Snow Leopard&Stray Cat

マン太

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16.追跡

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 駆けるようにして階段を下り切ると、周囲に目を向けた。辺りは薄暗い路地が続いていて人影はない。
 高架下はビルばかりで人家はないようだった。建物の壁という壁にはスプレーで描かれた文字や人の顔の落書きがあり、荒んだ空気を更に増幅させている。一見して風紀が良くないのが見て取れた。
 以前は人が住み活気があったのだろうが、治安が悪くなるにつれ、人が減って行った、そんな雰囲気だった。街灯も所々にしかなかったが、おかげで目立たずに移動できる。
 セルサスと二人、ひと気のない廃屋のビルの陰に身を隠すと、

「居場所の発信はしています。エルから俺たちの居場所は分かるとは思いますが…」

「迎えに来ると言っても、あの状況だ。すぐには無理だろうな」

「どこか安全な場所に身を隠さないと」

 するとセルサスがフッと笑った気配。

「ここに安全があるかどうか、だが…」

 セルサスが言い終わらないうちに、ザリと誰かが土を踏む音が背後でした。
 俺は直ぐ様セルサスを庇うように立つと後方に向かって銃を構える。見ればひとりの男が立っていた。男は小首をかしげながら。

「──あんたら、何?」

「お前こそ、誰だ?」

 すると声をかけてきた男の姿が街頭の下に出てきた。
 二十代後半くらいだろうか。背は高くひょろりとしている。身なりはいわゆるチンピラだ。黒の革ジャンにタンクトップ、首から手首までビッシリと刺青が見える。黒と灰色のメッシュの長髪に、耳に鼻にピアスもかなり。いかにも、だ。

「って、ここは俺の縄張り。 ──あんたらこそ、勝手になにしてんの? いちゃつくなら他でやれよ」

 俺は構えた銃を男に見せた。

「──止まれ。撃たれたくなければ、大人しく去れ」

「ひゃー。撃たれんの? 俺。何もしてねぇのに?」

 男は笑いながら歩みを止めない。

「止まれ、撃つぞ」

 俺は男の足元に銃口を向けた。威嚇だ。

「いいよ。撃っても。──けど、撃つと大変なことになるかも」

「どうしてだ?」

「だってさ──」

 男は面白そうに笑いながら、突然駆け出しそのままこちらに飛びかかってきた。

「まて! セト──」

 俺が引き金を引いたのと、セルサスが止めたのとが同時。男の足元に穴があく。男はけらけらと笑った。

「あーあ、やっちゃった…」

「…セト。合図をしたら走れ」

「え?」

 セルサスが俺の二の腕を強くつかむ。

 どうして?

 そう思ったのと同時、男の背後からさらに人影が見えた。それもかなりの数だ。

「来い!」

「ッ!」

 そのままセルサスが有無を言わさず、俺の腕を掴んで後方に走り出す。背後から『追え!』と男の叫ぶ怒号が聞こえた。
 セルサスはやみくもに細い路地を抜け、とにかく距離を取ろうとする。良くは分からないが、銃声が引き金となったらしいことだけは分かった。

「いったい、何が!」

「俺たちに気づいていたんだろう。──いや、待ち構えていたのか…。銃声が合図になったんだ」

「って、じゃあ──」

「張られていたんだ。あのぼやも計画の内だろう。──とにかく今は、無事に逃げきれるか、だな」

 セルサスの横顔に珍しく焦りが見えた。
 路地は曲がりくねり、まっすぐには走っていない。あちこち曲がりすぎた所為で方向感覚を失った。
 しかし、セルサスはまるで行く方向が分かっているかのように、迷わず走る。どこからか潮の香りが漂ってきた。

 どこかに海が──。

「この先に川がある。先は海だ。──セト、泳げるか?」

「もちろん!」

 海だろうと川だろうと。セルサスの体重プラスアルファの重りと共に死ぬ思いで泳がされてきたのだ。俺は胸を張る。

「…良かった」

 セルサスは場面に似合わず笑みを浮かべて見せる。と、背後で怒声が聞こえた。

「いたぞ!」

 路地の向こうから追手が駆けてくる。
 向かった先は行き止まりだったが、腰辺りまでの高さの柵を飛び越えれば川だった。

「流れに沿って行け! 海岸につく。そこなら迎えに来やすいはずだ!」

「って、セルサス様も一緒に行くんじゃ──」

 言う間にふわりと身体が浮き上がった。セルサスが抱え上げたのだ。

「俺がひきつける。大丈夫だ。──行け!」

「っ! 待っ──」

 笑んで見せたセルサスは、有無を言わさずそのまま川へと俺を放る。
 冷たい水に一度潜り込んで、再び浮上した時、柵の向こうで追手に取り囲まれるセルサスを見た。

 だめだ! そんな──。

 俺は必死に戻ろうとしたが、流れが速く戻るどころか、おし流されどんどん岸壁から離されていく。あっという間にセルサスが立つ路地が遠くなった。
 俺は何度も沈みながらも、最後までセルサスの白い影から目を離さなかった。



