婚約破棄された令嬢とパーティー追放された槍使いが国境の隠者と呼ばれるまでの話

あかね

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冒険者と侍女と白猫

二日目 5

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 ナキは火が揺らめくのをぼんやりと見ていた。結局、リンを捕まえ損ねた。ゆったりとした移動は旅慣れぬ姫君にあわせてということだが、おそらくは王国側との調整も兼ねているのだろう。
 そのせいか雰囲気ものんびりとしていた。隙を見つけて先の確認などと突出することもできない。強引にでも連れて行けると踏んだのだが、それをしたら確実に不審に思われる。
 その上、話しかけようとすると察知されたように逃げられるのでどうしようもない。

「あー、だるい」

 ぼんやりとした眠気がつきまとっている。結局、ナキは一日中不調だった。昨夜とは違って早い時間の火の番を任されたのも気を使われたのだろう。
 この燻るような不調は経験したことはある。あの時はよかれと思ってという話だったが、今回は違うはずだ。

「調子は?」

 背後から聞こえた声にナキは振り返らなかった。近いはずなのに近寄ってくる足音は聞こえなかった。斥候役と言っていたなとナキは今さら思い出す。

「まだ良くない。なんか、いいわけはある?」

 リンは少し困ったように押し黙った。そのまま近くに座り、ナキの目の前に一つの箱を置いた。

「気休めの妨害。夜は思いの外、声が遠くまで届く」

「魔導具は初めて見た」

「これも支給品だから壊すと身売り案件だ。真実を書かれたモノは壊れないということになってはいるが、物理的には破壊可能だな」

「そう。火の番の相手は違ったはずだけど」

「変わってもらった。秘蔵の酒、一杯分」

 リンはそう言って肩をすくめる。
 話はしたかったが、改めてどこから話せばいいのかナキは迷った。事を荒立てる気はない。これ以上、目立つ事は避けたかった。

 リンも自分から切り出すことはしないようだった。その沈黙を破るような歓声が少し遠くからき越えて来た。
 少し離れた場所で帝国の兵たちも火を焚いている。今日はなんだか賑やかだ。野営になれていないのか昨夜はばたばたしていたが、今日は浮かれているように見える。
 ナキの印象で言えば実力はあるが一般兵と偽るにはいささか問題がある坊ちゃんたちという風に見える。色々優秀ではあるが、慣れていない分手際が悪い。

「昨日はもっと静かだったけど、どうしたか知ってる?」

「昼にユークリッド将軍が気を使って武勇伝あたりを一つ二つ披露したらしい。それで聞けなかった奴らに話しているんじゃないか」

「へぇ」

「おまえが気を使われてんだぞ」

「へ? 僕が?」

「視線減っただろ」

「ああ。確かに、威圧感は減ったけどなぜか殺気を時々感じる」

「……そっちは別だろうな。新しい侍女にちょっかい出しているとか噂されたぞ」

「へ?」

「可愛い彼女が町いるのにけしからんとか。同一とは知られない方がいいと思ったから訂正はしてないが」

「……どこで見られたかな」

「注目はされているということだ。あの皇女様、あまり固定の侍女を持ちたがらないらしい」

「へぇ」

 ナキは知らない風を装う。本当は白猫が知らせてきたことがあったのだが、それを告げる気はない。
 ルー皇女は、あまり侍女をつけたがらないというのはよく知られた話のようだ。正しくはユークリッド以外を側に寄せたがらない。
 専属の侍女がいないことについては、何かと蔑ろにされたので今はいないと話していたらしい。後ろ盾の強くない皇女の立場は弱かったのか、子供だと扱われたのかはわからない。
 そのルー皇女に気に入られているということで逆に目立っているようだと。その結果、皇子の注意を引いたらしい。ルー皇女にはその自覚はなかったようで頭を抱えているそうだ。

