Take On Me

マン太

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1.出会い

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「だって。それ、俺の借金じゃねぇし」

 俺こと、宮本みやもと大和やまとはキッと眦を釣り上げて、正面に立つ男──いかにも堅気でない、無精髭を生やした(似合っていない)禿げ頭の中年、若干小柄──を見上げた。
 派手な色の開襟シャツに、金のネックレス。
 
 今どきのヤクザにもこんな絵にかいたような奴、いるんだな? 

 男の背後には対照的に巨漢の男が控えている。こちらは終始寡黙でただじっとこちらのやり取りを見ているだけだ。
 俺は今、冷たいコンクリの床に座らされている。眠く疲れ切っているのに、どうしてこんな目に遭うのか。
 仕事が終わり、寝ぼけ眼で帰宅した所を、この男たちに路上で拉致され、廃屋の工場へと連れてこられたのだ。
 途中、暴れた為、後ろ手に縛られている。ここではいくら大声を出して助けを呼んでも、誰も気づかないだろう。

「ヤマトだったか? 確かにお前の借金じゃねぇが、お前の親父おやじは他になんにも残してかなかったんだよ。搾り取れるのはお前からだけだ。で、通帳でもカードでもいい。だせや。大してないのは分かってるがな」

「ねぇよ。そんなもん…」

「なんだ? お前、高卒で働いてんだろ? 給料その日のうちに使い切ってんのか? 貰ったらどっか貯めてんだろ?」

 俺はじとっと男を睨みつけた。
 そうだ。貰ったら貯めてはある。けれどそれは銀行にじゃない。
 口を割ろうとしない俺に、男はいい加減、堪忍袋の緒が切れたらしく、胸ぐらをつかみ上げると。

「お前。舐めた態度とってんなよ? その可愛い顔、二度と見られない位めちゃくちゃにしてやってもいいんだぜ?」

 男はいつの間にか、掴み上げていない一方の手にナイフを握っていた。鋭い切っ先はさすがに引くが。

「そのセリフ。テレビドラマとかで良く聞く奴だ。てか、俺、男だし。顔くらい傷ついたって、どうってことねぇっての。大体、俺の顔よく見ろよ。可愛いいか? あんた、使うセリフ間違ってんじゃねぇの?」

 男の背後にいた巨漢が、微かに肩を揺らし笑っている。

「…んのぉ!」

 男は俺の襟首をつかんだままナイフを振り上げた。

 やられる!

 とりあえず、なるべく急所は外そうと、その切っ先を睨みつけ身構えるが。

「おい。まき。その辺にしとけ。ガキ相手にそう熱くなんな」

 背後から伸びた腕に止められ、振り上げられたナイフは下りては来なかった。

「あ、若…」

 牧と呼ばれた男が振り上げた手を掴んでいたのは、かなり長身な男だった。百八十センチはあるだろうか。
 けれど、ヤクザにはとても見えない。
 地毛なのか栗色の長めの髪を肩に流し、切れ長でやや目尻の下がった瞳。整った鼻梁をしている。涼やかな目元は俳優やモデルといっても通用するだろう。
 着ているものも白いシャツの上に濃紺のベストとスラックス姿だが、ものがいいのは見て取れた。
 若と呼ばれた男は少し考える様にして俺を見下ろすと。

「君も結構、肝が座ってるね? でも君さ。う~ん。まあ、良く言えば髪は…癖はあるけど、茶色っぽくてほわほわしてるし…。そうだなぁ~、目は…小粒だけど、それなりに愛嬌ある顔してるし? めちゃくちゃは嫌だろ」

「…そんなに考えながら言うくらい、取り立てていい所がない、平凡な顔だってことだろ?」

 俺の言葉に男は肩をすくめて見せると。

「ばれたか。ああ、と牧。俺、若って呼ばれるの好きじゃないんだよな。鴎澤おうさわたけるって名前あんの知ってるだろ?」

「し、しかし、上からは若とお呼びしろと…」

「牧…」

 声音が低くなると、牧と呼ばれた男は首をすくめ、怯えた表情になる。強面もこの男の前では型無だ。

「わ、分かりました! でも、なんとお呼びすれば…」

「岳でいい。で、君名前は?」

「俺は、宮本みやもと大和やまと…」

「ええと、宮本大和っとね。で、貯金もないのかな?」

 優しく笑む岳だが、そこには表面上では分からない、なにかうすら寒いものを感じた。本能で感じたと言ってもいいのかもしれない。
 先ほどの牧の様に適当な返答や反抗的な態度は良くないと告げていた。
 これでも高校を出てすぐに働きだしたのだ。大人の世界にもまれたおかげで、世間を見る目も少しは養われている。闘う相手は間違えてはいけない。
 俺は根負けして俯くと。

