Take On Me 4

マン太

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28.帰宅

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 その後、真琴は大和と自分の分の航空チケットを手配し、すぐにでも現地に向かえる手はずを整えた。
 明後日、午後五時発のチケットだ。バンコクを経由し、ネパールに向かう。
 そこから先は現地のスタッフの手配した飛行機と車での移動となる。途中、徒歩移動もあった。大和ならまったく問題ないだろう。
 その間、壱輝は岳らの家に戻ることになった。当然と言えば当然で。今日からあちらへ帰る予定だ。
 明後日からは、亜貴の祖母、倖江も来てくれるため、生活については何の問題もなかった。
 問題は八野だ。仕方なく、藤に無理を言って、壱輝と初奈の往復の送迎を頼む。
 藤の仕事は不規則な勤務時間になってしまうが、勤務するトレーニングジムは、前職も知った上で雇ってくれた心の広い会社で。多少の無理もきいた。
 次の日の朝。すべての予定を壱輝に告げると、

「壱輝。俺たちがいない間、何かあったらすぐ藤を頼れ。藤から全て連絡が行くようにしてある。くれぐれも一人で動くなよ?」

「わかってる…」

 真琴の言葉に壱輝は素直に頷いた。
 あれから、壱輝はしゅんとしたまま大人しくなった。父親の安否不明に落胆しているせいもあるだろう。

「──それと、大和は例の件はまったく気にしていない。壱輝と同じ、大和も動揺している。そこは了解しておいてくれ」

「ん…」

 暗に大和に以前のような行動は取るなとくぎを刺した。流石にこの状況で大和に手を出す様な行動にはでないと思うが。
 分かっているのかいないのか、壱輝の反応からは何も読み取れなかった。

+++

「おかえり、壱輝。──大丈夫か?」

 真琴から連絡をもらった次の日の午後、藤に送られ壱輝は家に戻ってきた。
 送り届けた藤はそのまま、夕飯を食べてから帰ることになる。こちらに目くばせすると、先にリビングへと向かった。壱輝は玄関先で立ち止まっている。

「なに遠慮してんだよ。ほら、早く上がれって」

 促すとようやく靴を脱ぎ玄関を上がった。
 初奈はちょうどお風呂を使っている所で。その初奈には、今回のネパール行きは急な用が出来て行くとだけしか告げていない。
 今日、救助隊が円堂と岳がいるはずの頂上付近ヘ向かい、その状況の連絡が来るはずだった。それを聞いた上で伝えるか判断しようと、真琴と決めた。
 壱輝の顔色はさえない。当たり前だ。父親の消息が不明では不安定になるのも仕方ない。俺は俯く壱輝の顔を覗き込むようにすると、

「壱輝。今は色々考えるな? そうは言っても厳しいだろうけど…。でも、今、色々考えても悪い方にしか行かない。今はいつも通り生活することだけ考えろ? な?」

 壱輝はこちらをじっと見つめた後、視線を落とし。

「…あんただって、辛いだろ?」

 ぼそりと漏らした。その言葉に俺は思わず、うっとなるが。それを押し殺し。

「…そうだ。お前と同じ、不安もある。けど、俺は岳を信じているんだ。だから、今は悲観的にならないようにしている。お前も、お父さんは大丈夫だって、信じろ。そうすれば落ち込まずにいられる。な?」

「…うん…」

 渋々頷いた壱輝に俺は笑みをこぼすと。

「よっし。じゃ、リビングで休んでろ。初奈がお風呂から出たら使うといい。それから夕飯だ」

「大和」

 壱輝が不意に呼び止めた。振り返ると、壱輝がじっとこちらを見ていた。

「どうした?」

「…この前。ごめん」

 俺はああと、笑顔になって。

「気にすんなって。過剰な愛情表現だったって事にしておく。飼っている犬に舐められたのと同じだって」

「…犬かよ」

「ふふん。そうだ。可愛いワンコの壱輝だ」

 そう言って、勢いでその頭をくしゃりと撫でると、

「俺…。大和が好きだ」

 真摯な眼差しがこちらに向けられた。俺は大きく息を吸い込んだあと、
 
「壱輝の気持ち、すっげぇ嬉しい。嫌われてなかったって。けどな、俺には岳がいる」

「……」

 壱輝は視線を落とした。

「俺は──例えるなら、他の奴に釣り上げられて、さばかれて、皿に盛られた刺身だ。しかも隣のテーブルに乗ってる。自分のじゃない。確かに美味しそうだけど、他人のものだし、釣りの醍醐味はそこだけじゃないだろう?」

