Snow Leopard&Stray Cat

マン太

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7.面会

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「ここで待つように」

 エーリノスに言われ、俺はぎこちなく頷いた。

「はい…」

 案内されたそこは執務室。総帥府の最上階に近い。総帥が事務的な仕事をする場所だ。
 滅多なものは入れない。というか、俺ごときの人間が、一生かかっても訪れるはずのない場所だった。
 室内には上品な木調の家具が並ぶ。もっと無機質な感じの部屋かと思ったが、意外に人の匂いがするのには驚いた。
 後で知ったが、これはセルサスの代になってから設えたものらしい。あまりに無機質でモノトーン一色の部屋だったそこが嫌で仕方なかったのだとか。お金をかけたのはここと私室くらいで、あとは以前のままだと言う。
 とにかく、この時の俺はそんな事とは露知らず。
 幾分ほっと息をついていたその矢先。ブンと木目調の家具にそぐわない機械音がして、部屋の奥の自動ドアが開いた。
 それは総帥の私室へとつながる扉だ。デスクの左奥にあって、絶対、普通の人間は入れないだろう扉だと分かった。
 もちろん、そこから現れたのは──。

「セト…。どうやら無事だったようだな? 知らせを聞いて安堵していたが、やはり顔を見てようやく安心できた。──生きていて良かった」

 セルサスは俺を認めると、薄紫の瞳を緩ませ、嬉しそうにそう口にした。

「……は、はあ」

 俺はあんぐりと口を開けたまま、セルサスを見返す。
 セルサスは設えられた椅子に座るとこちらを見返してきた。俺はセルサスの着く椅子の前で直立姿勢のままだ。
 銀色の髪、薄紫の瞳。憧れのセルサスがそこにいた。俺があの時、命を懸けて守った相手だ。
 今思い返しても、なんて間抜けな返答だと思う。しかし、それは仕方ないことだろう。あの時だけと思っていたセルサスが、俺と認識して声をかけて来たのだから。
 俺のあまりの呆けた様子に、コホン、と背後でエーリノスが咳払いした。慌てて居住まいを正し。

「は、はい! 私のようなものにお声をかけていただき、有難うございましたっ! その後、総帥もお変わりなく、安心しておりました──」

「セト。そんな口上は必要ない。──エル、下がっていろ。二人きりで話がしたい」

 セルサスは背後に立つエーリノスに目を向けてそう言う。

「ですが──」

 心配げな視線が俺に向けられる。

 分かる。分かるとも。

 幾らセルサスたっての希望とは言え、いきなり俺のようなどこのものとも知れぬ者と、大事な総帥を二人きりになどできないだろう。
 俺はすがるようにエーリノスに目を向けて。

「あ、あの…。俺も一緒に下がった方が──」

 すると、セルサスが声を上げて笑った。

「君が下がってどうする。君と話しがしたいんだ。──エル、いいから下がれ」

「は」

 それでようやくエーリノスは渋々と言った具合に部屋を退出していった。



 一息ついたセルサスは俺に改めて向き直ると。

「──それで、どうやって助かったんだ? 村人に救われたとは聞いたが…」

「ええっと、その、セルサス様をテロリストのアジトから救い出した時、協力してもらった家族でして。俺を見つけて家に連れ帰ってくれたそうで…」

「そうか…。だから見つけられなかったんだな…。あの後、直ぐに引き返してヘリを向かわせた。だが、君の姿がなかった…。血の跡だけが残されていてな…」

 セルサスの視線が落とされる。俺は慌てて顔の前でぶんぶん手を振りながら。

「お、俺なんて、気にされなくて良かったんです! いつかはそうなるだろうし、それがあの時だったってだけで…。俺はあのまま死んでも本望でした! だって、セルサス様のお役にたてたんですから!」

 力説する俺に、セルサスはため息をつくと、鋭い視線を向けてくる。

「──君の死を気にするなと?」

「へ…? でも…」

「君は私を命がけで助けてくれた。恩義を感じないはずがない。それに、わずかだが一緒にいられて、君のひととなりを知ることができた。──とても、安心できたんだ。君なら任せられると…」

「そ、そんな、俺なんてたいしたことは!」

「私には──大したこと、だった」

 セルサスは笑む。全てを魅了する様な優美な笑みに、おもわず見惚れた。──と言うか、始めから見惚れっ放しだが。

「君は信頼に値する。──それで、今回の異動となった。君には私の傍にいて欲しい」

「──は?」

 その言葉に目が飛び出そうになる。漫画で良くあるが、まさか自身の身にも起こるとは。

「警護官ならびに従者として任命したが、それはあくまで肩書だ。君は傍で話し相手になってくれればそれでいい。ここにはまだ信頼できるものが少ない…。君のような人間は貴重だ」

「でも──俺なんか…。もっと適任がいるんじゃ…」

「君は俺に当たるはずだった弾を三つも受けた。それに、テロリストから救う時もだ。自分を危険にさらしてまで助けてくれた。──私を命を懸けて守ってくれた君以外に、適任がいると?」

「そ、それは──」

「確かに他にいくらでも優秀な人間はいる。皆、身体を張って守ろうとするだろう。だが、あくまで任務としてだ。君にはそれだけじゃないと感じた…。傍には信頼できるものを置きたいんだ。──だめだろうか?」

