カーマン・ライン

マン太

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第4章 別離

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「ラハティ…、来たか」

「は」

 こうべを垂れる若々しい青年に、皇帝エルガーは目を細める。
 齢五十七才となるはずのこの男は年齢程若くはなかった。頭髪はすべて白髪となり、顔色は黄土色に近く体調の悪さを示していた。
 それに比べ、今自分の目の前に立つ若者なんと瑞々しいことか。
 肌は透明感を保ち艶も良く、生き生きとしている。なにより目の輝きがエルガーの気を惹いた。
 美しい金糸の合間にあるブルーの瞳。
 それはふと懐かしい人物を思い起こさせたが、それは遠い過去の話。

「お前に…私の娘の後見人を頼みたい…。次期、女帝となる私の次女だ。まだ一歳にも満たないが…。お前を宰相に引き上げる」

「…その地位には確か別の者が就いていたかと」

「奴は下ろした。わしの批判ばかりする言う事を聞かない奴だった。あんな男へ娘を任せるわけにはいかない…。お前にはもう一人の娘、病身ではあるが今年十五歳になるゲルダを与えてもいい。わしは長くない。娘達を頼む…」

「…は」

「今日は急に呼びつけて済まなかった。宰相の件を早く伝えたくてな。疲れただろう。もう下がっていい…」

 再び恭しくこうべを垂れ、アレクは下がった。
 アレクは毎回、ここへ来るたび娘たちも見舞ってくれていた。病身ながら長女のゲルダはアレクを慕っている様子。
 それが無くとも、エルガーは決めていた。

 なんとしても、この男をわが一族につなぎとめておかねばならない──。

 皆が自身を批判する中、この男だけが自分の味方となってくれたのだ。
 初めはその美しい容貌にひかれ手元に置いていたが、すぐにそれだけの男でないと知れ。以降はその切れる頭脳を手元から離しがたく側に置いた。

 お陰で連合軍を崩す事が出来た。

 時にエルガーを諭すこともあったが、それは高圧的ではなく、その意図を理解できないこちらが未熟なのだと口にした。

 やはり──懐かしい。

 兄もそんな人間だった。
 誰にも優しく平等で。身体さえ丈夫なら自分の出る幕はなかっただろう。
 そんな兄が好きだった。しかし、病弱な兄に先んじて帝位を継いでから数年経つと、エルガーの執政に異を唱える者が増え、何かといえば兄と比べ出した。
 その矢先、兄が帝位を奪うため立ち上がったと聞かされる。その真意を探ることなく、兄を討った。
 怖かったのだ。兄の存在が。

 いつか、自分は兄に討たれる──。

 その恐怖が勝った。

 それくらいなら──。

 この地位を守るため兄を消した。その息子にも手をかけ、長男は死亡した可能性が濃厚であり。
 弟は数年前に離別した母親と共に、既に賊に襲われ行方不明となっていた。手を下すまでもない。
 それに弟の父親は兄クリストフではないと噂されていた。真実は定かではないが、そうだとするなら例え生きていたとしても追う必要はない。
 そうして、この地位を安泰なものとした。
 自分に異を唱えるものはすべて更迭し、幽閉か抹殺し。
 気がつけば自分にへつらうものしか残らなくなっていた。それでも、連合軍との戦闘では華々しい功績を上げ。
 それは、ひとえにこのアレクの力があればこそ。
 一介の傭兵だったのが、連合軍を圧倒し、勝利を挙げたことで帝国の正式な将校へと迎えられた。
 美しく若く力強い。兄が生きていれば、きっとこんな働きをしたのかもしれない。

 私は、後悔しているのだろうか──。

 アレクの存在に触発され、こんな風に過去を思い出すのも。

 なにはともあれ、アレクさえいれば安泰だった。自分の跡を継いで娘を立派に女帝として祭り上げてくれるだろう。

 何も心配はしていなかった。

+++

 その後、セスは無事訓練期間を終了し、晴れてパイロットとしてその任に就くこととなった。
 ソルはラウンジで休みながら、手元の端末のデータに目を向ける。
 能力者として資質は申し分ない。ラスターやユラナス、データだけなら過去の自分の能力にも匹敵した。

 誰と組むことになるのか。

 過去の自分と同じかそれ以上なら、自ずと組む相手は決まってくる。考えなくとも分かる事だが、それを思うとなぜか胸が苦しくなって。なるべく考えないようにしていた。
 
「ソル。聞いた?」

 セレステはユラナスから正式な内示を先程受けたばかり。
 今は夕食後の休憩時間。いつからかここで一日の終了後、セスと話すのが日課となっていた。

「ああ…」

「まさかラハティ提督のパートナーに選ばれるなんてさ」

「ユラナス──いや、アイスナー少将が決めたんだろう? だったら大丈夫だ。彼に認められたなら本物だ。安心していい」

 するとセスは頭を振って。

「違うよ。不安な訳じゃない。…ソルを邪険に扱う奴と組むなんて不本意なだけなんだ」

「セス…」

 奇しくも上官に当たるアレクに、その態度は許されたものではない。声音を低くして睨めば肩を竦めて見せ。

「だって仕方ないだろ? 僕の好きな人を独占している相手と組むなんて。…最悪だ。でもソルの前だからだよ。こんな事言うのは。実際、戦闘になったらそれはそれきちんと任務をこなす」

「ラハティ提督は以前ほど戦闘に参加しなくなったが、それでも時折出撃する。直に旧連合軍との戦闘もあると聞いた。もし、本気で乗れない様なら今すぐ辞退してくれ。パートナーは提督の命を預かるのも同然なんだ」

 以前の自分がそうだった様に。

 ソルの真剣な眼差しにセスは軽くため息をつくと。

「わかってる…。ソルの為に全身全霊で取り組むよ。それに、一度一緒に搭乗したけど、確かにフィーリングは合う気がした。彼の操縦能力もかなりだね。僕がなくたって大丈夫そうだけど…」

「セス…」

 睨むのは今日二度目だ。

「わかったって」

 そう言うと、カウンターに置いていた手にセレステの手が重なり握りしめる。

「ソルの代わりに行ってくる…」

 自分の代わりに。

 それは、能力を失くし、行きたくても行けないソルの心情を慮っての言葉。
 手から伝わる温もりに嫌なものは感じない。

「よろしく頼んだ」

 そう言うだけ精一杯だった。
 その後、セレステは旗艦へ異動となった。

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