「皇女お気に入りの侍女なんて嫁にぴったりと考え出すヤツもいるから気をつけた方がいい」

「そっちの方が幸せかもよ? 一時の気の迷いとかで苦労する必要もない」

「そこは、俺が何とかする、じゃないのか?」

「そこまでの自信はないなぁ。やるけど」

「やるんじゃないか。見ていた中で一番楽しそうで、嬉しそうだから幸せとか考えるだけ無駄だと忠告しておいてやろう」

「……どういう知り合い?」

「半年後くらいには正式に主従関係になる予定だった。姿は見せてないからすぐに気がつかなくても仕方ない」

 リンはあっさりと認めた。この場にいる時点で誤魔化す気はなかったのだろうが、もう少しはぐらかされるかと思っていた。
 いぶかしげに向けた視線に気がついていないわけでもないだろうが、リンはただ火を見ている。少々、苦笑しているようではあるが。
 よく見れば、リンは思ったよりは若くないと気がつく。いつもと話し方を変えるだけで、ナキよりもずっと年上に感じた。

「偽装らしい偽装は諦めたから、いつかは知り合いにばれるとは思ったけど。
 二人目か」

 たいていの人はミリアの顔など知らない。知っているとしたら関係者のみで、その関係者は皆、死んだと思っている。もし、他国に潜入している者と遭遇しても本職相手に小手先で誤魔化せるとは思えない。そこを直しても不自然になるとそのままにしていた。
 先に情報があったらしいルー皇女以外では初めてばれたことになるが。

「いや、中々気がつかないぞ。
 俺だって最初は似てるだけだと思った。さすがに死体を確認していると生きているとは思わないだろ?
 それが、見れば見るほど気味悪いほどそっくりなんだよ。最初は死体が動いているのかと考えたがあの惨状じゃあ復元もできないだろうし、なら生きてるんだろうと。それでも半信半疑で今でも中身は別じゃないかと疑ってるくらいだ」

 リンは苦笑してそう告げる。

「……中身って」

 中身を疑うほど今までと違うということはナキは正直知りたくなかった。思い返せば、いつもリンは微妙な半笑いでミリアを見ていた気がする。

「いや、本当に、あんな可愛いとこあるなんて想像したこともない。ほんとどうやって落としたんだ?
 婚約者にすら冷たい笑み、皇子様相手でも外交対応な人だったんだぞ」

「俺が知りたいくらいだ」

 リンの楽しげに笑う声が聞こえた。ナキもこれが他人なら愉快かもしれない。あれこれからかってちょっとやり過ぎて怒られるくらいまでしそうな気はする。

「ま、俺個人としては放置する気だったんだが、皇子様にちょっかい出されてぶち切れたあの人がなにやらかすかわからんのが気がかりでな。存在を知れば、何かするとき利用しようと考えるだろうから声をかけたわけだ。
 連れていったりしないから、苛つかないように」

 ナキはなにを言っても墓穴を掘りそうな気がして黙ることにした。話半分に聞くにしてもやっぱりミリアの態度は違うらしい。
 そして、ちょっかいを出されたらキレる心配をされるらしい。

 ナキもそこは心配だ。ミリアは表面上穏やかに済まそうとして、伝わらないことがあり得る。皇子様ともなれば振られることも遠回しでも断れることもないだろう。
 そもそも大人しく好きだの愛してるだの言っていればここまで拗れなかったのではないだろうか。その代わりに、ナキの前にミリアが現れることもなかったのだが。
 それが良かったかどうかはわからない。

「今さら返せといわれても返す気はないからな」

「安心しろ。ナキがなにかしなくても言われた当人が激怒して、反抗するはずだ。色々機密情報も知っているはずだからえげつない報復してくるだろう。俺は巻き込まれたくない。仕事でも嫌だ」

 リンはげんなりしたような口調で言う。ナキは肩をすくめて返答を避けた。それを避けたいならさっさとミリアを亡き者にすべきだ。だが、リンはそれはしたくないようだ。

 遠くで聞こえていた声もいつの間にか静かになっている。ぱちりと薪がはぜる音が聞こえた。妙に思ってナキが視線を向ければ白い薄ぼんやり光るものが近づいてきていた。

「にゃあ?」

「おや、クリス様」

 急な白猫の出現にもリンは驚かなかった。むんずと掴んで膝の上でなで回すのは大変素早かった。
 ナキが止める暇も白猫が暴れる間もなかった。

「……諦めろ」

 ナキは恨みがましそうに見てくる白猫の視線を避ける。魅惑の毛皮がいけないのである。
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