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坊ちゃんをよろしく

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「完済、おめでとうございます。
 坊ちゃんもよろしく」

「ルーベンス様、モテモテすぎでは?」

「なぜその結論に?」

 考えに考えた結論に、突っ込まれた。
 元はと言えば、君のせいだよと荒事担当。

 最近、結婚準備に忙殺されて荒事に呼ばれることもなく、かなり久しぶりに会ったから完済したことを報告したんだが。
 なぜか、完済の話をすると大体、坊ちゃんもよろしくされてしまう。まあ、ロルフ氏はわからんでもなかった。いろいろ迷惑をかけたと思うので、菓子折りの一つでも持っていくつもりではある。
 それ以外の孤児院関係、娼館関係、荒事的なあれな組織関連もみんな示し合わせたようにお願いされちゃうのである。そうなれば結論は一つだと思ったのだが。

「じゃあ、愛されてる?」

 ちょっと妬けるが、私のほうが新参者であるので弁えている。
 彼は鼻白んだように私を見返してくる。そんな顔されてもさ。

「なんかどこでも同じこと言われるのよ。
 それから、完済と結婚がセット扱いされるのも気に入らない」

「そりゃ、坊ちゃんに応えない理由が姉御が完済してないからって返答してたからじゃないですか」

「……そうだけどさ」

 自業自得なところあった。
 そして、あのあたりにもこうルーベンス様愛されてる感が滲んでいる。

「それにこれまでのそっけない対応見てれば心配になります。捨てないでくださいよ」

「捨てないって」

「頼みましたよ」

 念押しされた。
 わかってるからと言って別れた。

 下町よりももっと治安の悪いこの辺りは、意外とちゃんとした秩序がある。この辺りの実質的な支配者はラント夫人、そして、現在代行をしているルーベンス様だ。彼らがやってはいけないことを決めている。違反したものは制裁される。法の下になんて話にはならないのはアレだが、そうもいっていられない。
 力こそがすべてというわけでもないが、力がなければ大人しくさせておくことも難しい。力あると言うのは守ってくれるということでもあるのだから。

 そうやって守られているここを荒れた場所と思って時々流れ者がやってくるが速やかに処理される。手下にするか逃げ出すか死ぬか。大体この三択。
 大体は手下。次が逃げる。死ぬのは年に数件。これが治安がいいと言うべきかはわからない。

 そういう場所ではあるが、ここで生きていく覚悟はあるつもりだ。つもりなのが不安の表れではあるけど。

「……あれ? アイリス様」

 用事は済んだのでそろそろ帰ろうかと思っていたところに声をかけられた。
 見ればロルフがいる。妹(ミュシャ)様付き。
 デートか。それなら、気がつかなかったふりでもすればいいのに、職務に忠実なので声をかけてしまう。
 なんとなく妹様の機嫌が悪くなってきているのを感じる。
 職務に忠実なロルフが私がふらふら歩いていることを許すわけもない。デートが三人連れになる予感をひしひしと感じていた。
 そうなったら恨まれそうだなと回避方法を検討しながら彼らに声をかける。

「どこかおでかけ?」 

「そうなの。姉様はお仕事?」

 お仕事だから、一緒に来ないよね? と念押しみたいな言い方に苦笑がこぼれた。

「そんなところ。
 すぐ帰るから、大丈夫よ」

「ですが……」

「坊ちゃんがいるところを教えてくれれば寄っていくから」

「今日は仕事場にいるはずです」

「わかったわ。寄ってく。
 では、またね」

 二人を見送って微笑ましい気持ちになる。
 私もルーベンス様とおでかけしよう。毎日顔を合わせるのと一緒に出掛けるのは別だ。

 私はルーベンス様の仕事場に足を向けた。

「……なに、今日はもうおしまいって」

 ドアを叩いて中を覗いたらいきなり言われた。

「じゃあ、帰ります」

「え、アイリス、どうしてここに?」

 慌てたようにルーベンス様が起き上がっていた。
 どこにいるかと思えば、ソファで寝てたっぽい。ぴょんと寝癖がついている。寝癖つくのかあの髪の毛と妙なところに気がついてしまった。

「アイリス?」

「いえ、ちょっと寝癖がついてまして、珍しいなと」

 うっかり寝癖といったせいかルーベンス様がどこ? と探しはじめてしまった。
 僭越ながらここですよと髪を触ったらびくっとされて。

「……それ、もっとして」

 上目づかいでおねだりされた。よろこんで。と口から出そうになったのを押し込めて、仕方ないですねとソファに座れたのはよかった。
 しかし、膝枕と勝手に太ももの上に頭を乗っけるのはどうなのか。横向いているのがまだいいけど、いいのか!?

「あんなのどこがいいのかと思ってたけど、アイリスのは気持ちいい」

「そうですか……」

 でかい猫とか犬とか撫でている気分だ。猫や犬好きのこう、はぁ尊い、すごい癒されるぅというなんか付きで。
 しばし撫でていたらぷにっと太ももをつつかれた。

「あんな細かったのに今は柔らかいな」

 ……。
 猫や犬であってもその暴言は許されざるものではないのか。そう思って顔を見ればなんか嬉しそうだった。

「太ったってことですよね?」

「出会ったころのアイリスは死んじゃいそうだったから、心配だったんだ。いい感じに育ってよかった」

 まあ、死んだのですがとは言えない。元のアイリスをミリも知らんので違和感ないだろうが、知っている誰かに会ったときにどうなるんだろうとは思う。
 侯爵閣下はどうなんだろな。わからないと思うんだ。元々のアイリスであっても。

