Snow Leopard&Stray Cat

マン太

文字の大きさ
10 / 34

9.ランチ

しおりを挟む
 と、そこに立っていたのは。

「…!」

「どうだ。仕事はやれそうか?」

 薄紫の瞳を笑みに緩ませ、トレイを手に立つ長身の青年──。
 なんと、セルサス自身だった。
 手にした銀のトレイにはサンドイッチとスコーン、サラダの類がのせられている。俺は慌ててそれを受け取った。

「あ、あああの! どうして…?」

 そのままトレイを部屋の中央にある木製テーブルへと置く。ここへセルサスが現れた理由が分からない。しかし当の本人は。

「ランチの時間だからな?」

 そう言って悪戯っぽく笑むと、遠慮なく入室してきて、椅子ではなくベッドへと腰かけた。
 そこは俺がさっきまで寝転がっていた場所だ。そこをポンと軽く叩きながら、

「どうだ? 少しは気に入ったか?」
 
 こちらを振り返る。銀糸が陽の光を浴びて、ふわりと揺れた。

「ええっと、その! 俺にはもったいないくらいで…」

「ここも少し改装させたんだ。それまではかなり無機質な部屋でな。単なる、警備兵の待機部屋だった。銃器が壁にずらりとならんで、味気ない…」

 言いながら無表情になったその顔を俺は食い入るように見つめた。セルサスのどんな些細な表情も見逃したくはない。しかし、直ぐにこちらを見て笑みを浮かべると。

「気に入ってくれたなら嬉しい。──さて、昼食にするか。スープもまだ温かいはずだ」

 そう言って、セルサスは立ち上がると、テーブルに向かった。俺も慌てて準備に取り掛かる。

「は、はい!」

 トレイに乗っていた、サンドイッチ、スコーンの乗った皿、野菜たっぷりのサラダボウル、温かいスープの入った器をテーブルに置いて行く。二人分以上はあるだろう。
 サンドイッチにはハムやチーズ、トマト、レタスが挟まれている。スコーンの脇には別の入れ物にジャムとクロテッドクリームが入っていた。
 その他意匠の凝らされた器や銀食器に彩られ、華やかな食卓となる。

 ああ、なんか次元が違う…。

 俺のとっていた食事とは別世界だった。

「どうした?」

 席についたセルサスが不思議そうに首をかしげる。

「あ、いや、その…。俺の今までの昼食とは随分違うんで…」

「そうか? 君は何を食べていたんだ?」

「えっと、おもにカップラ…インスタント食品でしたね。職務中は食堂で麺類食べるくらいで…」

 すると、セルサスは少し考えるようにして。

「…たまにはそれもいいかも知れないな」

「へ?」

「俺も学生時代はそうだったからな? エルや他の連中と学食で騒ぎながら食べていた。ジャンクフードをな」

 そう言って笑うセルサスは年相応の青年のようだ。いい顔だと思った。俺はスープをカップへと移しながら。

「そうなんですね? なんか、想像つきませんが…」

 カップをセルサスの前と自分の前に置く。それで昼食が始まった。

「そうか? こんな堅苦しい恰好をしているからそう見えないかも知れないが、案外、普通なんだ」

 手を広げて自身を振り返るそぶりを見せる。
 今着ているのも白いスーツだ。中に着ているベストも白で刺繍が入っている。スーツのジャケットは脱いで傍らのベッドに放られていたが。
 黒も似合うとは思ったが、やはり白が本当に良く似合っている。

「そ、そうなんですか…」

 エルが言っていた言葉を思い出す。案外俗人なのだと。

 俺と、そんなに違わない…のか?

 いやいやいや。それくらいでそう思うのはおこがましいな。
 ただ、俺とまるっきり同じではないにしても、似たように気楽な空気を吸っていたことはあるのだろう。

「昼食の時間は多めにとった。食べながら、君の普段の話しを聞かせてくれないか?」

「俺の?」

「そうだ」

 セルサスは手に取ったスコーンを器用に半分に割ると、そこへクロテッドクリームを軽くのせる。
 整った口元にそれが運ばれていく様を見つめつつ、俺は自身の日常を思い起こした。



「えーと、まず、六時に起床して、シャワーを浴びて、着替えて寮の食堂に向かいます。そこで朝食を食べて、休息したのち、八時から職務が始まります。大抵が午前が座学で、教養や実践に役立つ知識を身につけます。午後は訓練で、なにか行事があると、それに対応した内容になりますね。昼食をはさんで、一日そんな感じです。で、職務後は友人と夕飯を食べたり飲んだり…。でも、大抵は帰って夕飯を食べて寝て…。そんな感じです」