「給料は生活費以外、全部人に渡してる…」

「人に? 誰かな?」

 その言葉にはっとして顔を上げる。

「なあ、ちゃんとホントのこと話すけど、その人から巻き上げんのは止めてくれよ! 俺、世話になってるから…」

「で、誰かな?」

 岳は笑んだ表情を崩さない。俺は一息つくと。

「隣の部屋の、ばあちゃん…」

「はぁ?」

 傍らの牧が素っ頓狂な声を上げた。俺は必死になって岳を見上げると。

「なあ、ばあちゃんから巻き上げんのはやめてくれよ! 親父が払えなかった分はなんとしても俺が払う! それに、俺からの収入がねぇと、ばあちゃん、きっと生活に困る…。だからっ!」

「分かった」

 もうそれ以上はいいと手で制して、岳はため息をつく。

「まったく。親父は最低だけど、息子はずいぶんまともに育ったんだね? 隣のばあちゃんからは金は取らない。そのかわり──」

 岳は俺の顎を取ると上から下まで眺めまわし。

「君には働いてもらうしか手がないな。けど顔もいたって平凡。色だって白い訳でも女の子みたいに可愛いわけでもない。かといって、しゃべりがうまそうにも見えないし。唯一、若いってのが売りか。でも骨と皮みたいな身体だなぁ。そういう類には向いてないみたいだね?」

「…そういう類?」

「水商売。身体使うってこと。それが一番、手っ取り早いけど…。君は客が付かないだろうなぁ。それとも頑張って鍛えてみる? そっち」

 岳は俺の顎から手を離す。

「そっち…?」

「そう。男が喜ぶ色々のそっち。そしたら少しは──」

「そういうの、俺には向いてると思うか?」

 俺は岳をじっと見つめる。
 正直、俺はかなり地味な方だ。
 眼鏡を外したら超美形とか、前髪上げたら目がでっかくてキラキラとか。そんな事はない。見たそのままだ。
 思ったことも表情に出やすいし、可愛い振りなんてできないだろう。
 無愛想で男を喜ばすなんて、正直、無理だった。逆に客を殴り飛ばして逆上させるのが落ちだろう。どう考えても、客などつかない。
 今まで様々な人間を見てきたであろう岳が、見極められないはずが無い。
 岳もそうだよなぁと呟き。

「かと言って、体力勝負みたいな仕事も無理そうだしなぁ…。君、何か得意なこと、ある?」

 俺は首を傾げつつ。

「得意…。別にひとに自慢できるようなもんは…」

「君はいつもどんな生活してるの?」

「深夜から朝まで警備員のアルバイトで、帰ってきたら飯食って洗濯して寝て。二時間くらい寝たら現場のアルバイトで。夕方帰ってきて飯食って、寝て、また警備員のバイトで…」

「凄いね。働きづめだ」

 岳は感心したように腕を組む。

「親父がいたから…」

 そう。中学生の頃、母親を病で亡くして以来、父親は働かず一日中、飲んだくれていた。
 何処で得たのか金をもって競馬や競艇、競輪、パチンコ。賭け事にのめりこみ。
 働かないくせに酒や飯はとる。光熱費もかかる。税金もかかる。
 二人分の収入を得るために、中学生からこっそりバイトを始め、高校を卒業してからは死物狂いで働いた。
 なのに、俺を置いてトンズラするとは。流石としか言いようがない。

「炊事洗濯はできるのか?」

「適当に。困らない程度には…」

 岳はふんと頷いた後。

「だったら、うちに入れるか…。丁度、亜貴の面倒見る奴が欲しかったしな」

「って、こんな得体のしれない奴、いれるんすか?! 俺やふじでいいじゃないすか!」

 牧が逆上してもう一人いる、仲間の名前を挙げた。背後に立つ大柄な男がそうらしい。

「お前ら、堅気じゃないからあいつの相手、任せられないんだよな。俺はあいつにはまともに育って欲しいと思ってるし、今のところごく普通の高校生活を送れてる。そのままで行って欲しいんだ」