 彼はなにも見えてなかった。
 ものすっごい私が努力すれば持ち直せそうだけど、そこまでする義理はない。大体、雑に扱われているのを気がつかないその無神経さがさぁ。

「怒ってる?」

「ちょっと思い出して、怒りが沸き上がっただけです。
 太ったと言われるのは心外なので他の言い換えを要求します」

「太ったとか言ってないじゃないか。
 抱き心地がいいとか、なんか、欲情できそうな感じとか言えばいいわけ?」

「……そう言えばかなり昔に欲情しないとか言ってましたね」

 王子様が欲情とかいうのかという衝撃があったから覚えている。そして今も欲情とか言う。さらっと恥ずかしげもなく言うけどほんとどこで覚えてきたの? そんな言い方で女は口説けないと思うんだけど。
 私の言葉にルーベンス様はちょっと唸っていた。

「忘れたな。かなり昔なら、細くて壊しそうで無理とは言いそうだけど」

「……普通そうですよね」

 普通じゃない男は存在する。むっとルーベンス様の眉が寄ったので、なんでもないですと言っておいた。
 良くない過去は完済とともに葬っておこう。

「ルーベンス様がちゃんと配慮できる方でよかった」

「ふぅん? まあ、いいよ。
 もう少し撫でてくれるならね」

「よろこんで」

 今度は落ち着いて答えられた。さらりさらりと指に触れる髪は細くてきれいだ。
 ルーベンス様は王子様の中でも一つ抜けた美貌らしい。生まれがもう少し違えば、他国に婿として出品されそうだったと本人は言っている。生まれは関係ないから婿にという縁談もあったらしいが、陛下が突っぱねたそうだ。

 うちの息子はそんなに安くないとかなんとか。笑っちゃうよね。あんな時だけ父親の顔するなんてさ。
 そう言ったルーベンス様はなんだか嬉しそうだった。

 良かったなと思った反面、ちょっと怖い気がした。
 陛下は他国に婿に出せるような王子と私の結婚を認めてくれた。私自身のどこが認められたのかわからない。ルーベンス様が求めるからという理由かもしれない。それなら今は、という限定付きである可能性もある。
 ある日突然、国の事情で愛人だったとか格下げされないだろうか。
 彼はあくまで王子様なのだ。国益となれば、国を優先せねばならない。それは臣下であるより強制力がある。

「ああ、そういえば、そろそろ、臣籍降下できそう。
 陛下が結婚祝いにしてやるって。よほど嫌だったみたいだよ」

「ルーベンス様は陛下のお気に入りでしたか」

「裏社会とのつながりがある王子というのは使い勝手がいいんだよ。
 王家から離れたら信用度ががた落ちするものだし」

「そういうものですか?」

「守る基盤が違うからね。俺は、アイリスが第一なのはご存じだから変なことはしないと思うけど気をつけておくように」

「……第一とか言ったんですか?」

「唯一の妻にしたい人と宣言したから、その認識でいると思う」

「ルーベンス様って、そういう話、全く照れないでいいますよね……」

 こっちは真っ赤になって身悶えそうだってのに。
 ルーベンス様はちらりと私を見たかと思うと起きると言いだした。膝枕状態からお隣に座る状態に変わった後に私の手を握った。
 そのままじっくり見られるのって何だろう。え、羞恥プレイ? まさか?

「な、なんですか」

「可愛いなと思って。そんな顔するなら、もっと言おうかな」

「なにをですか……」

 不穏すぎる。

「愛してる」

 耳元で食らったそれは意識をぶっ飛ばすほどの威力があった。
 再起動している間にさらっとキスされて押し倒されてたので、確信犯だと思う。

「仕事」

「あとでする」

「鍵かけてない」

「誰も来ない」

「来ますよ」

 お仕事部屋なので。

「大丈夫」

 そういうのフラグじゃないですかね? 言い返す前にまた、キスされて。
 それからほどなくばーんっと扉が開いた。ノックなかった!

「兄様ーっ! 姉様を回収に来ましたっ!」

 ほら、妹様、来たじゃないですか。フラグ回収が早い。
 そう言う前にもう一回キスされた。え? なんで?

「無視ですか」

「帰れ」

「嫌ですぅ。嫌な予感したからきて正解。
 そっけない対応復活してはどうですか? 姉様」

 頭上でそんな会話が繰り広げられている。
 頭上で。

 私、まだ押し倒された、それも服に手をかけられたところで。恥ずかしいを通り超えそうなのを耐えている。

 デリカシー、デリカシーを求めています!

「姫様、先に走って……」

 ああ、ロルフまで着ちゃったじゃないか。
 室内の状況を見て絶句してると見なくてもわかる。

「ルーベンス様」

「はい」

 私が冷ややかに呼んだのは理解したらしい。

「どいてください。帰ります。あと、今日はお母様のところに泊まります」

「え、家に帰ってこない」

「2,3日泊まってきます。結婚式の準備でお泊りにおいでと言われてたんですよ」

 ただ、ルーベンス様が寂しいとか言うから通いであれこれしていただけである。
 最初の状態は事故でいいかもしれないが、すぐにどけてくれるならともかく、意に介してないところがダメだ。
 もう、知らない。

「怒られたじゃないか」

「兄様が未練がましいところがダメだったと思う」

「お二人とも配慮というものがないのがダメです」

 おお、ロルフよ、君だけがこの二人にダメ出しできる。今後も期待している。

「ミュシャ様、帰りましょう」

「はぁい。
 じゃ、兄様またね。ああ、うちに来ても追い返すから。ちょっとは真面目に仕事してなよ」

「……わかった。仕事が終わればいいんだな?」

 怨念籠ってそうな声だった。
 ちょっと失敗したかもしれない。

 二日後にお迎えが来たが、そのあと周囲に痴話げんかはちょっとご遠慮してもらっていいですかね? と苦言を呈されることになった。二人でちょっとばつが悪い思いをすることになったのだった。
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