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3.訪問
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遅い朝食も終わりを告げ、クレールは約束のお土産だと言って、まだ手を付けていないパンの塊り二つと、チーズの塊を半分、山羊の乳をひと瓶を持たせた。
これは三人なら三日はもつだろう。『少し』は全部持っていけの意だったのかと思うほど。
結局、ひとりでは持ちきれないため、シーンも手伝う。そのほとんどを腕に抱えた。
クレールは玄関先に見送りに出ると。
「じゃあな、ハイト。また薬が必要になったら俺の所に真っ先にこい。診察が必要な時もな? 連絡も貰えば往診もする。分かったな?」
「ありがとうございます! こんな…お土産までいただいて…。なんてお礼を言ったらいいのか…。必ずクレール先生のところに伺います!」
ハイトは笑顔で見送るクレールに手を振る。片方の腕には、自分で手に入れた薬の包みをしっかり抱えていた。
挨拶を済ませ、クレールの診療所を後にする。シーンは荷物を持ち直すと。
「馬車でなく、徒歩でいいのか?」
通常ならこの荷物だと馬車を頼む所だが、頼もうとすると申し訳無さそうにハイトが断った。
「はい…。その、結構道が入り組んでて、馬車も通れない様な道なんで。重いのにすみません…」
「見た目ほど重くはないさ。パンとチーズが主だからな?」
「でも…、ありがとうございます…。っと、足元、気をつけて下さい。綺麗に舗装はされていないので──」
そう言うと、ここを曲がりますと言って、細く薄暗い路地を指し示した。
言った通り、石畳が所々飛び出したり欠けていたりする。
両側には家々の軒先が広がり、階上には洗濯ものが干されていた。日がろくに当たらないため、乾きは良くないだろうが、そんな事は構っていられないのだろう。
とにかく道は狭い。人とすれ違う時は、互いに肩を反らさないとぶつかってしまうだろう。確かにこれでは馬車には不向きだ。
路地には全体的に薄暗く荒んだ空気があった。それに、風紀も良くない。道の端々に家を持たない物乞いが、ボロをまとい座り込んでいた。いわゆるスラム街だ。
こんな環境に身を置くと、大抵、性質は荒んで粗野になるし、自然と全て諦めた様な冷めた表情になるものだが、ハイトにはそれがない。
「ハイト。君はきちんとした受け答えができるが…。失礼だが、学校をでているのか?」
「途中まで。初等部の途中で、父が亡くなって、祖父の家に来てからは──」
初めはキラキラとしていたハイトの視線が、自然と落ちて暗くなる。何か思い出したのか、表情は硬いものになった。
「そうか。と、なると母君も?」
「はい。こっちに引っ越してきて、ずっと働きづめで。肺炎をこじらせて…」
「話し辛いことを聞いて済まなかった」
「いいえ。もう二年も前の話です。悲しいのは通り越しました。今は祖父と妹がいますから」
「時に、父君のお仕事は?」
「農場を経営していました。畑も酪農も…。でも、農地を貸してくれていた貸主が入れ替わって、暫くは何もなかったんですが、父が病に倒れた途端、出ていくように言われて…」
「そうか…。どこで農場を?」
「ここから少し離れた山側にある村です。フルー村。そこで毎日、牛や馬、家畜の世話をしてました」
「フルー村…」
その名前に聞き覚えがあった。
確か数年前、主人であるレヴォルトが手に入れた土地の村の名前だ。農園も手にしたと口にしていたが。
「知っているんですか?」
「あ…いや──」
まっすぐなハイトの眼差しに、嘘をつくのもためらわれ。
「私の仕えている領主、レヴォルト様が数年前にその土地を手に入れたのだよ。そこで土地の管理人も変わり、対応が変わったのだろうな…。知らなかったとは言え、とても申し訳ないことをした。主人に代わって謝罪したい。すまなかった…」
こんな言葉で繕ったところで、ハイトの運命を変えてしまった所業が許されるとは思わないが、謝らずにはいられなかった。
