Take On Me 2

マン太

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3.告白

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 次の日。
 朝食後の家事も終えて、リビングのソファに座ったと同時、端末の通信アプリに大希ひろきから連絡が入った。

『突然でごめん! 今日、時間ある?』

 ん? なんだ?

 コーヒーテーブルに置きっ放していた端末を持ち上げ、メッセージを確認する。

『登山用品、見たくて。急に仕事が休みになってゆっくりできそうだったから。都合がつかなければまた次回で!』

 俺はウムムと唸った。
 今日は岳も真琴も外で夕食を済ませて来ると言っていた。亜貴は友達の誕生日会でこちらも夕食は要らない。
 亜貴は高校三年生、受験が控えている。が、大して慌てもせず深刻にもならず。
 呑気なものだと思うが、これも息抜きだと思えばありなのだろう。

 にしても、ナイスタイミングだな。大希。

「大丈夫。いつでもいいぞっと」

 メッセージを送ると直ぐ返信があった。

『やった! 今から三十分後、家に車で迎えに行くからよろしく』

 前に連絡先を交換した際、この家の住所も伝えてあった。

「お、じゃあ、よろしく…」

 その後、岳へもメッセージを送る。
 多分、忙しくて端末を見る時間もないだろう。見ても返信は無いものと理解していた。

「『この前、アパートで会った大希と、祐二ゆうじのバイト先の店に、登山用品見に行ってくる。そんなに遅くならない予定。よろしく』…っと」

 メッセージを送ったあと、小さくため息をついて、パタリとソファの上へ端末を置いた。
 岳には大希の事は既に伝えてあった。と言うか、何故か昇から先に連絡が行っていたらしく、岳は既に知っていて。
 大希に会った次の日の朝。朝食を取りがてら報告しようとすれば、

『浅倉君だろ? 昇が昨日教えてくれた。今どきの若い奴なのに、幾ら家賃が安いとは言え珍しいな。また、アパートが賑やかなになって、ふくさんも嬉しいだろう。爽やかで格好いい好青年なんだって?』
 
 岳は用意した朝食──ふわとろスクランブルエッグにカリカリベーコン──を素早く口に放り込みながら、何気ない素振りでそう口にした。
 昇もあれだけ嫌そうな顔をしつつ、ちゃっかり岳と連絡を取り合っているから不思議だ。
 亜貴が傍らで、『兄さん、無理してる~』と、ニヤ付きながら茶々をいれる。
 すると横から真琴が、『岳は大和の事となると突然、ヤキモチ妬きになるんだ』と、尤もそうな顔をして付け加えた。
 どうやら二人の言葉から、岳が軽く嫉妬しているらしい事に気付く。
 昨晩──いや、もう今朝だったが──いつもに増してしつこかったのはそのせいか?

 ……まあ、嫌じゃ──ないけどな……。

 慌てて、大希は彼女もいるし、そんなんじゃないと訂正を入れたが。岳は『分かってる…』そう口にしたものの、表情が伴っていなかった。
 兎に角。そう言う事で、岳は大希の存在を知っている。
 俺は置いた端末に目を落としながら、ソファの上で膝を抱えた。
 ここ最近、メッセージでのやり取りばかりが増えている。岳と顔を合わすのは僅かな時間。忙しいのだから仕方ない。けど──。

 もっと、直接話したい。

 そんな欲求が強くなる。
 お互いに気持ちが通じ合っている事は確かで。でも、それで満足できずに、もっともっととなってしまう。

 俺も…贅沢になったよな? 

 結局、それは自分の寂しいという、気持ちを押し付けているからそうなるだけで。相手の事を思えば、仕事に熱中している姿に喜ぶべきなのだ。
 
 もう少し、謙虚にならないとな。──俺。

 岳愛用のクッションを手元に引き寄せ抱きかかえると、ソファにどっかと身を沈めた。

+++

 それからきっちり三十分を過ぎた頃、玄関のチャイムが鳴った。
 俺は小走りになって玄関に向かう。ドアを開ければ、爽やかな笑顔全開の大希が立っていた。まるで背後に白いマーガレットやスズランを背負っている様。

 少女漫画で良く見るその効果を実際に目にするとは──。

 その威力に思わずヨロリと立ち眩む。

 …なんか、洗濯洗剤──いや、ボディソープのCMに出られそうな笑顔だな。

 そう思うくらい、笑顔が眩しかった。俺は平静を取り戻し。

「すご。時間きっかりだな?」

「だって、こっちから無理やり頼んだのに、大和待たせても悪いし。それに、わざわざ一緒に来てもらうのにさ。…って、今日、家の人たちは?」

 少しだけ、開いたドアの向こう、奥を覗く素振りを見せた。俺はデイパックを肩に背負うとスニーカーを履きながら。

「岳も真琴──っと、これは岳の友人な? 今は俺の友人でもあるけど──二人とも仕事で遅くなるから夕飯は要らないし、弟の亜貴は友達の家で食べてくるから、こっちも要らない。だから急いで帰る必要はないんだ。時間はたっぷりある。何を買うにせよ、ゆっくり選べよ? ま、選んでくれるのは店員さんだけどな?」