「だめとか、そんなことはないです! ないです…けど…」

「これは命令ではなく、友人としてのお願いだ。──傍にいて欲しい…」

 う、うはー。友人て。
 てか、『傍にいて欲しい』とか、まるで告白…。

 脳内では、すっかりハートマークをバックに、手を取り合う俺と総帥がいた。俺はかってにボンと頬を上気させて。

「わ、分かりました…。俺でいいのなら、傍で仕えさせていただきます。それで、命に代えてもセルサス様をお守りします!」

「…それはそれで困るんだが…」

「え?」

「いいや。こちらの話だ。──では、辞令を受けてくれるな?」

「もちろんです!」

「良かった…」

 微笑むセルサスの顔に再度見惚れつつ、はたと思い当たる。

「って、そう言えば、その、俺の顔、分かっていたんですか?」

 部屋に入ってきた時、間違いなく俺だと認識していた。
 不思議だったのだ。あの時、セルサスは見えていなかったはず。しかし、セルサスは少し俯く様にして、

「…ああ、そうだ。薬の効果が切れてな。最初に見たのが君が撃たれて倒れた姿だ。──忘れようとしても、忘れられない…」

「……っ」

 いやいやいや。そんな切なげな目で見つめられると、思わず勘違いしちゃうぞっと。

「取り敢えず、話しはここまでだ。──エル、入ってこい」

 セルサスが指示すると勝手にドアが開いた。どうやら声紋で開くらしい。

「セトを部屋へ。セト、今日は休んでいい。明日から俺についてもらう。エル、詳細を説明しておけ。──以上だ」

「──かしこまりました」

 エーリノスは目礼してそれに応える。
 セルサスは満足げにこちらを見やった後、私室へと通じるドアとは違うドアからでて姿を消した。



 外で士官が待機していたのが見えたから、きっと職務に関わる用事があるのだろう。

 なんだか、信じられないな…。

 その消えた方向をしばらく呆然と眺めていれば。

「貴官の部屋ですが、セルサス様の私室の隣となります」

「──は?」

 失礼だとは思いつつ、さっきからその言葉しか口から出てこなかった。
 俺はエーリノスの顔を穴のあくほどまじまじと見つめる。発せられた言葉を、その口元から再度理解しようと試みた。

「ですから、セルサス様の御用にすぐ対応できるよう、隣室となります。これはセルサス様からの指示です」

「で、でも、そんな──俺みたいなのが、そんな大事な場所に出入りしてもいいんですか? 俺がセルサス様とご一緒した時間は長くはないです…。どんな人間かもわからないのに──」

 するとエーリノスはため息を漏らした後。

「すべて、セルサス様のわがままです…」

「は?」

「あなただって嫌でしょう? いきなりろくに身の上も知らない上官のすぐ隣など。休まりたくとも休まるものではありません。しかし、気持ちはわかりますが、これはセルサス様が決めたこと。違えるととんでもなく不機嫌になるので、ここは大人しく命令に従ってください」

「えっと…エーリノス、さん?」

 いきなり砕けたぞ? 

 俺はエーリノスをさらに見つめた。

「私の事はエルで結構です。セルサス様とは学友でして。大学で知り合ったんですよ。国に戻ると言うから見送ろうとすれば、一緒についてこいと半ば拉致されたんです…。それでやむなく秘書官に。大学時代から無茶ばっかりして、周囲を巻き込んで勝手な事ばかり…。ここへ来たってそれが変わるはずもなく。──あなたもいい迷惑でしたね?」

「は、はあ…?」

「さっきも、あなたと二人きりにしたら、早速手を出すのじゃないかと気が気じゃなかったのですが、そこまで軽い思いではなかったようですね。──残念ながら、セルサス様はあなたを気に入りました。気に入ったものは相手の意見など無視して巻き込みます。私がいい例です。もちろん、本気で嫌だったらついてなど来ませんけど…。ですが、やはり困った癖でして。気に入ったものは手放さない。あなたもセルサス様に出会ったのが運の尽きですね。諦めてください」

「……あ、諦める?」

「あなたの一生は、セルサス様とともにあることになります。セルサス様が見限らない限り、ですが。逃げだしたって、死ぬまで追ってきますよ? 怖いんです…」

「……」

 俺は息を呑んでエーリノス、こと、エルの言葉の真意を探る為、じっと見つめ続けたが。

「──ま、それは冗談ですが」

「は、ははは…。ですよね?」

「とにかく、部屋は隣です。セルサス様が呼び出せば直ぐに駆け付けられるように、と言う事ですが──」

 エルはじっと俺を見つめた後。

「あなたの事はかなり気に入ったようです。どこまで求めるのか分かりませんが──無理な要求をされても、嫌な場合は断固断ってくださって結構ですから。好いたものに嫌われるのは苦手なようで。──まあ、皆そうでしょうけれど」

「俺のどこがそんなに? 俺なんて、ごく平凡な奴だし…。これといって、目立つような容姿でもないし…」

 セルサスが雪豹なら、どうやっても、その辺にいる野良猫同然だ。俺は自身を振り返るが。

「わかりません」

 きっぱりエルは言うと。

「──ですが、ひとつ言えるのは、裏表がないかどうかで人を見ている、と言う事です。あなたには裏がない。そう感じたのでしょう」

「裏…」

「私も含め、馬鹿正直な人間が好きなようです」

 そう言ってエルは笑った。いつのまにか、エルはどこにでもいる人間らしい顔となっていた。

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