しかし、一時は驚きの表情を見せたものの、ハイトはすぐ笑って。
「仕方ないことです…。誰の所為でもない。そういう運命だったんだって、思うようにしてます。…馬たちと別れるのはかなり寂しかったんですけど。父が可愛がっていて、俺にもよくなついていて…。元気にしているといいなぁ」
ハイトは懐かしむ様に遠くを見つめた。きっとその眼前には愛馬とたわむれた日々が映し出されているのだろう。
父も亡くし母も亡くし。それでも残された祖父と妹とともに強く生きようとしているハイトが健気に思え。
なんとか力になることがあれば、そう思わずにはいられなかった。
「ここです…。あの、お世辞にも綺麗とは言えなくて。でも、掃除は毎日してるんです…。ただ、古くて──」
そう言って、ハイトが案内したのは、路地の横に繋がる更に薄暗い通りに面した端に位置する小さな木戸だった。
雨風に晒されかなり痛んで灰色になっている。それは石壁とほとんど同化していた。
ここは──。
周囲をすっかり建物に囲まれ、他にも増して、日当たりが良くない。ハイトは済まなそうに、
「疲れたでしょう? 狭いですが、良っかたら少し休んで行って下さい」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
確かにかなりの距離を歩いてきた。ゆうに三十分はかかっただろう。ハイトが近道を選んだからその時間だが、迷えば一時間かかるのは間違いない。
遠慮なく休ませて貰うことにした。
重苦しい音を立てて開いた扉の向こうは薄暗い廊下があり、脇に半開きの扉があった。
ここはアパートになっているらしい。ハイトの帰宅に気づいた男が、玄関脇にあった小部屋の小窓からから顔をのぞかせた。老齢の男性だ。どうやら管理人らしい。
「お帰り、ハイト。爺さんが待ってたぞ?」
「ありがとうございます。ロブさん」
シーンも目礼してみせると、少々驚いた顔をした。来客は珍しいのだろう。
ハイトは階段をどんどん上がり、最上階の五階まで来る。向かい合った扉の一方に鍵を差し込み開くと。
「ただいま」
持っていた薬の包みを抱えたまま、中へと入っていく。シーンも荷物を手に後に続いた。
部屋に入って一番に思ったのは、かなり古びていると言う事。
白い壁は所々すすけヒビも入っている。床は丁寧に磨かれているが、それでは追い付かないほど傷んでいた。
それでも、ここは最上階のためか、階下よりは明るく日差しも入ってきている。
ハイトはすぐにあったキッチンのテーブルへ荷物を置くと、シーンの持ってきた分も受け取りそこへ置いた。
「お爺ちゃん。今日はお客さんが来たんだ。薬も買えたよ」
いいながら、シーンには座る様に薦め、自分は奥の寝室へと向かう。しわがれた声が聞こえてきた。
そうか、とか、すまないな、とか、そんな声が所々聞こえてくる。と、そうして奥の会話に耳を傾けていれば。
「あなた、誰?」
妖精のささやきの様に小さな声が聞こえた。
振り返ると、くたびれたリネンの寝巻きを身に着けた、白い子どもが立っている。
白い子どもと言う言い方は可笑しいが、その表現が的確なくらい、着ている寝巻きと肌の色が同化していた。首も手足も細く、ハイトより更に身体付きも貧弱で。
「私はシーン・サイラス。君は…」
「イルミナ。イルミナル、妹です。今年、七才になります…。イルミナ、寝てないとだめだよ。良く効く薬を買ってきたから、それを飲んで暫く休むんだよ?」
奥の部屋から戻ってきたハイトが声をかけてきた。
クレールがこの薬はいいものだが、強すぎて子ども向けではないといい、分量を子ども用に分け直してあった。
包みを開き、中の袋からさらに小分けされた粉薬を取り出す。白い薄い紙に包まれた薬を大事そうにハイトは手に持った。しかし、イルミナは首を振る。
「…苦いのいや」
「いやでも飲まないと。な?」
コップに水を注ぎ、食卓の椅子に座った少女の元へ薬を持っていく。イルミナは眉間にしわを寄せ口を開こうとしなかった。
