Take On Me 4

マン太

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16.コーヒーサーバー

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 公園からの帰り、壱輝は翔、知高と一緒に街をぶらついた。
 各自前から気になっていた店に入り冷やかしたり、商品を買い求めたり。
 翔は中古CDやレコードを扱う店や時計店。知高は模型店やゲーム販売店。壱輝は特になくただその後をついて歩いた。
 途中、コーヒーを売っている店の前にふと立ち止まる。そう言えば、昨晩、大和がコーヒーサーバーのふちが欠けたとボヤいていたのを思い出したのだ。替えを買いおくのを忘れていたらしい。だから今朝も欠けたまま使っていた。
 壱輝が立ち止まって見ていると、翔が気づいて声をかけて来る。

「なに? コーヒー買うの?」

「ん。違う」

 そのまま通り過ぎても良かったが、何となくそうは出来ず、店に入って大和が普段使っているのと同じサイズのものを購入した。
 そう高いものではない。父親の金ではあったが、日々、世話になっている大和の為に使うなら文句もないだろう。
 
「あれ? なに買ったの?」

 店を出ると待っていた翔が声をかけてくる。知高は隣のゲーム販売店に向かった様だった。壱輝は何でもない顔をして、

「サーバー」

 そう答える。

「ふーん…」

 翔がどこか面白がる様な顔をして見て来た。壱輝はムッとして、

「…なんだよ」

「いや。壱輝もそういう気を使うようになったんだなぁって。大和さん、欠けたって言ってたもんね?」

「別に。そう言うんじゃねぇよ…」

「そう?」

 翔はニヤニヤしてこちらを見ていたが、壱輝は無視した。

 その後もあちこち歩き回り、今はゲームセンターで、気になるゲームを物色中だった。
 壱輝は先を歩く知高と翔の少し後ろを歩きながら、公園での大和を思い出していた。
 亜貴と仲よさげな様子。それでもふとすると、会話の途中にどこか遠くを見つめていて、心ここにあらずの様子が見受けられた。

 きっとあいつの事を思っているんだ。

 何故か心が苛つく。
 あいつとは、壱輝に腕力なしに有無を言わさず従わせた男、岳だ。
 あの威圧感は普通ではない。大抵の事では怯まない壱輝も、従わざるを得なかった。認めたくないが怖かったのだ。

 ただの一般人のくせに。

 父親と同じ写真家だ。今は写真スタジオのスタッフで。山も登るらしい。父親と同じ大学の山岳部の後輩だと言っていた。だから今回も誘ったのだとか。
 何処にもあんな威圧感を持つような経歴はない。壱輝の知らない過去があるのだろうか。

 けど、どうでもいいことだよな。

 どうせあと一カ月程で、父親と岳の帰国と共に、この居候生活も終わりを告げる。予定の三カ月の初めの二月ふたつきはすでに過ぎていた。
 この二ヶ月で、初奈は随分家事をこなせる様になっていた。ここで手伝っているからだ。
 休みの日は、亜貴と楽しげに洗濯ものを干したり、今日の様に、大和に誘われ食事の手伝いをしたり。
 二人だけの生活に戻っても、きっとやって行けるだろう。今までも二人きりでやって来たのだ。
 けれど、こうして満たされた日々を知ってしまった今、元に戻れるのか。学校から帰ってきても、そこに大和はいないのだ。
 そう思うとツキリと胸が痛む。

 大和と離れる。

 それを悲しく思う自分がいる。なぜ、こうも大和を意識するのか。
 大和はどうみても、ありきたりの顔をした、平凡な人間だ。岳や亜貴らと違って、どこにでもいそうな奴で。一度見ても覚えられない顔だと思う。
 けれど、ここの住人は大和を特別扱いしていた。亜貴もそうだが、もう一人の住人、真琴もそうだ。
 この家の家事は、主に大和がになっているのだが、時間があると真琴も手伝っていた。休みの日はすすんで食事も作っている。
 家庭的なメニューの大和とはまた違って、真琴は凝った料理が多い。横文字の名前を言われるが、どれも頭に入ってこなかった。
 平日はほとんどこの家を訪れない。職場に近い所にマンションを借りているとのことだった。
 弁護士という仕事は忙しいらしく、休日にも何やかやと調べ物をしていることが多かったが、それでも、合間を縫って大和らと和やかに話しながら家事を進めている。
 その時間をとても大切にしている様で、壱輝もなぜか二人が話していると、邪魔は出来ないと感じていて。リビングにいても初奈と一緒に大人しくしているのが常だ。
 この真琴は、岳と違った意味で逆らってはいけない相手だと感じている。
 岳のような威圧感がある訳ではない。注意をされても、穏やかに笑んでいるだけなのだが、その目が実際は笑っていないことが多々あり。
 大和に関わる事で大抵、そうなる。
 亜貴もそうだったが、大和に関することとなると冷静ではいられない様子で。

