Innocent World

マン太

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第七章 永遠

後日談 君と歩む道 6

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 グランツやアウィス、ブリエらとの時間はあっという間に過ぎた。
 重大な何かを話し合ったわけでもないのだが、酷く充実した時間で。
 帰りには余ったお菓子やケーキの類を山のように持たされた。
「また来いよ? 今度は休暇にでも合わせてな? そうしたらもっとゆっくりできる」
 グランツは、ぽんぽんと俺の背を叩く。
「ヴェントも、ソアレをよろしく。時間ができたら遊びに行かせてもらうよ」
 アウィスはヴェントにそう言って手を差し出した。それを握り返しながら。
「ああ。ソアレの事は大丈夫だ。任せておけ」
「ふふ。頼もしいね」
 アウィスはどこか楽し気だ。ブリエはおずおずと前に出ると。
「…王──ソアレ様。どうかまた顔を見せに来てください。いつでもお待ちしております」
「うん。ブリエも遊びに来てくれ。いつでも歓迎だ。じゃあ、また」
 気をつけて、そう口にする彼らを背に、ヴェントと共に城を後にした。

+++

 最後に訪れたのは、アステールも眠る王家の墓所。
 いくつもの塚が築かれる中、レーゲンの傍らに小さな塚が一つ。
 石に刻まれた名はアステール・グリューエン。そこへ用意してきた花を手向ける。
 特に薄紫色の花はアステールのお気に入りで。俺も好きなその花の名はアイテールと言う。
 母親が実家から持ち込んだそれは、城の温室で見事に薄紫の花を咲かせていた。
「ここは静かでいいな」 
 ヴェントは墓所の先に見える海を眺めながら呟く。長く赤い髪が潮風に煽られていた。
 小高い丘に位置するそこは城から町並みまで良く見渡せる。王家の墓所であるため、入り口には警備が引かれ、訪れる人はまずいない。
「だな。でも、もっと賑やかでもいいってさ」
 ヴェントはハッとしたように俺を見返して。
「アステールか?」
「あ、うん。ここは力があるから出て来やすいってさ。花、有難うって…」
 俺は塚の傍らに立つアステールを見つめる。腕を組み微笑んでいた。
「なあ。ここならヴェントも見れんじゃねぇの?」
『どうだろうな。ヴェント自身にはその資質は弱いが。確かにここなら、見せることが出来るかも知れない。僅かだが──』
「あ…?」
 すると、ヴェントが一点を見つめて固まった。それはアステールの墓石の横。
「アステール…?」
 そこには生前と同じ姿で佇むアステールがいた。
「久しぶりだな? ヴェント。とは言っても、俺はいつも見ているが──」
「見てんのかよ。趣味悪ぃぞ」
 ムッとしたその言葉にアステールは笑うと。
「お前はいつまでソアレを放っておく気だ? お前がその調子なら、冗談ではなくソアレを連れて行くぞ?」
「ふざけんじゃねぇよ。誰が渡すかよ」
 気色ばむヴェントに、俺は慌てて二人の間に立つ。
「そんなの冗談に決まってんだろ? 二人とも止めろって! ほんと何も変わんねぇのな?」
 これでは生きていた時と変わらない。
「肉体が滅んだくらいで早々変わるものじゃない。お前を大切にしない奴に任せる事は出来ないだけだ」
「大切だからこそ、簡単に手は出せねぇんだろ!」
 ヴェントの言葉に、アステールはフッと笑むと。
「…怖いんだろ? ソアレに触れるのが。お前にとって、ソアレはレーゲン様の次に崇める存在だ。そんな存在を自分が汚す様な事をしていいのか──。迷いは十分わかる。だが、果たして悠長に悩んでいる時間があるかどうか。無限にあると思うなよ? 俺がいい例だ」
「……っ」
「グズグズしているようなら──」
「渡さねぇ!」
 ヴェントが声を荒らげた所で、アステールは消えていた。
 今までいた場所には、草花が風に揺れている。
「…ヴェント」
 そっとその肩に手を添えた。
 ヴェントは荒くなった呼吸を落ち着かせ、振り返ると、腕を伸ばし強く抱きしめてくる。
「行かせない…」
 泣いているのかと思った。俺はその胸に頬を埋める。
「行かない。まだ、何もしてないだろ? 何も起きてない」
「ソアレ…」
「キス、しろよ。アステにあそこまで言われて、悔しくないのか?」
「俺は──」
「俺はお前に触れられたいと思う。俺だって、抱きしめたいんだ。…汚すなんて、思うなよ」
「──!」
 俺の言葉に、ヴェントは息を飲んで目を瞠る。それから、ギュッと口を引き結んだ後。
「触れて、いいのか?」
「いいって言ってる。直ぐが無理なら、いつまでだって待つ。けど、待ちすぎて俺が爺さんになってもいいのかよ?」
 半笑いになる。それを見たヴェントは、覚悟を決めた様に。
「…分かった」
 そう口にすると、俺の手を取ってそこへ片膝をついて跪いた。
「ヴェント?」
 赤銅色の瞳が、俺を捉えて離さない。
「ソアレ。俺はお前だけを生涯かけて愛する…。受けてくれるか?」
「ふっ…、照れるって、それ。でも──受ける。俺も残りの生が終わるまで、生きている中で、お前だけを愛する」
「ソアレ…」
 ギュッと手を握りしめ、そこへキスを落とすと。
「ありがとう」
 手の甲へ額を寄せたあと、スッと立ち上がって両手で頬を包みこんで来る。