イルミナの向かいに座ったシーンは見かねて声をかける。
「その薬は山羊の乳にまぜてもいいと言っていたな? もらってきたそれに混ぜるといい」
「あ…その、山羊の乳はおじいちゃんに飲ませたくて…」
ハイトは薬を持った手を一旦下ろす。
妹に与えてしまえば、祖父にやる分が減ってしまう。確かにハイトのいう通りだが。
「山羊の乳なら、安く手にはいる場所を知っている。私が用意するから、遠慮なく妹──イルミナに飲ませてやるといい」
山羊の乳なら屋敷が管理する農場に幾らでもある。雇われている者ならそこから格安に入手できた。それを多めに買って分ければいいだけのこと。
「…本当に? 良かった! よし。イルミナ、山羊の乳に混ぜたら飲めるよ」
「本当?」
「ああ。山羊の乳は美味しいぞ」
「飲む!」
ハイトは先ほど貰てきた中にあった大ぶりの瓶を取り出し、用意した鍋にそっと一人分、コップ一杯分を注ぐと、点いていたストーブの上に置き温めた。
ふつふつと泡がたつほんの少し前、ストーブから外すとこぼさない様にそおっとコップへと注ぐ。
そこへ薬の包みを開け、溶かしこんだ。粉上のそれはなんの匂いもなく、細かい粒子はあっという間に溶けてなくなる。
「さあ、イルミナ。これなら飲めるだろ? 熱いかもしれないから気を付けて」
「…うん」
先ほどと同じように、大人しくテーブルに着いたイルミナは、前に置かれたミルク入りのコップを両手でそっと持ち上げて口に近づける。
用心深くそっと口をつけていたが、二口目からは気にせず一気に飲み干した。
「──美味しい!」
「だろ?」
その様子にハイトは満足げに笑む。
「さあ、薬を飲んだら眠ること。その前に、サイラスさんにお礼を言うんだよ?」
「お礼なんて、私は何も──」
「ありがとう。サイラスさん」
イルミナは軽く会釈して見せ、にこりと笑んだ。
まさに天使の笑みで。笑った顔はハイトとよく似ている。大人になればさぞ美しく育つだろう。
「どういたしまして。また、元気な時に話しをしよう」
「うん!」
ハイラスの言葉に大きく頷くと、ハイトともに寝室へと向かった。
これは三人なら三日はもつだろう。『少し』は全部持っていけの意だったのかと思うほど。
結局、ひとりでは持ちきれないため、シーンも手伝う。そのほとんどを腕に抱えた。
クレールは玄関先に見送りに出ると。
「じゃあな、ハイト。また薬が必要になったら俺の所に真っ先にこい。診察が必要な時もな? 連絡も貰えば往診もする。分かったな?」
「ありがとうございます! こんな…お土産までいただいて…。なんてお礼を言ったらいいのか…。必ずクレール先生のところに伺います!」
ハイトは笑顔で見送るクレールに手を振る。片方の腕には、自分で手に入れた薬の包みをしっかり抱えていた。
挨拶を済ませ、クレールの診療所を後にする。シーンは荷物を持ち直すと。
「馬車でなく、徒歩でいいのか?」
通常ならこの荷物だと馬車を頼む所だが、頼もうとすると申し訳無さそうにハイトが断った。
「はい…。その、結構道が入り組んでて、馬車も通れない様な道なんで。重いのにすみません…」
「見た目ほど重くはないさ。パンとチーズが主だからな?」
「でも…、ありがとうございます…。っと、足元、気をつけて下さい。綺麗に舗装はされていないので──」
そう言うと、ここを曲がりますと言って、細く薄暗い路地を指し示した。
言った通り、石畳が所々飛び出したり欠けていたりする。
両側には家々の軒先が広がり、階上には洗濯ものが干されていた。日がろくに当たらないため、乾きは良くないだろうが、そんな事は構っていられないのだろう。
とにかく道は狭い。人とすれ違う時は、互いに肩を反らさないとぶつかってしまうだろう。確かにこれでは馬車には不向きだ。
路地には全体的に薄暗く荒んだ空気があった。それに、風紀も良くない。道の端々に家を持たない物乞いが、ボロをまとい座り込んでいた。いわゆるスラム街だ。
