけりゃ、悪態くらいつくよ」
「こっちは調子外れな歌ばかり聞かされてうんざりなんだよ。
まあ、だからと言って暴れやしないから安心しな。だが、黙っててほしいのは本音だな。金属の精霊の産声は祝ってやらなければならない」
「種にもならないのに過保護な」
「それが育てば、もっと大きな乗り物を作り、空も飛べるかもしれん」
「飛べるじゃないか」
「界をずらせばな。この空を飛びたいのだよ。わからんだろうな」
「わかんないよ。まあ、水に潜りたい、みたいなものかな。
水面の下から見る世界は違うらしいからね」
機関車はのんびりと線路を進む。
まだ開発されて間もなく荷を運ぶ試運転をつづけている。人を大量に運ぶのはもう少し安全が確認されてかららしい。
「火の中から見る景色も楽しいものだぞ」
「嫌だ」
そういう風に火はからからと笑う。
ときおり、機関車を見ては人が驚いたように視線を向けていた。それもいつかは日常になってしまうだろう。
「ほんと、人はどこまで行くんだろうね」
きっと、この地のすべてに到達してしまう。空もいつか、占拠し、さらにその外まで行くかもしれない。
「どこまでも、行くだろうよ」
それは良いことか悪いことかはわからない。
ただ、彼らはもう語ることをやめた立場だ。とやかく言う筋合いもない。
「ま、どうしても、困った、と言われれば助けてやらなくもない。
それでよくないか? たとえ、語る声が聞こえなくなっても」
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「あたりまえだ」
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