「っ…、はっ…」

 ぽたぽたと潮が混じった水が髪から滴り落ちる。じっとりと水分を含み濡れた服が身体に張り付き重い。速乾性の素材でできたそれは、それでもじきに軽くなるだろうが。

 セルサス、様…。

 俺はなんとかたどり着いた岸から、砂地へ上がると来た方向を見つめた。顎を伝う水を手の甲で拭う。

 このまま、ここでエル達を待つか。それとも、セルサスの後を追うか──。

 腕にはめられた通信機ですでにこちらの居場所は特定できているはず。
 同じものをセルサスもつけていたが、敵に見つかればきっと取り上げられるか壊されるだろう。

 ──だめだ。一人にできない。

 俺は後を追う事に決めた。
 流されたのは二キロ程。川を辿れば、あの場所に戻れるはずだ。

 それで、セルサス様の後を追う。

 きっと連中はあの辺りを根城にしているはず。その辺の奴に聞けば、奴らの居場所くらい教えてくれるだろう。もしくは、連れて行かれるだろうが。

 それでもいい。傍に行けるなら…。

 俺は装備を確かめた。持っているのは小型のナイフに銃。銃は濡れても使える仕様だ。弾も予備を装備している。無駄には撃てないから、ここぞという時まで取っておかねばならない。

「くそ…っ」

 濡れた髪をかき上げ、川上に目を向け歩き出した。

 なんで、俺だけ──。

 あの時、一緒に逃げれば良かったものを。
 しかし、セルサスは囮になる為、そこに残ったのだ。一緒に飛び込めば、敵は追ってくる。狙いはセルサスだからだ。

 …どうして。

 俺が盾になるのが当然なのに。
 いつの間にか主導権はセルサスにあった。あの地域の地理も頭に入っていたようで。

 いつの間に。

 きっと事前に調べていたのだろう。エルが言っていた『無茶ばかり』の範囲に入るのだろうか。
 セルサスは確かに場慣れしている。
 もともと普段から訓練には余念がなかった。忙しい激務の合間にも、かならず戦闘訓練は欠かさない。
 その訓練にも俺は同行していた。ついでに参加するのだが、なにもかもセルサスの方が上を行っていて。
 俺はこれでも兵士の端くれ。まだまだ下手糞なのは仕方ないのだろうが、それでも一般人よりは上だったはず。
 が、てっきりただの学生だと思っていたセルサスは、とっくにそれを通り越し、上を行っていたのだ。その様は訓練された傭兵のようでもあった。

 俺が守る必要がないってのは、確かだったのかもな…。

 それくらい、強いのだ。

 けれど今は。

 たった一人で敵の中にいる。どんなに強かろうと、それでは手も足も出ないはず。

 どんな目に遭うか。

 セルサスが誘拐された時を思い出していた。あの時もかなり危なかったのだ。セルサスがとんでもなく醜悪で太った男だったなそんな心配はしなかった。
 だが、実際は恐ろしいほど冴えた美貌に鍛え上げられたしなやかな肢体を持つ。紫の目をした美しい獣だ。
 今もきっとその身に危機が迫っているはず。それを思うといてもたってもいられなくなった。
 セルサスを狙ったのは、この地域のマフィアだろうか。テロリストの線もある。とにかく、敵であることには違いない。

 早く助け出さないと──。

 濡れたブーツが重い。それでも足早に路地を進む。ここでのんびりしているわけにはいかないのだ。急がなければセルサスの痕跡を追えなくなる。
 俺は足早にそこを後にした。



 川岸から上がり、街へと入り込んだが、この辺りもかなりすさんだ雰囲気だった。
 廃ビルやトタンでできた家屋が建ち並ぶ。路地は狭く薄汚れていた。それに加え、まったく人影がないのが気になる。まるで近付いていけない場所のようにも思えた。
 街灯が点滅する。薄暗い道を照らすそれは、所々にしかなく頼りない。川沿いを進むつもりが、まっすぐな道はなく、途中迂回し、また戻るを繰り返すうち、やはり方向感覚を失いそうになった。
 けれど、時折強く吹き付ける潮風が方向を教えてくれ、それを頼りに道を正す。
 しばらく進んだところで、後方に人の気配を感じた。誰かが後をつけてくる。
 単に歩く方向が同じなのかもしれないが、ひと気のないこの場所でそれはないように思えた。現に俺が道を曲がればそのあとを必ずついてくるのだ。

 何人だ? 一人か?

