Take On Me 4

マン太

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35.再会

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 それから数日後。
 岳は真琴ともに昼過ぎの便で帰国した。空港には学校のある初奈と壱輝以外、皆が迎えに来ていた。亜貴に真琴、祐二に藤。
 そして──。

「大和──」

 到着ロビーに出てすぐに、目に入った。
 岳を見つけ、誰よりも先に駆けてくる、小柄な体躯。光の塊の様な存在。
 何も言わずに飛びつくように抱きついてきた。それをしっかり受け止め抱きしめる。
 髪が頬に触れた。大和からは日向の匂いがする。

 どうしてだろう──。

 懐かしい匂いだった。

「──ただいま。大和」

 その耳元でささやく。
 大和は首筋に腕を回したまま、やはり何も言わない。ただ、まるで壊れた人形のようにぎゅうぎゅうと締め付けてくる。

 大和──。

 その様子に涙が出そうになった。
 皆が気を利かせて、先に帰ろうとする。
 と、亜貴が近寄ってきて、岳の着ていたジャケットのポケットの中に車のキーを滑り込ませた。

「お帰り。話はあとで聞くよ。荷物もこっちで持って行くから。車の場所は後で知らせる。俺たちは藤の車で帰るから。…ごゆっくり」

 ニッと笑んだ亜貴はそう言うと踵を返し、真琴らの後を追った。

「ありがとう。亜貴」

 振り返らずに手を振って見せた。
 岳は腕の中の大和を見下ろす。まだ、しっかりとその顔を見られていない。

「大和。顔を見せてくれないか?」

 優しくそう言えば、ようやく大和は顔を肩口から起こし、こちらを見上げてきた。
 目は真っ赤で瞼も腫れ上がっている。ずっと泣きっぱなしだったのだろう。
 左の頬に薄っすら残る傷跡。少し癖のある髪。なにより、こちらを見上げるくりくりした瞳が懐かしかった。大和だ。

 会いたかった。

「…ずっと、大和に会いたくて、最後はそれだけだった。…大和。もう、二度とこんな目には合わせない。一人にはしない。約束する。俺は約束を違えたことはないだろ?」

 そう言って笑みを浮かべれば、

「…っ」

 大和の瞳の端にまた、ぶわりと涙が浮かんだ。

「大和、声を聞かせてくれないか?」

「…っ、た、ける…ふっ…く…っ」

 泣きすぎてひきつけを起こし、声が出せなくなっているのだ。岳は笑うと。

「じゃあ、キスさせてくれ」

「──っ!」

 ひと目など気にならなかった。
 少し困惑した表情の大和を無視して、抱きかかえたまま、キスをする。
 空港の片隅での出来事だ。幾つもある景色の中の一つ。けれど、岳にとっては大切な出来事だった。

 大和──。

 こうして抱きしめられたことに、感謝しかなかった。
 生きているからこそこうして抱き締められる。奇跡的な運命でここまで来られた。何か一つでも歯車が狂えば、ここに立ってはいられなかったはず。
 今回の件は、生きることの危うさを実感した出来事でもあった。そして、こうして大切な相手と過ごせる時間の貴重さも感じた瞬間でもある。
 キスを終えて額を擦り付け合わせる様にすると、もう一度、目を見つめて言葉にする。

「ただいま。大和…」

「…お帰り。岳」

 涙声の大和が、ようやく笑みを浮かべてそう答えた。
 これからも、与えられた貴重な時間、この一瞬、一瞬を大切に生きようと心に決めた岳だった。

+++

 その後、岳はそのまま大和を抱きかかえて、空港をあとにした。
 流石に車の運転はそのままではできない。大和を助手席に座らせ帰途につく。大和はその間、ずっと黙ったままだった。
 その帰り道、途中、海が見えるところまで来ると、車を降りて少し砂浜を歩いた。
 大和はまるで別人のように押し黙ったまま。口を開きかけて何か言おうとするが、そうすると涙があふれる様で、言葉にできないようだった。
 それほど、大和には負担をかけていたのだ。
 岳はその手を取って歩き出す。昼下がりの浜辺には、犬の散歩に出ている人の姿や、果敢にもサーフィンに挑むものの姿もあった。もう十二月になると言うのにだ。
 それらを目で追いながら、ゆっくりと砂を踏みしめ歩く。
 海面は柔らかい日差しを受けキラキラと輝いていた。時折、海鳥が視界を横切っていく。岳はゆっくりと話しだした。