「なんだよ。…その例え」

「分かりやすいだろ? そんな俺より、壱輝の前にももっとたくさん、活きのいい魚がいるはずだ。自分で釣り上げて、自分で食べる。釣り上げられた魚ばっかり見てたら、もっといい魚を逃がすぞ?」

 そう言ってニッと笑んで壱輝を見た。壱輝は黙ってこちらを見ていたが。

「あんたは──もう無理だから諦めろって?」

「他人の釣った魚を欲しがるより、自分で活きの良い魚を釣り上げる方が楽しいだろう?」

「魚なんていねぇよ…」

 むすっと不貞腐れた顔の壱輝を見つめると。

「それは思い込みだ。いったい、この広い海にどれだけ魚がいると思っている? 一匹だけじゃないだろ? 顔を上下左右、良く振って見てみろ。必ずいるはずだ」

「やっぱ、変な例え…」

「分かりやすいだろ?──壱輝」

「…なに?」

「好きになってくれて、ありがとうな」

「……」

 ニッと笑む。
 壱輝は俺の言葉に、ただ黙って見つめ返してきただけだった。
 その場の雰囲気を切り替えるように、壱輝の背を押すと。

「さ。とりあえずリビングで休んでろ。藤の相手でもしてやってくれ」

「相手って…。あいつ、何にも話さねぇし」

「そうか? 藤、格闘技全般、なんでも得意だから気になる事あれば聞いてみろよ。相手の倒し方とか、護身術とか。面白いぞ? 俺も習ってるからな」

「あいつに?」

「そ。俺と岳の師匠。強いぞー。俺なんていまだに太刀打ちできねぇからな」

 十回に一回、蹴りが入る様になった程度だ。それも、隙ができる瞬間があってそこを狙う。どうも、俺がよろけて抱きついたり、転がったりした後、隙ができる。理由は分からないが。

「あんたじゃ、無理だろ? 小っせえもん」

「おう? バカにするのか? 俺はこう見えても強いからな? 見かけ通りだと思うなよ?」

「はいはい」

 そう言って、壱輝はまったく信用せずリビングへ入って行った。
 どうやら、少し調子が戻った様だった。初奈と壱輝だけにするのは多少、心配もあったが、ここには亜貴も藤もいる。世話は倖江が見てくれる。この様子なら大丈夫だと思った。

 明日。傍に行くからな? 岳。

 俺はぎゅっと手のひらを握り締めた後、夕飯の支度の為、リビングへと向かった。

+++

 久しぶりに壱輝を迎えての夕食となった。藤もそこへ加わる。面白いメンバーでの食事となった。
 藤は必要な事以外、全く喋らないが、かと言って雰囲気が悪い訳ではない。俺が皆に話しを振って、それに各々が答える、そんな調子だったが終始和やかだった。
 夕食が終わると、初奈と壱輝にココア、藤と俺用にカフェオレを淹れる。

「藤、いつもありがとうな。明日からも面倒かけるけど…」

「気にするな。たいした事じゃない」

 壱輝と初奈はリビングのソファに座ってテレビを観ていた。壱輝の表情が冴えないのは、父親の件があるからだろう。
 藤と俺はキッチンのテーブルについて、カフェオレを口にしていた。離れている為、こちらの会話は壱輝達には聞こえない。