 先ほどの件もある。一人とは思えなかった。廃ビルばかりが続くようだが、実は中に潜んでいるのかもしれない。
 鼓動が早くなる。ここで死ぬわけには行かなかった。突然、撃たれると言うこともあり得る。
 ただ、追ってくるだけの所を見ると、直ぐにどうにかしようと思っているのではないらしい。
 追ってくる気配が近づいてくる。こちらが立ち止まれば止まるのだ。やはりつけている。

 仕方ない…。

 俺はそこへ思い切って立ち止まり、背後を振り返った。
 後ろに立つのはフードを被った男だ。かなり大柄。背後から街灯が当たる為、顔が良く分からない。

「──俺に用か? 急いでいるんだ。用があるなら手短に頼む」

 俺はポケットに銃を握りこんでいた。それは中から男を狙っている。男はフッと笑った気配。

「お前は運がいい…」

「?」

 俺は小首をかしげる。意味が分からない。

「俺じゃなきゃ、今ごろ撃たれるか刺されて終わりか。もしくは──」

 男はそう言うと、こちらに向かって走りこんできた。俺は咄嗟に銃の引き金を引こうとするが、

「──やめとけ。余計な連中を呼ぶことになる」

「!」

 男の動きの方が早かった。近づいた男がポケットの上から銃ごと手を握りこむ。

「ここで撃てばさっきと同じ。連中に追われて、おもちゃにされて最後は──命も取られてごみのように捨てられる。それは嫌だろう? こいつは俺が預かって置く」

 そう言うと、もう一方の手で俺の手をポケットから抜き出し、銃を取り上げた。

「あんた──誰だ?」

 うっすらと口元に笑みが浮かんだ。男はフードを後ろへ跳ね上げ素顔を晒す。
 点滅する街灯の中に姿を現したのは、短く刈った白髪を無造作にかき上げた鋭い目つきの男だった。無精ひげを生やした口元に笑みを浮かべこちらを見降ろしている。三十代くらいに見えた。

「そうだな…。このあたりの管理人だと思えばいい。お前、セルサスの部下だろう?」

「! どうしてそれを──」

「お前らを捕まえる為に、一部始終を見てたからな。──いや、一応、そう言う手はずになっていた、か」

 そう言った後、男は周囲を見渡し、

「ここじゃ落ち着いて話せない。──来い」

 腕を引かれたが立ち止まる。

「──断ったら?」

 俺は直ぐにでもセルサスを追いたかった。すると男は笑んで。

「断れないはずだ。あるじがどこに行ったか知りたいだろう? やみくもに探し回るより、俺を頼った方が楽に探せる」

「どうして? あんたは誰だ? なぜ、助ける?」

「俺も糸口をつかみたくてな。ほら、色々言わずついてこい。セルサスを救いたいんだろう?」

「──っ」

 確かにその通りで。
 このままこの男の腕を振り払って、逃げ回った所でセルサスを見つけ出すことは難しいだろう。
 目的もはっきりしない男についていくのは躊躇われたが、セルサスに近づくには、今はこの男を頼る方が近道になる可能性が高い。大人しくなったのを了解ととったのか、

「来い」

 歩き出したした男に腕を引かれ、それに続いた。



 男は迷わずに迷路のような路地を進んでいく。
 まるであの時のセルサスの様だと思った。追手に追われていたのに、道を知っていたかのように路地を進んでいたのだ。
 男はどこにでもあるような変哲もない廃ビルの前に立ち止まる。そこには薄暗い地下に続く階段があった。

「ついてこい」

 言うと、俺の手を引いたまま、階段を降り始めた。俺は転びそうになりつつも、ついていく。

「待て! もう、手を放してくれ。逃げたりしない」

「いや、安全な所まではこうしていた方がいいだろう。バカな奴らはどこにでもいるからな? 俺の連れと分かりやすくしておいた方が賢明だ」

「なんでだ?」

 男は振り返らず。

「外から来た奴らはいいカモだ。手を放した途端、または俺を見失った途端、お前の命は保障されない。奴らの餌食になる。金目のものは奪われ、奴らの銃やナイフの的になるか、どこかに売り飛ばされるか。──大抵は最後まで搾り取られて捨てられる」

「なんでそんな──」

 そこまで言いかけて、ここがそう言う所なのだと悟った。
 俺が生まれた所だって、ここよりはまだましだったが、それなりに荒れてはいたのだ。確かに土地を知らないものが訪れれば、それはいいカモだった。

「──黙った所をみると、お前さんもそう言う環境で育ったか?」

「それは──否定しない…。でも命まではとらないぞ」

「ここは、そう言う所だ。弱い奴は生き残れない」

 男は階段を降り切ると、また地下の通路をあちこち曲がり、ようやく目的のドアの前まで来て立ち止まると。

「──開けろ」

 低い声でそう言えば、重い鉄製の扉が奥へと開いた。

    
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