Innocent World

マン太

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第六章 奪還

第三十三話 失うもの

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「──っ」
 ソアレを抱え跳ぶヴェントの額には、汗が浮かぶ。普段よりかなり速いスピードで跳んでいた。
 ソアレより跳躍力がある分、各々が跳ぶより速く移動は出来たが、二人分の負荷がかかり、当然身体への負担は大きい。

 倒れたっておかしくねぇのに──。

 ソアレは右肘から垂れ下がる袖の切れ端に目を向ける。尋常な痛みでは無いはず。
 唇を噛み締めると、ギュットとヴェントの胸元を掴んだ。
 その間にもグングンと先へ進むが、突然、あと少しでキャンプ地という所でその跳躍が止まった。
 ヴェントは岩場から先の景色を臨む。
「くっそ…。先回りかよ」
 ヴェントの腕の中から顔を起こせば、先ほどとは別の群れがいた。かなりの数だ。
 中には大型のものも数頭いる。どうしてもキャンプ地まで行かせないつもりらしい。
「ブリエ、ソアレを連れて先に行け!」
「しかし…」
 ヴェントの負った怪我を思い、ブリエは躊躇う。ソアレもそれに準ずるようにヴェントを見据え。
「俺も戦える。こいつらさえ倒せばキャンプは直ぐそこだ。お前ばっかりにいい格好はさせない」
 ヴェントの腕の中から身体を起こし、ともするとふらつきそうになる足をしっかりと踏みしめ、モンスターに目を向ける。
 先ほどと同じ位の大型のモンスターが、こちらの隙を伺う様にじっと睨みつけていた。
 その姿は狼によく似ている。方々から獰猛な唸り声が上がった。

 ヴェントひとりに任せられる訳がない。

 ソアレはもう一度、守護の力を皆と自身にかけ直すと守備を固める。その様を見て。
「…判ったよ」
 ヴェントは、根負けしたようにため息をつくと。
「ソアレ。奴らの動きを止めてくれ。ブリエは俺の援護に回ってくれ。真ん中のでかい奴を叩く」
「了解!」
 ソアレは手を掲げ、力をそこへ集中させる。それをいつでも放てるよう、周囲を囲むモンスターに向けた。
 ブリエは小さく頷くと剣を構えヴェントの傍らに立ち。
「いつでも行けます」
「よし。ソアレ、行け!」
 ヴェントの言葉を合図に、ソアレは両手に溜めた守りの力を放つ。
 正直、立っているのもやっとの状態だったが、それを堪えて力を振り絞る。
 皆が身を挺して自分を守ろうとしているのに、自分だけがのうのうと守られている訳にはいかなかった。
 周囲の小型モンスターも巻き込みながら魔法は命中する。モンスター達は一様に身悶えた。
 するとヴェントが宙へ跳び、一番大きな一頭の頭上へ大剣を叩きつけた。
 その間にブリエがヴェントを狙う小物たちを剣で薙ぎ払う。大型のモンスターは叫ぶ間もなく絶命した。
 二人の勢いに敵は怯んだ様子を見せたが、さらに新たな群れが姿を見せる。まるで湧いて出てくるようだ。
「く…っ!」
 守りの魔法をまた構え、直ぐにその新たな群れへと向けて放つ。

 ったく。しつこい奴らだ──。

 次の攻撃に備えようと構えた矢先、身体にふわりと浮くような感覚を覚えた。

 やば──。

 意識を失う一歩手前の感覚だ。目の前が暗くなり、物音が遠く聞こえる。
「ソアレ!」
 ヴェントが振り向いて何かを叫んでいる。
 それに答えようとしたが、身体が言うことを聞かない。意思に反して力が抜けてそこへ崩れるように倒れこむ。

 だめだ。俺がここで倒れたら──。

 守護の力が消えて、ヴェントもブリエも守れなくなる。
 駆け寄ろうとしたヴェントに、横合いから狼型のモンスターが飛びかかってきた。
 一瞬の隙を突いての出来事だった。
 ソアレに気を取られていたヴェントは、それでもすぐに反応し斬り捨てるが、また一方から新たな一頭がヴェントに飛びつく。
 それをまた、斬り捨て。
 しかし、それを合図に次から次へとヴェントを狙って狼が群がった。
 ブリエがその群れを払うため、外から斬り捨てるが間に合わない。

 だめだ。ヴェント──!

 力の入らない手を伸ばし、魔力を振り絞る様に手に集める。
「ソアレ!」
 別の場所から声があがった。

 ああ、この声は──。

「アステ―ル…」
 ブワリと集中した力が、手に集まるのを感じた。
 それは今までにない強い力。もう自分の意思では制御出来なかった。
 目の前には狼の群れに飲まれたヴェントがいる。

 誰も、失わせはしない──。

『必ず、守る』

 戦いの前夜、熱いまなざしを向けてきたヴェントを思い出す。

 やっぱ、指輪。お前が持ってれば良かったんだ…。

「やめろ! ソアレ──!」
 アステールが叫ぶ。

 手が熱い。
 いや。手だけではなく体中が熱くてたまらない。
 目に映るもの全てが白く発光して見えた。
 このまま、自分自身でさえ消してしまうのでは? と、思えるほど。

