Snow Leopard&Stray Cat

マン太

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12.一日の終わりに

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 その後、会議は再開された。
 差し迫った議題が幾つか上げられ、説明を受け、裁可を求められる。セルサスは担当者へ質問を繰り返し、議論が交わされた。
 上げられた議題は、ラファガの時には無視されたものばかり。その為、担当者も説明や議論に熱が入る。一日それで終わったが、すべては終わらず、結局、明日に持ち越されることになった。
 その間、終始目を光らせていたが、その後は命を狙われるような事態は起きなかった。


「お疲れ様でした」

 先に部屋へ戻っていた俺は、セルサスが部屋へ到着したと同時に、早速お茶を淹れる準備に取りかかる。
 執務室でエルから明日の予定の報告を受けた後、自室へ戻ってきたセルサスはようやく肩の力を抜いたようだった。
 俺はまだ時間が読めない。エルとの打ち合わせにどれくらいの時間がかかるのか、予測つかないのだ。だから、前もって用意しておくことができない。到着と同時にお茶を出すには、経験を積むしかなかった。
 セルサスは息を吐き出し、リビングのソファの背もたれに身体をあずけ座り込む。
 お茶はハーブティだ。きつい薫りのそれでなく、干し草の様などこか懐かしい薫りのする茶葉で。飲んでも口当たりは柔らかで刺激は少ない。

「君も疲れただろう? ──銃撃もあったしな…」

 セルサスは頬杖をつきながら苦笑を浮かべた。

「あ…はい」

 自らその話題に触れてくるとは。

 わかった、とは言ったが納得した風はなかった。でも、俺の本分はやはりセルサスを守ること、だ。いくらセルサスが命令したとしても、今日のように狙われたのなら、俺は当然のようにその前に立つだろう。
 透明なポットに薄い緑色のお茶が揺れる。あまり長く置いておくと、苦みがでてしまう。軽く待ってから温めてあったカップに注いだ。爽やかな香りが部屋に漂う。
 それをゆっくりとした足取りで、セルサスの座る前のテーブルに置いた。まだまだ慣れない為、所作はゆっくりだ。
 セルサスはテーブルに置かれたお茶を暫く眺めていたが、飲もうと手を伸ばしかけ、ふと気づいた様に顔をあげた。

「──セトも一緒に飲めばいい。ここでは気にしなくていいんだ」

「は、はい…」

 そうは言っても、なぁ。

 まだ二日目。当然のように自分の分も淹れて、同じソファに座ることははばかられる。

 エルはそうしていたのかもしれないけれど…。

 もともと友人などではなかったのだ。
 それでも、セルサスに促されれば断ることもできず。

「セト」

 セルサスは座れとばかりにじっと見てくる。俺は仕方なく自分の分も淹れると、同じソファセットの斜め向かいにちんまりと座った。
 
 ──落ち着かない。

 白磁のカップは花びらをかたどった透かし彫りが入っていて、とてもきれいな細工だった。
 俺が今まで使っていた、大量生産の分厚いマグカップとはえらい違いで。もちろん、ガンガンぶつけても壊れず、使い勝手は良かったが。

「…ここへ連れてこられ、後悔はないか?」

「後悔? なんでまた──」

 セルサスの突然の問いかけに驚いて見返した。

「今までの生活や仲間と切り離されて──。君の異動は俺の我儘だ」

「そんなこと──。何度も言っていますが、俺はセルサス様の役に立てるのが嬉しいんです! まさかこんな風に傍に仕えることができるなんて、まさに夢のよう! ──なんですからっ」

 俺は言いながら、拳を天に向かって突き上げる。
 仲間は今頃驚いているだろう。友人でもあった、隊で一位、二位を誇る美貌の友人も──例の腹を下した奴だ──羨ましく思っているに違いない。
 俺の辞令が間違いでなかったと知って歯噛みしているはずだ。できることなら自分がとって代わりたいくらいだろう。

「夢のよう、か…。ここは地獄のような場所だがな」

「セルサス様?」

 セルサスは前髪をかき上げそれを崩すと、

「思っていた以上に荒れている…。父の時代に力を持った連中はなかなか手強くてな。エルも言ったが、すぐには排除できないでいる…。彼らを何とかしなければ、改革も進まない。もっと若くてやる気のある連中をここへ登用したいのに、のさばっているのは私利私欲に走る連中ばかりだ。エルにも相当頑張ってもらっているが、いかんせん、人手が足りない。大学時代の友人も幾人か連れてきたが──残れたのはエルだけだ」

「それは?」

「皆、要職に就かせても排斥されたり、邪魔をされたり。…命を落としたものもある」

 ──ああ。それか。

 俺は思い当たる。身近なものの死、だ。
 セルサスはお茶を口にした後、ぽつりぽつりと語りだした。

「父親が死亡したあと、後を継ぐことになった俺は、信頼できる友人をエルも含め数人連れてきたんだ。俺が帰る条件はそれだった…」

 そうして、友人を身近に置いた。そのうちの一人が、セルサスを狙ったテロリストに撃たれ、命を落としたのだと言う。

「彼は秘書官として傍についていた。エルと同じ立場だ。護衛は他にいた。──けれど、真っ先に異変に気付いた彼はテロリストに飛びかかったんだ。俺はその時、彼とは離れた壇上にいた。もみ合ううちに銃が暴発して…最後に会話もできなかった…」