 特別扱い。

 大和は皆に愛されているのだ。
 その理由は何なのか。
 初めはどう考えても眉目秀麗、優秀な彼らが大和に執心するのが分からないと思っていた。けれど壱輝も、亜貴らとは違うと否定はしつつも、好意を持った事は確かで。

 大和にひかれる理由。

 改めて考える。
 大和には裏表がない。多分、あのままで。表に出ている感情がそのまんまだ。
 裏で何かを思っている、そんなタイプではない。そうして、まっすぐ自分にぶつかってくる。
 今までそんな風に接してきた大人はいなかった。

 嫌いではない。だからと言って、亜貴や真琴の様にはなれない。

 だいたい、傍から見ていて、どうしてそんな風になれるのか疑問だった。

 相手は男なのに。

 壱輝はずっと女性とだけ付き合ってきた。幼いころの恐怖体験もあり、男性と二人きりになるのは苦手で、特に年上だとだめだった。それに嫌悪感もある。男に触れられる、それが恐怖だったのだ。
 それなのについ数か月前。顔見知りのヤクザの男に襲われ。名前を八野と言った。
 あの時の事は思いだしたくない。
 恐怖と嫌悪感。寒気がするし、気分が悪くなる。自分が汚れてしまったと言う思いが消えない。
 思いの通じ合わない行為はただの暴力だ。一方的に自身の欲望を満たすだけの行為。そこに相手への思いやりなど一かけらもない。ただのおもちゃだ。遊んで使い捨てる。
 壱輝は二の腕を知らずのうちにさすっていた。

 ──けれど。

 種類は違えど、大和に好意を持った今、それは変わるものだろうか? 
 大和になら触れられても、触れても、大丈夫なのだろうか。

 手に提げたコーヒーサーバーをじっと見つめた。

+++

「あれ、なに。壱輝じゃん」

 聞いたことのある声に振り返れば、時々会う、遊び仲間数人がいた。
 こちらは知高や翔と違って、アンダーグラウンドな世界に片足を突っ込んでいる連中だ。
 壱輝と同じ、煙草も酒もやる。薬にも手を出しているだろう。いわゆるやんちゃをしている未成年。ピアスもタトゥも当たり前だった。
 知高と翔は少し先のバイクゲームに興じていて、こちらには気付いていない。
 中のリーダー格的な少年が声をかけてくる。トップを長めにしたツーブロックスタイル。鼻や耳にはピアスが光った。首筋から見えるタトゥからも、一見しただけでまともには見えない。

「最近、付き合い悪いって、八野さん言ってたけど。どうなの?」

「別に…。忙しかっただけ」

「ならいいけどさ。連絡しても無視されてるって、機嫌悪くて。八野さん、壱輝のこと、結構気に入っているみたいなんだよね」

 そう言って壱輝に近寄ると肩に手を置いてきた。びくりと揺れる。少年はくすと笑うと。

「壱輝が仲良くしてくれないと、機嫌悪くてさ。とばっちりがこっちに来るんだよね? 矢野さん、壱輝じゃないと嫌みたいでさ。──また、会ってやってよ」

「……」

 鳥肌が立つ。けれど、あくまで表情には出さなかった。むっつりとしたまま、少年らを睨み返す。
 こいつらは皆、壱輝が襲われたあの夜、一緒の部屋で酒を飲んだ連中だった。壱輝に何が起こったかなど知っているはず。

「高校出たら、矢野さんの元に行けばいい。きっと大事にしてもらえるって。あと、来ないならあの時、撮ったデータばらまくって。いい値で売れるんじゃないかって言ってた。──一体、なんのデータだろうね? …じゃ、よろしくな」

 嫌な笑みを浮かべると、少年たちは去って行った。あの時。確かに八野は撮影していた。顔色が蒼白になる。

「壱輝! なにしてんだよ! こっちで一緒にやろうぜ!」 

 知高が声をかけてきた。男たちがそこにいたことには気付いてないらしい。壱輝は唇を噛みしめた後。

「今行く…」

 二人の元に戻った所で、翔が心配そうな顔で見ていることに気づいた。

「なんだよ」

「別に…」

 翔は何も言わなかったが、もしかしたら、去って行く所を見られていたのかもしれない。

「さ! 今度は壱輝の番、だって!」

 知高に背中を押され、バイクゲームの運転席に押し込められた。
 その後、三人で気ままに楽しく過ごしたが、壱輝の心はずっと晴れることはなかった。

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