 大希にそう言いながら、岳とはここ最近、祐二の働く店へも行っていない事に気がつく。
 休みが合わないのだから仕方ないが、やはり寂しさを覚えた。

「そんなに本格的じゃないから大和で十分だって」

 玄関の外に出ると、大希は運転席に乗り込みながら笑う。俺も助手席に乗り込みつつ。

「あ…。なんか、ディスられた気がする…」

「アハハ。そんな事ないって。さ、行こ。お店は何処?」

 大希は早速、ナビに住所を入れようと待機する。

「えーと。ここだ…」

 そう言って、店の名前を告げた。大希はそれをすぐに検索すると。

「──はい、これで完了。出発するね」

「おう。よろしくな」

 大希の運転で走り出す。小回りの効く軽の  SUV車で、これなら狭い登山道迄の行き来にも便利だと思った。
 暫く走った頃、俺は祐二の紹介をする。

「今日、行く店の店員、友達なんだけど、祐二って言って、岳の大学時代の後輩でさ。俺が働かせてもらってる山小屋のリーダーもやってるんだ。今日、いるって言うからタイミングが合えば、アドバイスも出来るってさ」

 友人を連れて行くと言ったら、少し驚いた様だった。岳でないのが珍しかったのかも知れない。運転席の大希が感心しつつ。

「大和、交遊範囲、広いよね?」

「そうかな? そう、多いほうじゃないと思ってるけど…。祐二と会ったのも偶然だしなぁ」

 出会ったあの頃を思い出し、きゅっと胸の詰まる思いがした。
 岳に捨てられたと誤解したあの時、全て置いて逃げ出して。本当にしんどかった。
 あのまま行き倒れていても不思議ではなかった所で、祐二に拾って貰えた。出会ったのが祐二で、本当に良かったと思っている。

「でも、アパートの人も皆、大和大和って。仲良さげだし…」

「それはずっと住んでたからな? 大希だって長くいればそうなるって」

「そっかなぁ…。なればいいけど…」

 何処か不安気だ。

「なるなる。さ、行こうぜ」

 助手席のシートベルトを締めると、大希を促し早速、車で店へと向かった。

+++

 店までは二十分ほど。運転してしばらく経つと、大希がハンドルを握りながら尋ねてきた。

「大和、俺の事は聞かなくていい? 俺は結構、大和の事知ってるけど…」

 俺は髪をかき回しつつ、

「そういや聞いてなかったな…。この前、ふくさんの話し弾んでちっともそういう話題にならなかったもんなぁ。てか、大希はバーテンしてんだろ?」

「そう。お客さんと楽しく喋りながら」

「へぇー。大希なら女の人に受けそうだよなぁ」

 物腰も柔らかい。見た目も清潔感があるし、何より美男子だ。絶対、女性陣にさぞモテるだろうと思うが。大希は首を横に振ると笑いながら。

「違う違う。相手は男だよ。そう言う店でバーテンしてんの。たまたまその職場になっただけなんだけどね。…俺、バイなんだ。両方行ける。自分の性自認は男だよ。今、付き合っているのは女の子だし。仕事ではそういうの出さないけどさ。人と話すの好きだし」

「…へぇ。そっか」

 この時代、男性&女性の図式は成り立たなくなって来ているのかも知れない。かく言う俺自身もそうなのだから。
 岳との事は話していない。どうしたものかと思っていれば。

「大和はずっと女の子だけ? その指輪の相手も?」

 ちょうどいいタイミングだった。

「あ、いや...」

 俺はいったん深呼吸すると心を決めてひと息に口にする。

「俺は岳と付き合ってる。この指輪も世間でいう、結婚指輪の意味に近いかも…」

 大希に偏見はないだろうが、やはり知らぬ者に告白するのは緊張した。
 岳はそんな事気にもせず、付き合いがある相手には普通に話しているが、俺にはまだ無理そうだ。
 その告白に、大希は運転中にも関わらず思わずこちらを振り向き。

「へぇ! 大和が? てっきり可愛いらしい女の子とつきあっているもんかと…。元々? それとも、途中から?」

「いや…。初恋は女の子だったな。特に意識してなくて、そういうもんだと思ってから。…でも、岳に出会って好きになってくれて、好きになって…。岳が好きだったから、男だからとか、関係なくなったな」

 岳だったから応じられたのだろう。だから恋愛対象が全て男性になったとは思わない。

「ふーん…。アツいね。なんか。思いが性別も超えた! って感じ?」

「って、そんな大袈裟なもんじゃねぇって。ただ、人を本気で好きだって思えただけで…」

 口にすると気恥ずかしいが確かにそうなのだ。岳と出会えてあいつとなら一生やっていける、そう思った。

「ま、何にしても、いい関係って事なんだね。…羨ましい」

 大希の口調がどこか暗いものになる。

「羨ましいって、大希も今、彼女いるんだろ?」

「いることはいるけど、そこまではね…。お互い楽だから付き合ってる感じだし。そのうち、いいヤツが見つかれば別れるんじゃないかな?」

「そうなのか?」

「皆が皆、運命の相手なんて見つけられてないって。適当だよ。何となく付き合って、別れて。その繰り返し」

「ふーん…」

 俺だって、運命を感じた訳じゃない。
 ただ、離れたくない、最後まで一緒に岳といたいと思った、それだけだ。
 今までろくに恋愛経験はなかったけれど、たったひとりが見つかったのだからそれで良かった。

「大和は幸せだね…」

 ちらっと見たその表情はどこか寂しそうにも見える。
 なぜ、そんな表情をするのか、その時は理由が分からなかった。

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