 アステール。俺…。お前にもう一度──。

 溜まりに溜まったその力を四方に放つ。
 カッ! と、まるで雷でも落ちた様に周囲数キロに渡り広がった。
 目も開けていられない程の強い白い光りが辺りを包み込む。それは舐めるようにモンスターも敵兵も、すべて飲み込んでいった。
 闇に染まったもの、全てを消し去っていく。
 音もなく飲み込まれたそれらは、あっという間に、まるでもともと霧で出来ていたかのように霧散した。



「ソアレ…」
 どれ程の時間が経ったのか、光が収まると、その中心に蹲るソアレがいた。直ぐにアステールは駆け寄る。
 丸まって転がるその姿は、まるで気持ちよく眠る赤子の様で。
「ソアレ…、ソアレ…」
 うわ言の様に名前を呼ぶが反応がない。
 まさかと首筋に手をやると、微かではあるが脈動を感じた。
 ほっとするが油断はできない。
 直ぐに身体を抱き起し腕に抱える。体温が殆んど感じられない。アステールは唇を噛み締めた。
 周囲にモンスターの影は見当たらない。それより、モンスターどころか敵の姿もなかった。
「…全て、消したのか…?」
 その威力に慄然とする。

 いったい、この身体のどこにそんな力が。

「アステール! 今のは……って、ソアレは?」
 見ればカルドが他の隊員を伴って、救護車から降りてくる所だった。そこへ後から来たグランツ、アウィスも駆けつける。
「凄い光だったけど…。あれは、ソアレが?」
 アウィスがアステールの腕に眠るソアレに目を落とす。
「息はある。だが、ヴェントが…」
 その言葉に皆がそちらに目を向けた。
 そこにはブリエに肩を支えられたヴェントがいた。
「兄さん…」
 カルドの声が震える。
 紅い髪が血で濡れているのか、もとの色なのか区別がつかないほど、体中血まみれだった。顔や手足も咬み千切られ、酷い傷を晒している。
「直ぐに中へ! ソアレもこっちへ──って、アステールも酷い深手じゃないか」
 カルドは急いで車内に設置された運搬用の再生カプセルへ、一番重傷なヴェントを先に、次にソアレを入れる。
 着衣を脱がしていれるのだが、ヴェントはほとんど身に着けている衣服が破れ、形を残していなかった。負った傷もかなり深いものばかり。
 逆にソアレは傷一つなく、ただ眠っているだけの様にも見える。カルドは車内へアステールを呼ぶと。
「アステールも入って。それ、早く治癒させないと…」
「ああ…。だが、傷口が塞がったらすぐに起こしてくれ。ソアレが心配だ…」
「まったく。本当にソアレのことしか頭にないんだからな。…わかった。一番に起こすから、早く」
 せかされ着衣を脱ぐと、用意されていたカプセルの一つに身を横たえる。直ぐに口と鼻を覆う呼吸器が宛がわれた。
「その傷、内臓まで達しているよ…。ちゃんと治癒するまでは中で我慢しててよ?」
 カプセルの蓋が閉じられ、窓の向こうに心配げなカルドの顔が覗いた。
 それから暫くして、カプセル内に再生用の溶液が充たされ、同時に急激な眠気に襲われる。
 その脳裏には、屈託無く笑うソアレの顔があった。

 どうか無事で。ソアレ──。

+++

 アステールは浅い眠りの中で、ソアレを見た。金色の髪ではなく、黒髪の今のソアレだ。
 柔らかい真綿のようなものに包まれ、ぐっすり眠りについている。

 ソアレ──。

 このまま、眠らせたままでいたいと思った。起こせばまた、彼は戦場へ赴くことになる。
 
『でも。そうなれば、彼は眠ったまま死を迎える』

 ハッとして横を見れば、金色の髪と青い目をもつ青年がそこにいた。

 ソアレ──?

 しかし、顔つきは大人びていて、身長も自分とさほど変わらない。
 青年はにこりと笑んだ後、至極真剣な眼差しになって。

『闇の神子に気をつけて。彼は自らを犠牲にしても、彼を連れていこうとする…。そんな事をしても、もう過去は元には戻らないと言うのに…』

 青年は眠るソアレの傍らに跪き、頬を撫でる。

『彼を救うのが、私のせめてもの償い。彼にもこの世界にも。…君はソアレを今の世へ繋ぎ止める為に生まれた。それが、あなたの償い…』

 青年の目がアステールを通して、どこか遠くを見つめるよう。まるで愛しいものを見ている眼差しだった。

『さあ。彼を起こして。それは、君にしか出来ない──』

 青い目の青年はソアレの傍らを離れ、アステールへとその場を譲った。

『ソアレの魂を護って。アステール』

+++ 

「ああ、やっと…目覚めたようだね?」
 城の城壁に立ち、遠く光の起こった場所に目を向けていた。
 まるでそこに星でも落ちたかのような光が溢れ。
 それがどう言うことなのか、フォンセには充分すぎるくらい分かっていた。

 漸く、本来の力を取り戻したんだね。

 辺り一帯に放ったモンスターがすべて一掃されていた。恐るべき力。
 それは普通の人間が持つ力ではない。
 神の持つ力を借りた神子にしかない力。

 『彼』が力を貸しているのだろう。

 金色の髪をした、彼。私の──愛しい人。

 今の私と同じように、この時代に生きる己を使って、また私の前に立ちはだかる──。

 けれど、もう、前の様には行かない。私は今度こそ、貴方を手に入れる。
 あなたを助けた時に、この運命は決まったようなもの。誰にも渡さない。

 あなたは私のものだ。
 ソアレ──。
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