「……」

 俺は言葉を失くす。

「大学に入って、初めてできた友人でな。──いや、友人というより…」

 セルサスは考え込む様に俯き、胸元に手をあてた。その指さきが無意識に首にかけているネックレスのトップにシャツの上から触れる。服の下に入っているそれは、見ることができない。

「…大切なひとだったんですね」

 するとその言葉にセルサスははっとしたように顔をあげ、少し哀し気に笑んで見せた。

「どうだろうな…」

 言わずとも察することはできた。セルサスにそんな顔をさせると言う事は、ただの友人ではなかった、と言う事だ。特別な存在だったのだろう。

「大切なひとだからこそ、胸も痛むし忘れられない。…誰だって、そうです」

 俺はカップを見つめたまま。

「──けど」

「けど?」

「もし、俺がその人の立場だったら、十分悲しんだ後は、前に向かって進んで欲しいと思います。その人を悲しませる存在には、なりたくない…。大切なひとだからこそ、笑って幸せに生きて欲しいと願います。辛いのは十分わかりますが…。──俺の場合だったら、ですけど…」

「…そうか」

 セルサスはそう口にした俺を、静かな眼差しで見つめていた。



 その後、夕食を軽く済ませ、早々に就寝した。セルサスが寝室に向かうと、俺も明かりを消し部屋へと戻る。
 セルサスは添い寝を申し出なかった。
 これからも──そう言っていたが、考えを改めたのかもしれない。いつまでも悲しみにくれていてはいけないと、思い直したのだろう。
 自室に戻り、セルサスの部屋へとつながる閉じた扉を見つめる。

 セルサス様の思い人、か。

 友人でないと言うのなら、それは思い人に他ならない。セルサスも否定はしなかった。
 それを目の前で失くせばどれほどの衝撃か。
 悲しみは想像もつかない。しかも、昔の話ではないのだ。ここへ来てセルサスは二年目のはず。そうなれば、その思い人を亡くしたのは二年前。──昔の話しではない。
 俺はその日一日の疲れを落とすため、浴室に向かいシャワーを浴びながら、ため息を漏らす。
 俺はその頃、軍に入隊したばかり。毎日訓練についていくのに必死で。セルサスがそんな状況に置かれ打ちひしがれているとは想像もしなかった。もちろん、サポーターズクラブにそんな情報が流れてくるはずもなく。

 つらい、だろうな…。

 もし、何かの事故でセルサスが命を落としていたら、俺は立ち直れないだろう。それよりもっと近い立場にいたものを亡くしたのだ。トラウマも残るはず。
 そこに、俺が目の前で撃たれた。当時と重なって見えてもおかしくない。

 ──ショックだっただろう。

 あの時、どう見ても俺は生きていないと思えたはず。俺だって死んだと思ったのだ。

 けれど、生きていて。

 セルサスの目に止まり、傍に仕えられることになった。
 セルサスが気にかけるのは分かる。が、俺を守るのはどうかと思う。分かり切った事だが、俺はセルサスの大事なひとではない。
 シャワーを浴び終え、脱衣所に戻ると洗面台にある鏡を見つめた。そこにはどこにでもいそうな平々凡々な顔をした俺が映っている。
 くすんだ茶色の髪、そばかすの浮く焼けた肌。ありきたりの鳶色の瞳。
 間違っても、セルサスが命を懸けて守るような価値のある人間には見えなかった。
 セルサスは俺と恋人を重ね、過去のトラウマを解消ししたかっただけ。誰かを守ることで、その時の悲しい悔しい思いを払拭したいのだ。
 けれど、そんな事をしたって、過去が戻る訳じゃない。失くした相手は戻らないのだ。
 それに、俺とセルサスでは立場が違った。
 俺はいち兵士に過ぎない。俺がひとり死んだところで、俺の未来は変わるが、世間の未来は何も変わらない。
 けれどもし、セルサスが命を落せば、人々の未来が変わってしまうのだ。やはり、セルサスの行動は間違っていると言わざるを得ない。
 エルもそんなセルサスを持て余していたのだろう。今思えば、セルサスの言動にどこか苦々しい顔をして見せていた。それは、その行動を心良く思っていないからだろう。
 誰かを守ることよりも、自身を大事にして、人々の為にこの状況を打破することが先決なのだ。

 ま。ちょっとは嬉しかったけどな。

 ほんの少しだ。まるで漫画のヒロインのごとく、セルサスの腕に抱かれ守られたことは、俺を一瞬だけ別世界に運んだ。王子に守られたお姫様。

 ふ、ふふ。なんだよ。それ。

 我ながら乙女な発想だ。
 髪を乾かし終え部屋へ戻る。しんとした部屋には窓から外の光が入り込んで来ていた。
 流石都会、かなりの最上階と言えども、街の光はここまで届く。窓に近寄って外をのぞいた。まさに宝石をまき散らしたように輝く様はかなり見事なものだ。

 あいつらに見せたら、驚くだろうな…。

 兵士仲間の驚く顔が目に浮かんだ。
 窓枠に腰かけ、暫く景色を眺める。オレンジや青白い光があちこちに輝く。そのひとつひとつに、人々の生活がある。命の影を見て愛おしくも思う。
 確かに仲間と離れたことは寂しかったが、それ以上に、セルサスの役に立てることを嬉しく感じていた。セルサスに問われて答えたのと同じ。
 ただ、胸に湧きあがる寂しさは拭えない。

 セルサス様が本当に守りたかったのは、俺じゃない──。

 ガラス窓に映る俺の顔はなんとも情けない顔をして見せていた。

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