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二人と一匹

猫一匹放浪旅 1

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 クリスは猫ではない。
 この世界は、世界の果てがありそこからの侵入するものを阻むために守護者がいる。神に等しいとされるが、そうでない。と本人が言っていた。

 守護者は、かつて、人であったもの。西方の当代は長く二百年ほどその座にいる。クリスが放浪の旅に出たのはどーでもよい、しかし、切実な理由があった。
 西方のお方が趣味の限りを尽くしたあげくに暇だと逃亡を試みること十数回。使い魔たる聖獣たちもほとほと困っていた。一度など成功しかかったのだから。

 暇、つまんない。なんか、新しい情報。などと言いだし、持ち回りで世界を放浪しては報告に帰るという生活を余儀なくされている。
 守護者が長期在位の場合には各地も似たような事態に陥っているというのは、クリスたち聖獣が世界を巡り始めてようやく知ったことだった。

 今までは希薄だった聖獣ネットワークが強化され、面白い話は共有化され新たなる娯楽として守護者たちに提供されている。
 世界を巡るときには基本的に傍観者を求められるが、助けを求められたら応えるべしというルールがあった。
 一応、聖獣なので真っ当な人が虐げられているのは看過してはいけないことになっている。ある種の建前であった。
 実際の運用で言えば個人の裁量に任されていることだった。

 人の世はちょっとめんどくさい。
 クリスにはそう思える。

 猫なら国境越えても問題ない、聖獣形態なら夜間の爆走おっけーと情報収集いってらーとナキに送り出されたのだ。
 もちろん、ただの獣でもないのだから数日で王都への往復や城に忍びこむくらいわけがない。だが、聖獣使いが荒くないだろうか。

 クリスは城下について、ふと前にも来たことがあると思い出した。
 何十年も前のことではあるが町並みは変わりない。中の店は変わったかもしれないが、買い物をしないクリスにはわかりようもなかった。
 あの頃は、ある家族について歩いていた。どこかの町に定住し、子供たちが結婚したときを機にもとの放浪生活に戻った。

 子孫がいるかもしれないが、クリスは関わりたいとは思わない。
 読み終わった物語のように、幸せに暮らしました、で思い出は終わらせておきたいのだ。

 表面上は平穏な町中。
 ひょっいと侵入した城の中は、騒然としていた。その温度差で風邪を引きそうなくらいだ。

「にゃあ?」

 迷子の振りをして庭でみかけた身なりの良い少年にすり寄ってみた。なにをするわけでもなく、東屋にぼんやりと座っていたのだ。
 身なりがよいというわりに一人でぽつんといるのは異様な気はしたが、クリスはあまり気にしなかった。
 どちらかと言えば、この少年の性格の方が気になる。性格の良さについては賭けに近い。この年頃の少年は、大概その気もなくても乱暴だ。

「どこからきたの?」

 そっとしゃがんできた少年は稀少な穏やかな気性のようだった。油断させておいて、ぶん投げられたことないではないが。
 クリスは子猫という形態は好きではない。しかし、これか本性のどちらかという究極の選択の結果、子猫という形態をとっている。

 さすがに全長2mほどの巨大猫状生物は世の中を闊歩出来ない。人型がとれる使い魔もいるのだが、そちらは主の世話で忙しかった。

「母様、好きかな?」

「うにゃ?」

 よくわかりませんと言いたげに頭をこすりつける。少年の服には数本猫の毛がついている。

 少年は逃げだそうとしない猫に少し困ったように笑った。ためらいがちになで始める。彼は抜け毛は気にしないようだ。

 抜け毛の季節とナキはよく嘆いていた。もうさ、開運グッズとして売らない? 世にも珍しい、聖獣の毛とかさ。とうんざりした顔でつまんでいた。
 聖獣と知りならがらそんな扱いをしていないが、クリスはそこも気に入っている。変に媚びたりしないし、雑すぎない。

 相棒として補い合うような関係は満足していた。

「だっこしていい?」

「にゃっ!」

 ふふっと笑って少年はクリスを抱き上げた。

「猫がいるとは聞いてなかったな。僕は、ここに来たばかりなんだ。母様がここに住むのよって言ってたけど」

「にゃ」

 少年は不安げな表情で、あたりを見回しため息をつく。

「王になりなさい、って意味わからないよね。叔父さんがいるのに」

 秘密のことを言うように呟いた。
 いきなり不穏である。
 そして、当たりだった。大当たりすぎる。クリスはにゃうと、つぶやいた。
 意味的にはそんなぁ、である。

「誰も側にいない方が逆に安全ってどういう意味かな」

 心細そうに少年は辺りを見回す。クリスも辺りに全く人気がないのが気にはなった。そうであるからこそ逆にこの少年に近寄れたのだろう。

「おなかすいてない? 母様のところ、いっしょにいこっ!」

「にゃう」

 おまかせで。クリスはなすがままに流されることにした。

 王家の家族構成はミリアから既に聞いていた。国王、王妃、それから既に降嫁した姫君が2人と王太子である王子が1人。姫君たちにはそれぞれ2人の子、合計4人の王の孫がいる。

 叔父と言っていたので、おそらくは王の孫の誰かだろうとクリスは思っている。ミリアはこの姫君たちについては苦笑していた。
 どちらかの姫君の性別が違えば、王太子は変わっていたでしょうね、と。

 どちらにせよ女傑との対面が待っているのであろう。困ったのぅと心の内で呟いても仕方ない。
 困っている子供をそのまま置いていくということは聖獣としてできないのである。

 いま、どうなっているのかよくわかるであろうし、このまま猫の振りをしておこう。そう決める。
 この後、筋肉の野郎どもになで回されると知っていれば、白猫は逃げ出していたであろう。
 そんなこと知らずに、クリスはにゃうにゃうと少年に甘えていた。
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