 眼差しは飽くまで強く、熱く──。

「好きだ。ヴェント」
 その瞳が優しく笑む。そうして、漸く長いキスを交わした。

+++

 アステールと過ごした湖畔の家は、カルドの言ったように直ぐ使えるように整えられていた。
 食料も数日分、きちんと用意してある。流石カルドだ。
 シャワーを浴び終え、寝室に向かう。
 いつも通りの事なのに、ソワソワする様な緊張する様な。
 ドアを開け、中に入ると先に浴び終えていたヴェントがいた。ベッドに片膝を立て座り、本を読んでいる。
 いつもと変わらない風情に、俺は少し拍子抜けした。けれど、同時に肩に入っていた余計な力も抜ける。
「寒くはないか?」
 ヴェントは本を閉じ、こちらに顔を向けてきた。点けられているのはベッドサイドのスタンドのみ。淡い光がヴェントの顔を照らし出す。
「ん。寒くない」
 確かにガウン一枚では薄っすらと寒さを覚えるのだが。
 俺はベッドに乗り上げ、座るヴェントの傍らに肩を寄せ座った。確かな温もりが右肩に訪れる。
「ほら。こうすれば温かいだろ?」
「…ああ。だな」
 それからヴェントがベッドの上についていた手を取る。大きな手のひらが包み込む様に重なった。その手を握り返していると。
「また、つけてくれるのか?」
 ヴェントの視線が胸元に落とされる。
「ん。ずっと大事にしまってた。アステールがいる時は、付けるつもりはなかったけど…。今はもういいだろ?」
 いつか、ヴェントが渡してくれた指輪だ。
 お守りのつもりで渡した物が、今は別の意味を持ってそこにある。
「色々、あったな…」
「そうだな」
 ヴェントは遠く昔を思い出すように視線を彼方へ向けていた。
「ヴェント、最初怖くてさ。俺なんか認めないって、目、吊り上げててさ」
「そうだったか?」
「そうだよ。でも、それも仕方ないって思ってた。そのうち分かってくれるだろうって。お前、そんなに悪い奴じゃないって思ってたし」
「あの頃は俺も色々葛藤があってな。でも…」
 ヴェントは俺の方へ顔を向け、繋いだ手の甲を口元に持っていくと、軽く口づける。押し当てられた唇が熱い。
「途中から変わった。気づいたら、お前が一番になってた。レーゲン様とはまた別でな」
「俺、何もしてねぇのに?」
「何かしてくれたからじゃねぇ。『お前』だからだ。お前の存在に惹かれた。…けど、アステールがいたからな。俺の入る余地はないと思ってた」
「…諦めなくて、よかった」
 そう言って笑うと、ヴェントが不意に切なげな顔になって。
「お前に触れる事なんて、出来ないと思っていた…」
「触りたいだけ触れよ。遠慮なんか必要ない」
 真っ直ぐその瞳を見返す。
「そう、させてもらう」
 伸びた指先が胸元の指輪をもて遊ぶ。それから、そのまま唇が重なった。
 様子を見るように暫く重ねるだけに留め、離れていく。どちらともなく熱い吐息が漏れた。
「…な、もっとキスしたい」
「ああ。勿論」
 笑んだヴェントは、愛おしそうに俺の髪をかきあげ、そこから何度もキスを繰り返した。
 重ねる毎に深くなるキスに、思考が曖昧になってくる。その一つ一つが、ヴェントの思いを伝えて来るようで。その合間。
「ヴェント…、好きだ…」
「ああ…。知ってる──」
 ヴェントが俺の身体をベッドに横たえたのだが、キスに夢中で気付いていなかった。