こんな環境に身を置くと、大抵、性質は荒んで粗野になるし、自然と全て諦めた様な冷めた表情になるものだが、ハイトにはそれがない。
「ハイト。君はきちんとした受け答えができるが…。失礼だが、学校をでているのか?」
「途中まで。初等部の途中で、父が亡くなって、祖父の家に来てからは──」
初めはキラキラとしていたハイトの視線が、自然と落ちて暗くなる。何か思い出したのか、表情は硬いものになった。
「そうか。と、なると母君も?」
「はい。こっちに引っ越してきて、ずっと働きづめで。肺炎をこじらせて…」
「話し辛いことを聞いて済まなかった」
「いいえ。もう二年も前の話です。悲しいのは通り越しました。今は祖父と妹がいますから」
「時に、父君のお仕事は?」
「農場を経営していました。畑も酪農も…。でも、農地を貸してくれていた貸主が入れ替わって、暫くは何もなかったんですが、父が病に倒れた途端、出ていくように言われて…」
「そうか…。どこで農場を?」
「ここから少し離れた山側にある村です。フルー村。そこで毎日、牛や馬、家畜の世話をしてました」
「フルー村…」
その名前に聞き覚えがあった。
確か数年前、主人であるレヴォルトが手に入れた土地の村の名前だ。農園も手にしたと口にしていたが。
「知っているんですか?」
「あ…いや──」
まっすぐなハイトの眼差しに、嘘をつくのもためらわれ。
「私の仕えている領主、レヴォルト様が数年前にその土地を手に入れたのだよ。そこで土地の管理人も変わり、対応が変わったのだろうな…。知らなかったとは言え、とても申し訳ないことをした。主人に代わって謝罪したい。すまなかった…」
こんな言葉で繕ったところで、ハイトの運命を変えてしまった所業が許されるとは思わないが、謝らずにはいられなかった。
しかし、一時は驚きの表情を見せたものの、ハイトはすぐ笑って。
「仕方ないことです…。誰の所為でもない。そういう運命だったんだって、思うようにしてます。…馬たちと別れるのはかなり寂しかったんですけど。父が可愛がっていて、俺にもよくなついていて…。元気にしているといいなぁ」
ハイトは懐かしむ様に遠くを見つめた。きっとその眼前には愛馬とたわむれた日々が映し出されているのだろう。
父も亡くし母も亡くし。それでも残された祖父と妹とともに強く生きようとしているハイトが健気に思え。
なんとか力になることがあれば、そう思わずにはいられなかった。
「ここです…。あの、お世辞にも綺麗とは言えなくて。でも、掃除は毎日してるんです…。ただ、古くて──」
そう言って、ハイトが案内したのは、路地の横に繋がる更に薄暗い通りに面した端に位置する小さな木戸だった。
雨風に晒されかなり痛んで灰色になっている。それは石壁とほとんど同化していた。
ここは──。
周囲をすっかり建物に囲まれ、他にも増して、日当たりが良くない。ハイトは済まなそうに、
「疲れたでしょう? 狭いですが、良っかたら少し休んで行って下さい」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
確かにかなりの距離を歩いてきた。ゆうに三十分はかかっただろう。ハイトが近道を選んだからその時間だが、迷えば一時間かかるのは間違いない。
遠慮なく休ませて貰うことにした。
重苦しい音を立てて開いた扉の向こうは薄暗い廊下があり、脇に半開きの扉があった。
ここはアパートになっているらしい。ハイトの帰宅に気づいた男が、玄関脇にあった小部屋の小窓からから顔をのぞかせた。老齢の男性だ。どうやら管理人らしい。
「お帰り、ハイト。爺さんが待ってたぞ?」
「ありがとうございます。ロブさん」
シーンも目礼してみせると、少々驚いた顔をした。来客は珍しいのだろう。
ハイトは階段をどんどん上がり、最上階の五階まで来る。向かい合った扉の一方に鍵を差し込み開くと。
「ただいま」
持っていた薬の包みを抱えたまま、中へと入っていく。シーンも荷物を手に後に続いた。