「大和は…、大丈夫か?」

「え、俺? ──あ…、岳の事か…」

 藤は反応を見るように、こちらをジッと見ている。俺は頭をかきつつ。

「心配はある…。けど、まだ何も決まった訳じゃないんだ。そこまで落ち込んでない。大丈夫だって」

「大和は無理をする」

 鋭い指摘に笑うしかない。

「はは、見抜かれてんな」

「岳さんは、大丈夫だ」

「藤に言われると、絶対そうだって思えるな。藤だって心配だろう? 気にしてくれてありがとうな」

 藤は視線を落とし、

「岳さんは、大和を大切に思っている。必ず生きて帰って来る」

「…うん。そうだな」

 藤の言葉に、俺は心の内を温かくして、そう答えた。
 その後、亜貴が帰って来るのと交代で、藤は帰っていった。

「俺より、大和だよ」

 亜貴は帰宅早々、口にする。話は真琴から聞いていた。初奈も壱輝と共に部屋に戻っているから、話しても平気だった。

「俺は大丈夫だって。藤も心配してくれたけどさ…」

「目が泳いでる」

「っ…!」

 指摘に慌てて亜貴を凝視する。そんな俺に亜貴は苦笑すると。

「大和は抑える事に慣れちゃってるからさ。兄さんならうまくやるんだろうけど…。俺じゃ役不足だし」

 ちらとこちらを見る。

「や、役不足とかはないぞ? 亜貴がいてくれて、俺だって心強い──」

「ううん。俺でも真琴でもだめ。藤ももちろん。大和は兄さんだけに甘えるからさ…」

「そ、そんな、ことは──」

「だって。俺に抱きついたり、泣いて慰めて、なんて訴えないでしょ?」

 俺はぶんぶんと頭をふった。あり得ない。

「ね? だからさ。兄さんもそれは良く分かってる。大和をおいてどこかに行かないよ。絶対、戻ってくる。大和もそう信じてるんでしょ?」

「もちろん。岳は…俺の所に帰ってくる。約束したしな」

 亜貴はふふっと笑うと。

「その調子。でも──」

 亜貴はじっと俺を見つめると。

「亜貴?」

「何かあった時は、遠慮、いらないから。て言うか、強制的に甘えてもらう」

「亜貴…」

「みんな、兄さんは帰ってくるって信じてる。でも、上手く行かなかった時は、みんなでその辛さを共有するつもりだよ。一人きりにはしない」

 俺は亜貴の真剣な眼差しに笑みを返すと。

「おう。ありがとうな…」

 その気持ちが嬉しかった。壱輝も含め、藤も亜貴も、不安もあるだろうに、それぞれ気遣ってくれる。いい奴らに出会えた事に感謝しかなかった。
 その後、夜十時近くになって、真琴が帰って来た。ひとり起きて待っていた俺は玄関先に向かう。

「お帰り」

 出迎えると、靴を脱ぐのもそこそこに真琴が心配した顔を見せた。

「大和、大丈夫か? ──いや、そう聞かれて、大丈夫じゃないと答える大和じゃないな…。聞き方が不味かった」

「ヘヘ。真琴さん、俺のことはよく分かってるもんな。心配してくれてありがとう。でも、真琴さんだって同じだろ? 俺ばっかり落ち込んでられないって」

「大和…」

「とにかく、シャワー浴びてさっぱりしてきなよ。飯は食ったのか?」

 真琴の鞄を受け取り、廊下からリビングへ入る。真琴も続いた。

「ああ、済ませて来た。直に円堂さんの事務所から連絡が来るはずだ──」

 と、言い終わらないうちに真琴の端末が鳴った。真琴が連絡先になっているのは、この家の力関係からだ。頂点が岳で次が真琴。後は皆一緒だ。
 真琴はすぐに応じる。俺は傍らでその様子をジッと見守った。
 真琴は相手の話に耳を傾け、時折、聞き返すのを繰り返す。

「──はい。分かりました」

 暫くやり取りが続き、真琴が通話を終える。ひと息つき、真琴はこちらを振り返った。

「捜索だが、天候が崩れたせいで、現場に向かえなかったそうだ」

「それじゃ──」

「結局、わからず仕舞いだ。天候が回復次第、ヘリを飛ばすとのことだが。明日、現地に向かって、詳しい事はそれからだな」

「初奈にも、まだ言わない方がいいな」

「そうだな…」

 真琴は深いため息をついた。

 岳。どうか、無事でいてくれ。

 祈ることしか出来ない自分が、もどかしかった。

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