 うん、単調な日々だ。
 でも、これが俺の日常だった。まだまだ下っ端の俺達はその殆どが知識の詰め込みと訓練で。
 他国の言語や歴史を学び、戦闘に不可欠な知識や戦術も身に着ける。
 やたら重いおもりを背負って、歩いたり走ったり泳いだり。──ちなみにこれは、セルサスの体重にプラスアルファした重さだとのちに知った。
 山も歩けば川も渡り、海も泳ぐ。何度も吐いたし、溺れかけもした。天国への橋を渡りかけたことだって二度三度。とにかく手は抜かない訓練が続く日々だった。
 それもこれも、セルサスのため、そう思えたから辞めずに続けることができたのだ。
 けれど、俺のようにセルサスに心酔しているのはごく少数で、大抵は金のいい軍に入隊した奴の方が多かった。
 軍に入れば安定した収入が得られるし、退職後も手厚い保証を受けられる。命がけではあるが、それに惹かれてくる人間の方が多かった。
 別にそれが悪いこととは思わない。けれど、時折、何かの拍子に熱量の差を感じて、寂しくもあった。

「なるほど。だいたいは想像していたのと同じようだな…。君はどうして軍へ入隊したんだ?」

「えっと、それは…ですね──」

 セルサスの顔を見やる。
 オールバックに整えられた前髪が少し崩れて一筋額に落ちていた。窓越しの光を背に受けて、後光がさしているようにけぶって見える。白い衣装はいつもの事だが、さらに魅力を引き出すのに加勢しているように見えた。

 きれいだな…。

「どうした?」

 薄紫の瞳に問われ、俺は慌てて居住まいを正すと。

「その、今更隠してもあれなんで白状するとですね…」

 そうして、俺は幼い頃、画面で見たセルサスにひと目で惹かれたこと、その後、非公式のファンクラブに入り、そこでずっとセルサスを追ってきたことを告白した。
 セルサスを応援するため、軍へ入ったことを打ち明ける。セルサス様を守れるならと。
 他にも理由はあったが──それは黙って置いた。こちらの方が比重が大きかったからだ。
 これを聞けば引くだろう、そう思ったのだが。
 セルサスは肩を揺らしてくつくつと笑うと。

「…そうか。エルから聞いてはいたが、やはりそうか」

「ええっと。その…俺、気持ち悪くないですか? だって、熱狂的なファンでサポーターで。隙あらばって見つめてる…。そんなのが四六時中、隣にいるんですよ? 怖くないですか?」

 俺だったら、ちょっと引く。距離を置こうとするだろう。しかし、セルサスは笑いながら首を振ると。

「──いや。命を張るほど思ってくれる相手をそんな風には思わない。幾ら好きでもそこまではできないものだ。君は貴重だ」

「そ、そうでしょうか…?」

「ああ。とてもな…」

 セルサスの眼差しはあくまで優しい。

 ううー、見つめないでくださいー。

 逸らしたいけど、もったい無くて逸らせないし。──照れ臭い。
 セルサスは暫くそうしてこちらを見つめていたが、

「──スープが冷めてしまうな。さっさと食べてしまおう」

「は、はい…!」

 促されて、俺はろくに味も感じないまま、それでも目の前に出されたすべてを完食したのだった。



 セルサスは昼食を終え、俺のぎこちない手つきで入れた紅茶を美味しそうに飲むと、また職務に戻って行った。
 部屋の外には部下らが控えていて、今か今かと待ち構えていたのが目に入る。気をもむような表情だったが、セルサスは気にもせずにゆったりとした様子で出ていった。

 まるで、嵐の様だったな…。

 セルサスが去ったあと、自分の心境を言葉にすると、それに尽きた。
 俺の心はセルサスが言葉を発するたびに荒れ狂う。暴風に巻かれてあわあわしているうちに、いつも間にか終わっていて。今は放心状態だった。
 トレイに乗った食器は、暫くして年かさの給仕係が下げにきた。
 人の良さそうな顔をした初老の男で、食事に不備はなかったかと尋ねてきたが、セルサスは特に何も言ってはいなかった。俺もかなり満足したので、大丈夫だと答えると嬉しそうに下がって行った。

 なんだろう。同じ匂いを感じる…。

 ここに入れるのは、かなり限られたものだけ。エルにも俺にも共通するのは、セルサス様を支えたい、それだった。きっと先ほどの男もその部類なのだろう。
 件のテロリストのような輩がどこに潜んでいるかもわからない。セルサスはそうやって、自身の周りを安心できるもので固めたいのだ。
 エルも言っていたように、まだここへきて日の浅いセルサスには、大切な味方なのだろう。

 絶対にセルサス様を守る──。

 俺の肩と胸と腹の傷跡が伊達ではないことを、かならず証明しようと思った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

記憶を無くしたら家族に愛されました

レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない… 家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

【完結】俺の愛が世界を救うってマジ?

白井のわ
BL
総受け、受けのキスで変身するヒーローもの。 受け)天音レン、16歳、ごく普通の高校生だった、小柄な体格が悩み、真っ直ぐな性格。 攻め1)緑山ヒスイ、16歳、レンの幼なじみで親友、穏やかで一途な性格、小さい頃からレンのことが好き。 攻め2)赤木コウイチ、17歳、レン達の1つ上の先輩、熱血漢なリーダー、ヒーローに憧れている。 攻め3)黄川ダイキ、17歳、陽気な性格、趣味はゲーム、お姉ちゃんっこ。 攻め4)青岩アサギ、17歳、冷静な性格、恋愛ごとには疎い、可愛いものが好き。 攻め5)黒野キョウヤ、28歳、レンの体調管理と心のケアを担当する医師、面倒見が良い。

処理中です...