婚約破棄された令嬢とパーティー追放された槍使いが国境の隠者と呼ばれるまでの話

あかね

文字の大きさ
1 / 131
二人と一匹

婚約破棄された彼女。

しおりを挟む
 それは明るい日差しの五月のある日のことだった。

「ミリアと婚約を破棄し、妹のエリゼと婚約する」

 その宣言がされたのは、両陛下が不在の茶会のことだった。夜会は不在時には開けない決まりになっている。
 そのお茶会が開かれるということも、ミリアは知らなかった。

 王太子が、開くお茶会を知らない。最初から嫌な予感しかしなかった。

「殿下、それはあまりに酷ではありませんか」

 最近、妹が大人しいとは思っていた。その結果が、これかと。
 ミリアが周りを見回せば、あまりにも若いことに気がつく。分別より感情を。国政より次期王への心証を優先させるかもしれない。

 こんな時に役立つ老獪な狸たちは今はいない。本来は目付役として1人や2人は混じっていてもおかしくはないはずだ。
 陛下のみならず妃殿下までも不在なのは、年に一度の儀式のため。毎年、一週間ほど不在となる。今年は、身内の不幸がありミリアは同行しなかった。代わりとして、何名か連れていったのだろうと思う。

 間が悪いのではない。
 謀られたのだ。

 ここ数日の寝不足の頭では、よく考えがまとまらない。不在の穴を埋めることはできないが、緊急事態への対応はしていた。
 肝心なときに役に立たないクソじじい。と心の内で唸りながら、習性となった笑みを浮かべた。

 笑え。
 相手に動揺を悟られるな。

 ミリアはひたと王太子とその後ろに隠れる妹を見た。
 可憐で、庇護欲を誘うか弱い妹。幼い頃より病弱で、両親に大事にされた温室のバラ。外では生きていけないであろうと嫁ぐ先も決められぬかわいそうな娘。
 その実、皆の愛玩物であった。

「妹にはつとまりません」

 内々で、寵姫として王太子に囲われることは決まっていた。本人が知らないとは、思ってもみなかった。
 しかし、言えば全て広まってしまうと思ったのだろう。そのな分別があれば、こんなことをやらかしはしない。

 明るい日差しの中で、若い男女が集う気軽な庭園での茶会。しかし、囁き声さえ消えてしまった。
 まるで凍り付いたような時を溶かしたのは、若い男の声であった。

「確かに可愛らしいだけの娘には荷が重い。笑っていれば済むものではないからね」

 からかうような口調に混じる侮蔑にどれほどの人が気がつくであろうか。
 ミリアは冷ややかにその人物を見た。エディアルド王子と心の内で呟く。ミリアは気楽にエディと呼んで欲しいと言われたこともある。
 彼は一年ほどまえから隣国より留学しているのだ。友好のためと相互に王族を預ける習慣はあったものの、皇太子がきたことはほぼない。
 そのときから、きな臭くはあった。この場にいることは、なにか企んでいるとしか思えない。

「エリゼには俺を癒してもらう大事な役目がある。王はこの俺であり、代わりはいらぬ」

 王太子は自信ありげに答えた。
 ミリアはため息を押し殺すのに苦労する。そうであれば彼女が十年にも及ぶ、王妃教育を必要としなかった。

「陛下がお戻りになってから、結論をお聞きいたします」

 これはなかったことにしてしまおう。
 ミリアはそう決め込んだ。狸が、狐が、何とかするだろうと放り投げたい気持ちでいっぱいだ。

「エリゼに行った無体の数々を知っているぞ。良き姉の顔をしながら、全て奪っていったではないか。俺が、全て戻してやる」

 怪訝に思いながらも妹を見れば怯えたように王子の背に隠れた。あれでは、ダメだというのに。

「本当の妻は私であると聞きました」

「誰にきいたの?」

「お教え出来ません」

 エリゼに余計な事を吹き込んだのは、誰か。
 ミリアはちらりとエディアルド王子を見る。曖昧な笑みを浮かべたままの彼は、動揺したそぶりもない。

「実質的にはそうでしょうね。それは陛下とご相談ください。私には権限がございません。父には話は通してありますよね?」

 父には権力も寵愛もあわよくば、孫を次代の王にできる千載一遇のチャンスだったはずだ。それを潰す気はなかろう。

「すぐにわかってもらえるだろう」

「そうですわ。お姉様が邪魔しなければよかったのです」

 邪魔ねぇ? ミリアは別種の笑みが浮かんでくることを自覚した。感謝して欲しいくらいだというのに。
 並み居る令嬢の中で特別に出来がよかっただけでミリアは選ばれた。その妹が図らずも王太子に気に入られただけの存在でよく言う。
 王家は未だに良い顔をしていない。妃殿下などあからさまにきらっていたというのにおめでたい。

「承知しました」

 黙って頭を垂れた。嘲笑しか浮かびようもない。

「お姉様はわたしが嫌いなのだわ」

「もう、なにもさせはしない。どこへなりと行くがいい」

 ミリアは、黙ってその場を去ることにした。陛下が戻ってくる前にさっさと修道院に籠もろう。戒律の厳しい、簡単には出ることのできない場所がよい。
 この扱いには怒りもしてもよいだろう。

「ならば、私がもらうよ」

 楽しげな声にミリアは、視線を向けた。獲物を見つけた獣のようだ。
 ミリアは知らず距離を詰められ、触れられそうなことに気がつく。

「どうぞ。我が国においでください。ミリアルド嬢」

 跪いて、懇願される。
 物語の一部のように皇太子は、美しい。誰かが、悲鳴をあげていたような気がした。

 ミリアは……。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

追放された悪役令嬢、農業チートと“もふもふ”で国を救い、いつの間にか騎士団長と宰相に溺愛されていました

黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢のエリナは、婚約者である第一王子から「とんでもない悪役令嬢だ!」と罵られ、婚約破棄されてしまう。しかも、見知らぬ辺境の地に追放されることに。 絶望の淵に立たされたエリナだったが、彼女には誰にも知られていない秘密のスキルがあった。それは、植物を育て、その成長を何倍にも加速させる規格外の「農業チート」! 畑を耕し、作物を育て始めたエリナの周りには、なぜか不思議な生き物たちが集まってきて……。もふもふな魔物たちに囲まれ、マイペースに農業に勤しむエリナ。 はじめは彼女を蔑んでいた辺境の人々も、彼女が作る美味しくて不思議な作物に魅了されていく。そして、彼女を追放したはずの元婚約者や、彼女の力を狙う者たちも現れて……。 これは、追放された悪役令嬢が、農業の力と少しのもふもふに助けられ、世界の常識をひっくり返していく、痛快でハートフルな成り上がりストーリー!

聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!? 元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~

夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力! 絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。 最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り! 追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?

処理中です...