「わ──じゃなくて、岳さん…っ」

 牧がぐずりと涙声になる。が、それを手で制してから、こちらに向き直ると。

「て、事で。君をうちで雇うことにする。仕事はハウスキーパー兼弟の世話だ。ちゃんと働いた分から、ばあちゃんに金を渡す。ただ、他は働くことで俺に金を返してもらうことにするから、給料は無しだ。その代わり、衣食住は保障する。それなら君でもできるだろ?」

 俺の前へしゃがみこんで顔を覗き込んでくる。選択肢など他になかった。

「よ、よろしくお願いします…」

 深々と頭を下げる。岳はその頭をポンと叩くと。

「よし。決まったな。君の親父さんが借りたのは五百万。はした金だが、その分はきっちり働いてもらう。休みなしで時給二千円として八時間勤務。毎日働けば一年もかからないだろう? ただし、手抜きした場合は容赦しない。どんなに嫌でもそっちに堕ちてもらうからそのつもりでな?」

「わかった…」

 俺にとってはこれ以上ない条件だろう。炊事洗濯、弟の世話をすればなんとか返せるのだから。

「牧、こいつのバイト先断っとけ。こいつは俺が連れてく」

 言いながら、岳は手首の拘束を解いてくれる。

「あ! まってくれ! 俺が自分で──」

 バイト先の皆には世話になっている。突然、辞めては迷惑もかかる。礼ぐらい言いたかったのだが。

「だめだ。今から君は俺の命令には絶対だ。俺が雇い主だからな? 外部との接触は今からすべて断ってもらう。今持ってる携帯端末も没収だ。新しいのをやる。それから俺の許可なしには外出も禁止だ。どれも破れば──」

 反論など出来るはずもない。

「わかった…。けど、どうしてだ?」

「君の逃亡を防ぐ為と、俺の家族の安全の為だ。いつどこで情報が漏れるか分からないからな。用心するにこしたことはない」

「なるほど…」

 今のところ、逃亡するつもりはさらさら無いが、確かに人の出入りが多いと気を使うだろう。
 それに、携帯端末も迂闊に外部とやり取りして、うっかりいる場所でも漏らしてしまえば、大事になるかも知れない。
 
 けど、俺はいいとしても、弟はSNSなんて当たり前だろうし、放課後、遊びにだって行くだろうし。どうしてんだ?

「ききわけがいいのは助かる。後は頼んだぞ? 行こうか、大和」

 そんな事を考えていれば、いきなり名前で呼ばれ、思わずドキリとした。
 岳は気にも止めず、さっさと先を歩き、部下達があわただしく道を開ける。
 廃屋を出た先には、黒塗りのいかにもな車が停まっていた。見るからに厳つい。
 俺をここへ連れてきた、ボロい軽ワゴンとは訳が違う。

「…もしかして、弟もこれで送迎してんのか」

「ああ。外出もほとんどさせてない。ちなみにSNSも見るのは自由だが、発信は禁止してる。友達とのやり取りも、電話かメールのみだ。外部に情報が漏れそうなアプリは禁止している」

 それを聞いて、思わず息が詰まりそうになった。

「鴎澤さんとこって、結構やばいのか?」

 そんなに用心しなければならないほど、組同士の諍いが多いのか。岳は歩きながら。

「まあ、それなりに色々な。ただ、いつ何がどうなるか分からない。それに備えているだけってのもある。大事な弟を守るのに用心するに越したことはないからな?」

「あ…、そう」

 ただの過保護か? いや、ブラコンか。まあ、確かに用心は必要なんだろうが。

 けど、現役高校生にはキツイだろうなぁ。

 遊びたい盛りだろうに、きっちり管理されているとは。自由がない。
 俺はまだ見ぬ、岳の弟を思った。この様子からすると、きっと守りたくなるような、庇護欲を掻き立てる奴なんだろう。

「ほら。行くぞ」

「お、おうっ」

 岳に続いて、急いで車の後部座席に乗る。
    こうして俺は、鴎澤組の若頭、岳の家でハウスキーパー兼弟世話係として、働く事となった。
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