 そうか。ヴェントは知っていたのか。

 ヴェントの手が身体の中心、敏感になっている箇所に触れ、痺れが走る。
「…っ」
「お前の嫌がる事はしたくない。嫌なら言ってくれ」
 言いながら、確かな熱がヴェントの指から伝わってくる。

 どこもかしこも熱い。

「ンなの、ない…っ、ぁっ……ん」
 迫る快感にクッと唇を噛みしめ、やり過ごそうとすれば、その口元にキスが落とされる。
「…我慢すんな」

 だって、そんなこと、言ったら──。

「…も、って…っ、あ、ぁっ…」
 あられもない声を上げているのはわかっているのだが、止めることが出来なかった。
 目の端にヴェントが笑んでいるのが映る。その笑みがとても嬉しそうで。
 それを認めた途端、体温がグッと上昇し快感が突き抜ける。
「──っ!」
 ヴェントが弛緩した身体を抱きしめ、キスの雨を降らせてくる。それを力無く受けていると、
「ソアレ、もう少し…付き合ってくれるか?」
 遠慮がちだが、声に余裕がない。
「ん…」
 軽く頷くと同時、身体の最奥に指が触れる。
 久しぶりの感覚に、思わずギュッと抱きつくと、声を出さずにヴェントが笑った。
「大丈夫だ。余裕はないが…無理はさせない…」
 宥める様に幾度も額にキスが落とされ、そのうち、それが唇を覆う。
 自分からも求める様にキスを返すと、それに応える様に更に深くなった。
 指の熱さが奥から伝わって来る。確かな意志を持って動く指先に、身体が時折ビクリビクリと震えた。
 身体中全て、ヴェントから与えられる熱で満たされる。その熱が愛おしくて、もっと欲しくて身体を密着させた。
「ソアレ…」
 耳元で囁く。
「いいか?」
 何がとは問わなくても分かる。
「ん…」
 震える身体を更に密着させると、先程より質量のある確かな熱を後方に感じた。
 その熱が揺れる視界と共に、確実に身体に入り込んでくる。

 熱い──。

 後はもう良く分からなくなった。
 今、自分がどんな姿をしているのか、どんな声を上げているのか、どんな顔をしているのか。
 ただ、ヴェントの与えてくる熱に溺れた。

+++

 ソアレを抱けるとは、正直思っていなかった。
 アステールとの仲の良さ、繋がりの深さを見せつけられ、増々そう思うようになった。
 一緒に旅に出るんじゃなかったと後悔したが、今更遅い。ただそれを思い知らされる日々の連続だった。
 それでも、逃げ出さなかったのは、アステールとの約束の他に、やはりソアレを思う気持ちが強かったからに他ならない。
 アステールの寿命は近いうちに尽きてしまう。その時、誰かが傍にいてやらなければ。
 ソアレをひとりにしたくないのは、自分も同じだった。
 もし、自分が逆の立場だったら、きっとそうしていただろう。
 ソアレは俺にとって、光り輝く存在で。そのソアレが悲しみに打ちひしがれるのを分かって、放っておくことはできなかった。
 しかし、アステールがこの世を去った後、ソアレは誰との接触も拒んだ。アステールの死さえも受け入れず。
 ただ、内にへと籠り。アステール以外の言葉は聞こうとしなかった。

 それなのに──。

 何がきっかけだったのか、俺を顧みてくれた。

 アステール。お前なのか?

 ソアレを導いたのは。
 自己の思いも犠牲にし、ソアレの為だけを思い、前へと目を向けさせ。俺ではできなかった事だ。

 つくづく、アイツには敵わねぇな。

 眠るソアレを見下ろしながら、そっとその頬を撫でる。
 俺の行為に嫌がることもなく、全てを任せてきた。ソアレの素直な反応に、いつの間にか自制を忘れ強く求め。
 全て終えた時には、深い充足感を得た。

 やっと手に入れた──。

 けれど、この胸にはあの男が刻まれている。
 それを込みでソアレを愛している。けれど、どこかに胸の痛みが残るのも事実だ。

 仕方ねぇがな。

 敵うはずもない。
「ん…」
 僅かに身じろいで、寝返りを打つと、こちらに額を寄せてきた。幸せな寝顔。

 夢でもあいつと会っているのだろうか。

「…ヴェ、ント」
「……」
 その手が、俺の胸元を引き寄せるようにぎゅっと掴んだ。
 どうやら、夢の住人は俺だったらしい。
「…っとに。たまらねぇな」
 眠るその額に唇を押し当てた。


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