部屋に入って一番に思ったのは、かなり古びていると言う事。
白い壁は所々すすけヒビも入っている。床は丁寧に磨かれているが、それでは追い付かないほど傷んでいた。
それでも、ここは最上階のためか、階下よりは明るく日差しも入ってきている。
ハイトはすぐにあったキッチンのテーブルへ荷物を置くと、シーンの持ってきた分も受け取りそこへ置いた。
「お爺ちゃん。今日はお客さんが来たんだ。薬も買えたよ」
いいながら、シーンには座る様に薦め、自分は奥の寝室へと向かう。しわがれた声が聞こえてきた。
そうか、とか、すまないな、とか、そんな声が所々聞こえてくる。と、そうして奥の会話に耳を傾けていれば。
「あなた、誰?」
妖精のささやきの様に小さな声が聞こえた。
振り返ると、くたびれたリネンの寝巻きを身に着けた、白い子どもが立っている。
白い子どもと言う言い方は可笑しいが、その表現が的確なくらい、着ている寝巻きと肌の色が同化していた。首も手足も細く、ハイトより更に身体付きも貧弱で。
「私はシーン・サイラス。君は…」
「イルミナ。イルミナル、妹です。今年、七才になります…。イルミナ、寝てないとだめだよ。良く効く薬を買ってきたから、それを飲んで暫く休むんだよ?」
奥の部屋から戻ってきたハイトが声をかけてきた。
クレールがこの薬はいいものだが、強すぎて子ども向けではないといい、分量を子ども用に分け直してあった。
包みを開き、中の袋からさらに小分けされた粉薬を取り出す。白い薄い紙に包まれた薬を大事そうにハイトは手に持った。しかし、イルミナは首を振る。
「…苦いのいや」
「いやでも飲まないと。な?」
コップに水を注ぎ、食卓の椅子に座った少女の元へ薬を持っていく。イルミナは眉間にしわを寄せ口を開こうとしなかった。
イルミナの向かいに座ったシーンは見かねて声をかける。
「その薬は山羊の乳にまぜてもいいと言っていたな? もらってきたそれに混ぜるといい」
「あ…その、山羊の乳はおじいちゃんに飲ませたくて…」
ハイトは薬を持った手を一旦下ろす。
妹に与えてしまえば、祖父にやる分が減ってしまう。確かにハイトのいう通りだが。
「山羊の乳なら、安く手にはいる場所を知っている。私が用意するから、遠慮なく妹──イルミナに飲ませてやるといい」
山羊の乳なら屋敷が管理する農場に幾らでもある。雇われている者ならそこから格安に入手できた。それを多めに買って分ければいいだけのこと。
「…本当に? 良かった! よし。イルミナ、山羊の乳に混ぜたら飲めるよ」
「本当?」
「ああ。山羊の乳は美味しいぞ」
「飲む!」
ハイトは先ほど貰てきた中にあった大ぶりの瓶を取り出し、用意した鍋にそっと一人分、コップ一杯分を注ぐと、点いていたストーブの上に置き温めた。
ふつふつと泡がたつほんの少し前、ストーブから外すとこぼさない様にそおっとコップへと注ぐ。
そこへ薬の包みを開け、溶かしこんだ。粉上のそれはなんの匂いもなく、細かい粒子はあっという間に溶けてなくなる。
「さあ、イルミナ。これなら飲めるだろ? 熱いかもしれないから気を付けて」
「…うん」
先ほどと同じように、大人しくテーブルに着いたイルミナは、前に置かれたミルク入りのコップを両手でそっと持ち上げて口に近づける。
用心深くそっと口をつけていたが、二口目からは気にせず一気に飲み干した。
「──美味しい!」
「だろ?」
その様子にハイトは満足げに笑む。
「さあ、薬を飲んだら眠ること。その前に、サイラスさんにお礼を言うんだよ?」
「お礼なんて、私は何も──」
「ありがとう。サイラスさん」
イルミナは軽く会釈して見せ、にこりと笑んだ。
まさに天使の笑みで。笑った顔はハイトとよく似ている。大人になればさぞ美しく育つだろう。
「どういたしまして。また、元気な時に話しをしよう」
「うん!」
ハイラスの言葉に大きく頷くと、ハイトともに寝室へと向かった。
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