「あの時、落盤が起きたんだ。同時に雪崩も起きてな」

 大和が視線を上げて岳を見つめてきた。

「運良く巻き込まれなかったけれど、俺と円堂先輩はコルの左右に離されて。テント側にいた先輩を先に帰そうとした。一晩、救助を待ってビバークするつもりだったんだ。けど、先輩は俺を救助してから帰るって、譲らなくてな。それで、助けようとして二人一緒に滑落した」

 繋いでいた大和の手に、ピクリと力が入った。岳はそっと握り返し先を続ける。

「けど、運よく止まってな。俺にケガはなかったんだ。雪が緩衝材になったらしい。けど、先輩は背中を岩で打って…。それで、もう上に戻ることは不可能になって、そこから下山するしかなかったんだ。先輩、歩けないから担いでさ。なかなかだったぞ? 学生時代も結構しごかれたけど、それを思い起こさせたな」

 岳は笑う。
 本当は笑い飛ばせるほど楽な事ではなかったのだが、岳は笑い話にした。その方が深刻になるよりずっといい。

「とにかく、ビバークは最低限にして、歩いた。もう必死さ。最後の一日は、ろくに寝なかったしな。けど、先輩は背中で寝てるんだ。――まあ、あれは気絶してたってのが正解かも知れないけどな?」

「……」

 悪戯っぽく笑む。

「後は、ただ、大和のもとに帰るんだって、それだけだったな…。約束したからな。破りたくなかった。きっと、大和は待っていると思ったから。そうしたら、実際、大和は諦めなかったって真琴に教えられて…。大和は強いな」

 そこでようやく大和が口を開いた。

「…岳、俺…」

 岳の手をぎゅっと握ってくると。

「本当は、ずっと、怖かった…。岳がいないって、死んだんだって、状況がそう伝えてくるんだ。けど、信じたくなかった…」

 そう言って立ち止まって振り返った岳を見上げると。

「俺は信じていたわけじゃない…。そう、思い込んで現実を見なかっただけだ。そうしないと──おかしくなりそうで…」

 大和の顔色が途端に青くなる。

「みんなに、岳は生きているって言いながら、本当は俺が──一番、信じていなかったんだ…っ、俺は、強くなんかなかった…。一番、弱くて現実を見られていなかった。逃げてたんだ…っ。俺は──岳の言葉を信じてなかった…」

 両の目からぽろぽろと涙が零れていく。
 岳はそんな大和の前に膝をつき、頬に手を添えると顔を覗き込むようにして。

「逃げてたんじゃない。…それが当たり前だ。それでも、強くあろうとした大和を俺は強いと思う。必死だったんだろ? 自分が壊れそうで、それを保つのに…。そんな目に遭わせたのは俺の責任だ」

「……っ」

 泣きながらも、こちらを見返して来る。その瞳を見つめながら。

「大和は俺をもう信じられないかもしれない。けど、約束する。もう一度言わせてくれ。俺は何があろうと、大和の元に帰ってくるし、これからもずっと傍にいる…。大和がどんなに俺を突き放そうとしてもな?」

「岳…っ」

 大和が腕を伸ばしひしと抱きついてきた。そんな大和の背ををあやす様に撫でながら。

「何があっても、一緒だ。この先もずっと…」

「ん…」

 そうして、大和が落ち着くまでそこで二人だけの時間を過ごした。

 
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